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出国編
ウィル視点 失っていなかったものと失ったもの
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少し後退り、姉様にはさらに下がるように合図する。緊張しながら兵士を見つめるが、そいつはその場に立ったまま、動く気配はなかった。
しかし、変わらず殺気は放たれている。
「ウィル・グレアム伯爵子息……」
なんとか隙ができないかと伺っていると、その兵士は唐突に口を開いた——僕の名だ。完全に、正体を確信されている。
「……」
無駄口を叩いている今、攻めるべきかと思ったが、兵士は変わらず気を張り詰めていた。
「グレアム伯爵マーティン殿。同伯爵夫人エマ殿。御息女メアリー殿。ウェード侯爵子息ギルバート殿。ペンバートン伯爵子息アレックス殿。ラッセル伯爵子息チャーリー殿。ゴドリー子爵ジェラルド殿」
そいつは淀みなく、調子を崩さずスラスラと、ある名前を読み上げる。そして、そのまま、なんでもないことのように告げた。
「——以上七名殺害の罪」
僕が一番、姉様に知られたくなかったことを。
「え……?」
後方に待機している姉様が、驚き息を呑んだのが分かった。
(どうしよう。バレてしまった、姉様に!)
姉様は昔から血なまぐさいことが苦手で、暴力を嫌悪していたはずだ。怪我した僕を手当てしてくれるとき、たまに顔を歪めて、『どうしてこんな酷いことするんだろう』、『殴ったり叩いたり、そんなことを平気でできるなんて』と言っていたから。
だから、あいつらを殺したことは絶対知られたくなかった。この兵士だって、姉様の前で人を殺したくなかったから殺さず無力化、なんて甘いことを考えていたのだ。でも、ここまでずっと隙がないあたり、それはかなり難しそうだった。
「この子が人を殺したって、勘違い……ですよね?」
姉様が戸惑いを滲ませた声色で問う。信じられない、そんな様子で。それはそうだ、無害だと思っていた弟が人殺しなんて、信じたくないだろう。
(答える前にこいつを殺せば……いや、それは本末転倒だ)
「いや? 紛れもない真実だよ。そいつは貴族七人を惨殺した極悪犯だ」
「そんな……」
言葉を無くす姉様。これは、間違いなく、嫌われた。振り向かなくても分かる。僕の後ろに立っているはずの姉様が、僕に何を思っているのか。
「所詮平民生まれの変異体だよなぁ。しかもまだ十四のガキ。痕跡が全然隠せてねーよ」
余裕ぶってケラケラ笑う目の前の男に、苛立ちが募っていく。その苛立ちの一部が、八つ当たりであることは分かっていても。
こいつは確かに隙がない。だけど、今理解してしまった。こいつが強いだけではない、僕が弱くなっているのだと。
姉様と五年ぶりに会えて、一緒にいられて、もうすぐ国境を越えれるというとこまで来られたことで気が緩んでいた。姉様に人殺しを知られたくなかったなんて、甘い考えで感覚を鈍らせた。そして、結局こんな奴に全てをバラされ、馬鹿みたいに動揺している。
どうしよう。どうしたらこの場を切り抜けられる?
どうしたら姉様に嫌われないで済む……?
そうやって馬鹿な葛藤にリソースを使ってしまっていたから、僕は兵士が何を喋っていたか、姉様がどこに移動していたかを全く把握できていなかった。
「はーあ……だんまりかよ。せっかく変異体のガキに会えるって言うからわざわざ出てきたのに、つまんねぇな……」
異変に気付いたときには、もう間に合わなかった。
「もう良いや、死ね」
そう言ってこちらに魔法を放つ兵士。気付いた時にはも眼前に魔法の刃が迫っていて。あぁ、ここで死ぬのか、と思った。姉様に嫌われ、動揺した結果、守り切ることもできずに。
そう、死を覚悟した時。
ドン!
体全体に衝撃が走った。
「……え?」
視界が大きく揺れる。木が左に移動した? いや、違う。僕が右に突き飛ばされたんだ。
——姉様に。
「良かった……ウィル」
「ど、どうして……」
姉様の胸から大量の血が流れ、息はかなり弱くなっていた。僕を庇ったせいだ。
「どうしてなんて、酷いこと、言うわね……」
苦しげな呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと姉様は話し続ける。
「だって、好きだもの……どうしようもなく。ウィル、きっと貴方は、私を姉としか思ってない、でしょうけど……でも私、は……っ!」
姉様の目がゆっくりと閉じられていく。
どうして? なんで? 頭がどんどんこんがらがっていく。
僕を嫌いにならなかった? 姉様が死ぬ? 好きって? 僕はまた何もできない?
「僕だって、姉様が好き、なのに……どうして」
うっすらと笑みを浮かべた姉様が、完全に脱力したのが分かって。
姉様を治さなきゃ、あいつを殺さなきゃ。最後に残った思考はそれだけだった。あいつは、『女の方は生かして確保って聞いてたのにまずったなぁ』とか言っている。
姉様がこうなっているのは僕のせい。だから、もうどうなってもいいから。あいつを殺して、姉様を助けなきゃ。
体がどんどん熱くなって、魔力が高まっていく感覚にくらくらした。視界が薄れゆくのをどうにか補正して、限界まで頭を働かせる。
『ようやく変異体の本領発揮か? あーこっちは仕事増えて面倒だってのに』
またあいつがペラペラと喋り出したけど、もうどうでも良かった。僕もあいつも。
しかし、変わらず殺気は放たれている。
「ウィル・グレアム伯爵子息……」
なんとか隙ができないかと伺っていると、その兵士は唐突に口を開いた——僕の名だ。完全に、正体を確信されている。
「……」
無駄口を叩いている今、攻めるべきかと思ったが、兵士は変わらず気を張り詰めていた。
「グレアム伯爵マーティン殿。同伯爵夫人エマ殿。御息女メアリー殿。ウェード侯爵子息ギルバート殿。ペンバートン伯爵子息アレックス殿。ラッセル伯爵子息チャーリー殿。ゴドリー子爵ジェラルド殿」
そいつは淀みなく、調子を崩さずスラスラと、ある名前を読み上げる。そして、そのまま、なんでもないことのように告げた。
「——以上七名殺害の罪」
僕が一番、姉様に知られたくなかったことを。
「え……?」
後方に待機している姉様が、驚き息を呑んだのが分かった。
(どうしよう。バレてしまった、姉様に!)
姉様は昔から血なまぐさいことが苦手で、暴力を嫌悪していたはずだ。怪我した僕を手当てしてくれるとき、たまに顔を歪めて、『どうしてこんな酷いことするんだろう』、『殴ったり叩いたり、そんなことを平気でできるなんて』と言っていたから。
だから、あいつらを殺したことは絶対知られたくなかった。この兵士だって、姉様の前で人を殺したくなかったから殺さず無力化、なんて甘いことを考えていたのだ。でも、ここまでずっと隙がないあたり、それはかなり難しそうだった。
「この子が人を殺したって、勘違い……ですよね?」
姉様が戸惑いを滲ませた声色で問う。信じられない、そんな様子で。それはそうだ、無害だと思っていた弟が人殺しなんて、信じたくないだろう。
(答える前にこいつを殺せば……いや、それは本末転倒だ)
「いや? 紛れもない真実だよ。そいつは貴族七人を惨殺した極悪犯だ」
「そんな……」
言葉を無くす姉様。これは、間違いなく、嫌われた。振り向かなくても分かる。僕の後ろに立っているはずの姉様が、僕に何を思っているのか。
「所詮平民生まれの変異体だよなぁ。しかもまだ十四のガキ。痕跡が全然隠せてねーよ」
余裕ぶってケラケラ笑う目の前の男に、苛立ちが募っていく。その苛立ちの一部が、八つ当たりであることは分かっていても。
こいつは確かに隙がない。だけど、今理解してしまった。こいつが強いだけではない、僕が弱くなっているのだと。
姉様と五年ぶりに会えて、一緒にいられて、もうすぐ国境を越えれるというとこまで来られたことで気が緩んでいた。姉様に人殺しを知られたくなかったなんて、甘い考えで感覚を鈍らせた。そして、結局こんな奴に全てをバラされ、馬鹿みたいに動揺している。
どうしよう。どうしたらこの場を切り抜けられる?
どうしたら姉様に嫌われないで済む……?
そうやって馬鹿な葛藤にリソースを使ってしまっていたから、僕は兵士が何を喋っていたか、姉様がどこに移動していたかを全く把握できていなかった。
「はーあ……だんまりかよ。せっかく変異体のガキに会えるって言うからわざわざ出てきたのに、つまんねぇな……」
異変に気付いたときには、もう間に合わなかった。
「もう良いや、死ね」
そう言ってこちらに魔法を放つ兵士。気付いた時にはも眼前に魔法の刃が迫っていて。あぁ、ここで死ぬのか、と思った。姉様に嫌われ、動揺した結果、守り切ることもできずに。
そう、死を覚悟した時。
ドン!
体全体に衝撃が走った。
「……え?」
視界が大きく揺れる。木が左に移動した? いや、違う。僕が右に突き飛ばされたんだ。
——姉様に。
「良かった……ウィル」
「ど、どうして……」
姉様の胸から大量の血が流れ、息はかなり弱くなっていた。僕を庇ったせいだ。
「どうしてなんて、酷いこと、言うわね……」
苦しげな呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと姉様は話し続ける。
「だって、好きだもの……どうしようもなく。ウィル、きっと貴方は、私を姉としか思ってない、でしょうけど……でも私、は……っ!」
姉様の目がゆっくりと閉じられていく。
どうして? なんで? 頭がどんどんこんがらがっていく。
僕を嫌いにならなかった? 姉様が死ぬ? 好きって? 僕はまた何もできない?
「僕だって、姉様が好き、なのに……どうして」
うっすらと笑みを浮かべた姉様が、完全に脱力したのが分かって。
姉様を治さなきゃ、あいつを殺さなきゃ。最後に残った思考はそれだけだった。あいつは、『女の方は生かして確保って聞いてたのにまずったなぁ』とか言っている。
姉様がこうなっているのは僕のせい。だから、もうどうなってもいいから。あいつを殺して、姉様を助けなきゃ。
体がどんどん熱くなって、魔力が高まっていく感覚にくらくらした。視界が薄れゆくのをどうにか補正して、限界まで頭を働かせる。
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