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30 白虎達玖李
しおりを挟む達玖李は麒麟が嫌いだった。
妖魔は外側からやってくるので、西外側を守る白虎が先に討伐しなければならない。
せめて獣人達の不満を減らすか、居住区を別の神獣達の方へも回してもらうかして欲しいのに、前麒麟は知らん顔をしていた。
達玖李は麒麟は要らないと判断した。
だから前任の麒麟が死んだ時、好機だと思った。
次の麒麟が生まれなければいい。
麒麟は麒麟領にある神山の何処かに、麒麟の生命樹が生えて、その枝から生まれる。
流石に卵が育てば躊躇うが、なる前に生命樹を見つけ叩き切って行った。
見つけるのは白虎である自分なら簡単だ。
同じ獣の属性。
麒麟はいつも雷の属性を持つので、雷の気をたどり生命樹を見つけ、それが真珠色なら切ればいい。
そうやって千年近く邪魔してやった。
麒麟領は自分が白虎領と一緒についでに治めればいい。
簡単だ。
「おいおい、お前神罰降らんのか?」
前青龍宙重はよくそうやって窘めたが、止める事はなかった。
宙重はどの神獣とも仲が良い。
良い事も悪い事も躊躇いなく一緒にやる奔放さが付き合いやすかった。
「神から何の音沙汰もない。構わんのだろう。」
そう返事をすると、そーだなと返してくるだけだった。
宙重は過去一番話し易い奴だった。
前麒麟と衝突した時、愚痴を聞くのも宙重だった。
前麒麟は巨城から出るのを嫌っていた。
誰よりも戦う力があるのに、それも嫌う。
自分と同じ白い髪であるのも嫌だった。麒麟の特徴である瑠璃色の瞳を誰もが誉めそやすのもうんざりした。
瞳の色が珍しいだけでは何にもならない。
罪人は境界線の近くに捨てろと言う。
素行の悪い兵士はすぐに白虎隊に回す。
美しい者を集め、贅沢三昧を好む。
兎に角嫌いだった。
だから麒麟は要らないのだ。いなくても西側はどうにかなってきた。
死んで清々した。
死んだ理由は妖魔の大軍を討伐する際、仲間を庇って傷を負い亡くなってしまったのだが、普段動かないから致命傷を負うのだ。
しかも仲間を庇ったのではなく、単にその時寵愛していた者と共にやられただけではないかと達玖李は思っている。
あの麒麟が他人を庇う様な神獣に思えないからだ。
それから千年何事もなく時間は流れて行った。
巨城に珍しい客が来た。
金の髪に琥珀の瞳をもつ美しい天狐だった。宙重の所に遊びに行くと、二人笑いながら談笑していた。
和かに笑いながら珀奥と名乗った。
里が世話になっている白虎領の俺に、先に挨拶に行ったが、留守だったので他から挨拶に回っていたと謝ってきた。
きっと前麒麟が生きていたら、即刻呼ばれていたのではと思えるほどの美しい顔をしていた。
そう言うと、若い頃に呼ばれた事はあるが、山に篭っていたので行った事はないと笑っていた。
琥珀の瞳は深く甘そうで、思わず目が離せない、そんな狐だった。
「お前でも見惚れる事があるんだな。」
宙重に揶揄われた程見惚れていたと知り、自分の失態に舌打ちした。
妖魔が増え、麒麟の生命樹がなるのを見落とした時があった。
しかし面白い事にその枝を、頭の悪そうな狐の夫婦が折って持ち帰ったと言う。
狐と聞いて珀奥を思い出したが、会ったのはあの時一度きり。同じ狐でも雲泥の差だなと思ってしまった。
宙重から麒麟の卵は同じ狐族として珀奥が世話をしていると聞いた。
恐ろしく神力を吸われるだろうに、天狐ならば可能なのだなと思っただけだった。
鎖に引っ張られ吊り下げられ、日が昇りまた夜が来て、達玖李は無造作に落とされた。
何とか着地はしたが、寒空の中、高速で運ばれたので身体はガチガチに冷えていた。
風の神力で保護はしたが、全ては防げなかった。
だから麒麟は嫌いなんだ。
心の中でぶつぶつと文句を言う。
運ばれながらもずっと言い続けていたので、少々疲れてしまった。
麒麟那々瓊は珀奥の死体を後生大事に抱えていた。
黒い姿の黒曜主。
何となく話が見えて来た気がした。
那々瓊の卵を温めたのが珀奥。
恐らく狐の夫婦、いや、狐一族に神罰が降った。ただの獣人が神獣に害を加える行為は神罰に値する。未だ存続する狐一族に疑問はあったのだ。
全て金の天狐珀奥が身代わりになったと推測した。神罰までも。
呪われ妖魔となった珀奥は、先代銀狼の聖女に刺されて死んだ。
それを霊亀永然は知っていた。
異界に魂を流したのもその永然かもしれない。
そしてこちらに戻したのだ。転生という形で。
成程と思う。
そこまでやれば、珀奥の呪いは消滅し、魂は新たに生き返れる。
それを自分は邪魔したわけか。
玄武比翔はそれを知っていたかは定かじゃないが、あいつはあいつで私怨がある。
達玖李の目の前には暗闇が広がる。
後もう少し進めばこの身に穢れが溜まり、出られなくなるだろう。
それは例え神獣であろうと獣人であろうと変わらない。
蠢く煙とも汚泥ともつかない何かが動いているが、ちゃんと形を成してはいない。
最近生えだした、黒い生命樹になる卵から生まれる妖魔は、ベチャンと落ちて這いずり回る物が殆どだ。
極々たまに、形ある物が生まれ、それが境界線を超えて獣人達を襲う。
穢れを移し、呪い、妖魔に堕として引き摺り込む。
達玖李は幸か不幸か身体に巻き付く麒麟の鎖のおかげで引き摺り込まれる事はないだろう。
だが徐々に身体は蝕まれる。
身から出た錆。
負けた方が悪いのだ。
それが獣の世界だ。
お前は、どうだ?
何故お前がそこにいるのか不思議だった。
達玖李は暗闇の奥を見た。
一つの形ある姿の妖魔が立っている。
長い黒髪、精悍な顔。
よく知る姿。
以前の青い髪も、瞳孔は青で虹彩は黄色という珍しい瞳も、全て漆黒に変わっていた。
「なぁ、宙重………。」
お前は珀奥が好きだったよな?
俺に珀奥に見惚れてると揶揄いながら、お前こそ見惚れていた。
普段は年上面して余裕そうに笑ってるくせに、かなり後から生まれたような天狐の事を愛おしそうに話してたな。
追いかけたのか?
その暗闇の中まで。
入れば出られないと誰でも知っている。常識だろうが。
蠢く闇は宙重の周りをのたうち回っている。見ていて気持ちのいいものではない。
何もない、一筋の光すらない。
その中にポツンと浮かぶお前が酷く孤独に見えて、俺はお前が好きな珀奥を、お前に近付けようと思った。
麒麟に対する嫌がらせも込めて、境界線近くの神山に入った。
近くの村には毛が灰色に変わった罪人達の村がある。罪を犯して追いやられても、お互い寄り添い伴侶になり、神山で生命樹の枝を望む者は多い。
境界線近くの神山で、灰色毛の獣人が望む枝は灰色。たまに黒いのもある。
その中でも一際黒い枝を貰ってきた。
渋られたが、誰よりも神力のある魂を宿すからと約束すると、その夫婦は譲ってくれた。
多分これが最後に貰える枝だろうから、幸せになれるならそうして欲しいと、託すように渡してくれた。
比翔に連れて行ってもらった場所には、永然と銀狼になる魂と、珀奥だったのだろうと思われる魂がいた。
比翔が近くに彷徨っている魂がいると言うので、その魂を唆した。
珀奥にこの黒い枝が渡るように。
珀奥が一度妖魔に堕ちたなんて知らなかった。
何となく、俺は、この黒い枝で生まれてくれば、きっとこの真っ黒な枝のような毛をもって生まれてくるだろうから、そうしたら宙重に近い存在になるんじゃないかと思っただけだ。
黒い毛を持って生まれれば、いずれこの境界線の地に追いやられてくる。
そうしたら宙重に会う筈だと、そう思った。
そうなったらいいのにと、思っただけだ。
思ったように珀奥は生きてくれなかったけど。
逞しく一人で何でもやるし、中央に来て青龍隊に入るし、麒麟に気に入られるし。
誰も心に入れないくせに、相変わらず人から好かれるやつだった。
憎たらしい。
宙重は何であんな狐が好きなんだか。
確かに見惚れるくらい綺麗だ。
黒狐の姿は普通に見えたのに、その神力の多さで輝いている。身体が成長すると安定してきて、更に人を惹きつけ出す。
黒い毛に忌避しながらも、目が離せずに慌てて逸らす奴が増えてきている。
目障りな狐なのは今も昔も変わらない。
宙重、すまない。
孤独なお前に、あの狐を贈ってやりたかったけど、無理そうだ。
すまない、宙重。
お前を救える手立てのない俺を、どうか許して欲しい。
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