十年目に咲く花

栗木 妙

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 部下に襲わせた私の護衛が、ここにいるシャルハ殿下本人だったのだと、この男も今ようやく気付いたことだろう。
「あれしきの人数で私を殺す気だったとは、なめられたものだ」
「なん…だと……?」
「私を襲ったばかりでなく、私のものにまで手を付けようとした罪は、たとえその命ごと差し出されても、贖いには到底足りぬぞ」
 その覚悟はできているのだろうな? ――と。
 普段よりも低い、まさに地を這うような声でもって、重々しく発されたその言葉は、相手だけでなく私をも震え上がらせた。
 ――これが、『金色の魔物』として皆を恐れさせた、殿下の姿……。
 思わず見惚れた。だって、怖ろしいのに……なのに目が離せない。
 その怖ろしさにさえ魅入られるようだ。
 ――なんて美しい……。
 こんな美しい魔物に命を奪われるのなら本望だと……そんなことさえ自然と思えてしまうくらいに……。
 しかし、そうやって呆然と見惚れていられたのは、ほんの僅かな間だった。
 ふいに私の脇の下から胸のあたりに太い腕が巻き付いてきたと思ったら、無理やりのように身体が引き起こされていた。
「――来るな!」
 引き寄せた私の喉元に、男が短刀を突き付けているのが分かる。
「来るんじゃねえ……少しでも動いたら、こいつを殺す」
 言いながら立ち上がった男に、脇から吊り上げられるようにして、無理やり私も立ち上がらせられた。
 首に突き付けられる短刀の切っ先が肌に触れ、大した痛みではなかったものの、それがいつ深く突き刺さるかもしれない怖さで、思わず「う…」という呻きが洩れる。
「あんたの見えないところにまで俺を逃がしてくれたら、こいつは無事に放してやる」
「――それを私が信じると思うのか?」
「信じないのなら、この場でこいつを殺すまでだ」
「それは困るな」
 あまりにもアッサリと返ってきた、その返答に、気が抜けたのか、少しだけ男の腕が緩んだ。
「しかし生憎と、貴様を逃がしてやる気なんぞは毛頭ない」
「なに……!?」
「その者は殺させない。しかし、貴様は殺す」
「馬鹿な……そんなこと、出来るもんなら……!」
 そんな時、立っている私の足首あたり、小さい石のような硬い感触の何かがぶつかってきたような衝撃を感じ、何だろうと思わず下に視線が向く。
 すると、また一つ、やはり何かが当たってくる。こんな緊迫した状況下でホント何なんだろうと、とはいえ、変な毒虫とかに襲われていたら嫌だなと、もはや気味が悪くなって、突き付けられた短刀の刃が当たらないようにしながら、より頭を下げて下方を覗き込んだ。
「――ぅぐあっっ……!!?」
 途端、真上からそんな呻きが聞こえてきて、驚いて咄嗟にそちらを振り仰ぐ。
 するとそこには、喉元に小さな刃を突き立てられた男の、苦悶に満ちた表情があった。
 突き立てられていたその刃には、見憶えがある。
 ――これ、アクス騎士が持ってたやつ……!
 彼の持っていた暗器の一つだ。敵に投げ付ける専用の、ナイフみたいな小さく薄い刃。コレで昨日も射手の狙いを外してもらえた。
 なら当然、これを投げたのもアクス騎士だ。今のは“頭を下げろ”という合図だったのか。
 この機会を逃してはならない。
 刺さった刃に気を取られたのか、緩んだ男の腕から、私は急いで擦り抜けた。そのまま遠ざかろうともしたのだが、膝のあたりに引っ掛かったままのズボンの所為で、足が縺れ、その場で無様に転がってしまう。
 でも結果的には、それでよかったのだろう。
 そこを、シャルハ殿下が逃すはずもなかった。
 男の意識が私から逸れた途端、すかさず駆け寄ってきていた殿下の蹴りが炸裂し、不意を突かれた男の身体が背後の小川へと吹っ飛んでゆく。
 バシャンと派手な水音を立てて浅い川の中へ身を沈めた、それを追ったシャルハ殿下が、勢いよく振り下ろした足で男を踏み付けるや、無造作に剣を振り下ろした。
 その瞬間、思わず目を背けてしまった私の背後から、ふいに外套らしきものが着せ掛けられる。
「…ご苦労さん、怖かったな」
 私の身体を外套にすっぽり包んでくれながら、アクス騎士が、そんな労いの言葉をくれた。
「立てる?」
 その言葉に促されるように、伸ばされたアクス騎士の腕に縋るようにしながら立ち上がろうとしたのだが、今さらのように全身ががくがく震えて、足に力が入らない。
「ご…ごめんなさい、どうやら立てません……」
「ああ、まあ、それは仕方ない」
「――おい、アクス」
 そこで聞こえてきたその声に、私も背後を振り返る。
 すると、シャルハ殿下が手にした剣を鞘に収めながら、こちらへと歩み寄ってくる姿が、目に映った。
「着替えが要る。アリーシアの荷物を持ってきてくれないか。――ついでに、馬ごと荷も纏めてきてももらえると助かるのだが」
「そうだな……お嬢ちゃんを、あっちに連れて戻っても、死体だらけで卒倒するか」
 ――なんか今、ものすごく物騒な言葉を聞いたぞ……?
「仕方ないな。ひとまず邪魔者は退散してやるから、今度こそちゃんと護ってやれよ」
「おまえに言われるまでもない」
 そして立ち上がったアクス騎士の腕を、離れ際に掴んで、とりあえず「ありがとうございました」というお礼だけは告げておく。
 そんな私に笑顔を向け、頭をくしゃっと撫でてくれてから、そして彼は踵を返した。
 ――しかし、あのひと私を幾つだと思っているのか……まるっきり子供扱いだな……呼び方も『お嬢ちゃん』だし……。
 そんなことを考えつつ、去っていくその背中を見送っていたら、背後から「アリー」と、改めて声がかかった。
「大丈夫か? どこか怪我などしてはいないか?」
 その問いには、首を縦に振って応える。――でも、後ろを振り返ることだけは、まだ出来なかった。
「そうか、よかった……遅くなってすまなかったな」
 それには、首を思い切り横に振って応える。
「アリー……こちらを向いてくれないか?」
 やはり、私は首を横に振る。
「お願いだから……」
「いやです」
 言った自分の声が、思いのほか涙声で、我ながら驚く。
 でも仕方ない。また思い出したように溢れてきては止まらない涙の所為で、もう顔中がぐしゃぐしゃだ。
 こんなの、とてもじゃないけど見せられない。
「怖い想いをさせたことは、謝るから……」
「そんなんじゃありません」
「アリー……」
「私はもう、自分の所為で大事な人を喪うのなんて嫌なんです」


 ほかでもない、この私の所為で……母は、殺されたのだから―――。


 母は、不義密通の罪を着せられて、父の裁断により服毒死させられた。
 それもすべて、私の所為なのだ。
 私を助けるため、私を凌辱せんと近付いてきた不埒な男の手から護るために、進んで自らの身体を投げ出した。
 なのに、母が父以外の男性と通じたという、その事実だけが悪意をもって人の口に上ってしまい、やがて父の耳にまで届くや、当然のように死を命じられることとなった。
 だから私は、神殿へと入れられたのだ。
 母の罪を被れとばかりに。おまえは罪人の娘なのだからと。


 私は、どんな処罰だって甘んじて受ける。
 しかし、今さらどんなことをしても、何を償おうとも、死んでしまった母は、もう決して帰ってこない―――。


「私の所為で、あなたを喪うことになるのは、堪えられません……!」


 嗚咽に揺れる私の身体に、ゆっくりと腕が回された。
 背中から伝わってくる温もりが、とても心地いい。
「あなたが死んだと聞かされて、もう二度とあなたに会えないって思って、どれだけ私が絶望したか、わかりますか……!」
「うん……すまなかった、アリー」
 耳元から流れ込む優しい声が、また更に涙を誘う。
「私だって生きた心地がしなかった。目を覚ましたら君が居なくて……やっと見つけたと思ったら、どこぞの男に組み敷かれていたんだからな」
「――そこは、ごめんなさい……」
「でも、もういい。こうして、ちゃんと無事だったのだから」
 抱き締められる腕に、力が籠もる。
「私から離れるな、アリー。――私だって、君を喪うことになるのは、堪えられない」
「シャルハ様……」
「私は、このくらいのことでは決して死なない。戦場の魔物は、戦いの場では絶対に死なないんだ。だから絶望など、する必要はない。安心して私を呼べ」
「シャルハ様っ……!」
 身体に回されていた手が、その指が、ふいに俯いていた私の頬に触れる。
 その指に誘われるようにして、顔を上げた私は、ようやく背後を振り向いた。
 近くから見下ろしてくる、その整った綺麗な顔を目の当たりにして、ようやく心のどこかがホッと安堵したのがわかった。
 私の心は、いつの間にかこんなにも、このひとを頼もしく感じていたんだ―――。
「生きていてくれてよかった……! 来てくれて嬉しかった……!」
 また溢れた新たな涙が、どこまでも優しく拭われる。
「もう二度と、しないでください。私を助けるために自分の身を危険に曝すような真似は、絶対にやめてください。もし私だけ置いて勝手に死んじゃったりしたら、こんなことなら死んだりしなきゃよかったって死んでから後悔するくらい、どこまでも深くシツコく恨みまくってやりますからね……!」
「約束する。君を泣かせるようなことは絶対にしない」
 ゆっくりと涙の跡に口付けられ、思わずくすぐったさに目を閉じると。
 その唇が、私の唇の上に重なった。
 それは、どこまでも優しくて……そして、どこまでも熱い、キスだった―――。




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