公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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一章 旅路

王都へ④

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風猫亭の扉を開け、彼らは宿の中に足を踏み入れた。

一階は客のためのサロンになっており、奥に数名の客が談笑している姿が見える。
扉の音にちらりと顔を向ける者もいたが、彼らが入ってくるのに気付くとそっと視線を外す。目立つ容姿から不躾な視線を向けられることの多いジェイデンにとって、その気遣いは心地よかった。
キヴェの大衆的な宿は、路面に接した一階を食堂としていることが多い。
宿付きの食堂は宿泊客以外にも食事のみの客も受け入れ儲けを出していたが、風猫亭は食堂を宿とを別棟にし、宿泊棟の静寂と客の私的な空間を保っていた。
なるほど、貴族の贔屓客も多いはずだと納得する。

「良さそうな所じゃないか、マールに感謝だな」

そう言ったセオドアに、ジェイデンも同意する。

「いらっしゃいませ。ようこそ風猫亭へ」

入り口で立ち止まる彼らのもとに、宿の主が2人に気づき出迎えに現れた。
優しげな風貌の主が笑顔で近づいてくる。
マールの叔父というよりは、歳の離れた兄弟のような若い男だ。

マールも叔父の後ろに着いてきており、ジェイデンと目が合うとにっと笑った。

「マールの叔父のエズラです。ようこそおいでくださいました」
「こちらこそ、犬連れで申し訳ない。ジェイデンです。こっちはセオドア」

家名を名乗らず、簡単に告げる。
相棒のことは犬と説明することにした。
こちらへどうぞと、2人はエズラに促され、応接用の長椅子へと腰を落とす。
すぐにお茶が運ばれてきた。お茶の香りに誘われ、口をつけたところでエズラが心配顔で切り出した。

「マールがご無理を言ったのではと気を揉んでおりました。この子は案内人を始めてまだ日が浅く・・・失礼はありませんでしたでしょうか」

エズラの後ろで、その言い様は心外だとばかりマールが目を開く。

「いえ、声をかけてもらって助かりましたよ。この辺りは不案内で、今夜の宿をどうしようかと悩んでいた所でした」

心配には及ばないと声をかけて、ジェイデンが笑顔で告げた。

「それはようございました。では、早速ですがお部屋を選んでいただきたいのですが」

エズラがそう言って、部屋の説明を始める。
彼らの希望通り、個室部屋を紹介される。その中から浴槽つきの広めの部屋を選び、ルーとギート用の食事の手配を頼んだ。
山越えでの汚れを落とし、王都に入る前に身嗜みを整える必要があるのだ。

「では、こちらにお名前をお願いします」

料金を半額前払いし、差し出された宿帳にサインをする。
手続きをすすめながら、エズラからキヴェから王都へ道程について尋ねた。
キヴェから王都までは通常、馬車で二日ほどで着く。
ルーとギードなら一日かからない距離だ。
北から王都へ入る城門は、魔物を警戒して日が落ちると門を閉ざしてしまうらしい。早い時刻に城門に辿り着かないと、野宿をする羽目になってしまう。
エズラの話を聞いた2人は、早朝キヴェを出発することに決めた。
それをエズラへ告げると、朝食がわりに弁当を用意してくれると言ってくれたので言葉に甘える。

「マール、お客様をお部屋に案内をして差し上げてくれ」

話題がひと段落したところで、エズラがマールへ声をかけた。

「はーい!待ってて。足を拭く布を取ってくるから」

そう言って勢いよく部屋を飛び出していく。
そんな甥の後ろ姿を見送り、エズラが溜息をついた。

「物怖じしない賢い子なんですが、元気すぎる所があるんです。いつかお客様に失礼なことをしでかさないかとハラハラさせられています」

困ったものです、と苦笑いのエズラが、可愛がっている甥のことを話す表情は優しい。

「マールは利発ないい子だと思いますよ。ただ、客も色々ですからね。危ない目に合わないように大人が導いてやれればいいですな」

セオドアはそう言ってエズラを気遣う。
彼の気やすさは長所だが、体裁を気にする貴族には生意気に映ることもあるかもしれない。そういう連中は、子供だからと大目に見ない。いざという時に弱い立場になる子供を、自衛できるよう導いてやるのも年長者の役目だ。

そう告げたセオドアに、その通りですと肯くエズラが、2人に向き直り感謝の意を述べる。

「それでは、私はこれで失礼いたします。夕食は隣の食堂で召し上がっていただけます。今夜はいい兎が入ったと聞いておりますので、ぜひいらしてください」

笑顔で見送るエズラへ礼を言い、2人は階段へと足を向けた。










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