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二章 士官学校
新学期⑨
しおりを挟む「遅い」
「悪い、尻尾の毛玉に手間取って」
そう言いながら、ジェイデンはセオドアへ笑いかけた。
帰宅した時よりも、表情が柔らかい。肩の力が抜けたような様子を見て、セオドアはルーに視線を向けた。
ふわふわの毛並みに整えられた小さな相棒に感心しながら、ジェイデンに近づく。
これから向かう先へは制服でも失礼に当たらないが、せめてもと、セオドアは用意していた青い装飾布を取り出した。
「少し上を向け」
「ああ」
言われるがままに、ジェイデンは顎を上げる。
襟元にセオドアの指が伸びて、今朝ルイスが結び直してくれた紐を解かれるのを感じた。
「どうして解くんだ? 」
「貴族の集まりでは、こういう布に変えるのが流行りだそうだ」
襟の形を整え直した後、今度はセオドアの器用な指が布を結び直した。布が擦れる微かな音がする。
「綺麗な青だろう。お前に似合うと思ったんだ」
ジェイデンの瞳の色だ。
学校指定の紐よりも幅があり、制服に鮮やかな布地の色が映える。
「苦しくないか? 」
首筋に少し触れた彼の手指は少し冷たい。
「ああ、大丈夫だ」
セオドアに身支度を整えてもらいながら、ジェイデンは今朝のことを思い出していた。
一瞬で離れていったが、ルイスの気配をまだ覚えている。
(不思議な感覚だった…魔力の相性のせいか? )
ルイスと握手した時に感じたあの感覚。
今までどんな相手とも感じたことのないものだった。
答えが出ない疑問に、もやもやとした気持ち悪さを感じる。
「できたぞ。あとはルーの毛を払うからじっとしててくれ」
「…ああ、ありがとう」
服用の柔らかなブラシで全身を綺麗に払われる。されるがままになりながらも、脳裏に浮かぶのはルイスの姿だ。
「なんだ? 上の空だな」
「…そう見えるか?」
セオドアに指摘されて、ジェイデンは姿見に映った自分の姿を確認する。
(…ルイスのことを気にしてる場合じゃない)
ジェイデンは意識を切り替えようと、軽く頭を振った。
鏡越しに、首元の鮮やかな青が目に飛びこむ。
絶妙な加減で結われた装飾布は、ルイスが結んだ形とは少し違う。
「何種類か結び方があるんだな」
「ああ、これは茶会で貴族がよく使う形だ」
式典用のものよりは少し複雑に編んであり、華やかさがあった。
面会の場に合わせてセオドアが事前に準備していたことに気付いて、ジェイデンは素直に礼を言う。
訪問が決まってからは時間もなかったはずだが、諸々の手配といい、彼は完璧に従者の役目を果たしてくれている。
「俺はお前の従者なんだから当然だ。気にするなと言っても、お前は気にするんだろうが…」
言葉を切って、セオドアは優しい表情でジェイデンを見た。
その様子にジェイデンの心の隅がちくりと痛む。
(本来は従者をするような身分の男ではないのに)
ジェイデンが負い目を感じていることにセオドアは気づいているが、彼は言葉でジェイデンを納得させようとは思っていなかった。
それでも、悩んでいる様子を察して正直な言葉をかける。北の屋敷でのジェイデンの姿を思い出し、つい声音が強くなった。
「俺はな、お前があんな風に扱われるのをもう見たくないんだ。その為にはなんだってするさ。お前に鬱陶しがられてもな」
「そんなことはない。…俺はただ自分のことで、誰かの気持ちを煩わせたくないんだ。お前のことも」
そう言って俯くジェイデンの背中を、セオドアは「顔を上げろ」と叩いた。
「そんな風に言うな。俺が同情だけでここまでついてきたと思ってるのか? お前にその価値がなければ、俺はここまでしないぞ」
きっぱりとした口調で告げるセオドアに、何も言えずにジェイデンは口を噤む。
大切にされている、と思う。そばにいてくれる親友に安心感を持つ反面、対等になりたいと足掻く自分がいることにも気付いている。相反する感情に、付ける名前が見つからずにジェイデンは悩んでいるのだ。
「いちいち悩むくらいなら、さっさと俺に心配されない程度に立ち振る舞えるようになれ」
セオドアは、わざと軽くそう声をかけ「情けない顔するなよ」と肩を叩いて離れていった。
「ああ、わかってる…」
(望んだ道を、好きに歩けるようになるには時間がかかりそうだ)
自分の進む道を、他人に左右されないように。
自分を疎ましく思っている存在が、王都にどれほどいたとしても負けるわけにはいかないと、ジェイデンは決意を新たにした。
木の軋む微かな音が響く。
寮のサロンの扉が開いた音だ。
2人は近づいてくる人の気配を感じて話を終わらせた。
待っているとミアが顔を出し、荷運び人が全ての荷物を中央寮へと届け終えたと伝言を持ってきてくれた。
「お二人ともまだいたんですか。お約束の時間に遅れますよ」
ミアに指摘され、時計を確認する。約束の時間には、もう一刻ほどもない。
セオドアが先導して歩き始めた。
「行くぞ」
「…ああ」
ジェイデンは頷きを返し、寮を出た。
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