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第二章
六
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この時期、信長には他にも寵愛する側室が存在した。生駒の方、吉乃と呼ばれている女性だ。この永禄三年(一五六〇)までに既に信長との間に三人の子を設けている。
長子が奇妙丸(後の信忠)、次子が茶筅丸(後の信雄)、末子が娘の五徳(後の徳川家康嫡男松平信康の正室)だ。
彼女の他にも信長にはもう一人子を産ませた側室がいた。坂氏の出の女性だ。名は不詳とされている。この女性は、信長の三男である三七(後の信孝)を産んでいる。晩年は不遇な人生を送っている。本能寺の変で信長が斃れたあと、坂氏は息子信孝が秀吉と対立し、その結果、孫娘とともに磔刑となってその生涯を閉じた。
さて、話を永禄の三年に戻す。
駿府を発った今川義元は、尾張沓掛城に入ると、松平元康(後の徳川家康)率いる三河岡崎勢に命じ、大高城に兵糧を運び入れさせた。五月十八日の夜のことだ。この一報が清須城に齎されても信長は全く動く気配を見せなかった。夜通し行われた軍議も雑談ばかりで終わり、信長は一人寝所に引き上げた。
翌十九日、丑の刻限(午前三時頃)、元康率いる三河松平勢は、佐久間大学助盛重が護る丸根砦を攻略。城将盛重以下諸将は討死した。
「丸根砦が落ちました」
この報せを聞くと、信長寝具を撥ね退け起き上がった。
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」
幸若舞『熱盛』を舞うと、信長は、
「出陣じゃーっ! 法螺を吹けっ、具足をこれにっ!!」
近習に具足を着けさせると、信長は突っ立ったまま湯漬けを掻き込むように食べ、寅の刻(午前四時頃)清須城を出立した。『信長公記』にはそう記されている。
この時、彼に従ったのは、岩室長門守、長谷川橋介、佐藤藤八(前田利家実弟)、山口飛騨守、賀藤の荒小姓五名である。
統領織田信長の突然の出陣に慌てふためいたのは、林秀貞、柴田勝家他重臣たちだった。
彼らは信長から何も知らされていなかったのだ。
その理由は、今川方の内通者を疑い、信長は自分の頭の中にある戦略を一切漏らさなかったのだ。
辰の刻(午前八時頃)、信長は熱田に到着した。清須から熱田までは直線で二里(約八キロメートル)に満たない。七キロメートルほどだ。それを馬で四時間近く掛け移動したことになる。余りにもゆっくりとした行軍だ。
熱田に到着すると信長は、熱田神宮で戦勝祈願をした。その間、最初清州城を出た時六人だった織田勢は、三千人近くまで膨れ上がった。
しかし、信長は居並ぶ諸将を前にしてもまだ本心を打ち明けることはなかった。
その後信長率いる織田勢は、巳の刻(午前十時頃)、鳴海城を囲む善照寺砦に入った。そこでもまだ信長は本心を明かさない。
「御屋形様は一体何を考えておられるのか」
怪訝そうに柴田勝家が首を傾げる。
「あの方の考えておられることなど、我ら凡人には分からぬ」
林秀貞も虚しくかぶりを振った。
信長出陣の報を聞き、勢いついた佐々政次(佐々成政の長兄)、千秋季忠(熱田神宮大宮司)ら三十余名が、今川勢に奇襲を掛け虚しく討死した。
その後も信長は全く動く気配を見せず、善照寺砦に留まった。
「四郎左衛門にござる。梁田四郎左衛門にござるっ!」
一騎駆けの騎馬武者が名乗りを上げ、信長がいる本陣に近寄って来た。
「火急のよう故、馬上にご無礼仕る。今川治部大輔義元殿、田楽桶狭間山にて中食っ!」
「であるか」
信長は、梁田政綱からの注進を受け、こくりと頷いた。
「佐久間半羽介っ。そこもとの手勢をこの善照寺の砦に留め置く。他の者はこの上総介三郎信長に続けっ!」
信長は勢いよく床机から立ち上がる。
一方、丸根、鷲津両砦の攻略と緒戦に於ける快勝に快くした今川勢は、足軽、雑兵の類まで酒が振る舞われ、勝利の美酒に酔い踊り狂った。
「ん!? 雨か……」
突然振り出した雨に驚き、今川義元は恨めしそうに初夏の尾張の空を見上げた。
暗澹たる雲が一面を覆っていた。
遠くの方では雷鳴が轟き、縦横無尽に稲妻が走った。
拳大の雹まで振って来た。
「御屋形様、あちらに雨粒を凌げる御座所を御用意致しました故」
今川家の重臣関口刑部少輔親永が義元に声を掛け、陣所を指差した。
因みに親永は、松平元康(後の家康)の舅に当たる。彼の娘、瀬名姫は、今川義元の養女となり元康の許に嫁いだ。
「雨風に濡れては御身体に触りまする。ささ早う」
重臣朝比奈丹波守親徳も、肥満体の主君義元の身体を気遣った。
「相済まぬ。しかし、この雨では尾張の小倅も動けまい」
「御意」
親永と親徳の両名が声を揃えて頷いた。
未の上刻(午後一時頃)、視界を遮るほどの驟雨が織田勢を襲った。たじろぐ勝家以下重臣たちを前に、信長は遂に本心を明かした。
「これより、我らは田楽桶狭間山に陣取る義元本陣を衝くっ!! 者共我に従えぇぇっ!!」
信長が唸った。
「応っ!!」
それに呼応するのは、荒小姓を始めとした信長の側近だけだった。
勝家たち重臣は、前代未聞の奇襲作戦を耳に唖然となり戦慄すら覚えた。
「我に続けっ!!」
信長は拳大の雹が降り続く中、今川本陣がある田楽桶狭間山へ向け、俊馬を駆った。
やがて驟雨も治まり、先ほどまでの悪天候が嘘のように青空が戻った。
信長率いる織田勢二千余人は、桶狭間に向け一気に駆けて行った。
目の前に、今川家の二つ引両と赤鳥の旗指物が靡いていた。
「義元の本陣ぞぉっ。者共っすわ懸かれぇぇぇっ!!」
信長の号令とともに、織田勢が今川勢に襲い掛かった。
突然の織田勢の奇襲攻撃を受け、既に緊張感が欠けていた今川勢は忽ち浮足立ち総崩れとなった。
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さて、話を永禄の三年に戻す。
駿府を発った今川義元は、尾張沓掛城に入ると、松平元康(後の徳川家康)率いる三河岡崎勢に命じ、大高城に兵糧を運び入れさせた。五月十八日の夜のことだ。この一報が清須城に齎されても信長は全く動く気配を見せなかった。夜通し行われた軍議も雑談ばかりで終わり、信長は一人寝所に引き上げた。
翌十九日、丑の刻限(午前三時頃)、元康率いる三河松平勢は、佐久間大学助盛重が護る丸根砦を攻略。城将盛重以下諸将は討死した。
「丸根砦が落ちました」
この報せを聞くと、信長寝具を撥ね退け起き上がった。
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」
幸若舞『熱盛』を舞うと、信長は、
「出陣じゃーっ! 法螺を吹けっ、具足をこれにっ!!」
近習に具足を着けさせると、信長は突っ立ったまま湯漬けを掻き込むように食べ、寅の刻(午前四時頃)清須城を出立した。『信長公記』にはそう記されている。
この時、彼に従ったのは、岩室長門守、長谷川橋介、佐藤藤八(前田利家実弟)、山口飛騨守、賀藤の荒小姓五名である。
統領織田信長の突然の出陣に慌てふためいたのは、林秀貞、柴田勝家他重臣たちだった。
彼らは信長から何も知らされていなかったのだ。
その理由は、今川方の内通者を疑い、信長は自分の頭の中にある戦略を一切漏らさなかったのだ。
辰の刻(午前八時頃)、信長は熱田に到着した。清須から熱田までは直線で二里(約八キロメートル)に満たない。七キロメートルほどだ。それを馬で四時間近く掛け移動したことになる。余りにもゆっくりとした行軍だ。
熱田に到着すると信長は、熱田神宮で戦勝祈願をした。その間、最初清州城を出た時六人だった織田勢は、三千人近くまで膨れ上がった。
しかし、信長は居並ぶ諸将を前にしてもまだ本心を打ち明けることはなかった。
その後信長率いる織田勢は、巳の刻(午前十時頃)、鳴海城を囲む善照寺砦に入った。そこでもまだ信長は本心を明かさない。
「御屋形様は一体何を考えておられるのか」
怪訝そうに柴田勝家が首を傾げる。
「あの方の考えておられることなど、我ら凡人には分からぬ」
林秀貞も虚しくかぶりを振った。
信長出陣の報を聞き、勢いついた佐々政次(佐々成政の長兄)、千秋季忠(熱田神宮大宮司)ら三十余名が、今川勢に奇襲を掛け虚しく討死した。
その後も信長は全く動く気配を見せず、善照寺砦に留まった。
「四郎左衛門にござる。梁田四郎左衛門にござるっ!」
一騎駆けの騎馬武者が名乗りを上げ、信長がいる本陣に近寄って来た。
「火急のよう故、馬上にご無礼仕る。今川治部大輔義元殿、田楽桶狭間山にて中食っ!」
「であるか」
信長は、梁田政綱からの注進を受け、こくりと頷いた。
「佐久間半羽介っ。そこもとの手勢をこの善照寺の砦に留め置く。他の者はこの上総介三郎信長に続けっ!」
信長は勢いよく床机から立ち上がる。
一方、丸根、鷲津両砦の攻略と緒戦に於ける快勝に快くした今川勢は、足軽、雑兵の類まで酒が振る舞われ、勝利の美酒に酔い踊り狂った。
「ん!? 雨か……」
突然振り出した雨に驚き、今川義元は恨めしそうに初夏の尾張の空を見上げた。
暗澹たる雲が一面を覆っていた。
遠くの方では雷鳴が轟き、縦横無尽に稲妻が走った。
拳大の雹まで振って来た。
「御屋形様、あちらに雨粒を凌げる御座所を御用意致しました故」
今川家の重臣関口刑部少輔親永が義元に声を掛け、陣所を指差した。
因みに親永は、松平元康(後の家康)の舅に当たる。彼の娘、瀬名姫は、今川義元の養女となり元康の許に嫁いだ。
「雨風に濡れては御身体に触りまする。ささ早う」
重臣朝比奈丹波守親徳も、肥満体の主君義元の身体を気遣った。
「相済まぬ。しかし、この雨では尾張の小倅も動けまい」
「御意」
親永と親徳の両名が声を揃えて頷いた。
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