5 / 17
5 ワイター侯爵夫人マリエ(3)
しおりを挟む
「皆様、ご存じだと思われますが、ワイター・ローライン総合病院は、単に病院であるだけでなく、親の居ない子供や、親に見捨てられた子供をも預かっている場所です。
私は昼は看護人をやっておりますが、夜勤は子供達の方の棟で番をしている一人です。
道ばたで飢えている子供達を集めて、栄養をつけて、そしてきちんと最低限の教育を行い、社会に送り出すというこの施設はもっと広がってもいいものです」
「ありがとうプリミヤ。
そうなの。
実際この事業は子供が産めなかった私にとって、とても心休まるものでもあるわ。
そしてやってみて思うの。
子供の頃、ひもじい思いや、暴力や、強烈なものを見て育つと、それがまた大人になった時…… ってね。
だからせっかくのこの身分を利用して、今もっとそういう施設を増やすべきだ、と貴族院の方でも話題に上げているのよ」
「ありがとうございます。
本当に、あれで救われた子供達がどれだけ多く居るのか……
いえ、それだけではございません。
ある程度裕福な家でも、子供を見捨てているところでしたら、見つけて引き取っていらっしゃる。
彼等は既に多少なりとも歪んでしまっていることもありますが、そんな彼等には、また別の医師がついたり……
いえ、まあ今日の話題はそこではありませんね。
そう、その子供達の棟は、案外夜になると人気が無いことが多いのですよ。
ところがここ一年ほど、子供達の間で、幽霊が出るお化けが出る、と泣き出す子が結構居ましてね。
うめき声がするとか。
それで私達夜勤組が何人かで見回りに行ったんですよ。
そうしたら、見事に、うめき声ならぬ嬌声が上がっていたということで。
私達は慌てて灯りを消して、そっと覗いてみたら、子供達が昼間学んだり遊んだりする広間で、あの子達の大きな積み木を椅子代わりにして絡み合っている姿が。
そして私達の中の一人が、あれは夫人だ、と言ったのです」
「嘘よ! 見間違いに決まってるわぁ!」
「そう、その非常に通る声でした」
プリミヤは静かにうなづいた。
「物見高い私達ですから、またそんなことがあるのではないか、とメンバーをあれこれ替えて回っていたのですが、何ってことでしょう。
どちらかのお顔に見覚えがある者ばかり。
なのに貴女方はまるでお気づきにもならない!
私も怒っています。子供達の遊び場で、そんなことを……」
「そう、私も彼女達に言われて、確認に行ったことがあるよ」
「……院長博士」
マリエの顔から血の気が引いた。
「ご足労ありがとうございます。博士」
「いやいや、肝試しの様なものだと看護人達に駆り出されてな。まあ行ってみたら、だよ。確かに、貴女と」
そしてティムスの方を向き。
「君だったね」
「嘘ぉぉぉぉ!」
ぶるぶる、とマリエは頭を大きく振った。
その拍子に、現在流行の髪型にまとめたそれが、一気に崩れた。
「色々と皆証言してくれたね」
「貴方……! 違う、違うの、これは……!」
「ラベンダーとジギタリス」
ワイター侯爵はテーブルの上の花を改めて眺める。
「またどうしてそんな似たイメージのものを組み合わせているのかと思ったら。『不信』と『不誠実』。
ああ全くもって、今のマリエにぴったりじゃないか」
「貴方……」
「単なる浮気だったら、まあ私も許したかもしれないがね。
そう、アガタが言っている程度なら。
だけど病院、そして子供達の棟でまで盛っているなんて、何処までゲテモノ趣味なんだ?」
「もうしません、しませんから許して、貴方が、貴方に見捨てられたら」
「いや無理だ。この病院に下手な噂が立つのは困る。
子供達の施設など、特に王室からも良きものを、と言われているしそのうち視察に来るという話もある。
そんな場所を使って遊ぶなんて言語道断。マリエ、お前とは離婚だ」
そう言うと侯爵はルージュに向かい。
「申し訳ございませんが、こちらからあれの実家であるサマイデ伯爵家の方へ電報を願います」
「貴方何を」
「お前を引き取ってもらうためだ」
「そんな! 私は自分のものを持ち帰ることすらできないって言うの!」
「結構な使い込みをもしている様だな」
「……」
ぐぐぐ、と喉の奥が詰まった様な音を彼女は立てた。
そしてやがて、ぐっと手を握るとうめく様な声で。
「そうまでおっしゃるなら…… 仕方ありませんわ…… けど!」
指を自身のテーブルの右斜めの席に突きつける。
「あの女も同罪ですわ! ライトナ男爵夫人ヘヴリナも!」
私は昼は看護人をやっておりますが、夜勤は子供達の方の棟で番をしている一人です。
道ばたで飢えている子供達を集めて、栄養をつけて、そしてきちんと最低限の教育を行い、社会に送り出すというこの施設はもっと広がってもいいものです」
「ありがとうプリミヤ。
そうなの。
実際この事業は子供が産めなかった私にとって、とても心休まるものでもあるわ。
そしてやってみて思うの。
子供の頃、ひもじい思いや、暴力や、強烈なものを見て育つと、それがまた大人になった時…… ってね。
だからせっかくのこの身分を利用して、今もっとそういう施設を増やすべきだ、と貴族院の方でも話題に上げているのよ」
「ありがとうございます。
本当に、あれで救われた子供達がどれだけ多く居るのか……
いえ、それだけではございません。
ある程度裕福な家でも、子供を見捨てているところでしたら、見つけて引き取っていらっしゃる。
彼等は既に多少なりとも歪んでしまっていることもありますが、そんな彼等には、また別の医師がついたり……
いえ、まあ今日の話題はそこではありませんね。
そう、その子供達の棟は、案外夜になると人気が無いことが多いのですよ。
ところがここ一年ほど、子供達の間で、幽霊が出るお化けが出る、と泣き出す子が結構居ましてね。
うめき声がするとか。
それで私達夜勤組が何人かで見回りに行ったんですよ。
そうしたら、見事に、うめき声ならぬ嬌声が上がっていたということで。
私達は慌てて灯りを消して、そっと覗いてみたら、子供達が昼間学んだり遊んだりする広間で、あの子達の大きな積み木を椅子代わりにして絡み合っている姿が。
そして私達の中の一人が、あれは夫人だ、と言ったのです」
「嘘よ! 見間違いに決まってるわぁ!」
「そう、その非常に通る声でした」
プリミヤは静かにうなづいた。
「物見高い私達ですから、またそんなことがあるのではないか、とメンバーをあれこれ替えて回っていたのですが、何ってことでしょう。
どちらかのお顔に見覚えがある者ばかり。
なのに貴女方はまるでお気づきにもならない!
私も怒っています。子供達の遊び場で、そんなことを……」
「そう、私も彼女達に言われて、確認に行ったことがあるよ」
「……院長博士」
マリエの顔から血の気が引いた。
「ご足労ありがとうございます。博士」
「いやいや、肝試しの様なものだと看護人達に駆り出されてな。まあ行ってみたら、だよ。確かに、貴女と」
そしてティムスの方を向き。
「君だったね」
「嘘ぉぉぉぉ!」
ぶるぶる、とマリエは頭を大きく振った。
その拍子に、現在流行の髪型にまとめたそれが、一気に崩れた。
「色々と皆証言してくれたね」
「貴方……! 違う、違うの、これは……!」
「ラベンダーとジギタリス」
ワイター侯爵はテーブルの上の花を改めて眺める。
「またどうしてそんな似たイメージのものを組み合わせているのかと思ったら。『不信』と『不誠実』。
ああ全くもって、今のマリエにぴったりじゃないか」
「貴方……」
「単なる浮気だったら、まあ私も許したかもしれないがね。
そう、アガタが言っている程度なら。
だけど病院、そして子供達の棟でまで盛っているなんて、何処までゲテモノ趣味なんだ?」
「もうしません、しませんから許して、貴方が、貴方に見捨てられたら」
「いや無理だ。この病院に下手な噂が立つのは困る。
子供達の施設など、特に王室からも良きものを、と言われているしそのうち視察に来るという話もある。
そんな場所を使って遊ぶなんて言語道断。マリエ、お前とは離婚だ」
そう言うと侯爵はルージュに向かい。
「申し訳ございませんが、こちらからあれの実家であるサマイデ伯爵家の方へ電報を願います」
「貴方何を」
「お前を引き取ってもらうためだ」
「そんな! 私は自分のものを持ち帰ることすらできないって言うの!」
「結構な使い込みをもしている様だな」
「……」
ぐぐぐ、と喉の奥が詰まった様な音を彼女は立てた。
そしてやがて、ぐっと手を握るとうめく様な声で。
「そうまでおっしゃるなら…… 仕方ありませんわ…… けど!」
指を自身のテーブルの右斜めの席に突きつける。
「あの女も同罪ですわ! ライトナ男爵夫人ヘヴリナも!」
2
あなたにおすすめの小説
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
殿下からの寵愛は諦めることにします。
木山楽斗
恋愛
次期国王であるロウガスト殿下の婚約は、中々決まらなかった。
婚約者を五人まで絞った現国王だったが、温和な性格が原因して、そこから決断することができなかったのだ。
そこで国王は、決定権をロウガスト殿下に与えることにした。
王城に五人の令嬢を集めて、ともに生活した後、彼が一番妻に迎えたいと思った人を選択する。そういった形式にすることを決めたのだ。
そんな五人の内の一人、ノーティアは早々に出鼻をくじかれることになった。
同じ貴族であるというのに、周りの令嬢と自分を比較して、華やかさがまったく違ったからである。
こんな人達に勝てるはずはない。
そう思った彼女は、王子の婚約者になることを諦めることを決めるのだった。
幸か不幸か、そのことを他の婚約者候補や王子にまで知られてしまい、彼女は多くの人から婚約を諦めた人物として認識されるようになったのである。
そういう訳もあって、彼女は王城で気ままに暮らすことを決めた。
王子に関わらず、平和に暮らそうと思ったのである。
しかし、そんな彼女の意図とは裏腹に、ロウガスト殿下は彼女に頻繁に話しかけてくる。
どうして自分に? そんな疑問を抱きつつ、彼女は王城で暮らしているのだった。
愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。
Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした
三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。
書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。
ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。
屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』
ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく――
※他サイトにも掲載
※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる