6 / 10
本編
6
しおりを挟む
週末の金曜日。屋島との約束の日がやってきた。
佑は仕事を早々に切り上げて、屋島との待ち合わせ場所へと向かった。すでにそこには屋島の姿があって、佑を出迎えてくれる。
「お疲れ様です。未神先輩!」
「お疲れ、待ったか」
「いいえ、僕も今来たところです。じゃあ行きましょうか」
「ああ、そうだな」
屋島は「いい店が見つかったんです」と嬉しそうに語りながら歩き始めた。
ここに来るまで、屋島とは何を話したらいいのかと悩んでいた。二人の共通の話題と言ったら仕事くらいなもので、せっかく飯に行くのだ、そんな話題ではつまらないだろうと思っていた。
でも、そんなことを考えるだけ無駄だったようだ。
嬉しそうに話す屋島の表情を見ていたら自然体でいいのだと、そう思えた。
こいつとなら、気兼ねなくなんでも話せるかもしれないな。
そんなことを頭の片隅に思いながら、二人は店へと向かった。
店へ向かうまでに屋島から、今日行く店についてあれこれと話を聞いていた佑は、ひとつの結論に達していた。そしてそれは、今歩いているこの道で確定した。
あ、やっぱり!
「ここです」
店のドアを開け、屋島が先に店内へと入って行く。佑もそれに続き、店のドアを潜った。
「いらっしゃいませ」
店内からスタッフの声が聞こえる。
「予約していた屋島です」
「はい、お待ちしてました。中へどうぞ。あれ? 未神さんじゃないの。最近全然顔見せないから、お仕事忙しいのかと。大丈夫なの?」
「お久しぶり、マンマ。結構忙しくしててね。最近落ち着いたところです」
ちなみにこの人は俺の母親でもなんでもない。常連の間では、この店のお母さんと称してみんなから「マンマ」と呼ばれているのだ。
「そうかい。んじゃ、今日はいっぱい食べてってね」
マンマは奥のテーブル席に案内してくれた。
席に着くなり、屋島は少し不安そうな顔をしている。
「先輩、この店って……」
「あぁ、俺の行きつけなんだよ。まさか屋島がこの店を見つけてくるなんて、本当に偶然だな」
「そう、ですね…… 」
佑の言葉を聞いて少し不安は取り除けたようではあるが、まだ何か気になることでもあるのだろうか。屋島は未だしっくり来ないというような面持ちで俺を横目で覗いている。
「どうした。なんかあったか?」
「いえ、違う店の方が良かったの、かなと……」
「どうしてだ」
「先輩って、あんまり自分の私生活に入られたくないんじゃないかなって……。何となく、僕はそこには踏み込んじゃいけないような気がしてたんです。それだけは一応の僕でも、気をつけていたつもりだったんで……。だから、この店は大事なところだったの、かなと」
そんなこと。と思ってしまったが、屋島なりの気遣いは佑自身にも見て取れた。
「何が食べたいかって屋島に聞かれた時、イタリアンて答えただろう」
「はい」
「屋島が店探すって言わなかったら、ここに連れてこようと思ってた」
「そうだったんですか」
「あぁ。だからちょっとどころじゃなく、結構びっくりしてるよ。別に会社からめっちゃ近いわけじゃないのに、なんでここを選んだのか。なんだろうな……、ちょっと運命的なもの感じるな」
佑は普通に嬉しかった。自分の好きなものを共有できた様な気がして、心が踊ると言うのはこういうことなのだろうな。
「先輩と行くならかしこまったところは違うなと思いながら、色々調べてたんです。そしたらこの店をたまたま見つけて、雰囲気がいいなと。あと、店の名前に惹かれたところもあります」
「『泥棒かささぎ』か」
「そうです。これオペラのタイトルですよね。全然詳しくないんですけど、小さい頃に祖母に一度だけオペラに連れて行ってもらったことがあるんです。それがこのタイトルで」
「おしゃれなお祖母さんだな」
屋島の容姿からなんとなく想像してしてしまうが、至極美人なお祖母さんなのではないだろうか。少し会ってみたい気もするなと、佑は純粋に思った。
「たまたまもらったチケットですよ。本当は祖父と行きたかったんでしょうけど、あまりこういうのを好まなかった人なので、僕を連れてってくれたみたいです。さっきも言いましたが、オペラの内容は全然わからなかったんですよ。小学生じゃまともに字幕も追えませんから。でも小さいなりに、心に刺さるものがあったんですよね」
「なんとなく、わかる気がするな。その感覚は」
「『誰でもない、かささぎが犯人ってことだわ。誰も傷付かずに済むわね』って、祖母は言ったんです。その言葉だけ、なぜか覚えていて大人になってからふと思いついたようにネットで調べました。あぁ、そういう内容だったのかって」
昔話を話す屋島の顔はとても和やかで、時折笑い混じりに話すその姿は、どこか懐かしさを覚えた。
「俺もな、店の名前がオペラの題名だったなんて初めは知らなかったよ。後から店名の由来をマンマから聞いて知ったんだ」
「由来? ですか」
「もしも、ここの店で喧嘩をしても『かささぎ』のせいにすればいい。みんなには笑顔で帰ってもらいたいんだと」
「なるほど」
まだ注文もしていないのにずいぶんと話し込んでしまった。でもおかげで、屋島のわだかまりはもう消えたみたいだ。
「つい話し込んじゃったな。とりあえず、飲み物でも頼もうか。すみませーん! 生でいいか?」
「はい。ついでに簡単なものも頼みましょう」
佑は思う。
こいつとの運命とやらを、少しだけ信じてみてもいいのではないか、と。
佑は仕事を早々に切り上げて、屋島との待ち合わせ場所へと向かった。すでにそこには屋島の姿があって、佑を出迎えてくれる。
「お疲れ様です。未神先輩!」
「お疲れ、待ったか」
「いいえ、僕も今来たところです。じゃあ行きましょうか」
「ああ、そうだな」
屋島は「いい店が見つかったんです」と嬉しそうに語りながら歩き始めた。
ここに来るまで、屋島とは何を話したらいいのかと悩んでいた。二人の共通の話題と言ったら仕事くらいなもので、せっかく飯に行くのだ、そんな話題ではつまらないだろうと思っていた。
でも、そんなことを考えるだけ無駄だったようだ。
嬉しそうに話す屋島の表情を見ていたら自然体でいいのだと、そう思えた。
こいつとなら、気兼ねなくなんでも話せるかもしれないな。
そんなことを頭の片隅に思いながら、二人は店へと向かった。
店へ向かうまでに屋島から、今日行く店についてあれこれと話を聞いていた佑は、ひとつの結論に達していた。そしてそれは、今歩いているこの道で確定した。
あ、やっぱり!
「ここです」
店のドアを開け、屋島が先に店内へと入って行く。佑もそれに続き、店のドアを潜った。
「いらっしゃいませ」
店内からスタッフの声が聞こえる。
「予約していた屋島です」
「はい、お待ちしてました。中へどうぞ。あれ? 未神さんじゃないの。最近全然顔見せないから、お仕事忙しいのかと。大丈夫なの?」
「お久しぶり、マンマ。結構忙しくしててね。最近落ち着いたところです」
ちなみにこの人は俺の母親でもなんでもない。常連の間では、この店のお母さんと称してみんなから「マンマ」と呼ばれているのだ。
「そうかい。んじゃ、今日はいっぱい食べてってね」
マンマは奥のテーブル席に案内してくれた。
席に着くなり、屋島は少し不安そうな顔をしている。
「先輩、この店って……」
「あぁ、俺の行きつけなんだよ。まさか屋島がこの店を見つけてくるなんて、本当に偶然だな」
「そう、ですね…… 」
佑の言葉を聞いて少し不安は取り除けたようではあるが、まだ何か気になることでもあるのだろうか。屋島は未だしっくり来ないというような面持ちで俺を横目で覗いている。
「どうした。なんかあったか?」
「いえ、違う店の方が良かったの、かなと……」
「どうしてだ」
「先輩って、あんまり自分の私生活に入られたくないんじゃないかなって……。何となく、僕はそこには踏み込んじゃいけないような気がしてたんです。それだけは一応の僕でも、気をつけていたつもりだったんで……。だから、この店は大事なところだったの、かなと」
そんなこと。と思ってしまったが、屋島なりの気遣いは佑自身にも見て取れた。
「何が食べたいかって屋島に聞かれた時、イタリアンて答えただろう」
「はい」
「屋島が店探すって言わなかったら、ここに連れてこようと思ってた」
「そうだったんですか」
「あぁ。だからちょっとどころじゃなく、結構びっくりしてるよ。別に会社からめっちゃ近いわけじゃないのに、なんでここを選んだのか。なんだろうな……、ちょっと運命的なもの感じるな」
佑は普通に嬉しかった。自分の好きなものを共有できた様な気がして、心が踊ると言うのはこういうことなのだろうな。
「先輩と行くならかしこまったところは違うなと思いながら、色々調べてたんです。そしたらこの店をたまたま見つけて、雰囲気がいいなと。あと、店の名前に惹かれたところもあります」
「『泥棒かささぎ』か」
「そうです。これオペラのタイトルですよね。全然詳しくないんですけど、小さい頃に祖母に一度だけオペラに連れて行ってもらったことがあるんです。それがこのタイトルで」
「おしゃれなお祖母さんだな」
屋島の容姿からなんとなく想像してしてしまうが、至極美人なお祖母さんなのではないだろうか。少し会ってみたい気もするなと、佑は純粋に思った。
「たまたまもらったチケットですよ。本当は祖父と行きたかったんでしょうけど、あまりこういうのを好まなかった人なので、僕を連れてってくれたみたいです。さっきも言いましたが、オペラの内容は全然わからなかったんですよ。小学生じゃまともに字幕も追えませんから。でも小さいなりに、心に刺さるものがあったんですよね」
「なんとなく、わかる気がするな。その感覚は」
「『誰でもない、かささぎが犯人ってことだわ。誰も傷付かずに済むわね』って、祖母は言ったんです。その言葉だけ、なぜか覚えていて大人になってからふと思いついたようにネットで調べました。あぁ、そういう内容だったのかって」
昔話を話す屋島の顔はとても和やかで、時折笑い混じりに話すその姿は、どこか懐かしさを覚えた。
「俺もな、店の名前がオペラの題名だったなんて初めは知らなかったよ。後から店名の由来をマンマから聞いて知ったんだ」
「由来? ですか」
「もしも、ここの店で喧嘩をしても『かささぎ』のせいにすればいい。みんなには笑顔で帰ってもらいたいんだと」
「なるほど」
まだ注文もしていないのにずいぶんと話し込んでしまった。でもおかげで、屋島のわだかまりはもう消えたみたいだ。
「つい話し込んじゃったな。とりあえず、飲み物でも頼もうか。すみませーん! 生でいいか?」
「はい。ついでに簡単なものも頼みましょう」
佑は思う。
こいつとの運命とやらを、少しだけ信じてみてもいいのではないか、と。
33
あなたにおすすめの小説
ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした
おもちDX
BL
弁護士なのに未成年とシちゃった……!?と焦りつつ好きになったので突き進む攻めと、嘘をついて付き合ってみたら本気になっちゃってこじれる受けのお話。
初めてワンナイトした相手に即落ちした純情男 × 誰とも深い関係にならない遊び人の大学生
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
撮り残した幸せ
海棠 楓
BL
その男は、ただ恋がしたかった。生涯最後の恋を。
求められることも欲されることもなくなってしまったアラフィフが、最後の恋だと意気込んでマッチングアプリで出会ったのは、二回り以上年下の青年だった。
歳を重ねてしまった故に素直になれない、臆病になってしまう複雑な心情を抱えながらも、二人はある共通の趣味を通じて当初の目的とは異なる関係を築いていく。
え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】
水城
BL
マジメな元体育会系Subの旗手元気(はたて・げんき、二十代公務員)は、プチ社畜。
日曜日、夕方近くに起き出して、その日初めての食事を買いに出たところで、いきなり「おすわり」の声。
身体が勝手に反応して思わずその場でKneelする旗手だったが、なんと。そのcommandは、よその家のイヌに対してのモノだった。
犬の飼い主は、美少年な中学生。旗手は成り行きで、少年から「ごほうび」のささみジャーキーまで貰ってしまう始末。
え、ちょっと待って。オレってこれからどうなっちゃうの?! な物語。
本を読まない図書館職員と本が大好きな中学生男子。勘違いな出会いとそれからの話。
完結後の投稿です。
【完結】サボテンになれない俺は、愛の蜜に溺れたい
古井重箱
BL
【あらすじ】料理人の陽翔(26)は、交際中の予備校講師、玲司(29)と暮らすことになった。甘い生活が始まるかと思いきや、玲司は勉強や趣味の読書で忙しく、陽翔は放置されてしまう。重いと言われるのが怖くて甘えられない陽翔は、愛情が少なくても気にしない「サボテン系男子」を目指そうとするが──【注記】クーデレの美形×寂しがり屋な平凡くん【掲載先】pixiv、ムーンライトノベルズ、アルファポリス、自サイト
かわいい王子の残像
芽吹鹿
BL
王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。
【完結】最初で最後の男が、地味で平凡な俺でいいんですか?
古井重箱
BL
【あらすじ】仲野晴久(28)は無難な人生を送りたい地味リーマン。ある日、晴久は年下のイケメン、園部悠介(25)と出会う。平凡な人生に突然現れた、顔も性格もいい120点満点の相手。晴久は、悠介に愛されることに不安を覚え、彼を拒んでしまう──【注記】イケメンかつ性格のいい美形攻×自己肯定感が低い平凡受【掲載先】pixiv、ムーンライトノベルズ、アルファポリス、自サイト
ずっと二人で。ー俺と大好きな幼なじみとの20年間の恋の物語ー
紗々
BL
俺は小さな頃からずっとずっと、そうちゃんのことが大好きだった───。
立本樹と滝宮颯太は、物心ついた頃からの幼なじみ。いつも一緒で、だけど離れて、傷付けあって、すれ違って、また近づいて。泣いたり笑ったりしながら、お互いをずっと想い合い大人になっていく二人の物語です。
※攻めと女性との絡みが何度かあります。
※展開かなり遅いと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる