蒼穹の裏方

Flight_kj

文字の大きさ
3 / 184
第1章 新たな世界

1.2章 仕事への復帰

しおりを挟む
 5日間病院で過ごした後、医者からは退院してよいと言われた。2日間、自宅で療養してからこちらの世界の職場に向かった。昭和11年2月3日に海軍航空廠の発動機部に出勤すると、予想通りまわりの同僚から言葉をかけられた。

「けがは大丈夫か? 何はともあれ、退院できてよかったな。大けがじゃないのが不幸中の幸いだったね」

 発動機部長の花島部長が出勤してきて、席に着くのを待って報告に行く。
「おはようございます。医師から許可をもらいましたので、本日から仕事に復帰します。ご心配をおかけしました」

「ああ、おはよう。体はもう大丈夫なんだよね。いきなり全力で仕事を始めなくていいから、体の調子を見ながらやってくれ」

 花島部長は、そこまで話して立ち上がると、部内に聴かせるために声を大きくして話し出した。
「みんな聞いてくれ。鈴木君が無事回復して、今日から仕事に復帰する。病み上がりなんだから、しばらくは手加減してやってくれ」

 私からも挨拶しておく。
「ご心配をおかけしました。よろしくお願いします」

 部長が一人の同僚の方を見ながら続ける。
「君が休んでいる間の仕事は、川田君にやってもらっていた。まずは彼から不在時の状況を聞いてくれ」

 さっそく、川田技師と仕事の引き継ぎの打ち合わせを行った。川田技師は、私と一緒に東京帝大の機械科を昭和8年に卒業してから海軍航空本部に採用された同期だ。しかも偶然にも配属先も私と彼は同じ発動機部だった。

 航空技術はどんどん進歩しているが、この時期の日本には圧倒的に技術者が足りない。近年になって、海軍は多数の工学系大学生を囲い込むため新たな方策を採用していた。軍属として技術士官を採用する従来の方法に加えて、民間の有識工員の位置づけで大学生の採用を始めていた。川田も私も有識工員枠で採用され、海軍航空廠の設立にともなって、航空廠の発動機部に技師として配属されることになった。

 川田技師は、自分が書いた報告書を見せながら開発審査の状況説明を始めた。

「発動機実験班でやっている三菱のA8cの運転評価は、お前が休んでいる間も特に問題は出ていない。評判の良かったA8の改良型だから、あの発動機も素性がいい。お前の設計確認の仕事だが、クランク軸の強度評価については計算が済んでいる。3分割した新しい構造になっているが、強度は問題ないと思う。曲げやねじりに対する振動も計算したが、かなり共振周波数が高めとなっていたから、これも大丈夫だ。もともと俺の仕事になっていた新規に採用されたナトリウム封止の排気弁の評価だが、これについても問題ない」

 私も目の前の書類にざっと目を通す。
「ありがとう、なるほど問題はなさそうだな。このままいけば、A8cは遠からず正式採用になると思って間違いないだろう」

「実機の運転試験でも問題は出ていないようだから、これから何もなければ制式化されるだろう。三菱は金星3型の次の型として、金星4型とでも命名すると思う」

 前世の私のミリタリーマニアとしての記憶によると、A8cは金星4型と呼ばれていたが、その後の命名規則の変更により金星40型と名付けられるだろう。九六式陸攻や九九艦爆などの各種の航空機に使用されるはずだ。動作も安定しており、金星60型では1,500馬力に性能が向上する傑作エンジンとなるだろう。

 川田も私も技師として、本格的に審査を任されて、エンジンの開発にかかわるのはこれが初めての経験だった。私がエンジン構成や内部構造の審査担当だったのに対して、川田は軸受けのケルメットやシリンダや弁などに使用される各種材料の審査を担当していた。実際にエンジンを動作させての性能評価は別の班が行っている。

 このエンジンの構造は、クランク軸を3分割としてセレーションギヤにより結合したことが特徴だ。更に前列と後列の間に位置するクランク軸の中央部を玉軸受けで支えることにより、ねじれや振動に対する強度を確保している。また、減速歯車を従来のファルマン式から遊星歯車とすることにより、大きな減速比を可能とした。

 これらの内部構造の審査は、この世界の私の仕事だったが、特に問題となることもなく終わろうとしていた。川田技師の審査担当となった、プレーンベアリングやクロームメッキピストリング、窒化シリンダ胴、ナトリウム封止排気弁など新規の技術として採用された材料も問題は出ていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
ファンタジー
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…そして終戦工作 分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

処理中です...