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54 霊亀は応龍の幸せを願う
しおりを挟む永然は今応龍領に来ていた。
霊亀領に比べて応龍領は人口も多く活気がある。その分仕事が増えるので、自分の方が終わったらよく手伝いに来ていた。
来て早々、心話で万歩から結婚休暇という聞き慣れない要望が有り、苦笑しながら了解した。その後追加で四日間の休暇依頼があった。自分達の自室から出るつもりはないらしい。
銀狼が伴侶を得たのは比翔の親以来。上手く行って欲しいという思いもあるので、快く了承した。
銀狼の勇者万歩は有能な人物だ。
いつも笑っていて人当たりがいい。物覚えも早いし頭の回転もいいので、最近天凪の補佐として執務に就かせているが、なかなかの仕事ぶりだ。
成人して直ぐに伴侶を得る者は少ないが、銀狼の寿命から考えると納得出来る早さだ。
寿命の早い鳥人族でも平均百歳程度。伴侶を得るのも三十歳が平均的なので、銀狼の五十年という寿命は早すぎるのだ。
良い相手も出来ずに死んでしまい、異界に魂を還すのが常だった。
だから万歩は異例だ。
万歩は天凪に惹かれる事が無かった。
そこには呂佳の存在が大きかったのだろう。
普通は見知らぬ土地に突然連れて来られ、前世の記憶を持ったまま赤子から過ごすので、育てる天凪に皆惹かれる。
天凪は神力を分け与えて銀狼を育てるが、そこには労りと優しさが常にある。
それは銀狼の境遇を憐れむ同情なのだが、銀狼は最も親身になってくれる天凪に、皆恋心を抱いてしまう。
困った事に銀狼という生物は特殊で、普通育ての親は同じ神力を持つ事になるので伴侶に出来ないのだが、異界の魂は幼少期に神力を貰った者とでも伴侶となれる性質があった。
神獣は親として神力で銀狼を縛り付けながら、伴侶にもなれるという特殊な関係が出来上がっている。
銀狼のその異質な魂の所為で、神浄外の住人はあからさまに嫌がるわけではないが、親しくもならない。
その異質さに平気なのは神力が多い者に限られてくる。
早い寿命と異質な魂は、孤独を加速させてしまうので、どの銀狼も悲しみに暮れる。
そしてやはり育ててくれる天凪に依存していった。
万歩には感謝している。
天凪に惹かれないし、依存もしない。
子供っぽく見える時も多々あるが、独りで立つ姿は凛々しく、歴代銀狼の中でも抜きん出て強い。神力の扱い方が桁違いに上手いからだ。
心話なんてあまり使える者が少ない技術を見ただけで使えてしまうのには驚いた。
なんとも小器用な銀狼なのだ。
結婚休暇とやらを申し出た時も、簡単な言葉だけで結界を自室に張ってしまった。
天凪に確認したが、ちゃんと防音防視出来ているという。
万歩と雪代という神力が多い者同士の睦合いなど、神力の畝りが激しくなるので、それは天凪に直接響いてしまうことになる。言っていて良かったと安堵した。
今、目の前で天凪は本日の執務を終わらせたところだ。
妖魔討伐の不在時に城下に網目状に這う水路が詰まってしまい、街に水が溢れてしまったらしく、その修理の手配に追われていた。
「目処はついたのか?」
天凪は微笑んで頷いた。
三百年程点検していなかったらしく、調べてみると補修だらけだったらしい。応龍領だけではなく他の地区も見直しを検討している。
最近の天凪は体調が良い。
それは万歩と呂佳のお陰だった。
万歩が天凪の中にいつも神力が流れているのは何でかと尋ねた事から始まる。
応龍は神の目だ。神浄外の事象は神力によるところが多いので、全ての情報が神力となって天凪の中に流れてくる。その所為で視覚や聴覚に様々な情報が入ってきて、過去の応龍達も力尽きていったのだが、それは天凪にも伸し掛かる苦痛だった。
「条件付けしたらどうなん?」
何気ない一言だった。
それに応じたのは同じ異界で過ごした経験のある呂佳だった。
「ああ、あーーー成程?そうですね。確かに。」
詳しく聞くと、まず結界を張り必要な情報を持つ神力だけを通すようにしたらという事だった。
例えば?と聞き返すと、危険度に段階をつける。例えば小石に躓いて転ぶのを一として、妖魔が襲ってくるのを十とする。応龍なんだから妖魔襲ってくるレベルの危険度十のみ受け取るとかしたらどうかと言ってきた。
びっくりしてしまった。
「神浄外はのんびりしてますので、そういう細かい考え方はありませんもんね。」
気付かずすみませんと呂佳は謝ってきた。
そこから様々な事に段階をつけ、条件を設定して天凪に結界を張らせた。
それにより入るべき事柄が少なくなり、顔色が良くなってきたのだ。
全てを遮断するわけにはいかないのでたまに硬直しているが、遥かにマシになった様子だ。
後は神力が多い者程情報が流れやすいので、万歩にも結界を張って貰ったという訳だ。天凪の結界で防げなかったら一緒だからな。
夜の帳が下りる頃、運ばせた夕餉を摂って一息ついた。
天凪が歩いてきて椅子に座る永然の前に跪いた。
永然は苦笑する。
これだけはいつまで経っても変わらない。
「隣に座って良いんだぞ。」
ここは天凪の部屋だ。
天凪は首を緩く振った。梔子色の髪がサラサラと揺れる。
ベッタリと床にすわり、永然の腿の上に両腕を乗せて頭を寝かせてしまった。
小さな頃からの癖だ。
天凪は甘えるのが下手だ。
人からは超越者と見られ、遥か高みの存在として崇められる所為で常に端然としているが、中身は人恋しいただの龍人だ。
普段は人に理解しやすい様になるべく言葉を選んで発しているが、永然と二人きりの時は口数少なく微笑むだけで、ひたすら懐いてくる。
梔子色の頭をゆっくりと撫でると、横向きの顔から見えていた空色の瞳は瞼が閉じられ見えなくなった。
天凪の久しぶりの穏やかな姿に、永然の笑みも深まる。
今回の銀狼は当たりだった。
いつも銀狼を選ぶのは霊亀である永然だった。
人選は勘でしかない。
今回はコイツにしよう、その程度でしかないのだ。
どんな人選が最も良い結果になるのかを試す為に、様々な人物を選んできた。
老齢の者、赤子、男性、女性、独り身、子を持つ者、人種、死んだ時の違い等、数え上げたらキリがない。
美晴は連れて来ては駄目だった。
自分の生きてきた人生を嫌いながら死んだので、神浄外を好きになるかと思ったのだが、結局元の性格は変わらないので神浄外も恨んでしまった。
万歩は賭けだった。
珀奥の魂を好んだ人間。
異界では神浄外の魂である望和は異質だった筈だ。神浄外で銀狼が異質に受け止められるように、異界では神浄外の魂である望和は受け入れられなかった筈だ。
それなのに万歩は前世で望和を好きになっていた。
何故?とか分からない。
そういう広い気質があったのかもしれない。
だが可能性がある様に見えた。
だから銀狼に選んだ。
本当は万歩はあの時死ななかった。
未来視を使い、足りない神力を天凪から貰ってまで、未来を少しずつずらして二人に死を与えた。
朝露の魂は比翔の所為だが、それはどうする事も出来ない。予測になかったのだから。
呂佳は兎も角、万歩にこれは教えられない。
俺が独断で異界でやった事なので、天凪も知らない。
珀奥の魂を探して、偶然出会った魂なのだから、誰も知らない。
万歩は雪代と伴侶の契約をした。
後は雪代を天狐にするよう促そう。
素地はある。可能だ。なにせ銀狼の神力も混ざってまだ二十年程度しか生きていないのに、そろそろ尻尾が増えそうだ。
銀狼と天狐になった雪代が長く生きてくれれば、何度も銀狼召喚をする必要が無くなる。
それは神力が弱まりつつある神浄外にとっても、弱り出した応龍にとっても良い事なのだ。例え霊亀が代替わりしたとしても。
神浄外は徐々に狭まりつつある。
それは闇が深まり押し寄せ、神浄外の神力を取り込んでいるからだ。
神浄外が狭まれば神力が減る。神力が減れば獣人達が弱まる。獣人達が弱まり数を減らせば、神浄外を護るはずの神獣も弱まる。
その為にも永続的に生きてくれる銀狼が必要だった。
応龍がこんなにも神の目で弱るのは神力が多いからでは無い。押し寄せる情報から精神を守るだけの神力が足りていないからだ。
こんな事を考えているなど、呂佳は気付いていないとは思うが、何も言わないのだから大丈夫。
永然も言えなかったのだ。
珀奥の幼馴染を異界に帰すつもりはないと。
天凪にも言えなかった。悩んでいるのは知っていた。だけど誰か神獣と万歩が伴侶にならなければ神力不足で神浄外が失くなる。
永然としては呂佳と伴侶になる事を最初は望んでいたが、もしかしたら神獣八体の内の誰かと伴侶の契約するかもしれないと思えば、ぬか喜びはさせられなかった。
神の望みが果たして永然の削除か、銀狼の永続かは分からない。
だけど、望む通りの未来に進んだ。
万歩は神獣になり得る可能性のある雪代を選んだ。
霊亀の代替わりも無くなり、天凪の心労も減るだろう。
神浄外に繋ぎ止められた万歩には気の毒だが、なるべく彼等の望む通りにするから許して欲しい。
永然は全てとは言えないが、自分が望む未来を引き寄せれた事に満足していた。
空色の瞳が開いた。
顔を上げて永然を見つめてくる。
「どうしたんだ?」
「……………声も音も景色も、静かになった。」
夜の帳は静けさを生む。
天凪の声はいつもの張りのある重々しいものではなく、囁く様な優しさだった。
「良かったな。」
本当に嬉しい。
永然にしか心を許さず甘える事のなかった天凪だが、これからは少し余裕ができる筈だ。
頼られる事が少なくなるだろうが、これは天凪の為に必要な事だった。
梔子色の頭を撫で笑いながらそう言う永然に、天凪は縋り付く。
永然の服に皺が寄るのも構わず握り締めていた。
「それでもっ……、私は永然といたいっ。」
空色の瞳が必死に瞬く。
永然は目を見開いた。
ほんの少し涙が浮かんで、焦茶色の瞳がゆらりと揺れた。
「…………ああ、いつまでも一緒だよ。」
永然の応えに、天凪はホッと息を吐いた。
ゆっくりと頷くと永然の指の間に綺麗な黄色の髪が纏わりつく。スウ、と指で梳いて髪を後ろに流してやった。
この生命が続く限り、一緒にいるよ。
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