14 / 17
14 タメリクス侯爵夫人サムウェラ(4)
しおりを挟む
「損?」
ルージュは訊ねる。
「いつだってそうじゃない。
結婚前。
そう、貴族の女学校に通っていた頃も、貴女も私もさして違う環境で育った訳でなし、学業もお互い一、二を争うし、校内の評判も同じくらいだったわ。
だからこそ私は貴女と友達で居て面白かったわ。
貴女と全てにおいて抜きつ抜かれつやっていくのは。
けどどうよ。その後は。
私はすぐに結婚させられたわ。
確かに家格も金もあるけど、祖父とそう変わらない侯爵に嫁がされ。
貴女は専門科に進学して女学者。
一人娘だということでお父上が身体の具合で引退した後、自身で継いで侯爵夫人となったと思ったら、舞い込んだ縁談が私の恋人だったなんて何の冗談?」
「それじゃサムウェラ、ずっとこのひとのことを愛していたというの?」
「愛とか恋とかはもう褪めたわ」
「なのにどうして」
「貴女の夫に、ティムスがなったからよ。
この男にはもう用はなかったわ。
でも使えたわ。
この男は弱いから、ちょっと押せば、簡単に貴女のことを裏切った。
私がとっくに情も何も無いことも知らず!」
あはははは、とサムウェラは今までにルージュが聞いたことの無い笑い声を上げた。
「羨ましかったわ。
自由に貴女が当主としての侯爵夫人をしていたことが。
だから、私も実質的な女当主になろうとしたのよ」
「それで侯爵を……」
「時間はかかったけど」
ちら、と奥の長椅子の方を見る。
「私には子供も居ない。
跡取りは居る。
後妻だから、先の夫人の子供がね。
いえむしろ当初子供を作るな、と周囲から釘を刺されたわ。
まあ私もごめんだったけど。
それでも皆子供が可愛いとか色々楽しそうに話すから、子供という生き物はどれだけ可愛いのかと思って連れて来させたわ。
そう確かに楽しかったわ。
すぐに私のことを怖がる様になったしね」
「サムウェラ、ウェル、子供達を売り飛ばした訳ではないの、ではどうしたというの、もしや」
「お茶のお代わりをもらえるかしら。
喋りすぎて喉が乾いたわ」
「ウェル!」
メイドが慌てて茶の入ったポットを持ってくる。
それに続いて院長も。
「あんたは器用ですな」
院長はサムウェラに対しそう言った。
「どれだけの実験をすれば、ああぎりぎり正気を保たせたまま、あんたの言いなりに薬を調節できる様になるんだ」
「その昔、まだ若い頃、学校で習いましたのよ。
しっかりした結果を出すには、たゆまぬ努力が必要だと」
「校長先生のお言葉をそんな風に……」
ルージュは足を踏み出す。
彼女の剣幕に構わず、サムウェラはお茶のお代わりを悠々とカップに注ぎだす。
そして胸元から小さな瓶を出す。
「……貴女、まだお茶に香りをつけるのが好きなの」
「あら、覚えていてくれたの」
「何で黄色の薔薇なのか、貴女は判ってくれないの」
「判ったからと言ってどうなるの」
そう言って、小瓶の蓋を取る。
薔薇の香りがふわりと広がる。
数滴、茶に入れる。
香りが更に広がり――
「待ってウェル!」
ルージュは手を伸ばした。
その手の前で、サムウェラの喉がごくりと動いた。
――カップが落ちた。
ルージュは訊ねる。
「いつだってそうじゃない。
結婚前。
そう、貴族の女学校に通っていた頃も、貴女も私もさして違う環境で育った訳でなし、学業もお互い一、二を争うし、校内の評判も同じくらいだったわ。
だからこそ私は貴女と友達で居て面白かったわ。
貴女と全てにおいて抜きつ抜かれつやっていくのは。
けどどうよ。その後は。
私はすぐに結婚させられたわ。
確かに家格も金もあるけど、祖父とそう変わらない侯爵に嫁がされ。
貴女は専門科に進学して女学者。
一人娘だということでお父上が身体の具合で引退した後、自身で継いで侯爵夫人となったと思ったら、舞い込んだ縁談が私の恋人だったなんて何の冗談?」
「それじゃサムウェラ、ずっとこのひとのことを愛していたというの?」
「愛とか恋とかはもう褪めたわ」
「なのにどうして」
「貴女の夫に、ティムスがなったからよ。
この男にはもう用はなかったわ。
でも使えたわ。
この男は弱いから、ちょっと押せば、簡単に貴女のことを裏切った。
私がとっくに情も何も無いことも知らず!」
あはははは、とサムウェラは今までにルージュが聞いたことの無い笑い声を上げた。
「羨ましかったわ。
自由に貴女が当主としての侯爵夫人をしていたことが。
だから、私も実質的な女当主になろうとしたのよ」
「それで侯爵を……」
「時間はかかったけど」
ちら、と奥の長椅子の方を見る。
「私には子供も居ない。
跡取りは居る。
後妻だから、先の夫人の子供がね。
いえむしろ当初子供を作るな、と周囲から釘を刺されたわ。
まあ私もごめんだったけど。
それでも皆子供が可愛いとか色々楽しそうに話すから、子供という生き物はどれだけ可愛いのかと思って連れて来させたわ。
そう確かに楽しかったわ。
すぐに私のことを怖がる様になったしね」
「サムウェラ、ウェル、子供達を売り飛ばした訳ではないの、ではどうしたというの、もしや」
「お茶のお代わりをもらえるかしら。
喋りすぎて喉が乾いたわ」
「ウェル!」
メイドが慌てて茶の入ったポットを持ってくる。
それに続いて院長も。
「あんたは器用ですな」
院長はサムウェラに対しそう言った。
「どれだけの実験をすれば、ああぎりぎり正気を保たせたまま、あんたの言いなりに薬を調節できる様になるんだ」
「その昔、まだ若い頃、学校で習いましたのよ。
しっかりした結果を出すには、たゆまぬ努力が必要だと」
「校長先生のお言葉をそんな風に……」
ルージュは足を踏み出す。
彼女の剣幕に構わず、サムウェラはお茶のお代わりを悠々とカップに注ぎだす。
そして胸元から小さな瓶を出す。
「……貴女、まだお茶に香りをつけるのが好きなの」
「あら、覚えていてくれたの」
「何で黄色の薔薇なのか、貴女は判ってくれないの」
「判ったからと言ってどうなるの」
そう言って、小瓶の蓋を取る。
薔薇の香りがふわりと広がる。
数滴、茶に入れる。
香りが更に広がり――
「待ってウェル!」
ルージュは手を伸ばした。
その手の前で、サムウェラの喉がごくりと動いた。
――カップが落ちた。
1
あなたにおすすめの小説
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
ワガママを繰り返してきた次女は
柚木ゆず
恋愛
姉のヌイグルミの方が可愛いから欲しい、姉の誕生日プレゼントの方がいいから交換して、姉の婚約者を好きになったから代わりに婚約させて欲しい。ロートスアール子爵家の次女アネッサは、幼い頃からワガママを口にしてきました。
そんなアネッサを両親は毎回注意してきましたが聞く耳を持つことはなく、ついにアネッサは自分勝手に我慢の限界を迎えてしまいます。
『わたくしは酷く傷つきました! しばらく何もしたくないから療養をさせてもらいますわ! 認められないならこのお屋敷を出ていきますわよ!!』
その結果そんなことを言い出してしまい、この発言によってアネッサの日常は大きく変化してゆくこととなるのでした。
※現在体調不良による影響で(すべてにしっかりとお返事をさせていただく余裕がないため)、最新のお話以外の感想欄を閉じさせていただいております。
※11月23日、本編完結。後日、本編では描き切れなかったエピソードを番外編として投稿させていただく予定でございます。
結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした
三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。
書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。
ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。
屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』
ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく――
※他サイトにも掲載
※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる