私がやったというのですか?

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
2 / 2

彼女の友人も語る

しおりを挟む
「あれの母親、同じ名のアデルハイドはですな、神経に弱いところがあって、儂の息子のトビアスが死んだあと、正気を失ってしまったのですよ。
 それであれの叔母のデーテが引き取った訳ですがな。
 だからあれが街から帰されてきて、先生の手紙をもらった際に、もしや母親の血が…… と案じましたのう。
 幸いその後は何事も起こらず、健やかに過ごしていた、と思っていたんですが……」

 彼女の祖父は、温泉療養所の近くにある病院に過ごしていた。
 先ほど訪ねた彼女のいる病棟ともさして遠くはない。
 いや、彼女の祖父は、そこだからこそ、自身の余生をそこで過ごそうと思ったのかもしれない。

「それにしても相変わらずでしたかね」
「はい」

 私はうなずく。
 彼女は私の婚約者を突き落とし、そして自身は助かった。
 その天性の運動神経で、一人、柵に倒立してきちんと着地できたのだ。
 さすがは国の代表にもなったその運動神経に私は感心すると同時に――彼女が本当にそうしてしまったことに、恐れおののいた。

 高台の公園に行きたい、と言ったのは私だ。
 そしておそらくは彼が別れ話を切り出すことも予測していた。
 ……更に言うなら、アデルハイドがそうするだろうことも。
 誤算があるなら、彼女が同じことを何度も繰り返す可能性を考慮していなかったことだ。
 彼を突き飛ばしたこと自体は彼女にとって罪悪感ではなかったのだろう。
 落ちた山羊は命を失うことなど、彼女にとっては日常だったのだから。
 無論それを悲しみはするだろう。情のあるものになら。
 だがこの時は、親友の敵、だ。

 彼女は私が再び――そう、再びだ。
 最初に出会った十二歳、そして足が治った十三歳、私は遅れで、彼女は先生のすすめで同じ学校に行った二年間、とても楽しかった。
 そして当時、わが国で次第に女子教育の中に取り入れられつつあり、世界の頂点に立つべく励行された器械体操でみるみるうちに頭角を現した。
 私と彼女にとっての本当の意味の青春だった。
 そこに現れた私の婚約者は、アデルハイドに目を奪われた。
 生き生きと動く彼女に惹かれたのだ。
 だがその時点では、私とのことをどうこうしようとは思わなかったらしい。
 しかし私が事故に遭い、再び車椅子生活になった時、彼は耐えられなかったのだそうだ。
 まあ、仕方がないと言えば仕方がない。
 当時彼もまた、国策に沿ったスポーツ重視の学校に染まっていたのだ。
 結婚相手と、夏は山の散策、冬になればスキーやスケートをしたい、と思うのも当然だろう。
 だが私にはそれができなくなってしまった。
 そして彼にはそこまでの情は無い。
 情が無いのは知っていた。元々が家同士の結びつきなのだ。
 だからこそ、何とかぎりぎりのお互いの歩み寄りが大切だと思っていたのだけど。
 だけど。
 そこで私の中で不思議と湧いたのは怒りだった。
 だから高台の公園を選んだ。
 彼が言い出す機会を作ったのだ。
 事故以来ずっと甲斐甲斐しく私についているアデルハイドも共に。

 ――そしてそうなった。
 そこまでは私も後悔はない。

 ただ誤算だったのはその後、アデルハイドが「それ」をことだ。

 私の身体を見てあなどり、我が家の婿の座を得ようと近寄る男達に対し、彼女は容赦がなかった。
 だが同じことを繰り返せば、やがて手は回る。
 私が気付いた時、既に彼女は壊れていた。
 二年、と思っているだろうが、実際には既にあれから十年経っている。

 彼女が手にかけたのは五人。

「やはり山から下ろすべきじゃなかった」

 彼女の祖父は、そう言って嘆く。
 私もまた、何が正しかったのかわからない。 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

王妃教育の謎~婚約破棄?大歓迎です!

柚屋志宇
恋愛
王太子の婚約者となった公爵令嬢フェリシアは王妃教育を受けることになった。 厳しい王妃教育にフェリシアはすり減る。 しかしある日、フェリシアは気付いてしまった。 王妃教育の正体に。 真実に気付いたフェリシアは、王子と婚約を解消するために王子妃にふさわしくない行動をとると決めた。 ※小説家になろうにも掲載しています。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

「出て行け!」と言われたのですから、本当に出て行ってあげます!

睡蓮
恋愛
アレス第一王子はイザベラとの婚約関係の中で、彼女の事を激しく束縛していた。それに対してイザベラが言葉を返したところ、アレスは「気に入らないなら出て行ってくれて構わない」と口にしてしまう。イザベラがそんな大それた行動をとることはないだろうと踏んでアレスはその言葉をかけたわけであったが、その日の夜にイザベラは本当に姿を消してしまう…。自分の行いを必死に隠しにかかるアレスであったが、それから間もなくこの一件は国王の耳にまで入ることとなり…。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

〈完結〉姉と母の本当の思いを知った時、私達は父を捨てて旅に出ることを決めました。

江戸川ばた散歩
恋愛
「私」男爵令嬢ベリンダには三人のきょうだいがいる。だが母は年の離れた一番上の姉ローズにだけ冷たい。 幼いながらもそれに気付いていた私は、誕生日の晩、両親の言い争いを聞く。 しばらくして、ローズは誕生日によばれた菓子職人と駆け落ちしてしまう。 それから全寮制の学校に通うこともあり、家族はあまり集わなくなる。 母は離れで暮らす様になり、気鬱にもなる。 そしてローズが出ていった歳にベリンダがなった頃、突然ローズから手紙が来る。 そこにはベリンダがずっと持っていた疑問の答えがあった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...