あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
11 / 36

10.心配してくれる人がいるのはいいことだ。

しおりを挟む
「しかしのぉさつき」

 食後、おばーさんと若葉が後かたづけに立った後、じーさんは低い声であたしに呼びかけた。

「何?」
「お前、いつまで越境生やるつもりだ?」
「いつまでって」
「来年で一応、お前が高等生やっていられる期間は終わりだで。その後だ」
「さあ」
「さあってなあ。どこかに落ち着くこともできるだろうて?」
「まだ一年ちょいあるもの。考えたくないわよ」
「一年ちょしかないで。まああの方なら、お前の一人や二人、どこかの管区に入れることはできるだろうが」
「じーさんもこうやって暮らしてるもんね。まあそれはそれで悪くないとは思うけど」
「思うけど? 何だね」
「さあ……」

 あたしは言葉をにごした。

「と言ってもな。お前等が一番下の世代だったでな。お前等が居なくなってしまえば、越境生という形も終わるんだろうな。そうしたら、また別の肩書きで、似たことをやらされるかもしらんて」
「あたしは好きでやってるのよ、この仕事を」
「そうだがな。女の子には危険じゃないかね」
「だから訓練だって、ちゃんと受けたわ。あたしだってケガはしたくない」
「ケガしたことがあるのかね」
「ある…… わよ」

 何となく、言いごもる。慣れてるし、別にあたしのせいじゃないと思うのに、妙に後ろめたい。

「まあわしがどうこう言ったところで、お前さん等は聞かないだろうな。前にうちに来た子も、そう言っとったで」

 じーさんは半ばあきらめた様な顔で、新聞に視線を落とす。と言うか、喋っている間じゅう、ずっと視線は新聞の上にあったのだけど。

「どんなこと、言ってたの?」

 じーさんは顔を上げた。

「そうせずには、おられないんだと」

 同じこと、考える奴がいるんだな、とあたしは思った。

   *

 翌朝。
 さすがに乗り慣れないものに乗った次の朝は、身体が変に痛い。
 自転車で筋肉を使った時の痛みなら慣れている。
 だけどこういう同じ姿勢をずっと続けていたり、飛び回る景色を延々見ていることによる疲れというのは、回復が遅い。
 もっとも、若葉とかが乗ったら、一時間もしないうちに酔ってしまうのが関の山だから、あたしはまだましではあるのだけど。慣れというものは怖いものだ。
 その疲れた身体にえいっ、と気合いを入れると、自転車で学校に向かった。

 始業前のざわめきは、どんな場所でも変わらない。
 だけどさすがに、まだあたしという存在には慣れないようで、赤茶の頭が戸を開けた時、やはり一瞬ざわめきが止まる。
 それでいて、積極的に声を掛けたりしないんだから、情けないったらありゃしない。
 実際、皆何て奥手なんだろう、と思う。
 女の子に免疫がないと言ってしまえばそれまでなんだけどね。
 ―――でもそうでもない奴も居たか。

「おい、森岡」

 何か机の上が暗くなったと思ったら、本を開いていたあたしの頭上から低い声がした。

「あら遠山くん。何?」

 できるだけ素っ気なく、あたしは言い返す。
 周囲の視線がこっちに集まっているのを感じる。あの松崎もそうだ。彼は特に、まだあたしから「本日の若葉ちゃん」の報告を受けていないからなおさらだろう。

「暑いのは判るけど、前くらい閉めたら?」

 乳首まで見えてるよ。

「うるせーな。俺の勝手だろ。それよりお前、昨日車に乗ってなかったか?」

 単刀直入な奴だ。見られる可能性はあるとは思っていたが、こうもすぐに反応するとは。

「乗ってたわよ。それがどーしたの?」

 できるだけ何でもないことのように、言ってみる。
 実際には何でもないことでは決してない。
 自動車を動かせる立場にあるのは本当に限られた人だけだし、その知り合いというのだったら、あたしが一体何なのか、気になるところだろう。

「それがどうしたって」
「だから、ちょっとその車の運転手が、たまたまこのあたりの道に詳しくなくて、教えてくれって言っただけ」
「―――」
「と言ったら、信じるの?」

 にっ、とあたしは笑う。

「授業、始まるよ」

 いつの間にか静まり返っていた教室の外から、足音が高らかに響くのが聞こえる。皆その事実にようやく気付いたようで、蜘蛛の子を散らしたように自分の席に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...