私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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僕は まだ本気だしてないだけ

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両親への挨拶に来たレグールを自室へと招いたロアンヌは、
 目の前に差し出されたクッキーを前に戸惑っていた。
「あ~ん」
「……… 」
(ええと……口を開けろと言っているの?)
病気でもないのに、食べさせてもらうなど子供のとき以来だ。
断る事も出来る。でも、二人きりだし、甘えるチャンスを逃すのは勿体無い。
(でも……回りに誰も居ないとはいえ、恥ずかしい)

どうしようかと迷って、その気持ちをレグール様に送ると、口を開けろと誘って来る。
「あ~ん」
(………)
思い切って口を開けると、ポイッとクッキーが入って来る。自分でも頬が赤くなっているのが分かる。そんな私をレグールが満足そうにしている。私が恥ずかしがっているのを楽しんでいるんだ。意地悪な人だ。
それならばと、クッキーを摘まむ。お返しとばかりに
「あ~ん」
と言ってレグールの口元に持っていく。困らせようとしたのに、レグールが躊躇なく口を大きく開けた。自分が、これからする事の親密さに気恥ずかしくなって頬が火照る。
しかし、雛鳥よろしく口を開けて待っているレグールを無視する事も出来ない。クッキーを入れようとした時、ノックの音にハッとして動きを止める。
「失礼いたします」
ドアが開いてワゴンを押してメイドが入って来た。
(見られた!)
しかし、私達の様子を見ると、何もしなかったように、一礼して出て行く。
「失礼いたしました」
(ああぁ~)
この事が野火のように屋敷中に広がって行く。想像するだけで居た堪れない。レグール様が来てくださったから浮かれてたんだ。普段なら、こんなことしない。
ロアンヌは顔を真っ赤にして固まっていると、待ちくたびれたのかレグールが私の手首を掴んで、パクッとクッキーを食べた。
ハッとしてレグールを見ると 平然とした顔をしている。

他の人に見られても、全く気にしていない様子に羨ましくなる。
やっぱり、経験の差かしら……。私だって上手く対応したい。その前に、一々顔が赤くなる自分を克服したい。でも、どうやったら、良いんだろう……。方法をあれやこれやと考えていると、ひょいとレグールが自分の膝の上に私を乗せる。
「きゃっ」
不意な事にビックリしてバランスを取ろうとレグールの首に手を回す。
「レッ、レグール様?」
「 婚約者がいるのに、他の事を考えているなんて、酷いと思わないか?」
「そっ、 それは……ごめんなさい」
 そうよ。二人だけになれる貴重な時間。 悩んでいては楽しくない。
すると、いい子だと言うようにレグールが私の頭を撫でる。

「何を悩んでたんだい?」
「そっ、それは…… みっ、見られ…たから……」
さっきのメイドの驚いた顔を思い出すと、 恥ずかしくて最後の方は囁き声になってしまった。
「気にすることは無い。なんなら、皆に見せつけてやればいいんだよ」
「そう…ですね……」
口では賛成するが、二度と見せつける気は無い。二人だけの事は、二人だけの秘密。 他の人に知られたいとは思わない。
「それじゃあ、練習しよう」
「えっ?」
そう言ってクッキーは私の口に近づける。やっぱり慣れない。それでも、思い切って口にすると、
「あ~ん」
レグールが自分にも食べさせろと口を開ける。 ロアンヌは、慌てて飲み込む。クッキーをつかんでレグールに食べさせようとすると、その腕を掴まれて引き寄せられた。
(あっ)
気づいた時には、レグールの胸に倒れ込むんでいた。
「ごめんなさい」
体制を元に戻そうと顔をあげると、 レグールの顔が近づいてくる。
(えっ?キッ、キスするの?)

レグールが、パクリとクッキーを私の指ごと食べた。指先に柔らかくて、温かい物が触れる。ビクリと指を引き抜く。
「なっ、なっ、なっ、なっ」
「何を驚いている。クッキーを食べただけだ」
「っ」
驚く私に、しれっと答える。
別の恥ずかしさに、言葉は出なく。ただ、舐められたと言う事実だけが、頭の中をぐるぐる回る。
「くっ、くっ、くっ、くっ」
レグールの堪えたような笑い声に、からかっただけだと気付いてムッとする。
「もう!」
怒ってそっぽを向く。
「まぁ、お茶でも飲んで、落ち着きなさい」
そう言って淹れなおしたお茶を私に渡す。何気なくカップを受け取ったが、ハッとする。今日はレグール様をもてなさないとイケないのに私ったら何をやってるの!
自分を叱りつけるとレグールにお茶を淹れる。


恥ずかしいからと直ぐに膝から降りるかと思ったのに、私の膝に乗ったままお茶を差し出すロアンヌに、慣れて来たなとクスリと笑う。
ロアンヌを見ると、どうしても甘やかしたくなる衝動を止められない。甲斐甲斐しく世話をしてもらうのも好きだが、世話を焼くのも好きだと初めて知った。私の可愛いロアンヌ。早く一人占めしたい。
そして、指一本動かさなくて良いくらい、尽くしてあげたい。
カップを受け取ると、ありがとうとこめかみにキスする。

** 僕はまだ本気だしてないだけ**

ディーンはクリスに食事を届けるために部屋に向かっていた。

レグール様が訪ねてきたことで、屋敷中が活気に満ちている。これが終われば、本格的に婚約式の準備が始まる。俺も今回の婚約を自分の事のように喜んでいる。
ロアンヌ様と結婚してくれれば、それだけレグール様の目に留まる回数が増える。そうなれば 俺の実力を見てもらうチャンスにもなる。
結果、目標に一歩近づく。結局この世はコネだ。縁故採用最高!

弾む足取りで自分の部屋に戻って来たが、ドアの前で真面目な顔を作る。クリスに、にやけた顔を見られたら………。想像するだけでもげんなりする。
「お待たせ。飯だぞ」
元気よくドアを開けたが、クリスがベッドの上で一人孤独に窓の外を見ている。鞘が足に当たって腫れあがったから、ロアンヌ様の命令で療養中だ。

まだ、失敗した事で落ち込んでいる。その責任は俺にもあるが……。どちらかと言えば自業自得だ。
クリスが大きな溜め息をつく。
「はぁ~~」
理由は、分かってる。
今回の婚約に独りだけ反対なのがクリスだ。
これ見よがしの態度に、声を掛けるかどうか迷う。クリスがロアンヌ様のお気に入りになって同じ屋敷に住むようなってから、俺がずっと面倒を見て来たから付き合いは長い。それでも、声を掛けて下さい。アピールが鬱陶しい。しかし、声を掛けないと一晩中やりかねない。体力も根性も無いくせに、ネチネチとしつこい性格をしている。クリスが女なら悪役令嬢だろう。

まぁ、クリスとしては作戦は失敗するし、ライバルが家を訪ねてくるし、で、踏んだり蹴ったりで同情すべきところもある。
しかし、下手に声を掛けると、藪蛇になるかもしれない。
(………)
取り敢えず軽い調子で声を掛けて様子を見るか、それが俺流の優しさだ。
「よっ! クリス。お前の好きなおかずだぞ」
「………」
そう言って食事を乗せたトレーをベッドに置く。しかし、クリスは外を見続けている。
それでも、俺はめげないで声を掛ける。この暗い雰囲気を何とかしたい。
「まぁ、その……何だ。そんなに……たいした事じゃないだろう」
「そう、そこ!大事!」
「はっ?」
クリスが良くできましたとばかりに腕組みして大きく頷く。クリスがロンリーモードからファイティングモードに切り替わってしまった。

「ディーン。もし、恋人の親に会ったら挨拶するか?」
「そりゃあ、するさ」
そんな事になったことは無いが、常識として挨拶はするだろう。
「でも、だからと言って結婚しないだろう?」
「………」
何で俺の恋愛経験の話が持ち上がるんだ?
「つまり、アイツがロアンヌの両親に挨拶したからと言って婚約したとは限らない。だから、大したことじゃないんだよ」
どうだと言うようにクリスが胸を張る。何が言いたいんだ?頭の中でクリスの言葉を何度も反すうして言いたい事を考える。
つまり、レグール様がロアンヌ様の家に来たからと言っては結婚をする
って事にはならない。と、言いたいのか?でも、二人の婚約は事周知の事実だろう。
両家で書簡のやり取りが済んでるんだから。
「何、寝言言ってるんだよ。あの二人は事実上、もう婚約してるんだから」
「違う!」
クリスが、きっぱりと激しく否定くるが、何が違うのかさっぱり分からない。付き合いは長いがクリスの考える事はいつも自分の予想を超える。
「何が?」
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