ワルモノ

亜衣藍

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 すると、正弘は鼻歌をうたいながら、シャンプーを泡立てて聖の頭を洗い始めた。

 そうしながら、世間話をするように、聖の身の上を口にする。

「――おめぇ、この半年様子を見ていたが――実は相当頭がいいな? 竜真たつまもそう報告してきたぜ。しかし、中学もロクに行ってねぇんだろう? 何でだ?」

「……教科書を見るのは好きだったからな。捨てられていたヤツを拾ったりして、片っ端から覚えたんだ」

「へぇ~! 戦争終わってしばらく経った頃、学校行ってないガキを集めて、やれ教育だ何だと能書き垂れる役場のオヤジがいたが――そいつ相手に、読み書きソロバンが出来りゃ上出来だって啖呵切って、オレは勉強なんざやらなかったぜ」

「へんとかえす、かばすくねぇわらすか」

 クスッと、ついそんな事を口走ってしまった。

 すると、正弘の手がピタリと止まった。

「――――今、なんて言った? 」

「あ――……」

 ついつい、お国言葉が出てしまった。

 聖は内心で舌打ちをして、今の言葉を言い直す。

「口答えばかりして、生意気で可愛くない子供か」

「いや、そうじゃねぇ。最初の方だ」

「……『へんとかえす、かばすくねぇわらすか』」

 すると、正弘は深い息を吐いた。

「――おめぇ、岩手の沿岸出身か? 」

 その通りだ。

 別に隠す事でもないので、聖はうなずく。

「ああ。何もないクソみてぇな田舎だよ」

「そう、か――」

「あんた、よく分ったな? 向こうの知り合いでもいたのかい? 」

 すると、正弘は無言になり、黙々と聖の頭を洗ってお湯を掛け、泡を流す。

 そうしながら、本当に静かに口を開いた。

「……オレのお袋は、身売りされて東京へ来たのさ」

「身売り? 」

 思いもかけない言葉に、聖は驚く。

 人身売買は――おおやけには、今は禁止されている犯罪行為だが? 

 そんな聖の頭に、またお湯を掛けて綺麗に泡を流してやると、正弘は檜の浴槽へとうながす。

「体が冷えた。最後に温めなきゃ、風邪ひいちまうぜ」

「――ああ。なぁ、身売りって? 」

 一緒に浴槽へ入りながら、気になって聖はそれを訊く。

 すると、正弘は遠い目になって、ポツリポツリと喋り始めた。

「……今や日本はGDP世界一だ何だと浮かれ上がってやがるが、昭和に入ってからも飢饉ってヤツがあってよぉ。オレが生まれる前の話だが、そりゃあこの世の地獄だったと、よくお袋が言っていた。昭和東北大凶作って、5年も続いた飢饉があったんよ。しかも、世界大恐慌、昭和三陸大津波と、もうトリプルパンチよ。そんときゃあ本当に食う物もなくて、木の根っこや皮まで剥いで食ったそうだ。山の獣達と木の実の争奪戦もあったとよ。当然、村の娘は全員身売りよ。――――お袋はその内の一人だった」

「……」

「昭和10年に、15歳で売られて東京へ来たのさ。そこで芸妓になって――まぁ、親父と添い遂げて、オレの他に5人の子宝に恵まれる事になるんだが、結局あの戦争で、使いに出ていたオレ以外は、みぃんな丸焦げよぉ」

 ハハっと笑い、正弘は肩を竦める。

「――お袋が時たま喋る言葉は、何となく覚えちゃあいるが、どうもハッキリとした意味が分かんねぇままだった。お前がそういう風に、お国言葉を口にしなけりゃあ謎のままだったぜ」

「そう、か……」

 何となく、聖の方が悄然として、クスンと俯いてしまった。

 自分も相当な目に遭って生きてきたが、まだマシな方だったかもしれない。

 さすがに、飢饉や津波や戦争体験はないのだから。

 すると、湿った雰囲気を振り払うように、正弘はザバっと風呂から上がった。

「ああ、やだね! こんな回顧録みてぇなのは、ただの愚痴と変わりゃあしねぇ。とにかくよ、お前は頭が良いらしいし、一丁試してやろうかって事が言いてぇのよ」

「試す? 」

「おめぇに、100万やるよ。それを元手に一ヵ月後、どうなってんのかな」

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