生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第672話 大地を蝕むもの

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 ルートホロウとの距離は10メートルほど。こちらからちょっかいを出さなければ、敵対して襲ってくることはないとわかってはいても、目は離せない。

「シャーリー。そろそろ準備を頼む」

「おっけー」

 俺の言葉に親指をビシッと立てると、待ってましたと言わんばかりのウィンク。
 手に持っていたミスリル製の弓を背負い、近くにあった瓦礫の山を手際よく登っていく。

「うん。いい眺め」

 数分後、シャーリーが昇り切った場所は、鐘楼の上。緊急時に警鐘を鳴らす場所だ。
 その1階部分が崩れてしまっている所為で、今にも倒壊しそうなほど傾いてはいるのだが、上から手を振るシャーリーの様子を見るに、その危険性は低そうだ。

 暫くすると、闇に沈んでいた建物たちが、少しずつ輪郭を浮かび上がらせ、街はゆっくりと目を覚ます。
 ドワーフの部隊が、周囲に明かりを灯して回っているからだ。
 暫く光が入らなかった所為か、植物らしい植物は見えず、辺りは灰色と茶色で覆われた殺風景な世界。
 その浸食力たるや、世界樹の生命力を思い知らされる。

「あっ、そろそろ準備オーケーみたいよ?」

 辺りに響く銅鑼の音。それは、ドワーフ部隊の準備が整ったことを知らせる合図。

「じゃぁ、作戦開始といきますか。【死骸壁ボーンウォール】」

 魔法書に手を掛け、魔力を紡ぐ。すると、シャーリーの足元が盛り上がり、出現したのは骨で出来た白い壁。
 それは、死者の名残たる骨を密集させ、厚く高く積み上げた壁を作り出す術である。
 シャーリーを守るための防御壁。その正面に開いている僅かな隙間は、もちろんわざと。矢を打ち抜くための狭間である。

 その確認後、シャーリーは拾った瓦礫の塊で、鐘楼の鐘をガツンと叩く。
 思わず耳を覆いたくなるほどの鐘の音が辺りに響き、その余韻が残る中、シャーリーはすぐに矢を番えた。
 当然それも、ミスリルで出来た特別製だ。

 ペロリと舌を出し呼吸を整え、弓をこれでもかと引き絞ると、緩やかな弧はみるみるうちに角度をつける。

「これで沈んでちょーだい……ねッ! "チャージショット"!」

 それは、弓を限界まで引き絞ることで力を溜め、威力を何倍にも上げるスキル。
 呟きと共に張り詰めた弦が解放されると、矢は骨壁の隙間を通り、ルートホロウへと一直線。
 その一射は、シャーリーの狩人レンジャーとしての誇りと、技量を凝縮した集大成とも言うべきもの。
 さらにはエルザの、竜の魂エンハンスドドラゴンソウルが上乗せされている。故に、シャーリーの人生の中で、最も威力の高い一撃となったのは言うまでもない。

「――ッ!?」

 ルートホロウが、シャーリーの殺意に反応したのは一瞬だった。
 僅かばかりに動いた体。しかし、次の瞬間にはミスリル製の矢が、その頭を打ち抜いていたのだ。
 バリバリと、まるで乾ききった樹皮を無理やり裂いたかのような不快な音が辺りに響き、貫通した矢は地面を抉り、突き刺さる。
 裂けた大地の亀裂のような頭からは、血液にも似た薄紫色の液体が滲み出た。

「やった……。硬いとは聞いてたけど、通用したっ!」

 ルートホロウは、こちらから攻撃しないと動かない。故に余計なことは考えず、目標を打ち抜く事だけを考えればいい。
 逆に、それが効かなければ、シャーリーにとってはお手上げだったが……。

「チッ……。まぁ、そう簡単にはいかないわよね」

 しかし、シャーリーの笑顔はすぐに消え、僅かに舌打ちを漏らす。

 ルートホロウが、乾いた呻きにも似た音を発すると、ねじれた腕を持ち上げた。
 その指先がミシミシと嫌な音を立て、裂けた樹皮の間から鋭利な先端が顔を覗かせると、次の瞬間、それは一斉にシャーリーへと向かい襲い掛かった。

「――ッ!?」

 まるで無数の鞭の先端が、意思を持ったかのような動き。
 シャーリーの一撃には劣るが、それでもその速度に反応出来る者はそういない。

「ワダツミ! コクセイッ!」

 俺の言葉よりも若干早く動いた魔獣達は、襲い来る鞭を切り裂くも、逃した数本が骨の壁に突き刺さる。

「大丈夫! こっちは平気!」

 貫通していたらという不安が頭を過るも、すぐに聞こえてきたシャーリーの声に、ひとまずは安堵。
 それならばと、徹底抗戦を開始する。

「【呪縛カースバインド】!」

 その魔法は、呪われた闇の鎖を現世へと呼び寄せ、標的を絡め取る。
 ただの金属ではない。鎖は黒く煤け、触れたものを蝕む怨嗟の具現。冷たく、重く、まるで古の罪人たちが最後に引きずった鉄鎖のように、粘りつく憎悪を帯びている。
 放たれた鎖は音もなく伸び、ルートホロウの四肢に巻き付き束縛した。

「今だッ!」

 その声に応じ、二体の魔獣が閃光のように駆ける。
 ワダツミは重い前肢で根の節を叩き潰し、コクセイはしなやかに舞いながら、鋭い牙を突き立てる。
 双方とも、魔獣の名に恥じぬ猛々しさ。木の幹を割く音が悲鳴のように響き渡り、ルートホロウは身を仰け反らせ、呻くよう軋む。

「なんだ、意外と脆いではないか!」

 ワダツミの言葉通り、今やルートホロウは腐った樹木のようにボロボロ。呪縛カースバインドで縛りつける必要があるのかすら疑うほど。
 このまま攻撃を続けていれば、いずれは倒せるだろうと、気を緩めた瞬間だった。

「九条! 下よッ!」

 シャーリーからの警告に、視線を落とすと、目の前に迫っていたのは槍のような鋭い木の根。

「――ッ!?」

 突如、地面から飛び出してきたそれは目元をかすめ、焼けつくような痛みが走る。
 木の根の槍がほんのわずかに皮膚を割き、熱い線を引いていく。まぶたの際、薄く繊細な皮膚が裂けた感触が、嫌に生々しく脳裏に焼き付いた。
 視界の隅がじわりと赤く染まり、血が涙のようにこぼれ落ちる。あと少し反応が遅れていれば、左目が潰れていたかもしれないと思うとゾッとする。

「九条殿ッ!」

 瞬時に戻って来てくれたワダツミが、伸びた根を切り裂き、心配そうに顔を覗かせる。

「大丈夫だ。傷は浅い」

 油断していた訳ではないが、地中からの奇襲はまったくの予想外。

「厄介だな……」

 傷口を拭い、余計に気を引き締める。これからは、地下からの攻撃にも警戒しなければならない。
 それはそれで大変なのだが、傷口から滴る赤は、戦場においてはむしろ目覚ましの冷水だった。
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