猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰

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水先案内人

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    転生して5日目。
意気揚々と 猫ライフを満喫しようとしていたのに、何一つうまくいかない。一人いじけて ふて寝をしていたが、ガサッ、ガサッと言う音に、無意識に音を確かめようと耳を動かす。初めて聞く音だ。
何かが葉の擦れる音も、地面を伝ってくる振動も感じる。誰か居る。

   相手の事を知ろうとクイッと首を伸ばして起き上がる。
(もしかしたら敵かも……)
それでも良い。とにかく、この世界の情報が欲しい。すると、さっきまでしなかった匂いを感じて懐かしさを覚える。
クンクンと鼻を動かす。
これって……石鹸の匂いだ。……人間だ! 人間がいる。

「やった! 私の飼い主様だ」

やっと来た希望に音のする方へ猛ダッシュした。
どんな人だろう? 可愛い女の子。カッコイイ男の子。それとも綺麗なお姉さん? 優しいお兄さん? 否、森に来ているんだ。キノコ狩りのお婆さんか、薪拾いのお爺さんかもしれない。誰でも良い。やっと人間に会えるんだもの。
何日経っても何のイベントも起こらないから、見捨てられたのか思っていた。
早く会いたいと気が急いているのに、邪魔するみたいに、色んなものが私の行く手を阻む。
パシッ、パシッと葉っぱが顔を叩く。パキッ、パキッと足の下で枝が折れて滑りそうになる。コツン、コツンと跳ね上がった小石が体にぶつかって痛い。それでも息を切らして走り続ける。もう独りぼっちは嫌だ。見知らぬ土地で話し相手もいない。その事がとても孤独を感じさせた。何より不安だったのは、この森には生活痕跡がない事だ。誰かが通ったら道だったり、物だったり、何かしら跡あるはずだ。それが無かった。
でも、そのすべても今日で解消される。

   走っていると急に視界が広がった。通って下さいと言うように草が左右に別れて、両側で大人しくなる。顔を叩いてくる物が なくなり、踏みしめる土が固くなる。枝も小石も少なくなった。格段に通りやすくなった。
この道は……。そうか。道だ。獣道だ。
(これは天の導き?)
やった! 本当に人間の生活圏に入ったんだ。これでまともな食べ物が食べられる。
(肉が良いけどパンでも構わない。とにかく酸っぱくなくて、苦くなかったら、それでオッケー)
ウキウキと走り続けていると五百メートル先に赤色の布の塊を発見! 布、つまり人間。しゃがんでいるのか丸い形になっている。大きさから言って子供だ。
その後ろ姿に、ほくそ笑む。
(ふふっ、これは勝ったな)
子供は可愛いものが大好きだ。
しかも私は猫だ。よし! にゃあ~と可愛く鳴こう。
否、待て……最初が肝心だ。悲しそうに鳴いた方が効果的かな? 
それで、探すように仕向けた方が夢中になってくれるだろう。……取りあえず興味を引けば問題無い。
たとえ、家で飼ってもらえなくても、ご飯くらいは食べさせてくれるだろう。

   何処かに隠れられそうな場所を探そうとした。その矢先、何かを踏みつけてツルンと滑ったかと思ったら足が浮いている。
(あっ! 拙い)
空中で体勢を立て直して、そのまま着地しようとしたが、その場所が子供の背中だった。
(えっ? えっ? えっ? )
ちょっと待って、止まれない。
このままでは蹴り飛ばしてしまう。そうなったら最悪だ。もう一度体勢をどうにかしようとしたが、重力には勝てない。
『にゃあ~!!』(逃げて!!)
私の大声に赤の布が振り向く。七歳くらい男の子だ。金髪に水色の瞳。本来なら、可愛いんだろうけど、今は凄い顔で私を見ている。その顔目掛けて落ちて行く。
もう駄目だ。ぶつかる。諦めたとき男の子が身を守るように頭を抱えた。そこにグルグルと回りながらボールみたいに男の子にぶつかった。

ドンッ!

弾き飛ばされて右と左に別れる。
仰向けに投げ出された体がゆっくりと空を飛ぶ。この後は強かに地面に体をぶつけるんだ。
「ああ、今日は良い天気だ」
交通事故と一緒だと現実逃避して諦めていたが、意に反して体がクルリと反転して 気づけばスタッと着地していた。
(あれ?……そうだ。私は猫だった)
痛い思いをしなくて済んだとホッと胸を撫で下ろした。
そうだ。男の子は?悪い事をしてしまった。

   クルリと振り帰ると、ひっくり返っている。
トッ、トッ、トッと男の子の元へ行くと、立ち上がってマントの埃を掃っていた。
良かった。怪我はしてないみたいだ。
『にゃ~、にゃ~』(ごめんね。大丈夫だった?)
「………」
『にゃ~?』(僕、どうしたの?)
「………」
謝ったのにビックリした顔で私を見ているだけで返事が無い。
あれ? あっ、そうか。にゃ~としか聞こえてないんだ。どうすればコミュニケーションが取れるんだろう? とんでもない出会いをしたばっかりに考えていた手が使えない。
(今からでもしてみる?)
んー……何も思いつかない。困ったな、どうしたものかと腕組みして考えていると背後で、タッ、タッ、タッ、タッと足音が聞こえる。ハッとして音のする方を見ると男の子が逃げていく。
(どうして?)
こんな可愛い猫を目の前にして? 想像と違う反応に呆然と見送っていたが我に返る。あの男の子は、私を人間の元へ連れて行ってくれる水先案内人だ。
絶対、逃してなるものか!

    猛烈な行き勢いで追いかける。体は小さいけれどスピードなら負けない。
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ
だんだん男の子の姿が大きくなる。これなら追いつける。そう思ったのに、私が追いかけていることに気付いたのか、男の子が後ろを振り返って私を見ると更に早く走る。
くそっ! 
なんの、負けるか。もっと早く走ってやる!
ここで見失ったら死活問題だ。





   森を抜けた先に広がる広々とした庭の先には、それを受け止めるだけの大きな屋敷があった。伝統を感じさせる。そんな庭には不釣り合いなブランコがある。
その前で手を擦り合わせながら男が一人、何度も森へと続く道を見ていた。金髪は風に揺れ、水色の瞳は心配そうに陰っている。

    過保護だと言われてもリチャードは息子が心配で家の外で帰りを待っていた。
森へ行くのは初めてじゃない。赤子の頃から森へ行くときは一緒に連れて歩いた。
慣れ親しんだ森だ。息子を信じろと言い聞かせる。
(マーカス、早く帰って来い)
それでも心配で森の入り口を確認する。ハラリと落ちて来た前髪を掻き上げる。
家に戻りもせず。その場で同じことをくり返していた。

   マーカスは後継者としてこの森に慣れる必要がある。
我がバンドール家は、ルクイサの山の麓にあるテフィーナの森を所有し、管理する役目を担っている。テフィーナの森は四季の森への入り口として有名だ。四季の森に辿り着けた者は、どんな願いも叶えてくれると言われている。奇跡は人を引き付けてしまうものだ。しかし、今迄誰一人として四季の森に辿り着いた者は居ない。なぜならば、テフィーナの森は別名迷宮の森と言われている。奥へ行けば行くほど地図が当てにならない。
それなのにロマンを求めて侵入者が後を絶たない。結果、迷子になって捜索依頼が殺到する。
(ドミニクが良い例だ。八十過ぎなのに、未だに夢を追いかけている)
全く迷惑な話だ。だが、麓の村はその侵入者で潤っている。何とも悩ましい問題だ。

   迎えに行くべきか?……駄目だ。マーカスを信じるんだ。マーカスなら出来る。
そうだ、そうだ、と自分に向かって頷く。しかし……初めて一人で出掛けさせた。
心配になるのは当たり前だ。だが……私が迎えに行ったら怒るだろう。小さくても男の子だ。
少しは落ち着こうとドサリと座る。起きてもいない事を心配しているなんて、他人から見たらバカみたいだろう。ジッと構えて待てばいいんだ。
(マーカスは賢い子だ。きっと大丈夫だ)
それでも胃がしくしくと痛む。
「はぁ~」
溜め息をつきながらお腹を擦っていると、どこからか聞こえる息子の声に手が止まる。
「マーカス?」
心配し過ぎて幻聴が聞こえて来たか?手首を返して腕時計をチラリと見る。まだ一時間しか経ってない。
(空耳か?)
子供の足では指定した薬草を摘んで帰って来るだけで二時間はかかる。念のため耳をすますと、また声が聞こえる。
これは何あったのか? 
助けに行こうと腰を浮かすと、さっきより近くから聞こえる。声のする方を見ると森の奥からマーカスが必死の形相でこちらに走ってきた。
「父上、助けてー!」
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