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49 感謝とさよならを
しおりを挟む美晴の死体は玄武領に埋める事に決め、繋がれた比翔を連れて神浄外に戻って来た。
比翔は終始大人しかった。
誰一人欠けることなく戻れた事に、兵士達は安堵している。
熟練者ばかりではあったが、ほぼ身の回りの世話や荷物持ちで追随していただけなので、無事に戻れて嬉しそうだ。
一旦巨城に戻ってから兵士達を労って自領に戻らせる予定だ。
まず白虎領に入り、白虎の屋敷に滞在する事になった。
達玖李は自分の屋敷なのに那々瓊の鎖で拘束されている所為で、ここ最近帰ってこれなかったらしい。
呂佳が那々瓊を説得して、ここまでは帰れる様になったと半泣きだった。
ここに来るまで呂佳は目立っていた。
黒から金に変わる九本の尻尾に、琥珀の中に黒の瞳孔という珍しい瞳。端正な顔立ちに上品な振る舞いの天狐の出現に、ザワザワと人々が騒めいている。
しかも神獣麒麟がこれでもかと愛おし気に愛でて構い倒す姿に、騎乗して通りを進んでいるのだが、集まった住人達が押し寄せる為なかなか進めなかった。
人々が集まっている中、元朱雀の紅麗と玄武比翔は、監視役として聖苺が連れて先に巨城に帰らせた。
白虎の屋敷は木材を基調とした趣のある建物だった。よく磨かれニスを塗られた柱は年季の入ったもので、金具や格子、柵の一つ一つにまで装飾が付いている。
「先に宙重を送ろう。」
永然の提案に達玖李が中庭に案内した。
敷き詰められた砂利は真っ白で、磨かれた平石の小道がカーブを描き、樹木や大きな飾り石と灯籠が視界を楽しませてくれる。
開けた場所に出て、万歩が懐から宙重の龍核と玄武の神核を取り出した。宙重の龍核は元の核と割れた破片に分かれている。
万歩が持つ事によって浄化され、燻んだ黒色をしていたが今は元の色に戻っていた。
宙重の龍核は青色に、玄武の神核は濃い緑色をしていた。
玄武の神核は永然が受け取り、宙重の龍核を永然は呂佳に渡した。
「呂佳が送ってくれるか?」
呂佳は青色の割れた二つの龍核を受け取り、悲し気に頷いた。
「ええ、是非。」
受け取った龍核を手のひらに乗せて、フッと息を吹きかける。
青色の核の中にポッと光が灯った。
ーー着いたのか……。ーー
宙重の意識はもうかなり希薄になっていた。最後は神浄外の中が良いと言うので、着くまで眠ってもらっていた。意識が有り続けると、途中で力尽き天に還りそうだったからだ。
他人の神力を取り込むことも出来ない程の消耗は、その者の寿命を意味している。
神力を入れても、網に入った砂の様にサラサラと抜け落ちてしまう。
今呂佳が入れた神力も、大気に散り龍核の中には残らない。
「宙重、ありがとうございます。貴方がいたから今の僕があります。」
ーー感謝される様な事じゃない。好きでやったのだから。あまり気にするとお前の愛し子が嫉妬する。ーー
宙重は美しい天狐を龍核の中から見た。
辛うじて意識があるだけ。
姿を作る事すら出来ない。
以前の珀奥とはまた違った美しさのある姿に、助けて良かったと思った。
今は昼間なのだろうが明るさを感じなかった。
空は青から紺碧、深い紺色へと変わり、星が瞬く夜空へと変わる。
ーーすまない…。もう、いきそうだ。ーー
「ええ、いってらっしゃい。次の来世が幸多きものである事を祈っています。」
宙重の笑った気配がしたが、もう心話でも届かない。
暗闇の中で常に側にいてくれた彼に、最大の感謝を送りたいのに、何も出来ない事に、呂佳は憔悴する。
あれ程、何も返せるものがないと繰り返しても、宙重は側に居続けた。
何も返せないと思いながらも、その存在に助けられたのは事実だ。
「ありがとう………。」
呂佳に龍核の瞬きで返事をするが、次第に緩慢になる。
仄暗く光を灯し、チカチカと最後に瞬いて、宙重は消えていく。
最後にふわりと俯いた達玖李の頭を撫でて、何処かへ飛んで行ってしまった。
達玖李は消えていく宙重を見ていられなくて、ずっと俯いていた。
最後は愛した者に見送られるのが一番だ。
だから少し離れて見送るつもりだった。
頭を撫でる感触に、涙がポロリと流れる。
一番近い存在で、悪い事をしても笑って許してくれる友だった。
暗闇の中にいる宙重でもいいから、消えてほしくなくて黙っていた。
我慢していたのに、急に頭を撫でて逝くから涙が落ちてしまったじゃないか。
離れていて良かった。
皆んな呂佳の方を見ている。
そんな達玖李を空凪は黙って見ながら、心の中でチッと舌打ちした。
宙重は空凪に頼み事をしていった。
暗闇の中で美晴が討伐され、九尾の天狐に変わった呂佳を那々瓊が襲っている時、龍核の中から空凪に心話で話し掛けてきた。
ーーすまない、同じ青龍として頼み事がしたい。ーー
突然頭に囁いてきた声に、空凪は無言になる。
那々瓊を止めに行くべきか考えていたが、会話の方に集中する事にした。
ーーなにを?お互い初見だが?ーー
ーーふむ、現青龍は冷然としているな。ーー
空凪は真面目で非情ではないが、無駄なお人好しも好きではないだけだ。会った事もなかった前青龍に対して親切心が湧く程優しくもない。
噂では前青龍宙重は人付き合いもよく、好人物だったらしい。いくら同じ青龍だからと言って同じ価値観でいて欲しくない。
ーー青龍として、と言う事であれば聞く。ーー
ーー青龍は関係ないが、同じ神獣のよしみとして達玖李を気に掛けてやってくれないか?ーー
宙重の頼み事に、空凪は近くにいる達玖李を見た。達玖李は那々瓊と呂佳の場所を弁えない様子に呆れた顔をして見ている。こちらの様子には気付いていなかった。
ーー…………。ーー
ーー嫌なら無理強いは、ーー
ーーいいですよ。ーー
ーーそうか。すまない。ーー
ーーその代わり。ーー
空凪は少し考えて了解したが、条件をつけた。
ーー達玖李に対して最後の別れを言わないならな。ーー
ーー達玖李はオレの親友なんだが…。ーー
ーーだからだ。あんたが友と言うなら別れは言うな。条件を飲めないのなら引き受けない。ーー
宙重は暫く無言だったが、分かったと了解した。
そのくせ最後は頭を撫でて行きやがった。
空凪は心の中で毒吐く。
確かに何も言っていかなかったが、接触するなと言う意味だったのに。
はぁ、と溜息を吐いて達玖李に近付いた。
我慢して肩が震えているので、腕を引いて呂佳達から離れていく。
「散歩しよう。」
突然空凪に引っ張られ、つんのめりながら達玖李は慌てた。
「はぁ?なんでお前と?」
「あそこには居たくないだろ?」
そう言われて達玖李は大人しくついて行く。
「どこ行くんだ?」
「分からん。あ、そうだっ、あのトカゲ乗ろう。」
使用人に預けたトカゲの所まで空凪は達玖李を引っ張って行く。
上着を脱いで達玖李に頭から被せた。
達玖李には那々瓊の鎖が巻き付いている。神力の高い者しか見えないのだが、いないわけではない。上着に空凪の神力を混ぜて被せれば、少なくとも身体に巻き付いている鎖だけは隠れた。空に向かって繋がる部分はそれでもまだ見えている。
那々瓊が側に居れば那々瓊が握っているのだが、居ない時は空に繋がっているようだった。
流石に達玖李も自領の住民に見られるのが恥ずかしいのか、屋敷の中までは隠れて入って来ていた。
外に散歩に出るなら隠した方がいいだろう。
トカゲは大人しく馬小屋の隣の倉庫で草を食んでいた。
モッシャモッシャと食べていたが、達玖李が近付くとキュッキュと鳴いて喜んでいる。
「懐いてるな。」
「当たり前だ!」
可愛がっているらしい。意外だ。
「ふーん、名前あるのか?」
「…………。」
「名前は?」
「…………。」
「無いなら勝手につけようかな。」
「……………樹李だ。」
この大トカゲ、樹李というのか…。可愛らしいな。しかも一文字自分の字を入れている。
やや顔が赤いのは達玖李自身、名付けたはいいものの恥ずかしいのだろう。
恥ずかしがっているのを揶揄うのも悪いので、気にせず樹李に跨った。
後ろをポンポンと叩くと、戸惑いながらも達玖李も乗ってきた。
通用門から出て屋敷から離れ、住民街を抜けて草の生えた平地に行く。
トカゲの割には足が早い。しかもちゃんと住人達を避けているし、尻尾で物を叩く事もない。
よく躾がされていた。
住人達も慣れているのか、すぐ側を樹李が通っても驚く者はいなかった。
達玖李が背に乗ってるのを見て、親し気に挨拶をする者が殆どだ。
いつも短慮で苛々している雰囲気があったが、自領では良い領主なのだろう。
空はまだまだ明るく夕餉まで時間がある。
少し丘になった高台に行くと、屋敷とその周辺に広がる街が見下ろせた。
なかなか活気があり良い街だ。
ここまでずっと達玖李は静かに後ろに乗っていた。
元気がないな。
まぁ、それもそうか。
樹李から降りると達玖李はトカゲの背中に抱き付いた。
樹李の背中は柔らかい。
戦闘には不向きだが乗り物としては座り心地が良かった。
全速力でもない限りは揺れも少なそうだ。
詳しく聞くと、表面の皮膚の色を変えれたり、硬さを変化させられるのだと説明してきた。
トカゲの背中に達玖李はグリグリと額を擦り付けている。
「額が痛むぞ。」
「……………いいんだよ。」
達玖李は空凪の上着を頭から被ったままなので表情は見えない。
時折鼻を啜る音が聞こえるので、泣いているのだろう。
「宙重とはどんな関係?」
「………………友達。」
ふーん。あいつは親友と言っていたが、達玖李は友達か。
「なに友達?」
「なんだその質問?何って、なんだ?飲み友達とか、遊び?喋り?質問の意味がよく分からんぞ。」
そんな感じか。
那々瓊と呂佳からここに戻る間に経緯を教えてもらったのだが、その程度の友達に対して、妖魔になったであろう友人を討伐せず黙秘し、呂佳の邪魔をし、那々瓊を操ろうとした?あ、那々瓊のは前麒麟の所為か。
だがこの鎖は呂佳に黒い枝を渡した所為だよなぁ。それは宙重の為だろう?
ふーん。
「友達ならいい。俺も青龍だから仲良くなれるぞ。」
ハッとして達玖李がトカゲの背中から顔を上げた。
黄色い瞳には涙が溜まっている。
「そ、そうか……。」
やはり達玖李はバカで単純そうだ。
すぐ絆される。
「そうそう。」
ずり落ちた上着から白いふわふわとした長髪が出てくる。
さっき宙重が撫でていった感触を忘れさせるように、グシャグシャと白い髪をかき混ぜた。
夕餉の時間、達玖李によって振る舞われた料理に舌鼓を打ちつつ、空凪は達玖李の鎖がもっと目立たないようにした方がいいのではないかと、那々瓊に提案した。
「そう?」
「ま、出来るならな。神獣の一柱が罪人みたいなのは困るだろう。」
なるほど、と頷いた那々瓊は空凪と二人でどうしようかと弄り出した。
間に挟まれた達玖李はダラダラと汗を流している。
最終的に首輪になって、細い鎖が付いていた。鎖の先は少し垂れると消えており、那々瓊に繋がっているのだという。
「これでいい。」
「あー、まぁいいか。」
達玖李が呂佳に救いの目を向けているが、自分が呂佳にしてしまった事を考えると言えずにいるようだ。
呂佳から見ても完全にペットの犬に首輪をつけている状態。
虎だけど。
呂佳は幼馴染の万歩の袖を引く。
「あれは普通でしょうか?」
万歩はまだ怪我は治したが神力が回復中で別室で寝ている雪代の為に、ご飯を取り分けていた。一応消化のいい病人食が用意されているが、お菓子や果物を一緒に食べると言って、銀の尻尾がフサフサと揺れている。
呂佳に言われて達玖李達を一瞥し、万歩はなんとも言えない顔をする。
万歩からしても白虎達玖李は自業自得だ。
呂佳は気にしすぎだし、優しすぎる。
「いーんじゃね?」
あの二人の感性やべーな、と思いつつも万歩は軽く返事した。
万歩の返事に、呂佳は自分の感覚がまたおかしいのかと悩み出す。
「そ、そーですか?」
救いの手がない事に達玖李はガックリと肩を落としていた。
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