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しおりを挟む本来ならば、遠征以外では王宮の奥から出てくることのないその姿をこんな場所で見るのは、初めての出来事だった。
俺とはるひを確認できたのか、はっとしたように肩を揺らすと侍女の制止を振り切ってこちらへと走り出す。
遠征時こそ活動的ではあったが、王宮では淑女もかくやと思わせるほどの粛々とした身のこなしで、衣裳の裾を翻して駆け出す姿を見るのは初めてだ。
「 はるひはっ⁉︎」
馬が止まるのも待たず、危ないと注意を促す俺の声も無視して腕の中の毛布に手を伸ばす。
華奢な腕でははるひを支えるのは無理だと判断して、かすがを押しやって地面へと降りる。巫女を押しやるなんて無礼を咎めることに気をやる間もなく、かすがははるひを抱き締めて悲鳴のような嗚咽を上げた。
「はっ はる っぅ、あっ 」
いつも少し斜に構えたような、人をからかうような雰囲気を含ませた表情が崩れ去り、その形相は身内の危篤を嘆くそれだ。
「 に、さ 」
「はるひ⁉はるひっ!」
薄く開いた瞼は力無げにすぐに閉じてしまい、枯れたような水分のない唇は微かにかすがを呼んだきり動かなくなる。
示し合わせたわけでもないのに、かすがと視線が絡まってお互いに息を飲む音が鼓膜を震わす。
血の気の引く音を聞きながら立ち竦む俺をよそに、かすがははるひを抱き締めると小さく「ごめんな」と言葉を零してからそっと目を伏せる。
一秒が驚くほど長く……
巫女の治療がどんなものかを間近で見て知っているだけに、コリン=ボサの聖なる力を行使する時間が酷く長く思えて……
小さな銀の粒子がかすがの体から零れ落ち、空気に溶けて辺りを照らす。
神からこの世に招かれた者だけが行使できるこの力は、温度を持たない凛とした清浄さを持っていても温もりを感じたことはなかった、けれど……
「はるひ はるひぃ 」
歯を食いしばるようにして名を呼ぶかすがから零れる光は、今まで見たどの光よりも温かく思えた。
王宮の寝台に寝かされたはるひはひどく小さく見えて、紙のように白い顔色も相まってこのまま薄れて消えてしまうのではと思わせるほどの儚さで、ぴくりとも動かないせいか息をしているのか確認するために、息を詰めて目が痛くなるほど瞬きを堪えて見詰めなくてはならなかった。
触れれば壊れてしまうのではないかとそんな気にさせられて、力なく伸ばされている手に触れるのに随分と勇気が必要だった。
「……はるひ」
問い掛けても返事はない。
かすがの浄化は間に合った、間に合ったが体力の消耗はどうしようもなかったらしく……
血の気の引いた肌なのに指先だけが鮮やかな血の気色で、小さな傷跡のある手をそっと撫でた。
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