私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰

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シンデレラの靴は ハイヒール

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ロアンヌは、侍女のアンが私に見せないように処分しようとしていた手紙を受け取ると、読み始める。

『ロアンヌ。どうして結婚するんだ。お前の本当の恋人は私だ。あの日私に向かって美しい水色の瞳で、好きだと言ってくれただろう。それなのに、どうして裏切るんだ。絶対諦め……』
(水色の瞳? )
私宛じゃない。次の手紙に手を伸ばす。

『私の太陽ロアンヌ。空を見上げるたび、あなたの瞳を思い出します。黄金色の髪をなびかせて笑っていた。その笑顔を守りたい。ですから、政略結婚の犠牲者にならないでください。私が何としても……』
(空色の瞳。黄金色の髪? )
これも私宛ではない。それなのにどうして、アンは気にしているのだろう?

『ブロンドの女神様。あなた様が爺のレグールと結婚すると聞いて、悔しくてたまりません。どんな事情があるか分かりませんが、考え直してください。私が力になり……』
(ブロンド?)

手紙の冒頭を読んだだけで、私宛じゃないと分かる。褒め称える言葉は私ではなく、クリスを指している。
(………)
令嬢達とは面識があり。私が本物だと知っている。だけど、この3人は クリスを私だと勘違いして、こんな手紙を送ってきている。
ロアンヌは最初に選んだ便箋が入っていた封筒をひっくり返して 宛名を見るが、見覚えがない。
(トラフォード? )
小さい頃は、私が何処へ行くにもクリスがまとわりついていた。
机の上に置かれた手紙に目をやる。
この令息達は、その時 見たクリスの方を伯爵令嬢だと誤解したまま、手紙を送って来たのだ。
( ……… )

でも、あの頃の私は 『クリスより可愛くない』、『クリスの方が伯爵令嬢みたい』そんな言葉を聞きたくなくて、言われるより先に着飾ったクリスを前面に出して『可愛いでしょ』、『人形見たいでしょ』と言っていた。
自分に目が来ないように、クリスを盾にして隠れていた。
 問題は、この手紙の主の3人が アルフォード伯爵令嬢宛に、手紙を送ってきたことだ。 
我が家と交流のない貴族や市井の者たちは、クリスが アルフォード伯爵令嬢だと勘違いしている。

でも、この3人はどうしてここまで、 クリスにこだわるのだろう。
私の知る限りクリスが男の子と仲良くしているところを見たことが無い。
だけど、この手紙には『好きだ』と告白されていると書いてある。クリスが勝手に、私の知らないところで、何か約束をしたりとかしていたのかもしれない。でも……クリスは今も昔も私が一番好きだと言っている。
( ……… )
 ロアンヌは手紙の束を指で叩きながらアンに質問する。その理由が、気になる。
「どうして、この3人に気をつけるようになったの? 」
「差出人が未婚の男性でしたので、こちらであらかじめ外しておきました」
婚約が決まったのだから、スキャンダルを起きないように、事前に排除しようとすることは理解出来る。しかも、婚約が公になってから手紙をよこしたとなれば、危険人物だ。アンが 左手で右肘を支えながら口元に手をやる。

「最初は、気にもとめなかったのですが、あまりにも送らて来るので気になって読んでみると 、クリス宛てのラブレターでした 」
「 ……… 」
「そして、その内容は届く度にどんどんエスカレートしていきました」
「 ……… 」
返事が来なかったことで、自分の気持ちを無視されたと思ったのだろう。それで、気を引こうとして、脅したり、同情を買おうとする手紙を送りつけてきているのだ。恋心が意地になってしまった成れの果てだ。
「そこで、怪しい人物が他にも居るかもしれないと考え、ロアンヌ様にお渡しする前に私が検閲しています」
検閲 しようと考えるくらいだから、よほど危険なことが、書いてあるのだろう。どんな内容か自分で確かめたい。

だけど、情けないが 手紙を読むのが怖い。それでも、中身を確認しておいた方がいいだろう。
「アン……それで、どれぐらい来ているの? 」
「………回数ですか?それとも便箋の枚数ですか?」
「 ……… 」
答えるまでのアンの問に、この問題が簡単には解決しないと悟る。
一人は回数が多い。もう一人は一回に送ってくる便箋の数が多い。最後の一人は……。
文面からして3人とも 自分の方がふさわしいから、レグール様との結婚を反対している。
あなた達が好きなのは、私ではなくクリスです。そう言ってしまえば問題は解決する。しかし、その方法が問題だ。クリスと一緒に、他の男の家を訪ね回ったら誤解される。この前あんな事が、あったばかりだ。レグールに他の男からラブレターを貰ったと誤解されたら 殺されてしまう。



唇腫らして帰った私を見て、レグールと何かあったのだろうと察したお母様に、根掘り葉掘り聞かれた。

私の話を聞いた母が、 やれやれと肩をすくめて首を振る。
(だから、秘密にしたかったのに) 
だけど、隠しきれない証拠が……。
ロアンヌは、腫れた自分の唇に触れる。むさぼり食われるとは、あう言う事を言うのかも。二度と経験したくない。でも……年に1回くらいならアリ?
「ロアンヌ」
「はっ、はい」
我に返ったロアンヌは、居住まいを正して母を見る。
「小さな嫉妬は、スパイスになるけど、大きな嫉妬は、毒になるのよ」
(毒か……… )
「たちが悪いのは、その毒は お互いを殺してしまうことよ。だから、自分の行動に気をつけること」
母が私に向かって指を指す。こくりと頷いたが、その指が どんどん迫ってくる。ロアンヌは分かりましたと、降参するように両手を上げる。 
「今後、気をつけます」

そう注意されたばかりなのに……。
二進も三進も行かない状態に頭を抱える。なんとか人違えたと誤解を解きたい。
婚約式の前だ、大事にしたくない 。でも、事が大きくなってからでは 対処が難しくなる。
「アン。こういう場合どうしたらいいの?」
すがりつくように聞くとアンが首を横に振る。そして、冷静な目で私を制する。
「何も なさらないでください」
「でも……」
「ロアンヌ様。婚約式までです。そこで、クリスではなく ロアンヌ様が、アルフォード伯爵令嬢と分かれば、こんな手紙は もう届かなくなります」
「 ……… 」
 確かに アンの言うとおり。婚約式が終われば、 記憶が書き換えられる。
令息達もおとなしくなるだろう。

本当にそれまで何もしなくても大丈夫だろうか?なんだか嫌な予感がする。 ロアンヌが痛み出したこめかみを押さえる。クリスを利用して 逃げ回っていたことが、今になって問題になってしまった。自業自得だ。それは分かっている。
このまま何事もなく婚約式を迎えられればいいけれど……。
「はぁ~」
これ以上令息たちが 何もしてこないことを祈るしかない。

***

空が茜色に変わり始めるなか、馬車を降りたロアンヌは無意識に外套の前を抑える。
初めてレグール様の前で ナイトドレス姿を披露する。
(レグール様に綺麗と言って欲しい)
たまには、街でデートしようとディナーに誘われた。

 本当はレグールが迎えに来てくださる事になっていたが、 仕事が終わるのが遅くなるからと、 迎えの馬車をよこしてくれた。議会場に到着したが、まだ仕事をしているということで、 案内係の後について行く。
ハイヒールを履いているから、 コツコツという音が廊下に響き渡る。
少し大人になった気分だ。背筋もシャンとなる。
夜のデートに出掛けると言うことでメイドたちが上へ下への大騒ぎになった。ドレスを選ぶのも、髪型を決めるのも、アクセサリーも、何点も試着を重ねてやっと今の格好に決まった。

デコルテが強調された胸元に、パフスリーブ。 ウエストがキュッと締まって、 A ラインのスカート。スカートのセンターにプリーツがあって、歩くたびにプリーツが揺れる。
色は未婚の娘らしくパステルカラーのピンク。結婚すると着るチャンスが少ないからと勧められた色だ。
ダイヤモンドのイヤリングと髪飾り。そして、シルクの7センチのハイヒール。

案内係に会釈して礼をすると、髪の乱れ。なおして小さく頷く。
コンコン!
「どうぞ」
「失礼します。……レグール様」
仕事場を訪ねるのは初めてで何だか緊張する。 ドアをゆっくりと開けると、 私に気づいたレグールが立ち上がる。
にこやかな笑顔で出迎えて来てくれとことに一安心。
「いらっしゃい。迎えに行けなくて、すまない」
「いいえ、お仕事ですから仕方ありません」
チークキスを受けながらそれと無く部屋を見まわす。
机に椅子に山のような書類だけ。壁にも絵の一枚も無い。本当に仕事だけの部屋だ。

「少し待ってくれるかい。直ぐ終わらせる」
「あっ、はい」
「上着を預かるよ。終わるまでくつろいで待っていて」
「はい」
 後ろを向いてリボンをとくと、レグールが外套をつかんで脱がす。
夜のひんやりとした空気が変わりに私を包み込む。
「ありがとうございます」
 振り返るとレグールが外套を持ったまま私を見つめている。
「レグール様? 」
「はぁ~」
レグールの溜め息に驚く。
(私 何かした?)
 粗相があったのかと、オロオロしながらレグールの顔色を伺う。
レグールが髪をかき上げて不機嫌そうに私を見る。レグールが私の顎をくいっと掴んで顔を近づける。
「レッ、レグール様……あの……」
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