公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

セオドアとジェイデンの出会い③

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夢中で手紙を読んでいる子供の傍。
手持ち無沙汰になったセオドアは薔薇の生垣を乗り越え、柔らかな芝生へ足を踏み入れた。そのまま躊躇いもなく先程子供が寝ていたその場所に寝転ぶ。
思った通り、芝生は抜群の寝心地だ。

そのまま空を見上げると、ぐるりと周りに咲いている薔薇がアーチのように視界に入る。


「気持ちいい場所だな」


そう呟き、心地よさに目蓋を落としかけたその時、誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。


「…坊っちゃま、どちらにおいでですか?」

次第に声が近づくと、子供が生垣を越えてきた。勢いよく飛び込んできた子供を受け止めてやりながら、視界の奥に白髪の老人が近づいてきているのが見えた。

「なんだ、呼んでるんじゃないのか」

やっぱり、この子供が坊っちゃまなのかと妙に納得した気分でいるセオドアとは対照的に、険しい顔で子供ーージェイデンは表情を引き締める。


「きて!」
いきなり身を翻したジェイデンに驚くセオドアの腕を引き、さらに奥の樹の影まで引っ張っていく。
「いいから、ついてきて」
「おい!ちょっと待てよ。…ついていくから、腕を離せ!」

庭園を突っ切り、近い低木が生い茂る横を通り抜けたあたりで、セオドアは我慢できずにその腕を振り払った。その周囲は森との境目に近付いたせいか、薔薇園よりも薄暗い。

「悪いな」
乱暴に外した腕をさすりながら、大人気なかったかとセオドアは謝った。

振り払われた腕をじっと見下ろしてから、ジェイデンはセオドアを見つめた。
海の色のような碧い眼だ。
金色の巻き毛は、薔薇園をかき分けた時にぼさぼさに乱れている。よく見ると、毛先は素人がハサミで切ったようにギザギザとしている。

「お前、公爵家のお坊ちゃんなんだろ?どうしてそんな格好してるんだ」

奇妙なのは服だけではなかった。
なまじ元の顔立ちが整っている分目立たないが、手足は汚れ、先ほど自分の腕を掴んだ手のひらは硬かった。
「髪もそれ、もしかして自分でやったのか?」

見下ろす目線を避けるように、金色の頭が俯いた。ギュッと服の端を握り、振り絞るように声を出す。

「さっきの。代官の手紙は本物なのか?」
真剣な眼差しに、セオドアはどういうことだと首を傾げた。
「代官は、12になったら予備学校の寄宿舎に入れると書いていた。父上にも確認して、俺の意思を尊重するようにと言われたと」
「ああ、そう聞いている。ここでは、12になると予備学校に入ることは義務だ。北は魔物が多い。騎士にならない奴でも、貴族なら予備学校で基礎を習う。有事の際に使える駒は一つでも多い方がいいからな」

北の常識である。
貴族でなくても、一定量以上の魔力のある平民にも課されている義務だ。

「予備学校は、義務だからな。学費は誰からも取らない。平民も、貴族からもだ」

その言葉に、ジェイデンがはっと顔を上げる。

「それは本当か?」
「こんな嘘言って何になる。家が遠方のやつとか、家庭の事情がある奴には寄宿舎も用意されてるぞ」

当たり前のように言うセオドアと対照的に、ジェイデンの顔が紅潮する。声は怒りに震えている。

「執事は、俺には学校に入る資格がないと言った。伝書鳩も入学届けを運んでこないから、そうなんだと信じていた…」
「そんなはずあるか。むしろ貴族なんだから、入学は絶対だ。俺の同級生には病弱すぎて主治医付きで寄宿舎に住んでたやつもいるぞ。体が弱くても、入学は逃れられない」


そう続けたセオドアの言葉に、眼を見張ったジェイデンの苛ついた唸り声が周囲に響いた。
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