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梅折りかざし、君を恋ふ 〜後宮の妃は皇子に叶わぬ恋をする〜
第一話
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円窓越しに見えるのは、春雨に濡れる緋色の梅。
何一つ残さず 伽藍洞になった 房室の中から、張 琳伽は 内院をじっと眺めている。
前の皇帝の後宮妃の一人であった 琳伽は、今日この後宮を去る。その後の生き方は、自身で自由に決められるものではない。後宮を出たその足で出家し、尼となるのだ。
後宮から妃嬪が一人残らず去ったあと、この場所は新たに即位した皇帝の後宮として一新される。
親子ほど年の離れた前皇帝に仕えて寵愛を受け、最後は徳妃まで昇り詰めた。
ここ数年は前皇帝の居に近い 翠耀殿で過ごしていたが、前皇帝の崩御後はこの 梅華殿に戻って来た。ここ梅華殿は、琳伽が後宮入りした十五の時から約六年ほど過ごしていた思い出深い場所である。
「張徳妃さま、お茶をお持ちいたしました」
何もないこの 房室に、侍女の声がぼんわりと響き渡る。
「ありがとう。今日は雨が降って冷えるわね」
「そうでございますね。せっかく梅の花が綺麗ですのに」
琳伽が後宮を去った後、この梅華殿にも新帝の妃が入ることになるだろう。毎年琳伽を楽しませてくれた 内院の梅の花も、次に巡ってくる春の頃には、別の妃に向けてその緋色の花を開くはずだ。
――今から十一年前、琳伽は後宮へ入った。
張氏一族の出世を助けるために、まるで献上物のように差し出された。
前皇帝はその頃既に四十を超えて多くの妃嬪や皇子がおり、まだ年端もいかない 琳伽は皇帝の伽に呼ばれることもなかった。
後宮という鳥籠に閉じ込められた一羽の雀。
孤独な雀にとっての愉しみは、春の訪れを告げる内院の梅の花。そして、梅華殿の隣の殿舎に住まう淑美人の皇子、逞峻と過ごす時間であった。
「琳伽、梅の花が咲いた! 早く来て!」
「逞峻様、分かりました。すぐに参ります」
梅華殿の円窓の外から、皇帝の三番目の皇子である逞峻が琳伽を呼ぶ。
琳伽は十五歳、逞峻は九歳。
弟よりも年下の逞峻は、琳伽にとっては目に入れても痛くないほどに可愛い存在であった。
「わあ、本当ですね。緋色の梅は初めて見ました」
「琳伽はここに来て初めての春だものね。私が琳伽のために、梅の花を折ってあげよう」
逞峻は懸命に背伸びをして梅の花に手を伸ばすが、九歳の少年には高すぎて手が届かない。琳伽は逞峻を抱き上げ、花に手が届くように高く持ち上げた。
「琳伽、届いた!」
「梅の花は折れましたか」
「ほら、ここに。琳伽、少し身をかがめて」
琳伽が言われたままに少し身をかがめると、逞峻は手に持っていた梅の花を、高く結い上げた琳伽の髪にそっと差した。
「わあ……梅の簪でございますね」
「そうだ。琳伽、嬉しい?」
「はい、とても嬉しいです。梅の花は大好きですし、逞峻様が一生懸命取って下さいましたので」
「それでは、来年も梅の花が咲いたら、琳伽に簪を贈ろう」
まるで春の日差しを浴びて光る水面のように、逞峻の瞳は希望に満ちて輝いていた。
何一つ残さず 伽藍洞になった 房室の中から、張 琳伽は 内院をじっと眺めている。
前の皇帝の後宮妃の一人であった 琳伽は、今日この後宮を去る。その後の生き方は、自身で自由に決められるものではない。後宮を出たその足で出家し、尼となるのだ。
後宮から妃嬪が一人残らず去ったあと、この場所は新たに即位した皇帝の後宮として一新される。
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ここ数年は前皇帝の居に近い 翠耀殿で過ごしていたが、前皇帝の崩御後はこの 梅華殿に戻って来た。ここ梅華殿は、琳伽が後宮入りした十五の時から約六年ほど過ごしていた思い出深い場所である。
「張徳妃さま、お茶をお持ちいたしました」
何もないこの 房室に、侍女の声がぼんわりと響き渡る。
「ありがとう。今日は雨が降って冷えるわね」
「そうでございますね。せっかく梅の花が綺麗ですのに」
琳伽が後宮を去った後、この梅華殿にも新帝の妃が入ることになるだろう。毎年琳伽を楽しませてくれた 内院の梅の花も、次に巡ってくる春の頃には、別の妃に向けてその緋色の花を開くはずだ。
――今から十一年前、琳伽は後宮へ入った。
張氏一族の出世を助けるために、まるで献上物のように差し出された。
前皇帝はその頃既に四十を超えて多くの妃嬪や皇子がおり、まだ年端もいかない 琳伽は皇帝の伽に呼ばれることもなかった。
後宮という鳥籠に閉じ込められた一羽の雀。
孤独な雀にとっての愉しみは、春の訪れを告げる内院の梅の花。そして、梅華殿の隣の殿舎に住まう淑美人の皇子、逞峻と過ごす時間であった。
「琳伽、梅の花が咲いた! 早く来て!」
「逞峻様、分かりました。すぐに参ります」
梅華殿の円窓の外から、皇帝の三番目の皇子である逞峻が琳伽を呼ぶ。
琳伽は十五歳、逞峻は九歳。
弟よりも年下の逞峻は、琳伽にとっては目に入れても痛くないほどに可愛い存在であった。
「わあ、本当ですね。緋色の梅は初めて見ました」
「琳伽はここに来て初めての春だものね。私が琳伽のために、梅の花を折ってあげよう」
逞峻は懸命に背伸びをして梅の花に手を伸ばすが、九歳の少年には高すぎて手が届かない。琳伽は逞峻を抱き上げ、花に手が届くように高く持ち上げた。
「琳伽、届いた!」
「梅の花は折れましたか」
「ほら、ここに。琳伽、少し身をかがめて」
琳伽が言われたままに少し身をかがめると、逞峻は手に持っていた梅の花を、高く結い上げた琳伽の髪にそっと差した。
「わあ……梅の簪でございますね」
「そうだ。琳伽、嬉しい?」
「はい、とても嬉しいです。梅の花は大好きですし、逞峻様が一生懸命取って下さいましたので」
「それでは、来年も梅の花が咲いたら、琳伽に簪を贈ろう」
まるで春の日差しを浴びて光る水面のように、逞峻の瞳は希望に満ちて輝いていた。
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