私がやったというのですか?

江戸川ばた散歩

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彼女は語る

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 え、結局助からなかったってことですか、あの男。
 あの高さだったら仕方ない? ですよね。
 二年の闘病でしたか。
 あの場で命を落とさずに二年保っただけでも上等でしょうけど。

 ――ショック?
 ああ、ショックは受けたでしょうね、あの時。
 今は知りませんよ、もう二年経ってるんですし。
 だってそうじゃないですか、あの時彼、いきなり言ったんですよ。

「婚約破棄してくれクラーラ、僕はアデルハイドのことが好きになったんだ!」

 こんなこと!
 何言ってるんですか!
 私、あの人のこと、何とも思っていませんでしたよ?
 それこそ寝耳に水です。

 ……ああ、もしかして、私と彼の仲、疑ってます?
 まあ、わざわざ彼がそんなこと言うんですから、私がまるで、クラーラとの仲を裂いたように思われても仕方ないのかもしれませんね。
 ですが、断じてそんなことはないです!
 だって私、クラーラの親友ですから!
 あ、もしかして、女には真の友情はないとかそういう人ですか?
 ねえあなた、それはもう古いのではないでしょうか?
 だってそうじゃないですか。
 そもそも記者さん、今日は器械体操の選手の私、アデルハイドにインタビュウに来たんでしょう?
 突然話が横道に逸れたから、何だと思いましたよ。

 でももう、確かに二年経ってますものね。
 あれからクラーラにはまた良い縁談が来てますよ。
 今度は小父様も、あんな馬鹿なことを言い出すような人は決して選ばないと彼女にも私にも、そして私の先生にも約束して下さいました。
 先生? ああ、こちらでの保護者で、私の祖父に何かあった際の後見人です。
 ご存じなかったですか?
 てっきり私に聞きに来るくらいですから、とっくにそんなこと知っているかと思ってました。
 じゃあもしかして、私とクラーラの関係もご存じないですか?

 友人――

 それは、そうです。当然です。
 私が八歳、彼女が十二歳の時からの親友です。
 ……今から考えるとすごくおかしいんですが、私、彼女の勉強友達として呼ばれたんですよ。
 え? ええ、四つ違いです。そっちですか? 気になるの。
 まあ…… 確かに。そうですね。
 今となっては、そっちの方がかなりおかしいかもしれない、と思いますね。
 ギムナジウムだってそうですものね、一年生と五年生ではまるで違うでしょう? 
 実際、私もこちらにやってきた頃は、本当に山の野生児でしたもの。
 まあ、要するに私を連れてきた叔母という人が、私の年を半分忘れていたようなもので。
 今となっては、比較的名家の家政婦となって、そこそこの安定した生活をしている叔母のことを考えれば……
 私をクラーラの家に年齢があやふやなのに連れていったのはさほどおかしい訳ではないんですよ。
 だって街の庶民にとってはお嬢様の話し相手だの勉強相手だのって、将来の安定の第一歩じゃないですか。
 まあ、私は全くの山育ちで、祖父がまあ、当時色々思うところあったせいか、その頃は字も読めなくて…… 当時の家政婦嬢に散々怒られましたね。
 その頃の生活は辛かったです。

 え、どうしてそう思うかって? 
 例えば記者さん、あなた町育ちですか?
 ギムナジウムを出て出版社にお入りになったんですよね?
 でしたら、いきなりあなたがそれこそ汽車で三日はかかる山にいきなり連れて行かれて、食べるものも違う、マナーも違う、何より風景が違う場所で、唐突に毎日全ての力仕事を強制されたらどうします?
 辛いじゃないですか?
 私は逆で、走り回りたいのに禁止され、帰りたいというのを黙らされ、いつの間にか夢を見ては夜中にふらふらとするようになった訳です。
 要するに懐郷病ホームシックです。
 それで結局山に帰った訳ですが。
 ええ、その時の診断をして下さったのが、今の私の後見の先生です。
 先生はクラーラの主治医でした。
 これは後に上の学校に行くために先生のところに住むようになってから知ったのですが、私と出会った頃、奥様と娘さんを亡くされていたんです。
 そのせいもあってか、……まあ、娘さんよりはずっと小さかったですが、私に対してずいぶんと親身になって下さって。
 それでクラーラの静養先…… あ、当時彼女、病気で立てなかったんです。
 え? ええ、だからまた車椅子生活になってしまったんだ……、って少し前の事故で、もう旦那様、クラーラのお父上が、どれだけ泣いたことか……
 お祖母様も「神様はまた何てことをあの子に」と嘆いてめっきり沈み込んでしまったので、クラーラは私にせっせとお祖母様のところへ顔を出してやってくれ、って頼むんですよ。
 優しいですよね!
 まあ、わがままなところもありますよ。でも基本はとても優しいんです。
 だから、彼女を振って私に、なんて言い出したあの男は…… 許せないですね。

 え? 私が彼をどう思っていたかって?
 はあ…… 何度言えばいいんですか?
 それとも、一体何を疑っているんですか?
 あの件については確か当時警察の方にもお話致しましたよね?
 三人で高台の公園に行ったんですよ。そう、私とクラーラと、婚約者の彼と。
 え? 何で名前で呼ばないって?
 だってあの男の名前など、私にとって覚える価値ないじゃないですか。
 彼はあくまでクラーラの婚約者、ですもの。
 私に何の関わりがあるんですか?
 まあ当時も疑われましたけど、あなた方、私が故意に彼を陥れたと思っていらっしゃるのでしょう?
 無理ですよ!
 だって、幾らなんでも、あの高台の公園の柵から彼を突き飛ばしたのが私だなんて。
 目撃者?
 何てその方々おっしゃいました?
 私が彼に突進した? ぐいぐいと押していった?
 突進、は酷いですよ。
 確かに、あんなこと言う彼に対して、さすがに酷いと思って、ぐいぐいと何故なのか、は聞きましたよ。
 でも、それだけじゃないですか。
 あの柵があんな低いとは思っていなかったし、彼がんですよ?
 だって山育ちの私にとって、あの高台の崖の高さくらいだったら、慣れていましたもの。
 私の幼なじみで、今は木工細工の修行をしている彼も、山羊飼いをしていた時には、落ちたら即死の高さをひょいひょいと飛び回っていましたからね。
 私の祖父もそうです。必要ならば、崖を上っては必要な草を採りに行ってましたから。
 だからそんなことくらいで足がすくむとか目が回るとか、私がどうして考えることがあるんですか?
 常識。
 じゃ、あなた方、私の育ったあたりにいらしてくださいな。
 今はさすがに祖父も身体の不調を訴えて、あそこでは暮らせなくなったとから山羊飼いの夏小屋になっていますが、あそこで暮らせば多少の高さなど、何てことはなくなりますよ。
 まあつまり、私が器械体操の選手になれたのもそのせいでしょう。
 まあ、ただの鈍感と言う人もいらっしゃいますけどね。
 とにもかくにも、私だって落ちそうになった訳ですから、そんな、わざと彼を突き落としたなんておっしゃらないで下さいな。

 ……まあ、柵を掴んで倒立して反転したから助かった、と言われればそうですが、簡単におっしゃらないで下さいな。
 とはいえ、まあ確かに、私の大事な友人を振った男に対しては、容赦したくはないですがね。

 ……それで一体、まだ何を私に?
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