私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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これ以上の幸せはない。そう思ってもこれ以上はある

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同室のクリスが部屋に戻ってきたと思ったら、俺のベッドに飛び込んできた。

ロアンヌ様を追いかけて、山へ出かけてからまだ3時間も経ってない。
それなのに、ここに居ると言う事は、
喧嘩でもしたのか?
「どうした?」
「見逃した!」
それだけ言うと、クリスがベッドに顔を押し付ける。
「見逃した。何を?」
「それが分から、困ってるんだよ!」
 パッと、こっちを見たかと思うと、それだけ言ってクリスが 頭を抱える。
相変わらずの意味不明な会話。
クリスの状況や会話から推測するに、クリスと離れてる間に ロアンヌ様に何かあったらしい。

時々ロアンヌ様は、クリスを置いて出かける事がある。
誰だってたまには1人になりたい時もあると説得するが、金魚のフンのクリスは置いて行かれたと思って不満らしい。
「ディーン。聞いてくれ!」
「何だ」
聞きたくないと言ったところで喋り続けるくせに、と思いながら頷いた。


 森に一人で出かけてしまったロアンヌ様を探して、彷徨うこと2時間。
やっとクリスが、ロアンヌ様を見つけた時、頬を赤らめてぼーっと歩いていたらしい。その様子を見てクリスが本能的に、なんか凄く大事な事件があったと確信して『僕が、いない間に何があったの?』と 聞いたら、答えてくれなかったらしい。

「どうしてそう言い切れるんだよ」
「だってロアンヌが返事を躊躇ったし、目をそらして合わせてくれなかった。それに、あの表情には見覚えがある」
「見覚え?」
「ああ、口角がひくひくと動いてるの
は 楽しいことを隠している時の 顔だ」
クリスは他のことでは当てにならないが、ことロアンヌ様に関することなら
百発百中だ。
どうやら一人きりのわずかな時間に、ロアンヌ様に いい事があったらしい。

 だか、楽しいことなら別に秘密にしても問題ないと思うけど。
「だったら素直に話してくれるのを待てばいいだろ」
「嫌だよ。そんなに待てない。今日中に知りたいんだよ」
「せめて、一晩ぐらい待ってやれよ」
そんなに焦らなくても。話したくないのに、無理強いするのは良くない。
「駄目だよ。僕は、朝何を食べたとか、誰と会ったとか、ロアンヌのことは1から10まで知らないと気が済まないんだよ」
「・・・」
いや、そんな真顔で言われても・・。
ディーンは 返す言葉がない。

クリスの 1日は、ロアンヌ様の部屋の前で待ち伏せして、「おはよう」と言って、一日中つきまとって、夜ドアの前まで送って行って、「お休み」と言って終る。これを毎日。365日繰り返している。
俺はそこまで人に執着した事がないし、執着するクリスが怖いし、執着されているロアンヌ様が可哀想だと思う。クリスを見ていると、自分も人を好きになったら、そうなるのかと思うと怖くなる。

「どうしても知りたいなら、アンに聞けば、
いいだろう」
「ええ?アンに!?」
クリスがあからさまに嫌な顔をする。でも、ロアンヌ様の侍女のアンなら確実に何か知っているはずだ。
俺のアドバイスにクリスの元気がみるみるなくなる。
みんなクリスに優しいが、アン だけは別で、いつも厳しくてよく怒られている。クリスにとってアンは、最大の障壁で天敵。

ロアンヌ様が良いと言っても、アンが反対するとクリスの意見は却下される。クリスが俺の布団を丸めて、足で挟むと「うんうん」言いながら右に左に寝返りを打つ。クリスの中ではアン に聞くか、聞かないかで 、大激論が繰り広げられている。
 クリスは見た目と違って、嘘泣きとか 卑怯な手を使ったりするからな・・。
まあ相手がアンなら心配ないだろ。
そんな事をしたら、返り討ちにあう。

ディーンは、やっと 静かになったと本の続きを読み始める。

** これ以上の幸せはない。 そう思ってもこれ以上はある。

「はぁ~」
ロアンヌはベッドの中で花を咲かすようにため息をつく。
まだ今日の出来事が生々しく残っていて、眠れそうにない。

レグール様が、 とぼけたり、笑ったり、 驚いたりと様々な表情を見せてくれた。レグール様とのやり取りを思い出すと頬が熱くなる。
火照った頬を冷そうと 寝返りを打つとシーツの冷たさが心地よい。

 今日は自分の人生の中で一番の出来事だ。 物語から出てきたような素敵な男性にプロポーズされてしまった。
 レグール様と一緒にいると、自分がロマンス小説のヒロインになった気分になる。
 ロマンス小説では2人を試練が襲う。
 そして、それを乗り越えて絆を深めていく。
現実にそんな事が起こるかわからないけれど。もし起きたら、手に手を取って二人でたち向かっていこう。

「はぁ~」
ロアンヌは満足気に、ため息をつく。
 こんな幸せな気分を味わえるなら、レグール様を待った甲斐がある。
話は終始レグール様のペースで進んだ。婚約式の話とか、デートの待ち合わせ場所とか、普通の恋人同士の半年をわずか数時間で経験したみたい。
それほど濃厚で重要な話し合いだった。 

所々、舞い上がってしまいよく覚えてないところもある。でも、肝心なことはしっかりと覚えている。
レグール様が別れ際に、本気だという証拠として求婚の書簡を送ると言っていた。つまり双方の両親に自分はロアンヌと結婚したいと伝えることだ。
そう約束して別れたけど・・届くはよね・・。

上手くいきすぎている 。
そう心配になった途端ロアンヌの胸に一抹の不安が 影をさす。
悪い方へ考えたしそうな自分を ぎゅっと目を閉じて閉め出そうとする。
(ああ、駄目。レグール様。助けて!)
すると、 瞼の裏にレグール様の顔が浮かんだ。目の前にいるかのように心地よいテノールの声音。
風に揺れていた髪。
立ち上がる男らしいムスクの香り。
 抱き上げられた時の感触。
 全てが色鮮やかに蘇って 心配事が 跡形もなく消えてしまった。 
その面影に向かって手を伸ばす。
「レグール様・・」
 幻なのに私の心を ときめかせる 。
そんな 魅力的な人の花嫁になる。

ニヤニヤと 笑っていたが ガバッと飛び起きる。
「駄目だわ。興奮して眠れない」
その目は、ぱっちりと見開き口元に大きな笑みがくっきりと浮かんでいる。
 初めてプロポーズされて、幸せで 、背中に羽が生えたみたいにふわふわと心が 浮き立って、地上に降りてこれない。

*****

 レグールは書斎でアルフォード伯爵邸の結婚の申し込みの書簡を書き上げた。明日の朝、父上の了承が得られれば 正式に申し込むことになる。羽ペンを元に戻すと、大きく伸びをして椅子にもたれて目を閉じる。
正直言ってスマートなプロポーズだったとは言えない。
 自分の行いを振り返ると 思いつきばかりの発言に顔が曇る。

それでもなんとか 結婚の約束を取り付けられたんだ。
終わり良ければ総て良し。
久しぶりに見た少女は 昔と変わらずベリー狩りをしていたが、その姿はすでに乙女になっていた。まだ本人は自覚していないが 初々しい色気があり、 十分成熟していて いつお嫁に行ってもおかしくない。

レグールは、これはギフトだと思った。3年前のあの日 、 一度諦めたのに 誰のものにもならず私を待っていてくれたんだと。

*****

 ロアンヌは両親と居間で 手渡されたスペンサー伯爵からの結婚の申し込みの書簡を見ていた。力強い筆圧で書かれた文字が いかにもレグール様 らしい。ロアンヌはその文面を何度も読み返ていると 顔がふにゃふにゃになってしまう。
もちろん結婚の申し込みの書簡を見るのは初めてではない。でもこれは、クリス宛じゃなくて紛れもなく私宛の結婚の申し込みだ。

レグール様と別れてから 1日1日と過ぎる度に本気か冗談か半信半疑だったが、 こうして証拠を手にすると 夢が叶うんだと嬉しくなる。
 私にも遅い春が訪れたのだ。
 私の異変を察知したアンやクリスに 何度も聞かれたけど、 口をつぐんで報告したいのを我慢した。言ったら夢から覚めるようで怖かったし、私に女としての自信を与えてくれたレグール様が心変わりしたらどうしようと、心の奥では怯えていた。もしそうなったら部屋に閉じこもって泣き暮らしていただろう。
(ああ、私結婚するのね・・)

体の芯から喜びがじわじわと全身に広がっていって、自分の中で眠っていたロマンチックな部分が芽吹く。
私はきっとレグール様を待っていたのかもしれない。
「ロアンヌ」
書簡をずっと見ていると、レグール様の顔が浮かんできて私に微笑みかけてくる。その笑顔に、約束を守ってくれてありがとうと 微笑み返す。
「ロアンヌ」

「レグール様・・」
私のどこが好きなのか不明なままだが 、今はそれでもいいと思えるど気分が高揚している。
「ロアンヌ」
レグール様は私の恋人。私の婚約者。
そして、私の夫。私の子供の父親になる人。幸せだ・・。
書簡を胸に押し当ててうっとりと目を閉じる。
「ロアンヌ!ロアンヌ!ロアンヌ!」
「なっ、何?」
お父様の大きな声で我に返った。
目を開けるとお父様とお母様が呆れ顔で、こちらを見ている。二人の様子に前から読んでいたのだと察する。

しまった。両親の前だった事を忘れて、つい妄想にふけってしまった。
お母様に、話に集中しろと書簡を取り上げられてしまった。
「あっ」
手元に書簡がないと、せっかく行った店が定休日だったみたいに、ちょっと悲しい。気を紛らわそうとお茶に手をつける。
「ロアンヌ。レグールとは会った事があるのかい?」
「えっ、どうして?」
「お前の口から レグールの話は一度も聞いたことがないし、歳も離れている。それなのに突然結婚の申し込みに来たからだよ」
「!」
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