7 / 9
梅折りかざし、君を恋ふ 〜後宮の妃は皇子に叶わぬ恋をする〜
第三話
しおりを挟む
梅見の宴の翌日のこと。
梅華殿の琳伽の元に突然届いたのは、皇帝からのお召しの報せであった。皇帝が、宴で舞を披露した琳伽を目に留めたらしい。
琳伽が後宮に入ってから、既に五年の月日が過ぎていた。
妃の一人でありながら、妃ではない。
いつしかそんな錯覚をしていた自分に気付き、琳伽は唇を噛んだ。
夜になり、支度を整えた琳伽は皇帝の居所である宮に向かう。後宮の端の端にある梅華殿から皇帝の宮までは、灯りを持った侍女についてしばらく歩かねばならない。
途中、しとしとと降る雨音に紛れた小さな物音に振り返ると、東宮殿の遊廊に佇む影があった。
(あれは……逞峻様)
琳伽が皇帝に召されたことを耳にして急いで来たのか、肩で息をしながら立っている。まだ夜は肌寒い季節だというのに、薄衣一枚の寝着姿であった。
琳伽が想像した通り、彼はもうあの頃共に梅の花を愛でた逞峻ではなかった。背は伸び、少年時代のあどけさは消えていた。
きっと今なら、琳伽の手の届かないほど高い所にある梅の花にも、易々と手が届くだろう。
(見ないで)
皇帝の元に向かう姿を、逞峻には見られたくない。
琳伽は侍女が持つ傘の陰に顔を隠し、逞峻に背を向ける。
止まりたくとも止まれない。
止めたくとも止められない。
足早に歩く琳伽の傍で、咲き始めたばかりの梅の花が雨に濡れていた。
◇
「朱花。輿の準備ができたかどうか、様子を見てきてくれる? 私も少し一人で、この梅華殿に最後の別れをしたいの」
「かしこまりました。また後程お迎えに参ります」
侍女の朱花を行かせたあと、琳伽は雨の降る内院に出た。
木の幹に手を当て、緋色の梅を見上げる。
二十歳の頃に皇帝から見初められ寵愛を受けたが、琳伽は子を産まなかった。子がいる妃は、後宮から出ることは叶わない。
(私にもし前皇帝陛下の子がいれば、このまま後宮に残されて逞峻様の近くに居られたのだろうか)
雨に濡れた梅の花にそっと触れながら、琳伽は逞峻の顔を思い浮かべた。琳伽が二十六になったということは、逞峻は二十歳。
この場所で梅の花を愛でた頃の逞峻は、琳伽に梅の簪を贈った逞峻は、もういない。
「張徳妃様、準備が整いました」
戻ってきた朱花が、琳伽に向かって礼をする。琳伽はもう一度梅を見上げ、それから朱花に向き直って笑顔を作った。
「朱花、ありがとう。参りましょう」
琳伽が一歩踏み出したその時、ふとそれまで降っていた雨が止まった。驚いた琳伽は、そのまま空を見上げる。
琳伽の目に入ったのは空や雲ではなく、傘だった。
梅華殿の琳伽の元に突然届いたのは、皇帝からのお召しの報せであった。皇帝が、宴で舞を披露した琳伽を目に留めたらしい。
琳伽が後宮に入ってから、既に五年の月日が過ぎていた。
妃の一人でありながら、妃ではない。
いつしかそんな錯覚をしていた自分に気付き、琳伽は唇を噛んだ。
夜になり、支度を整えた琳伽は皇帝の居所である宮に向かう。後宮の端の端にある梅華殿から皇帝の宮までは、灯りを持った侍女についてしばらく歩かねばならない。
途中、しとしとと降る雨音に紛れた小さな物音に振り返ると、東宮殿の遊廊に佇む影があった。
(あれは……逞峻様)
琳伽が皇帝に召されたことを耳にして急いで来たのか、肩で息をしながら立っている。まだ夜は肌寒い季節だというのに、薄衣一枚の寝着姿であった。
琳伽が想像した通り、彼はもうあの頃共に梅の花を愛でた逞峻ではなかった。背は伸び、少年時代のあどけさは消えていた。
きっと今なら、琳伽の手の届かないほど高い所にある梅の花にも、易々と手が届くだろう。
(見ないで)
皇帝の元に向かう姿を、逞峻には見られたくない。
琳伽は侍女が持つ傘の陰に顔を隠し、逞峻に背を向ける。
止まりたくとも止まれない。
止めたくとも止められない。
足早に歩く琳伽の傍で、咲き始めたばかりの梅の花が雨に濡れていた。
◇
「朱花。輿の準備ができたかどうか、様子を見てきてくれる? 私も少し一人で、この梅華殿に最後の別れをしたいの」
「かしこまりました。また後程お迎えに参ります」
侍女の朱花を行かせたあと、琳伽は雨の降る内院に出た。
木の幹に手を当て、緋色の梅を見上げる。
二十歳の頃に皇帝から見初められ寵愛を受けたが、琳伽は子を産まなかった。子がいる妃は、後宮から出ることは叶わない。
(私にもし前皇帝陛下の子がいれば、このまま後宮に残されて逞峻様の近くに居られたのだろうか)
雨に濡れた梅の花にそっと触れながら、琳伽は逞峻の顔を思い浮かべた。琳伽が二十六になったということは、逞峻は二十歳。
この場所で梅の花を愛でた頃の逞峻は、琳伽に梅の簪を贈った逞峻は、もういない。
「張徳妃様、準備が整いました」
戻ってきた朱花が、琳伽に向かって礼をする。琳伽はもう一度梅を見上げ、それから朱花に向き直って笑顔を作った。
「朱花、ありがとう。参りましょう」
琳伽が一歩踏み出したその時、ふとそれまで降っていた雨が止まった。驚いた琳伽は、そのまま空を見上げる。
琳伽の目に入ったのは空や雲ではなく、傘だった。
0
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
花も実も
白井はやて
恋愛
町で道場を営む武家の三男朝陽には最近、会うと心が暖かくなり癒される女性がいる。
跡取り問題で自宅に滞在したくない彼は癒しの彼女に会いたくて、彼女が家族と営む団子屋へ彼は足しげく熱心に通っているのだが、男と接客している様子を見ると謎の苛立ちを抱えていた。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
王太子は妃に二度逃げられる
たまこ
恋愛
デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。
初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。
恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。
※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
雨降る夜道……
Masa&G
恋愛
雨の夜、同じバス停で白いレインコートの女性が毎晩、誰かを待っている。
帰ってこないと分かっていても、
それでも待つ理由がある――
想いが叶うとき――
奇跡が起きる――
円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』
みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」
皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。
(これは"愛することのない"の亜種?)
前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。
エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。
それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。
速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──?
シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。
どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの?
※小説家になろう様でも掲載しています
※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました
※毎朝7時に更新していく予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる