【短編集・中華後宮】愛されない貴妃の、想定外の後宮譚 ほか

秦朱音|はたあかね

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梅折りかざし、君を恋ふ 〜後宮の妃は皇子に叶わぬ恋をする〜

第五話

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 先ほど気にしていた衣の裾の近くから、紫色の手巾に包まれた何かをごそごそと取り出してきた逞峻ていしゅんは、膝を立てて琳伽りんかの傍に近寄る。
 琳伽りんかの右手を開かせ、そのまま中身ごと、手巾を静かに握らせた。


「陛下、これは」
「あの時の約束を守れず、申し訳なかった。私に力がなかったばかりに……」


 逞峻ていしゅんの表情は苦悶に満ちている。
 約束とは何のことだろうか。
 そして、逞峻ていしゅんに力がなかった、とはどういうことか。


「兄二人が相次いで亡くなったことで、母が何かはかったのではないかと疑われていた」
「淑美人様が? まさか、上の皇子様たちは流行り病が原因で身罷られたのです。淑美人様が何かを謀ったなどと……!」
「もちろん母は何もしていない。しかし皇后陛下は、ずっと母のことを疑って辛く当たっていた。そんな時に私が琳伽りんかを下賜して欲しいなどと、言い出せなかった。そんなことをすれば琳伽りんかにまで害が及ぶと……」


 逞峻ていしゅんの言葉に、琳伽りんかは右手に持っていた手巾をぐっと握りしめる。自らの知らないところで、逞峻ていしゅんは自分のことを想い続けていてくれたというのか。
 幼い頃の口約束とは言え、琳伽りんかにとって逞峻ていしゅんのあの約束の言葉は大切な思い出であり、支えであった。出家して尼になっても、その約束を心の糧として生き続けようと思っていたのだ。

 琳伽りんかの両目の奥から、熱いものが込み上げる。


「陛下、私のことをそのように想っていてくださったのですね。しかし、私はこれから出家する身。今生こんじょうで私たちが結ばれる道は、なかったのでございます」
「何を言うのだ」
「来世でもし再びお会いできたならば、その時は……皇太子と皇帝の妃という立場の差も、この六歳という年の差も。私たちを縛る枷が一つもありませんように。そんな出会い方をしたいものです」


 こぼれそうな涙を逞峻ていしゅんに見られたくなかったが、顔を隠せばすぐに涙の雫が落ちてしまいそうで、琳伽りんかはまっすぐに逞峻ていしゅんを見つめる。
 右手には更に力が入り、手巾の中にある固いものが手のひらに食い込んだ。

琳伽りんか、それを受け取って欲しい」
「……なんでしょうか」


 鼻をすすりながら、手巾をゆっくりと開く。
 中からは、梅の花をかたどったかんざしが顔をのぞかせた。


「陛下」
「気に入ったか」
「……陛下、子供の頃にお伝えしておくべきでしたが、簪を贈るというのは求婚する意味があります。たった今、今生のお別れを申し上げたばかりではありませんか。私のことはどうかお忘れください」
「その簪を持って、慶鵬寺けいほうじに行くがよい」
「陛下!」


 琳伽りんかが声を張り上げるのと同時に逞峻ていしゅん琳伽りんかの腕を引き、そのまま倒れて来た琳伽りんかを深く抱き込んだ。

 逞峻ていしゅんの胸にすっぽりとはまって抜け出せない琳伽りんかは、梅の花に手が届かなかった逞峻ていしゅんを抱き上げた日々を思い出す。あの頃とはすっかり変わった包容力のある大きな胸と腕に包まれ、琳伽りんかは観念して目を閉じた。


「今は、琳伽りんかを手放すしかない。しかし、その時が来たら必ず迎えに行く。来世で会おうなどと言うな。この簪を持って、待っていて欲しい」
「……これから尼になろうとしている女に簪を贈るなど、女心を分かっていないにもほどがございますよ」


 逞峻ていしゅん琳伽りんかの髪を愛おしそうに撫で、うなじに唇を寄せて囁く。


「髪なら、また伸ばせば良い。張徳妃ちょうとくひの髪は、一度尼になって全て捨ててしまえ。そうすれば、その後に伸びた髪は全て私だけのものだ」


 雨が上がり、梅の花を濡らす雫が日の光を受けて煌めいた。

 待ちくたびれたのか、恐る恐る琳伽りんかの様子を見に来た侍女の朱花に、琳伽りんかは小さく手を上げて合図をする。
 そしてもう一度梅の花を見上げてから、ゆっくりと梅華殿を背にして歩き出した。


<おわり>
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