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第8章 無線電話と電探
8.2章 無線電話実験の顛末
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永野大尉と菊地中尉、松崎中尉、私の4名は、海軍技術研究所を訪問した。やはり無線のことは、技術研究所に話を聞くべきだという永野大尉の意見に従ったのだ。
永野大尉が事前連絡してくれたので、訪問すると、無線の専門家として博士号を持っている伊藤庸二中佐が対応してくれた。この中佐は私の未来のミリオタの知識でも知っている人物だ。後になって電探の開発を行って、東京湾で探知実験を行って、赤城の探知を成功させた電子技術開発の中心人物のはずだ。
手短に私から状況を説明する。先に菊地中尉に説明したのとほぼ同じような内容だ。まずは私の推定が正しいのかを確認したい。どうやら伊藤中佐は肯定的な意見だ。
「推定は当たっていると思います。スパークに火花を飛ばすためには、パルス状の高電圧が印加されます。その時に電波が出ています。しっかりアース接続されたシールドが電波の拡散を防ぎます。シールドは導体である必要があります。シールドに隙間があると電波はそこから漏れますが、開口部よりも波長の長い電波は漏れません。無線機で使われる電波の波長程度ならば、隙間が多少あっても金属を網目状にしたカバーも有効です。アースのとり方は、配線をしてまとめて抵抗値が小さくなるように接地する必要があります。いっそのこと、発動機の電気系周囲を金属板で囲って、シールドして外部と遮断することも有効と思います。実験が始まったら結果に興味があるので、私も呼んでください。実は私は空技廠の職員も兼務しているのです。この問題は、私自身の怠慢が原因でもあるので、遠慮しないで連絡してください」
電源部の処置については、電気部の専門家を呼んでくれた。深田中佐と紹介される。主に艦船の発電設備と電気配線などを専門としているようだ。私から、航空機の電源部の変動について説明する。
「おっしゃる通り電源にも問題がありそうですね。間違いなく、発電機が発電している電圧は火花発火のためのパルス電流に同期して変動しています。電源系統のインダクタンスによっては、大きな電圧の振動になっていることもあり得ますよ。一番の対策は無線機の電源は他の部分から分離することです。それと発動機では直流のマイナス側の配線を省略して、発動機の金属部をマイナス電位としている場合がありますが、無線機はしっかりとマイナス側も他の機器とは分離してリターン電流を流すための配線をしたほうがいいでしょう。あと機器の配線が偶然リング状になっていて、そのリング内に別の機器の電源が配線されていると問題になります。リングの内部を電流が流れることになりますので、コイルへの電磁誘導でリングとなった電源配線にノイズが発生します」
最後に、我々が日頃付き合いのない、電線関係の会社を紹介してもらった。実験をするにも高電圧に対応したシールドケーブルが必要だからこれはありがたい。
打ち合わせの最後に伊藤中佐から質問をされた。
「実は私は、電波を利用した艦船や航空機などの探知機を研究しているのです。ところが軍人さんたちは電波探知機の必要性についてあまり理解がないので困っているのです。皆さんはどう考えていますか?」
永野大尉がすぐに反応する。
「高周波の電波を放射してその反射波から物体を検知する技術のことですね。敵と交戦の可能性がある場合、無線は封止するのが一般的です。その場で電波放射をしたら、それこそ闇夜に提灯になるのではないですか? 私は使える場面が限られて、使用により得られる利点も限定的だと思う」
元々、私自身が重要視していたレーダー開発を前進させるチャンスだ。今まできっかけがなかったが、海軍技術研究所が全力でレーダー開発に取り組めば、早期に実用可能な装置が完成するかもしれない。私がいなくても、昭和17年ごろになれば艦船に搭載可能なレーダーが技研で完成したはずだ。未来の電気系学生とミリタリーオタクの知識を総動員して、全面的に支援を行い、早期に開発着手して欧米への遅れを取り戻したい。
それには、ここで意見を表明する必要があるだろう。
「闇夜に提灯の心配はもっともだが、発信源を探知するためには超短波を受信できる専門の機器が必要になるよ。それも周波数が合わなければ、探知できない。つまり提灯の光をとらえることは、それほど容易じゃないということだ」
私は、伊藤中佐の方に向き直った。
「電波探知機は、万難を排してでも推進すべきです。電波を利用して夜間でも敵を探知できれば、海軍のお家芸の夜戦が意味のないものになりますよ。昼間でも近づく艦船や航空機を探知して迎撃できるので、奇襲攻撃がかなり困難になるはずです。更に、超短波の電波を利用すると高度や距離が高精度で測位可能となり、砲撃の精度が向上します。彼我の高射砲や艦砲の命中率が大きく異なる前提での交戦を想像してみてください。この機器をもたない側は一方的な負け戦になるでしょう。ご存じだと思いますが、欧米の電波探知機の研究は、我が国よりも先行しています。既に我が国は出遅れていますよね。加えて、真空管などの電子部品の技術も欧米に対して我が国は劣っていると言わざるをえません。今から高性能の部品も含めて力を入れて開発していかないと、差がどんどん広がりますよ」
私以外の全員がぽかんと口を開けている。かろうじて、永野大尉が補ってくれる。
「付き合いの長い我々はよく知っているのですが、鈴木大尉は時々予言めいたことを言います。これを奇妙な発言と言わないでください。彼なりの根拠と予感があるのです」
菊地中尉が更に続ける。
「しかも、鈴木大尉の技術的な予言はよく当たるのです。私は先ほどの発言について、これから起こりそうなことだと思って、信じますよ」
伊藤中佐はしばらく考え込んだ後に意見を述べた。
「私は、その意見が荒唐無稽でなく充分に根拠があることだとわかるよ。電波分野の専門家だからこそ、今の話が電波探知機や電波測定器を作れば、充分に実現可能であると言うことができる。しかもそれらの機器は遠くない時期に登場するだろう。われわれが電子分野に限らず、工学技術で一歩遅れていることは、諸君も日ごろ感じているだろう。しかし我々の研究も前進しているのだぞ」
私からもう少し話しておこう。
「確か、無線アンテナで八木教授、宇田教授が研究したアンテナがあるはずです。超短波の電波探知機にこのアンテナが利用可能です。欧米では既に注目されているのに、国内ではあまり重要視されていないですね。更に、超短波の大電力の出力が可能なマグネトロンはとても重要な発明です。これがなければ電波探知機は実現不可能だと言っていいでしょう。今後も研究をもっと続ける必要があります。なお、電波探知機は、空を飛ぶ航空機を探知する手段と海の上の艦船を探知する手段の基本方式は同じですが、海の上は海面からの背景反射があって困難が伴います。それぞれの用途に適した周波数が違うので、探知機は探知対象により、別の種類とする必要があります。探知した目標の表示では、確か高柳健次郎と言う技術者が、様々な画像を画面で表示可能なブラウン管を発明しているはずです。探知した目標表示にはこれが活用できるはずです」
伊藤中佐と深田中佐は必死でメモしている。
「なるほど、八木さんのアンテナは確かに使えるね。マグネトロンは我々が最近になってやっと試作に成功したものだ。先ほど話しかけた我々の成果とはこのことだったんだが。もちろん、これからも研究して発展させてゆく予定だ。画面表示は確かに課題と感じていた。実は、高柳博士は私の電子工学の恩師なのですよ。彼がテレビの表示管を研究していたことはもちろんよく知っている。それで解決できるとは、まさに灯台もとくらしだね。目標の画面が電気的に表示できれば解決するだろう。ところで、あなたの発言の出所は聞かないけれども、これからも我々の研究にもっともっと協力をお願いしたい。技術研究所の顧問として採用したいくらいだ」
私からパルスレーダーの基本について説明しておこう。まだこの時期は電波探知のためには連続的な電波の反射を捕捉しようとしているはずだ。回り道をしないで、パルスレーダーに向けて一直線に進めば、この時点の日本の技術力をベースにしても、かなり時間の節約ができるだろう。レーダを作るために必要な部品はマグネトロンの発明も含めれば、昭和14年の日本でも生産できるはずなのだ。
私はメモ帳にパルスレーダーの基本的な原理を説明する絵を描いてから、早口で説明を始めた。
「波長が数メートルから数十センチ程度の超短波を発振させます。それをアンテナから、この絵のような周期的なパルスとして放射します。アンテナのパルスが物体にあたると反射してパルスが戻ってきます。このパルスの送信と受信時間差を計測すると、反射した物体までの距離がわかります。物体の方位は、この波長のアンテナは指向性が強いのでアンテナの向きから割り出します。例えば、アンテナを電動機で、このようにぐるぐる一定速度で回して、連続的に周期パルスを送信すれば、全周を警戒して対象物の反射した距離と、その方位も検出できるわけです。先ほど話したブラウン管を利用して、PPI……いや失礼、アンテナの回転と同期させて発信機を中心にして、全周を表示させると、アンテナが目的物を向いたときに反射波が表示され、表示管に残像が残ります。1周回ってきた時に再び対象物が表示されますが、位置が変わっていればそれに合わせて表示も変化します。言い忘れましたが、波長が数十センチになると、アンテナは八木アンテナではなく、おわん型のアンテナにする必要がありますね。なお、探知機の波長は海上や陸上の目標を探知する場合は、短い波長としないと、地球表面の反射波を拾って検知が難しくなります。その観点からは、メートル波で検知が可能な空中の航空機向けの探知機の方が先に実用化ができるでしょう」
深田中佐がしきりに感心する。
「この話をしっかりまとめれば、論文になりますよ。まあこの内容ならば、軍機扱いでそのまま公表は無理でしょうけど。それにしても、必ずここにもう一度来てくださいよ。私たちの実験の結果も見せますので、もっともっと話を聞きたい」
伊藤中佐が続ける。
「いや、今度と言わず、毎週会いたいと思います。君たちの部門の長には私から、無線研究の協力をお願いすると話を通しておきます。まあお願いするからには我々が訪問するというのが筋でしょうから、許可がもらえば私たちが空技廠を訪ねてゆきますよ」
何故か伊藤中佐の我々への口ぶりが丁寧になってきた。
無線機の質問がレーダーの話になってしまったが、この後、我々は最敬礼の伊藤中佐と深田中佐に見送られて技術研究所を後にした。なお我々全員は、研究協力者と書かれた入門証をもらった。どうやらこれがあれば、これからは自由にこの研究所に出入りできるらしい。
……
昭和14年12月末には、無線電話の実験に必要な部材が集まってきた。もっとも問題視していた点火プラグに接続するための高電圧対応のシールド付きのケーブルが、伊藤中佐の口利きで電線メーカーから入手できたのだ。エンジン周りのシールド工作用のアルミのパイプや極薄板は、永野大尉が、住友金属に掛け合ってくれて入手できた。電源の安定化のために発電機を余分に取り付けることも考えたが、無線機専用のバッテリーを追加することとした。これは、三木大尉が電気業者に手配した。発動機周りの配線については、点火プラグ用ケーブル含めて、松崎中尉が自分で配線工事をしてしまった。アース配線や無線機への電源の引き回しは、深田中佐が電気工事の得意な工員を派遣してくれたので、工事をお願いした。
発動機周辺については、イグニッションからのスパークプラグをシールド付きに置き換えて、イグニッションへの電源ケーブルはシールドしたアルミパイプを通すように変更した。更に、エンジン後方のイグニッション周りにアルミの薄板を加工してシールドを追加した。ケーブルのインダクタンスを考慮して、イグニッションと発電機間のケーブルは太いものに置き換えて、マイナス側も同様に太いケーブルとしてリターン電流の抵抗値を減少させた。もともと設置されていたバッテリーと発電機間も同様に太いケーブルに交換する。更に無線機用に追加したバッテリーは操縦席後部に設置して発電機とプラスとマイナスの2本ケーブルで接続する。このバッテリーからの出力を無線機に接続して、完全に無線機の電源系統がエンジンとは別に切り離された状態とした。
アースについては、操縦席内に端子盤を追加して、そこから各部にアース線を這わせて接続した。なお、発動機架とカウンリングを止める枠は胴体との電気的な接続が確実でなかったため、胴体と接続するケーブルを追加した。更に、私の未来の知識から機体の静電気を放電させるために、見よう見まねで放電索を追加してみた。主翼や垂直尾翼の後縁で金属製になっている部分に10センチくらいの放電ケーブルを取り付けたのだ。
以上の改修工事が終わると地上で無線機能の確認を行う。もちろん、無線機として何も問題はない。その後、直ちに九七式艦攻の試験飛行を実施した。今回も下川大尉が操縦する。後席は菊地中尉が乗り込む。どうも二人ともに最初から自分がやると決めていたようだ。なお、この機体には、搭乗員が2名の機体向けの九六式空三号無線機が搭載されていた。最初の飛行時から無線機の性能が劇的に改善されていることが簡単にわかった。地上との無線連絡も全く支障なく可能になった。
飛行実験がうまくいったことを聞きつけて、伊藤中佐と深田中佐がさっそく様子見に来た。二人からケーブルの這わせ方やアンテナのアースのとり方について指導をしてもらい、若干の修正をすると無線の感度が改善した。この頃には、我々の360ノット実験機も同様の改造工事が終わったので、こちらには小福田大尉が搭乗して、2機編隊で隊内無線の実験を行った。だんだん距離を離していって、見通し外の距離でも双方で通話が可能であるということを確認した。
我々の実験成果を和田廠長に連絡すると、廠長自らやってきて、九七式艦攻の後席に搭乗して空中での効果を確認した。廠長は直ちに改善策とその効果を航空本部に通知した。
この後、我々は艦隊実習でしばらく不在になってしまったが、空技廠の工員たちに実験を続けるように指示しておいた。最初は実験機の対策としては何が効果があるのか判然としない部分もあったので、考えた対策を全部入れてしまった感がある。多数機への対策を考えると面倒な対策は少ないほど良い。つまり、順番に対策を外して実験して、効果の少ないものをより分けて、区別してゆくことを指示しておいた。
私たちが艦隊実習から帰るとしっかりと実験の結果が出ていた。発動機のケーブルをシールド化すればアルミの薄板の効果は小さいことがわとの必要性を認識した。さすがに航空本部も、役に立たない無線機はただの重りだから降ろしてしまえという意見が出ているのは知っていた。航空本部から、電気系統及び点火系統の改修工事による無線機器の性能改善の通達が出たのは、昭和15年6月だった。
今後、海軍に納入される機体については、昭和15年6月15日の納入日から、機体に搭載される無線機器の性能改善の対策を行うことが必須とされた。既に納入済みの機体については、将来も使用される機齢の若い機体から順次改修を行うこととされた。わが軍に航空機を納入しているメーカーは直ちに変更工事を実施しないといけないため、担当する技術者が改修工事の見本として、我々が試験した機体の見学に押し寄せてきた。
結局、私と菊地中尉、技術研究所の深田中佐、航空機艤装の担当の三木大尉が共同して、今回の改修工事についての実施要領なる文書を作成することになってしまった。発動機部のシールドやケーブルも需要が生まれれば、それぞれの分野の専門家が改良を行う。昭和15年末には、もはや我々が間に合わせで工事した九七式艦攻が時代遅れになるような、改良されたケーブルや部品を使って手間をかけずに電気系統が工事された機体が当たり前になっていた。昭和16年1月には、空母搭載の全ての機体と基地航空隊の第一線機については、改修工事が完了していた。
永野大尉が事前連絡してくれたので、訪問すると、無線の専門家として博士号を持っている伊藤庸二中佐が対応してくれた。この中佐は私の未来のミリオタの知識でも知っている人物だ。後になって電探の開発を行って、東京湾で探知実験を行って、赤城の探知を成功させた電子技術開発の中心人物のはずだ。
手短に私から状況を説明する。先に菊地中尉に説明したのとほぼ同じような内容だ。まずは私の推定が正しいのかを確認したい。どうやら伊藤中佐は肯定的な意見だ。
「推定は当たっていると思います。スパークに火花を飛ばすためには、パルス状の高電圧が印加されます。その時に電波が出ています。しっかりアース接続されたシールドが電波の拡散を防ぎます。シールドは導体である必要があります。シールドに隙間があると電波はそこから漏れますが、開口部よりも波長の長い電波は漏れません。無線機で使われる電波の波長程度ならば、隙間が多少あっても金属を網目状にしたカバーも有効です。アースのとり方は、配線をしてまとめて抵抗値が小さくなるように接地する必要があります。いっそのこと、発動機の電気系周囲を金属板で囲って、シールドして外部と遮断することも有効と思います。実験が始まったら結果に興味があるので、私も呼んでください。実は私は空技廠の職員も兼務しているのです。この問題は、私自身の怠慢が原因でもあるので、遠慮しないで連絡してください」
電源部の処置については、電気部の専門家を呼んでくれた。深田中佐と紹介される。主に艦船の発電設備と電気配線などを専門としているようだ。私から、航空機の電源部の変動について説明する。
「おっしゃる通り電源にも問題がありそうですね。間違いなく、発電機が発電している電圧は火花発火のためのパルス電流に同期して変動しています。電源系統のインダクタンスによっては、大きな電圧の振動になっていることもあり得ますよ。一番の対策は無線機の電源は他の部分から分離することです。それと発動機では直流のマイナス側の配線を省略して、発動機の金属部をマイナス電位としている場合がありますが、無線機はしっかりとマイナス側も他の機器とは分離してリターン電流を流すための配線をしたほうがいいでしょう。あと機器の配線が偶然リング状になっていて、そのリング内に別の機器の電源が配線されていると問題になります。リングの内部を電流が流れることになりますので、コイルへの電磁誘導でリングとなった電源配線にノイズが発生します」
最後に、我々が日頃付き合いのない、電線関係の会社を紹介してもらった。実験をするにも高電圧に対応したシールドケーブルが必要だからこれはありがたい。
打ち合わせの最後に伊藤中佐から質問をされた。
「実は私は、電波を利用した艦船や航空機などの探知機を研究しているのです。ところが軍人さんたちは電波探知機の必要性についてあまり理解がないので困っているのです。皆さんはどう考えていますか?」
永野大尉がすぐに反応する。
「高周波の電波を放射してその反射波から物体を検知する技術のことですね。敵と交戦の可能性がある場合、無線は封止するのが一般的です。その場で電波放射をしたら、それこそ闇夜に提灯になるのではないですか? 私は使える場面が限られて、使用により得られる利点も限定的だと思う」
元々、私自身が重要視していたレーダー開発を前進させるチャンスだ。今まできっかけがなかったが、海軍技術研究所が全力でレーダー開発に取り組めば、早期に実用可能な装置が完成するかもしれない。私がいなくても、昭和17年ごろになれば艦船に搭載可能なレーダーが技研で完成したはずだ。未来の電気系学生とミリタリーオタクの知識を総動員して、全面的に支援を行い、早期に開発着手して欧米への遅れを取り戻したい。
それには、ここで意見を表明する必要があるだろう。
「闇夜に提灯の心配はもっともだが、発信源を探知するためには超短波を受信できる専門の機器が必要になるよ。それも周波数が合わなければ、探知できない。つまり提灯の光をとらえることは、それほど容易じゃないということだ」
私は、伊藤中佐の方に向き直った。
「電波探知機は、万難を排してでも推進すべきです。電波を利用して夜間でも敵を探知できれば、海軍のお家芸の夜戦が意味のないものになりますよ。昼間でも近づく艦船や航空機を探知して迎撃できるので、奇襲攻撃がかなり困難になるはずです。更に、超短波の電波を利用すると高度や距離が高精度で測位可能となり、砲撃の精度が向上します。彼我の高射砲や艦砲の命中率が大きく異なる前提での交戦を想像してみてください。この機器をもたない側は一方的な負け戦になるでしょう。ご存じだと思いますが、欧米の電波探知機の研究は、我が国よりも先行しています。既に我が国は出遅れていますよね。加えて、真空管などの電子部品の技術も欧米に対して我が国は劣っていると言わざるをえません。今から高性能の部品も含めて力を入れて開発していかないと、差がどんどん広がりますよ」
私以外の全員がぽかんと口を開けている。かろうじて、永野大尉が補ってくれる。
「付き合いの長い我々はよく知っているのですが、鈴木大尉は時々予言めいたことを言います。これを奇妙な発言と言わないでください。彼なりの根拠と予感があるのです」
菊地中尉が更に続ける。
「しかも、鈴木大尉の技術的な予言はよく当たるのです。私は先ほどの発言について、これから起こりそうなことだと思って、信じますよ」
伊藤中佐はしばらく考え込んだ後に意見を述べた。
「私は、その意見が荒唐無稽でなく充分に根拠があることだとわかるよ。電波分野の専門家だからこそ、今の話が電波探知機や電波測定器を作れば、充分に実現可能であると言うことができる。しかもそれらの機器は遠くない時期に登場するだろう。われわれが電子分野に限らず、工学技術で一歩遅れていることは、諸君も日ごろ感じているだろう。しかし我々の研究も前進しているのだぞ」
私からもう少し話しておこう。
「確か、無線アンテナで八木教授、宇田教授が研究したアンテナがあるはずです。超短波の電波探知機にこのアンテナが利用可能です。欧米では既に注目されているのに、国内ではあまり重要視されていないですね。更に、超短波の大電力の出力が可能なマグネトロンはとても重要な発明です。これがなければ電波探知機は実現不可能だと言っていいでしょう。今後も研究をもっと続ける必要があります。なお、電波探知機は、空を飛ぶ航空機を探知する手段と海の上の艦船を探知する手段の基本方式は同じですが、海の上は海面からの背景反射があって困難が伴います。それぞれの用途に適した周波数が違うので、探知機は探知対象により、別の種類とする必要があります。探知した目標の表示では、確か高柳健次郎と言う技術者が、様々な画像を画面で表示可能なブラウン管を発明しているはずです。探知した目標表示にはこれが活用できるはずです」
伊藤中佐と深田中佐は必死でメモしている。
「なるほど、八木さんのアンテナは確かに使えるね。マグネトロンは我々が最近になってやっと試作に成功したものだ。先ほど話しかけた我々の成果とはこのことだったんだが。もちろん、これからも研究して発展させてゆく予定だ。画面表示は確かに課題と感じていた。実は、高柳博士は私の電子工学の恩師なのですよ。彼がテレビの表示管を研究していたことはもちろんよく知っている。それで解決できるとは、まさに灯台もとくらしだね。目標の画面が電気的に表示できれば解決するだろう。ところで、あなたの発言の出所は聞かないけれども、これからも我々の研究にもっともっと協力をお願いしたい。技術研究所の顧問として採用したいくらいだ」
私からパルスレーダーの基本について説明しておこう。まだこの時期は電波探知のためには連続的な電波の反射を捕捉しようとしているはずだ。回り道をしないで、パルスレーダーに向けて一直線に進めば、この時点の日本の技術力をベースにしても、かなり時間の節約ができるだろう。レーダを作るために必要な部品はマグネトロンの発明も含めれば、昭和14年の日本でも生産できるはずなのだ。
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「波長が数メートルから数十センチ程度の超短波を発振させます。それをアンテナから、この絵のような周期的なパルスとして放射します。アンテナのパルスが物体にあたると反射してパルスが戻ってきます。このパルスの送信と受信時間差を計測すると、反射した物体までの距離がわかります。物体の方位は、この波長のアンテナは指向性が強いのでアンテナの向きから割り出します。例えば、アンテナを電動機で、このようにぐるぐる一定速度で回して、連続的に周期パルスを送信すれば、全周を警戒して対象物の反射した距離と、その方位も検出できるわけです。先ほど話したブラウン管を利用して、PPI……いや失礼、アンテナの回転と同期させて発信機を中心にして、全周を表示させると、アンテナが目的物を向いたときに反射波が表示され、表示管に残像が残ります。1周回ってきた時に再び対象物が表示されますが、位置が変わっていればそれに合わせて表示も変化します。言い忘れましたが、波長が数十センチになると、アンテナは八木アンテナではなく、おわん型のアンテナにする必要がありますね。なお、探知機の波長は海上や陸上の目標を探知する場合は、短い波長としないと、地球表面の反射波を拾って検知が難しくなります。その観点からは、メートル波で検知が可能な空中の航空機向けの探知機の方が先に実用化ができるでしょう」
深田中佐がしきりに感心する。
「この話をしっかりまとめれば、論文になりますよ。まあこの内容ならば、軍機扱いでそのまま公表は無理でしょうけど。それにしても、必ずここにもう一度来てくださいよ。私たちの実験の結果も見せますので、もっともっと話を聞きたい」
伊藤中佐が続ける。
「いや、今度と言わず、毎週会いたいと思います。君たちの部門の長には私から、無線研究の協力をお願いすると話を通しておきます。まあお願いするからには我々が訪問するというのが筋でしょうから、許可がもらえば私たちが空技廠を訪ねてゆきますよ」
何故か伊藤中佐の我々への口ぶりが丁寧になってきた。
無線機の質問がレーダーの話になってしまったが、この後、我々は最敬礼の伊藤中佐と深田中佐に見送られて技術研究所を後にした。なお我々全員は、研究協力者と書かれた入門証をもらった。どうやらこれがあれば、これからは自由にこの研究所に出入りできるらしい。
……
昭和14年12月末には、無線電話の実験に必要な部材が集まってきた。もっとも問題視していた点火プラグに接続するための高電圧対応のシールド付きのケーブルが、伊藤中佐の口利きで電線メーカーから入手できたのだ。エンジン周りのシールド工作用のアルミのパイプや極薄板は、永野大尉が、住友金属に掛け合ってくれて入手できた。電源の安定化のために発電機を余分に取り付けることも考えたが、無線機専用のバッテリーを追加することとした。これは、三木大尉が電気業者に手配した。発動機周りの配線については、点火プラグ用ケーブル含めて、松崎中尉が自分で配線工事をしてしまった。アース配線や無線機への電源の引き回しは、深田中佐が電気工事の得意な工員を派遣してくれたので、工事をお願いした。
発動機周辺については、イグニッションからのスパークプラグをシールド付きに置き換えて、イグニッションへの電源ケーブルはシールドしたアルミパイプを通すように変更した。更に、エンジン後方のイグニッション周りにアルミの薄板を加工してシールドを追加した。ケーブルのインダクタンスを考慮して、イグニッションと発電機間のケーブルは太いものに置き換えて、マイナス側も同様に太いケーブルとしてリターン電流の抵抗値を減少させた。もともと設置されていたバッテリーと発電機間も同様に太いケーブルに交換する。更に無線機用に追加したバッテリーは操縦席後部に設置して発電機とプラスとマイナスの2本ケーブルで接続する。このバッテリーからの出力を無線機に接続して、完全に無線機の電源系統がエンジンとは別に切り離された状態とした。
アースについては、操縦席内に端子盤を追加して、そこから各部にアース線を這わせて接続した。なお、発動機架とカウンリングを止める枠は胴体との電気的な接続が確実でなかったため、胴体と接続するケーブルを追加した。更に、私の未来の知識から機体の静電気を放電させるために、見よう見まねで放電索を追加してみた。主翼や垂直尾翼の後縁で金属製になっている部分に10センチくらいの放電ケーブルを取り付けたのだ。
以上の改修工事が終わると地上で無線機能の確認を行う。もちろん、無線機として何も問題はない。その後、直ちに九七式艦攻の試験飛行を実施した。今回も下川大尉が操縦する。後席は菊地中尉が乗り込む。どうも二人ともに最初から自分がやると決めていたようだ。なお、この機体には、搭乗員が2名の機体向けの九六式空三号無線機が搭載されていた。最初の飛行時から無線機の性能が劇的に改善されていることが簡単にわかった。地上との無線連絡も全く支障なく可能になった。
飛行実験がうまくいったことを聞きつけて、伊藤中佐と深田中佐がさっそく様子見に来た。二人からケーブルの這わせ方やアンテナのアースのとり方について指導をしてもらい、若干の修正をすると無線の感度が改善した。この頃には、我々の360ノット実験機も同様の改造工事が終わったので、こちらには小福田大尉が搭乗して、2機編隊で隊内無線の実験を行った。だんだん距離を離していって、見通し外の距離でも双方で通話が可能であるということを確認した。
我々の実験成果を和田廠長に連絡すると、廠長自らやってきて、九七式艦攻の後席に搭乗して空中での効果を確認した。廠長は直ちに改善策とその効果を航空本部に通知した。
この後、我々は艦隊実習でしばらく不在になってしまったが、空技廠の工員たちに実験を続けるように指示しておいた。最初は実験機の対策としては何が効果があるのか判然としない部分もあったので、考えた対策を全部入れてしまった感がある。多数機への対策を考えると面倒な対策は少ないほど良い。つまり、順番に対策を外して実験して、効果の少ないものをより分けて、区別してゆくことを指示しておいた。
私たちが艦隊実習から帰るとしっかりと実験の結果が出ていた。発動機のケーブルをシールド化すればアルミの薄板の効果は小さいことがわとの必要性を認識した。さすがに航空本部も、役に立たない無線機はただの重りだから降ろしてしまえという意見が出ているのは知っていた。航空本部から、電気系統及び点火系統の改修工事による無線機器の性能改善の通達が出たのは、昭和15年6月だった。
今後、海軍に納入される機体については、昭和15年6月15日の納入日から、機体に搭載される無線機器の性能改善の対策を行うことが必須とされた。既に納入済みの機体については、将来も使用される機齢の若い機体から順次改修を行うこととされた。わが軍に航空機を納入しているメーカーは直ちに変更工事を実施しないといけないため、担当する技術者が改修工事の見本として、我々が試験した機体の見学に押し寄せてきた。
結局、私と菊地中尉、技術研究所の深田中佐、航空機艤装の担当の三木大尉が共同して、今回の改修工事についての実施要領なる文書を作成することになってしまった。発動機部のシールドやケーブルも需要が生まれれば、それぞれの分野の専門家が改良を行う。昭和15年末には、もはや我々が間に合わせで工事した九七式艦攻が時代遅れになるような、改良されたケーブルや部品を使って手間をかけずに電気系統が工事された機体が当たり前になっていた。昭和16年1月には、空母搭載の全ての機体と基地航空隊の第一線機については、改修工事が完了していた。
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慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年夏まで執筆
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
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