私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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感情のままに奪う その罪深さ

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レグールはロアンヌの顔を覗き見る。折角のデートだと言うのに楽しそうに見えない。森ばかりでは、流石に飽きたか? 今度は、お洒落して街でディナーにしよう。女の子は、おめかしして出掛けたいものだ。
それにしても、ロアンヌの様子が気になる。私が立ち止まると、ロアンヌも立ち止まる。しかし、私を見ようとはしない。

「どうしたんだい。浮かない顔をして」
「別にたいした事ではありません……」
そっと乱れた髪を耳にかける。
何かあったらしく、会った時から元気が無い。いくら聞いても大丈夫だの一点張り。そのくせ、沈んだ顔をしている。何時ものロアンヌらしくない。
私を見える目に苦悩は見えないから、悩みは他のことだろう。
「私達の間に、秘密はなし。そうだろう? 」
ロアンヌの両手を取って話すように促す。


落ち込んでいたのはクリスから卒業したからだと言う。まだクリスに対して思いが残っているようで、心の整理がつかない様子だ。
私には朗報だが、クリスの世話をするのが日常になっているロアンヌにとっては難しい事だろう。しかし、何よりそれをロアンヌ自身が決意したことが重要だ。
(しかし、良かった、良かった)
労せずして邪魔者が消えてたのだから、これで一安心だ。
レグールはロアンヌに気づかれないように、ほくそ笑む。
「最後に12年間の感謝気持ちが溢れて、お別れ……ううん。感謝のキスをしました」
「えっ? 」
何かのタガが外れる音がしだ。
一瞬で全身を嫉妬の炎が身を焦がす。ロアンヌの肩を乱暴に掴んで自分の方を振り向かせると、額がぶつかりそうな程顔を近付けた。そして肩をガクガクと揺さぶりながら詰問する。
「キスしたのか!」
「レッ、レグール様……」
「良いから答えるんだ!」
胸に広がるザラザラした気持ちが溢れて、自分を呑み込んでいく。

ロアンヌが怯えた表情で自分を見ているのは知っているが、優しくする余裕が無い。ロアンヌが必死に首を振って否定している。
「ちっ、違います。キスって言っても、頬です。それに感謝のキスですよ?」
「キスした事に変わりない!」
「そんな……」
理不尽な私の態度に、なすすべが無いロアンヌは許して欲しいと訴えるが、全身の血が沸騰する。ドクドクと言う心臓の音が五月蝿くて何も考えられない。自分のモノが穢された言う怒りだけが全てだ。
「絶対許さない! ロアンヌは私のモノなんだから、他の男に唇を許すなんて……悪い子には、お仕置きが必要だ」
「レッ、レグール様」
ロアンヌに のしかかって身動きできないようにすると、感情の赴くままに気が済むまで口づけを繰り返す。頭では分かっている。額なんだから、家族にするような軽いキスだと。それでも、嫌で、嫌で堪らない。ロアンヌの父親でさえ、キスする事を許せない。

ロアンヌの唇を奪いながら、自分の中に有る怒りや 悔しさや 遣り切れなさをぶつけていると、遺物の感触に唇を離す。何だ? ロアンヌが口づけの隙を付いて指を差し入れて来た。
(小賢しいまねを……)
涙を滲ませたロアンヌが哀願してくる。
「レグール様がいるのに、他の男の人とキスをしたのは軽率でした。もうしないと約束しますから、許してください」
レグールは邪魔されたことに、ムッとしてロアンヌの手首を掴んで自分の唇からどかす。
さらに、服従されようとロアンヌの頭の後ろを支えて動けないようにして、唇を合わせる。優しさも ときめきも無い。罰するだけの口づけだ。胸に隙間風が吹く。そでも続けてしまう。
すると、また ロアンヌがもう一方の手を使って口づけ拒む。
「お願いです。もうしないと約束します。だから……怒らないで下さい」
「い・や・だ」
子供じみた言い方に内心、自分でも呆れてしまう。
しかし、自分の感情を止められない。絶対 避けられないように反対の手首を掴んで逃げれないようにする。
「レグール様……」
「………」
今にも泣き出しそうな顔でロアンヌに見つめられて冷静になれた。
両手首を掴んでロアンヌの自由を奪っている自分が情けない。

スーッと胸の怒りが消えて行って、代わりに愛しいと言う気持ちが入れ替わっていく。
乱れた髪に、赤く腫れた唇。私だって好きで乱暴にした訳じゃない。これは男としての本能だ。
取られることへの恐怖だ。
しかし、ロアンヌに取ってはトラウマものの体験になってしまった。

初めての感情に、自分でどうする事も出来無かった。止めてくれたロアンヌに感謝しないと。でなかったら、自分自身を許せなかった。
抱き起して髪を直していると、口づけをしてこない私に、機嫌が直ったかどうか、確かめるようにロアンヌが、そろりそろりと視線を合わせて来る。
済まなかったと謝りたい気持ちがこみ上げてくるが、やはり駄目だ。此処で甘い顔をしたら。同じ事が起きたら、更に酷い事をしてしまう。
それを防ぐ為にもキチンと自覚させる事が必要だ。自分の軽率な行動が私を苦しめると言うことを。
「許すのは今回だけだ」
「はい」
ロアンヌの返事に頷くと額に和解のキスをして、あやすように抱き締める。すると、ロアンヌが手を私の背中に回る。その感触にふっと 息をつく。
(優しい娘だ……)

*****

ロアンヌは、自分の部屋で着替えをしていると、メイドが入って来てトレーナを差し出す。その上には手紙が三通。それを見たロアンヌは、数の少なさに驚く。
(さっ、三通? ……)
二度見しても数は変わらない。
レグール様との婚約の話しが公になると、お茶会やパーティーの招待状が届いたり、疎遠だった親戚や知り合いが訪ねて来るようになったりした。
(少しでも、権力者とお近づきになりたいのだ)
あの頃はトレーに乗らないほど届いていたのに……。それが、日々少なくなっていた。それは、気付いている。

それにしても急に、こんなに数が減るのは明らかに可笑しい。アンが側に居ない時間も多くなっているし……。
ロアンヌは、トントンと顎を指で叩きなから、その理由を考える。
私の知らないところで、何か起こっているのだろう? 
( ……… )
お母様からこの後、伯爵夫人の心得を指導して頂くことになっているが、こちらを優先した方が良さそうだ。
「お母様に、少し遅れると伝えて」
メイドにそう言い残すとアンの部屋へと向かう。



ロアンヌはアンの私室のドアをちょこっとだけ開けて覗き見する。

アンの部屋は、その性格のように整理整頓されていて、無駄な物が無い。唯一の例外は本。読書家で本棚には色んなジャンルの本が並んでいる。
アンは入り口に背を向けて座っている。
(何をしているのかしら?)
時々、腕が動くだけで何をしているのかは、ここからでは分からない。
音をたてないようにドアを閉めると、足音を忍ばせて近づく。

肩口から覗き込むと手紙を読んでいる。机の上には予想通り沢山の手紙の束と開封された手紙とで、振り分けられてある。
手紙は私宛てだ。
王でもあるまいし、検閲など必要無いのに……。
メイドに、あるまじき行為。普通の令嬢なら烈火の如く怒って、その場でクビにしても可笑しくない。しかし、私はアンがすることには、理由があるはずと考える。それほど信用している。しかし、今回ばかりは理解出来ない。
嫌みたっぷりの手紙など、初めてじゃない。

「アン」
肩に手を置くとアンが飛び上がって驚く。私が入って来たことに全然気付いていなかったようだ。
よほど集中していたのだろう。
胸に手を置いてアンが、振り返った。
「ロッ、ロアンヌ様。どっ、どうしてここに……」
珍しく動揺している姿にニッコリと笑いかける。たまには、自分が優位に立つのも悪くない。
「こんなことする理由を教えてくれるわよね」
そう言ってアンから便箋を引ったくると目の前で振る。
「………」
既に証拠は押さえてある。言い訳など許さないとアンに顔を近づける。
すると、諦めたようにアンが頷く。
そのままアンの部屋で話しを聞くことにした。


アンの話しを聞いたロアンヌは、その内容に頭を抱える。
「どうして、今まで言わなかったの?」
「申し訳ございません。ご心配をお掛けしてはいけないと、こちらで判断致しました」
誰だってレグール様が結婚すると聞けば、その心を射止めた相手がどんな女性か気になる。その相手が私と知って不快に思い。その気持ちを手紙にして送り付ける事もあるだろう。
しかし、そう言うものは一過性のものだ。吐き出してしまえば、それまでだ。レグール様の話しでは、食事に誘った女性も ここ数年居ないと言っていた。それでも問題は発生する。
「アン。その手紙を見せて」
「ですが……」
「良いから、見せなさい!」
アンが私に手紙を見せないように気を使うのだから、酷い内容なのかも知れない。それでも、躊躇うアンに向かって催促するように手を差し出す。
「かしこまりました」

アンが引き出しから手紙の束を取り出すと手渡す。受け取ったロアンヌは、手紙を裏返して差出人を見る。
見たこともない家紋だ。手紙には必ず蝋を溶かしたあと、家紋を押して封をする。だから相手が誰なのか分かる。
ロアンヌはアンから渡された封筒から
便箋を開くと、その視線が右上に引き寄せられる。
日付と番号が振ってある。
(ナンバー1……)
それを見て事態は思ったより深刻だと想像出来る。ロアンヌは、喉を鳴らして文面を読む。

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