生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第674話 願いと希望

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 地下都市に響く鐘の音。ドワーフたちには聞き慣れている音ではあるが、今回ばかりは違和感が凄い。

「シャーリーと言ったか……。あの人間、鐘を傷付けてなきゃいいんだが……」

 強く揺らせば鳴らせる鐘も、壊れているなら無理矢理にでも叩いて鳴らす。
 地下都市の中心にある鐘楼は街のシンボルでもある為、丁重に扱ってほしいというのがドワーフたちの想いではあったが、今は非常時。贅沢は言っていられない。

「……戦士長! 予定通り、戦闘が始まりました!」

 単眼鏡で九条達の様子を見ていたドワーフの1人が振り返ると、ドログに向かって姿勢を正す。
 言われずともわかるくらいの振動が足元から伝わり、遠くで舞い上がるのは土埃。それに混じって飛び散る木くずの量は、自分達では成し得ないほどの力の差を思い知る。
 ドログたちは、その光景に歯がゆさを覚えながらも、決意を新たに世界樹の根へと向き直った。

「よーし、準備はいいかぁ! 九条殿が足止めをしている内に、何としてでも世界樹の根を切り落とすッ! 我等ドワーフの力を見せてやれッ!」

「おおッ!」

 ドログが皆を鼓舞し、気合を入れる作業員達。世界樹の根を跨ぐように掛けられた足場。そこに陣取るドワーフたちが殺気立つと、辺りは緊張感に包まれる。
 この日の為にと用意されたノコギリは、世界に2つとない特別製。言うなれば、世界樹専用設計品だ。
 刃渡りだけでも5メートル。それだけの長さに加え、ノコギリ特有の薄さに耐えられる素材、ということでのミスリル製。
 それは、大型の丸太や巨木を伐採、切断するために使われる二人両手引き鋸と呼ばれる物だった。
 通常のノコギリには、引く時に切れて押す時には切れないという特性がある。これは、刃の形状や角度が引く動作に適して作られているためであり、押す時にはうまく切れず、力も無駄になってしまう。
 そんな弱点を補うために考案されたのが、2人で使う両手挽き鋸だ。
 両端に取っ手がついていて、2人1組で互いに引き合いながら木材を切ることで、効率よく繊維を断ち切ることができるという代物。
 斧とは違い、一度当たりを付け、刃が食い込んだらひたすら同じ場所を切り進めればいいので、時間的にも体力的にも合理的。
 大きさ故に2人ではなく、4人で引き合う設計となっているため、その分作業員たちには息を合わせた動きが求められる。
 故の少数精鋭だ。トゥームレイズの腕利き伐採職人が、交代要員も含め6人と、その護衛にと軍から選出された選りすぐり、6人からなる総勢12名のドワーフ部隊。

「位置ヨシッ! いつでもいけますッ!」

「引けぇッ!」

 号令とともに、屈強なドワーフたちが息を合わせ、巨大な両刃ノコギリを動かし始める。
 ゴリゴリと響く重苦しい音も、速度が上がると共に、軽快なリズムへと変化していく。

「いいぞ……。このままいけば……」

 それは皆が思うほどではなかったが、ノコギリの刃はゆっくりと、それでいて確実に樹根へと食い込んでいった。

「九条殿の方は、どうだ?」

「……問題ありません。ルートホロウは、まだこちらには気が付いてないようです」

「よし、今のうちだ……」

 本体の根を傷付ける事によって、ルートホロウが狙いを変える可能性を危惧していたが、足止めは上手くいっている様子。
 後は、時間との戦いだ。
 静寂な空洞に響き渡る木と金属がこすれ合う音は、まるで大地の心臓が軋むかのよう。
 周囲には木くずが積み上がり、僅かな風でも舞い上がる。
 汗が飛び、掛け声が飛ぶ。疲労が限界に達する前に引き手の交代が行われ、それが何度も繰り返される中、徐々に刃は根の奥へと進み、その断面からは濃密な魔力が樹液のように溢れ出ていた。

「それに触れるなよ! 中毒で死にたくなければな!」

 ドログの声に返事はなく、ノコギリを引く手は一瞬たりとも止まらない。
 聞こえなかったわけではない。自分達の祖国のためにと命懸けで戦っている者がいるのだから、当然それには報いるべきだと覚悟は既に決まっているのだ。
 この機会を逃せば、街は今以上に酷くなる。最悪、エルフたちとの戦争にもなりかねない事態。
 大義はドワーフたちにあるが、好き好んで戦争をする者などそうはいない。
 人の命や時間、資源が大量に失われるにも関わらず、その多くが報われることなく、虚しさしか残らぬ事を知っているのだ。

(――なんだ? ……急に、鋸が重く……)

 世界樹の根切りは順調に進み、そろそろ折り返し地点に差し掛かろうとしていた頃、作業員たちに動揺が走った。
 僅かな手応えの変化。
 すると、切れ目のすぐ隣。根っこの側面が膨らみ始め、それはあっという間に節になった。

 ドログは、それに気付かなかった。何故なら、自分達には出来なかった偉業を、九条達が成し遂げていたからだ。
 見張りをしていたドワーフの片眼鏡を奪い、前のめりで覗き見る。

「お……おお……ついに……」

 そこに残っていたのは、ルートホロウの脚部のみ。それも音もなく倒れると、当然勝利を確信する。
 ――しかし、それも風前の灯火。後方から聞こえてきた悲鳴に振り返ると、ドログは目を見開いた。

「どういうことだ!?」

 根の側面に出来た節が弾け、生まれてきたのはルートホロウ。流石の作業員達もそれには驚き、乱れる統率。
 グラグラと足場が揺れ、それでも尚立ち上がろうとするルートホロウを前に、銅鑼の音が鳴り響く。
 作業員の1人が勝手に鳴らした結果ではあるが、それは緊急事態を知らせるには充分な不協和音だった。

「下がれッ! 盾兵、前へ!」

 作業員達が大慌てで下がっていく中、咄嗟の号令により陣形が組まれ、ドログを含めた兵達は、獲物を手に応戦の構え。

「くるぞッ! 怯むなッ!」

 メキメキと、木材を捻じ曲げるような音を立て、ゆらりと立ち上がるルートホロウ。両の腕がドワーフたちへ向かられると、指先が割れ触手のような樹根を伸ばす。

「――ッ!?」

 しかし、それはドログたちの直前で止まった。なぜなら、1本の矢がルートホロウの胴をぶち抜いたからだ。
 それだけではない。2体の魔獣が風のように駆け付け、一瞬にしてルートホロウをただの丸太へと変えてしまったのである。
 予定にはなかった救援。突如現れたワダツミとコクセイのおかげで、自分達が助かったのだという実感を覚える間もなく、コクセイがノコギリを咥えて放ると、ワダツミはその切れ目に水の刃を奔らせた。

「ぐぅ、内部ならいけるかとも思ったが、やはりダメか……」

 世界樹の根。その外皮は生まれたてのルートホロウなど比にもならないほどに硬く、露出した内部であれば或いはと試してはみたものの、僅かに傷を付けたに過ぎない。
 その間にも、根には新たな節が産まれ、ゆっくりと膨らみ始めている。

「またか!」

 そんな中、耳を劈くような破裂音が地下都市に響き、皆が上をそれを見上げると、キラキラと輝く金属片。

「くっ……撤退だ!」

 その合図に、ドログは悔しさを顔に滲ませながらも指示を出す。
 すぐに踵を返すドワーフたち。足場から飛び降り、決められたルートを駆け出した。
 その殿を務めるはずだったワダツミとコクセイが、それを追いかけなかったのは、ドログだけが何時まで経っても動こうとしないから。

「な、なんだあれは……」

 九条に何があったのかを確認しようと、ドログが視線を向けた先にいたのは、ルートホロウに似た何か。
 それは、ドワーフでなくとも見上げなければならないほどの、ルートホロウの親分とも言うべき存在だった。
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