生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第667話 交換条件

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 エルザについて行くと、王宮内のとある扉の前で立ち止まる。
 ノックをするでもなく、いきなりノブに手を掛けると、当たり前のように扉が開きエルザはそこに吸い込まれていく。

「おい、勝手に……」

 そんな俺の言葉も聞かず、仕方なしに中を覗き込むと、謁見の間ほどの威圧感はなかったが、それでも王宮の一室であることをはっきりと感じさせる格式高い部屋が広がっていた。
 置いてある調度品から察するに、応接室が近いイメージ。ベッドはなく、中央には磨かれた石できた円卓が鎮座している。その周囲には、肘掛け椅子が整然と並んでいた。
 暖炉には静かに火が灯され、パチパチという音とともに部屋に柔らかな温もりを与えている。
 香炉からは、ほのかに香草の煙が立ちのぼり、石と金属の匂いに馴染みのない客人でも過ごしやすいようにと配慮されていた。
 気になる点と言えば、それらがドワーフサイズではなかったこと。ここに辿り着くまでに見てきた物は、どれもが微妙に小さかった。
 謁見の間を除く、一般的な場所の天井は2メートルあるかないかで、手を伸ばせば届きそうだし、椅子に至っては小さすぎて足を折りたたまないと座れない。
 しかし、この部屋だけは、人間を意識して作られたサイズ感だったのだ。

「そんな所に突っ立ってないで、こっちへ来て座ったらどうじゃ?」

 持っていた杖を円卓に立て掛け、椅子に座ってくつろぐエルザの様子は、まさに実家。
 ネクロガルドがドワーフと友好関係にあることは知っているが、常軌を逸しているレベルだ。

「……後で怒られたりしないよな?」

「相変わらず、肝っ玉の小さい奴じゃのぉ。大丈夫、ザルマンの奴もじきに来るじゃろ」

 その言葉通り、数人の使用人と共に現れたのは、国王ザルマン。

「いやぁ、すまんすまん。着替えるのに随分と時間を取られてしまった。正装なぞ滅多にせんからな」

 その気さくな様子に、唖然としていた俺たちを気にも留めず、どっこいせという掛け声とともに円卓へと腰掛ける。
 確かに、先程とは違った装い。国王らしからぬラフな格好。
 煌びやかな王冠の代わりに光っているのは、飾り気のないベルトのバックル。分厚い金銀の刺繍が施されたマントは、厚手の革で仕立てられたチュニックに置き換わり、裾をロールさせた裾広のズボンに頑丈そうな短靴は、庭師のような出で立ちだ。
 恐らくは、それが普段着。綺麗に洗われてはいるが、長年着込んでいるであろう生地の張りのなさは、まさにくたびれていると言って差し支えない。

 使用人達がお茶を入れると、そそくさと部屋を出て行き、残されたのはザルマンひとり……。

「それでエルザ殿、オーガたちの件はどのように?」

「心配いらぬ。九条が何とかしてくれそうじゃからの」

「それは良かった。こちらとしても、ギルドとの不和は避けたいところだったからな」

「え?」

 なんだろう、この疎外感……。ネクロガルドを通じて、ドワーフ側にはある程度の情報提供がなされているであろうとは思っていたが、一体どこまで……。
 ザルマンの変わり身にも驚いたが、なんと言ってもエルザのザルマンに対する言葉遣い。
 相手は一国の主である。それにまさかのタメ口だ。

「表向きはオーガの掃討……。出来る事と言えば、風説の流布が限界でな。そのおかげか、キャラバン募集は鈍化しているようだが、それも時間の問題……。あまり力になれず、すまんな九条殿」

「い、いえ……。そのお気持ちだけで充分です……」

 先程の謁見が、嘘であるかのような変わりようにも驚いたが、エルザのザルマンに対する言葉遣いも一国の主を相手にしているとは思えない。
 そんな俺の様子を不審に思ったのか、ザルマンは眉間に小さな皺を寄せ、口元をかすかに引き結ぶ。

「むむ……どうした九条殿? ワシらとネクロガルドの関係を、知らぬわけではあるまい」

「ええ、まぁ……。友好関係にあるということは存じておりますが……」

 問題は、その度合いなのだが……。

「ネクロガルドとは、30代以上も前からの付き合いだからな」

「30代!?」

 2000年も前からネクロガルドが存在していると考えれば、そうあり得ない話でもない。
 サザンゲイア国王の任期は知らないが、30代ともなると相当長い付き合い。
 そこに、どういう経緯があったのかは知らないが、最早顔が利く――なんてレベルではない……という事だけは、理解した。

「なるほど……。そんなに前から……」

「ネクロガルドには、世話になりっぱなしだ。国家の承認程度のことで、その恩を返せるなら安いもの。……行方不明の仮面は、九条殿に先を越されてしまったからな」

「アハハ……」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるザルマンに、引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯。
 それもそのはず、フードルが持っていたデスマスクは、ドワーフから奪った物だと聞いている。それを俺が譲り受けているのだから、気まずいのは当然。
 魔族からエルフが奪い、エルフはドワーフに奪われ、ドワーフはフードルに奪われた。
 最終的には、俺の手を経てネクロガルドへと返還されたが、そもそもフードルが何もしなければ、今頃はドワーフ側からネクロガルドへと譲渡されていたはず……。
 そう考えれば、少なくともフードルの事は快く思っていないだろう。

「まぁ、それもこれも、エルフどもが大人しく言う事を聞いてくれれば、済む話なんだがな」

 大きく溜息を溢し、背もたれにどっしり寄りかかるザルマン。その苦労は、なんとなくだが理解出来る。
 ドワーフとエルフの仲が悪いのは、周知の事実。とはいえ、リブレス国外にだってエルフは存在しているし、ドワーフと組んでいるエルフの冒険者だって普通にいる。
 それは個人的な問題ではなく、国家レベルの軋轢なのだろう。
 森に生きるエルフ達が、森林を大事にしないドワーフを嫌うのは理解できるが、それを強制するのは、少々やり過ぎな気もする。
 そんな二国間の状況は察しているのだが、俺にはもう1つ、ザルマンに頼まなければならない事がある。

「心中お察しします。……そんな陛下に、不本意ではありますが、お願いしたいことが……」

「うむ。わかっておる。リブレスの魔導船の事だろう?」

 それを聞き、内心ホッとした。
 エルザが前もって言っておいてくれたのか、リリーの書簡に記載されていたのか……。
 どちらにせよ、ありがたい限りだ。

「はい。サザンゲイア国内での、通行許可をいただきたく……」

 許可を貰えれば御の字。陸路運搬はリブレス側にぶん投げるつもりだが、別に無理なら無理でも構わない。
 エクアレイス王国として、返還しようとする努力はした。最悪、その事実があれば十分だ。

「エクアレイスの女王陛下も、随分とお優しいな。ワシなら、強制的に接収して分析。その後、返還には無理難題を吹っかけてやるのに……」

 それが冗談じゃないことは、ザルマンの表情からも明らか。
 個人的には、じゃぁあげますよ……と言いたいところだが、その気持ちをグッと抑え、今は苦笑いでその場を誤魔化す。

「ほかならぬ九条殿の頼み。通行許可は、承知しよう。……しかしながら、こちらもいくばくかの困難を抱えていてな。――可能であれば、貴殿らの助力を仰ぎたいところなのだが……?」

 またしても、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるザルマン。
 何かを企んでいる事はまるわかりで、本来ならお断りしたいところではあるが、乗り掛かった船である。
 頼んではいないが、クリスがガストンに世話になったとも聞いているし、ここはひとつ。ガストンを早く帰国させてやる為にも、覚悟を決めようではないか。

「もちろんです、ザルマン陛下。私にできることであれば、喜んでお力添えいたしましょう」
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