生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第650話 古人の跡を尋ぬ

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 まさかの王都で三日も足止め。その甲斐もあり、リブレス連合国が誇るポンコツ魔導船の輸送準備もいよいよ大詰め。
 王宮のあったかベッドが恋しくなるほどの寒空の元。そろそろ日付を跨ぐだろう時間と共に行動開始だ。

「俺は、ここでイフリートを燃やし続ければいいってことだな?」

「ええ。暫くすれば、袋が膨れてくるはずです。出来るだけ出力を上げつつも、布を燃やさないようにだけ注意してください」

「あいよ」

 魔導船の甲板中央。メインマストの隣で、ゲオルグがイフリートを天高く掲げると、その刀身は眩しいほどに燃え上がり、真上に取り付けられた巨大な花の蕾のような気嚢に吸い込まれていく。
 その灯りが周囲を照らすと、魔導船の全容が明らかに。
 テントと足場は撤去済み。魔導船を自立させ、安定して運べるようにと、船体の左右には頑丈な支えが取り付けられ、その先端には長く鋭い刃が備えられている。
 端的に言うなら巨大なソリ。気球である程度の重量を軽減し、ワダツミとカイエンの力を借りて地面を氷結させる。それをファフナーに引っ張ってもらおうという魂胆である。
 気球が風の影響を受けないように、蜘蛛の巣のように張り巡らされたロープはやけくそのようにも見えるが、正直これでも少々不安だ。

 暫くすると、分厚い帆布で作られた気嚢が開花寸前まで大きく膨れ上がり、たるんでいたロープの束がピンと張る。
 そんな状況を船尾で見上げるリリーとニールセン公は、驚きを隠せていない様子。

「すごいです、九条! 言った通り、本当に膨れました……」

「いや、凄いのは俺ではないので……」

 確かにこの世界では革新的かもしれないが、俺の世界では当たり前の知識だ。
 それを、自分の手柄のように胸を張る――というのもなんか違う気がするし、かといって、そんなことも知らないのかとマウントを取るのも、人としてどうなのか……。

「熱した空気が軽くなり、上へと昇る――知ってしまえば単純な理ですが、これを見つけた先人たちには頭が上がりません。それを踏まえ、ありがたく使わせていただきましょう」

 これも一つの布施ふせ回向えこう
 布施とは、他者から受け取ったものを自分のためだけでなく、他者や未来の世代のためにも活かしていくことが尊ばれ、回向とは、得た功徳や知識を他者のために還元することが大切だとする仏の教え。

 そんな名も知らぬ過去の偉人たちに敬意を払い、軽く手を合わせていると、鋭い風が肌を刺し思わず身を縮めた。
 気温が低い方が気球にも氷にも都合が良く、更には人の往来もなくなるため出発を深夜としたのだが、予想よりも大分冷える。

「そんなことより陛下、寒くないです? こんな時間ですし、無理に見送りなんて……。陛下に風邪でも引かれたら、俺がネストさんにどやされるんですが……」

 防寒着は着用しているが、吐く息は白く、丸出しの顔は少々赤みを帯びてる。

「何を言ってるんですか! 九条は正式な我が国の使者ですよ? きちんと送り出してあげるのが、国王たる私の務めです」

 その気持ちはありがたいが、そんなことでコット村まで付いて来る必要はあるのかと……。
 当初はハーヴェストの港を経由し、グリムロックへと曳航する予定であったが、直前でのルート変更。まずは、コット村の港を目指す事となった。
 理由はいたって単純だ。海上でもファフナーがそのまま魔導船を曳航するので、ハーヴェストに停泊している王宮所有の船、ロイヤルノーズ号に頼る必要がなくなったのだ。
 であれば、コット村の港からトゥームレイズへと直行したほうが、断然早い。

 そこに何故かリリーが乗っかり、コット村まで見送る――などと言い出したのである。
 公務もあるだろうと、やんわりお断りしたのだが、一歩も譲らず同行するの一点張り。
 ただ、氷上を走る船に乗ってみたかっただけなんじゃないかと勘繰ってはいるのだが、止める立場だろうニールセン公も見送りだけならと特に反対はせず、現在に至るというわけだ。

 今、リリーにオーガたちの事がバレると困るのだが……。ここは、オーガたちがダンジョンで大人しくしてくれている事を祈るとしよう……。

「そういえば、ガストンさんの姿が見えませんが……」

「あぁ、ガストンさんなら、機関室に監禁してます」

「えぇ……」

 それには、ドン引きする2人。しかし、それも仕方のない事である。
 ガストンがただの一般人であれば、そうはしなかった。問題は、リブレス連合国の技術者であり、そこそこの権威を持ち合わせているということだ。
 技術流出を防ぐ為には、どうしても必要なこと。もちろん、それはガストン側にも同じことが言える。
 熱気球がエクアレイス王国の重要な技術資産であるとするなら、魔導船の技術もまたリブレス連合国の重要な資産だ。
 故に俺達が魔導船の機関室に入ることは叶わず、その逆も然り。お互いの技術を守るという意味でガストンも同意の上、機関室に閉じこもった。
 それも、コット村で気球を取り外すまでの辛抱である。

 そこへ颯爽と飛び込んできたのは、ワダツミ。それは輸送準備の完了を意味する。

「いつでも行けるぞ」

「じゃぁ、そろそろ出発するか」

 船首から地面を覗き込むと、ガチガチに氷結した一本道。暗くて先は見えないが、これがコット村まで続いているのだ。
 速度が乗れば、日が出る頃には辿り着けると思うのだが、やってみなけりゃわからないというのが、正直なところ。
 気球を固定しているロープは、既にビクともしないほど張っており、ギチギチと悲鳴を上げている。
 風の影響を受けないようにはしているが、最悪邪魔になるようならゲオルグがそのまま切り離すという対策もバッチリ。

 出発しても大丈夫そ? という俺のアイコンタクトにゲオルグは無言で頷き、カイエンはファフナーの背中で大きく手を振った。

「では、陛下。出発するので船室へ」

「いえ、私もここで」

「結構な速度が出ると思うので、めちゃくちゃ寒いですよ? それにすごく揺れると思いますが……」

 重量が重量なので、飛んだり跳ねたりはしないだろうが、しっかりと整備されたスケートリンクを走る訳じゃない。

「大丈夫です! 私には白狐がいますから!」

「えぇ……」

 白狐に絶大の信頼を置き過ぎである。そりゃ、人間と魔獣の体幹は比べ物にならないだろうが、そこまでして外にいたいのかと思いながらも、そそくさと船室へと避難するニールセン公を横目に、ひとまずは白狐とリリーの身体をロープで結んでおくことで同意した。
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