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彼女の友人も語る
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「あれの母親、同じ名のアデルハイドはですな、神経に弱いところがあって、儂の息子のトビアスが死んだあと、正気を失ってしまったのですよ。
それであれの叔母のデーテが引き取った訳ですがな。
だからあれが街から帰されてきて、先生の手紙をもらった際に、もしや母親の血が…… と案じましたのう。
幸いその後は何事も起こらず、健やかに過ごしていた、と思っていたんですが……」
彼女の祖父は、温泉療養所の近くにある病院に過ごしていた。
先ほど訪ねた彼女のいる病棟ともさして遠くはない。
いや、彼女の祖父は、そこだからこそ、自身の余生をそこで過ごそうと思ったのかもしれない。
「それにしても相変わらずでしたかね」
「はい」
私はうなずく。
彼女は私の婚約者を突き落とし、そして自身は助かった。
その天性の運動神経で、一人、柵に倒立してきちんと着地できたのだ。
さすがは国の代表にもなったその運動神経に私は感心すると同時に――彼女が本当にそうしてしまったことに、恐れおののいた。
高台の公園に行きたい、と言ったのは私だ。
そしておそらくは彼が別れ話を切り出すことも予測していた。
……更に言うなら、アデルハイドがそうするだろうことも。
誤算があるなら、彼女が同じことを何度も繰り返す可能性を考慮していなかったことだ。
彼を突き飛ばしたこと自体は彼女にとって罪悪感ではなかったのだろう。
落ちた山羊は命を失うことなど、彼女にとっては日常だったのだから。
無論それを悲しみはするだろう。情のあるものになら。
だがこの時は、親友の敵、だ。
彼女は私が再び――そう、再びだ。
最初に出会った十二歳、そして足が治った十三歳、私は遅れで、彼女は先生のすすめで同じ学校に行った二年間、とても楽しかった。
そして当時、わが国で次第に女子教育の中に取り入れられつつあり、世界の頂点に立つべく励行された器械体操でみるみるうちに頭角を現した。
私と彼女にとっての本当の意味の青春だった。
そこに現れた私の婚約者は、アデルハイドに目を奪われた。
生き生きと動く彼女に惹かれたのだ。
だがその時点では、私とのことをどうこうしようとは思わなかったらしい。
しかし私が事故に遭い、再び車椅子生活になった時、彼は耐えられなかったのだそうだ。
まあ、仕方がないと言えば仕方がない。
当時彼もまた、国策に沿ったスポーツ重視の学校に染まっていたのだ。
結婚相手と、夏は山の散策、冬になればスキーやスケートをしたい、と思うのも当然だろう。
だが私にはそれができなくなってしまった。
そして彼にはそこまでの情は無い。
情が無いのは知っていた。元々が家同士の結びつきなのだ。
だからこそ、何とかぎりぎりのお互いの歩み寄りが大切だと思っていたのだけど。
だけど。
そこで私の中で不思議と湧いたのは怒りだった。
だから高台の公園を選んだ。
彼が言い出す機会を作ったのだ。
事故以来ずっと甲斐甲斐しく私についているアデルハイドも共に。
――そしてそうなった。
そこまでは私も後悔はない。
ただ誤算だったのはその後、アデルハイドが「それ」を繰り返すようになってしまったことだ。
私の身体を見てあなどり、我が家の婿の座を得ようと近寄る男達に対し、彼女は容赦がなかった。
だが同じことを繰り返せば、やがて手は回る。
私が気付いた時、既に彼女は壊れていた。
二年、と思っているだろうが、実際には既にあれから十年経っている。
彼女が手にかけたのは五人。
「やはり山から下ろすべきじゃなかった」
彼女の祖父は、そう言って嘆く。
私もまた、何が正しかったのかわからない。
それであれの叔母のデーテが引き取った訳ですがな。
だからあれが街から帰されてきて、先生の手紙をもらった際に、もしや母親の血が…… と案じましたのう。
幸いその後は何事も起こらず、健やかに過ごしていた、と思っていたんですが……」
彼女の祖父は、温泉療養所の近くにある病院に過ごしていた。
先ほど訪ねた彼女のいる病棟ともさして遠くはない。
いや、彼女の祖父は、そこだからこそ、自身の余生をそこで過ごそうと思ったのかもしれない。
「それにしても相変わらずでしたかね」
「はい」
私はうなずく。
彼女は私の婚約者を突き落とし、そして自身は助かった。
その天性の運動神経で、一人、柵に倒立してきちんと着地できたのだ。
さすがは国の代表にもなったその運動神経に私は感心すると同時に――彼女が本当にそうしてしまったことに、恐れおののいた。
高台の公園に行きたい、と言ったのは私だ。
そしておそらくは彼が別れ話を切り出すことも予測していた。
……更に言うなら、アデルハイドがそうするだろうことも。
誤算があるなら、彼女が同じことを何度も繰り返す可能性を考慮していなかったことだ。
彼を突き飛ばしたこと自体は彼女にとって罪悪感ではなかったのだろう。
落ちた山羊は命を失うことなど、彼女にとっては日常だったのだから。
無論それを悲しみはするだろう。情のあるものになら。
だがこの時は、親友の敵、だ。
彼女は私が再び――そう、再びだ。
最初に出会った十二歳、そして足が治った十三歳、私は遅れで、彼女は先生のすすめで同じ学校に行った二年間、とても楽しかった。
そして当時、わが国で次第に女子教育の中に取り入れられつつあり、世界の頂点に立つべく励行された器械体操でみるみるうちに頭角を現した。
私と彼女にとっての本当の意味の青春だった。
そこに現れた私の婚約者は、アデルハイドに目を奪われた。
生き生きと動く彼女に惹かれたのだ。
だがその時点では、私とのことをどうこうしようとは思わなかったらしい。
しかし私が事故に遭い、再び車椅子生活になった時、彼は耐えられなかったのだそうだ。
まあ、仕方がないと言えば仕方がない。
当時彼もまた、国策に沿ったスポーツ重視の学校に染まっていたのだ。
結婚相手と、夏は山の散策、冬になればスキーやスケートをしたい、と思うのも当然だろう。
だが私にはそれができなくなってしまった。
そして彼にはそこまでの情は無い。
情が無いのは知っていた。元々が家同士の結びつきなのだ。
だからこそ、何とかぎりぎりのお互いの歩み寄りが大切だと思っていたのだけど。
だけど。
そこで私の中で不思議と湧いたのは怒りだった。
だから高台の公園を選んだ。
彼が言い出す機会を作ったのだ。
事故以来ずっと甲斐甲斐しく私についているアデルハイドも共に。
――そしてそうなった。
そこまでは私も後悔はない。
ただ誤算だったのはその後、アデルハイドが「それ」を繰り返すようになってしまったことだ。
私の身体を見てあなどり、我が家の婿の座を得ようと近寄る男達に対し、彼女は容赦がなかった。
だが同じことを繰り返せば、やがて手は回る。
私が気付いた時、既に彼女は壊れていた。
二年、と思っているだろうが、実際には既にあれから十年経っている。
彼女が手にかけたのは五人。
「やはり山から下ろすべきじゃなかった」
彼女の祖父は、そう言って嘆く。
私もまた、何が正しかったのかわからない。
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