蒼穹の裏方

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第9章 烈風と彗星

9.3章 烈風登場

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 私の知っている史実の烈風開発と比較して、2,000馬力の発動機の決定に関するもめ事が今回はなかったことで、問題は翼面荷重の議論だけになった。その点では、誉エンジンの搭載という開発長期化の第一原因を回避できたのは、MK5Aが成功したこの世界では当然のこととはいえ、良い出だしだった。

 翼面荷重については、官民合同検討会で同じような議論がされたが、低翼面荷重の要求は退けられた。その代わり速度の要求は厳しくなったが、既に360ノット試験機や十四試局戦が360ノット程度を発揮していることを考えると、この世界ではやむを得ないだろう。烈風の主翼大型化については、空戦性能を優先すべしとの要求が開発を誤らせたかのように言われているが、私はむしろ空母からの発艦という足かせが開発迷走の大きな要因だったのではないかと考えている。史実の彩雲が備えていたフラップとスラットのような優れた高揚力装置が最初からわかっていれば、烈風の主翼があれほど大きくなることは避けられたはずだ。

 この時期、三菱は零戦の性能向上のための設計変更と、制式化直前の十四試局戦を既に抱えていた。このままでは設計者の不足から、A7M1の短期間開発の目的とは裏腹に設計が進まないことが容易に想定された。新たに廠長になった和田少将はかなり張り切っているようで、自ら考えた設計加速対策を指示してきた。和田廠長の命により、空技廠の若手技師を集めて設計応援班を結成して三菱に派遣することになったのだ。応援作業班には、廠長から以下のような指示がされた。

「三菱の技師から要求されたことは、全て上官からの指示と心得よ。十六試艦戦の開発を推進させるためには、あらゆる努力を惜しむな。加えて、艦戦の設計への参加は、諸君にとってはまことによい勉強の場になると思う。この作業は、自らの成長のためでもあるということを忘れるな」

 実は、烈風に続いて局地戦闘機「震電」の開発でも、空技廠による似たようなメーカーの応援対策が実行されるのだが、それはまた別の機会に述べよう。

 A7M1の設計に関しては、設計を開始して2カ月程度で基本形態が決定された。風洞試験により最も重要な主翼の形態が最初に決定した。

 まず特徴的なのは、水平尾翼と同じ幅までの内翼部分を水平として外翼部に上反角をもたせることにより、胴体と主翼の干渉を削減するとともに主脚をできる限り短くできる構成としたことだ。この構成は、九六式艦戦でも採用しており、堀越技師として思い入れのある形態なのかもしれない。翼幅を12.5mとして、翼面積は26.5平方メートルとなって、零戦より一回り大きな主翼となった。この時点で過荷重のフル装備での重量は約4,000kgと想定されたので、問題となった翼面荷重を計算すると151キロとなる。艦載機として格納可能とするために、新規設計された主翼の外翼部は上方に折り畳み可能とされた。

 胴体部分はほぼ十四試局戦と同一形状とされたが、翼面積の拡大に伴い方向安定性を増すことが必要となり、垂直尾翼が増積された。垂直尾翼は高さは増すことなく、後方に延長して面積を増加させた。FW190-D(長鼻ドーラ)のように、後部翼面を切り貼りしたような尾翼の延長ではなく、スムーズにつながるように成形したのは堀越技師の感性が生きているからだろう。他の変更点としては、脚の強化と着艦フックの追加、主翼を支えるために胴体下腹部の強化が行われた。

 方向性が決まると、全力で設計が開始された。空技廠の三木大尉から、親子式のフラップとスラットの風洞試験結果などの空力データと設計データが三菱に提供された。三木大尉は当時、高速機への適用を前提として、親子式のフラップとスラットの実験を行っていたため試験データを豊富に持っていたのだ。最終的にA7M1は、親子式フラップは採用したが、低速時の揚力向上はそれで十分としてスラットは利用しなかった。

 昭和16年7月には、第1次木型審査が実施された。いつもは注文の多い操縦席とエンジンの艤装については、既に十四試局戦で審査が行われており、そこからあまり変更がないため審査は短期間で完了した。主翼は新規であるが、翼内機銃の搭載法はこれも十四試局戦と同じである。審査の結果、開発期間の短縮のために第2次木型審査は省略することとなった。また武装は、十四試と同様に20mm機銃が4挺に強化された。

 強度試験用の0号機は、十四試局戦向けの部品も活用して、新規設計された主翼を組み合わせることで、早くも昭和16年11月には完成した。飛行試験用の1号機も0号機と同様に、十四試局戦向けに生産された胴体の部品を使用して、12月15日に完成した。この時点で発動機は、十四試局戦と同じ輝星11型を装備していた。地上試験の後に。12月25日には1号機の初飛行を実施した。初期の飛行の結果、三菱の操縦士の所見は以下のようであった。
 ・着陸操作は零戦以上に容易である。
 ・低速において操縦性、安定性に癖がない。
 ・釣合い、座り及び視界は良好である。

 海軍の小福田大尉の試乗結果も、低速では操縦が容易で、安定性に問題はなく運動性も良好で特殊飛行も容易に可能との意見であった。

 続いて実施した性能試験では、6,000mで340ノットを超えることが確認された。軽荷重での最大速度試験では、348ノット(644km/h)を記録した。このため性能向上型の輝星の搭載が予定されている3号機以降の機体は、ほぼ要求性能が満たせるものと期待された。続いて、翌月には、着艦フックを装備した2号機が完成して、空母への離着陸試験を模擬して、陸上に設置された着艦制動索を利用した着艦試験が実施された。

 昭和17年2月になると輝星23型を装備した4号機から12号機までの試作機が、1カ月間で完成した。輝星23型の装備機は、プロペラを日本機としては大直径の3.7mとして、エンジンの減速比もプロペラに合わせて変更している。エンジンの出力増加と推力の大きなプロペラの採用により、輝星11型装備の2号機までの機体に比べて、まずは上昇力が大きく改善した。6,000mまでの上昇性能は5分25秒と十四試局戦を若干上回る性能を記録した。最大速度も大きく向上して、高度6,000mでの全開試験で、352ノット(651.8km/h)に達した。4号機では、更にプロペラが袴付きに変更され、補助翼が主翼との隙間が小さい抵抗の少ない形状に変更された。

 更に、カウリング下部の潤滑油冷却器取り入れ口を開口部を小さくして内部で流路を拡大する形状に変更した。これは私が未来のミリオタの知識を基にして、P-51D冷却法をまねたメモを書いて堀越技師に渡したのが原因だ。

 以上の改善により、4号機は更に速度が向上して、軽荷重で高度6,000mで365ノット(675.9km/h)に到達して14試局戦とほぼ同一の速度性能を達成した。これにより、開発当初の議論で目標として議論された、十四試局戦の性能を有して、格闘戦も可能な艦戦を実現するという目標がほぼ達成された。なお空戦フラップは、自動管制器は取り付けられておらず、手動制御(操縦桿の頭部に設けたボタンにより上げ下げを制御)だった。最終的にわざわざ機構の複雑な自動制御にせずとも手動で十分との結論に至り、この後も空戦フラップとしての自動化は実施されなかった。なお、試作4号機からは防弾装備や機銃が追加されたことにより、重量が増加したため制式化時の速度はやや低下して、359ノット(665km/h)となった。

 海軍の領収は昭和17年2月15日から順次行われて、4号機から12号機までが領収された。領収後に艦上試験機とされた6号機から10号機は、改装された空母瑞鳳を利用して離着艦試験を実施した。この時、カタパルトによる発艦試験も実施されている。後に12号機も瑞鳳に派遣されて、試験期間を短縮した。艦上機の運用試験は、5月まで実施された。零戦より大型化した十六試艦戦も空母の運用には問題がないが、離陸滑走距離は100m程度が必要なことが判明した。物理的に重量の増加した機体はエンジン馬力を増加してもある程度の滑走距離は必要であった。改めて、当時装備が進められた空母のカタパルトの有効性が確認された。

 昭和17年3月からは、開戦の影響で制式化が急がれたため、増加試作として15機が追加製造された。増加試作機の製造は、航空本部が開戦に伴って早期の完成を強く要求したため、三菱はこれを2週間で完成させた。完成機は、横須賀航空隊で実戦を想定した空戦や各種形態の模擬戦闘を戦闘機としての評価に使用された。

 開発時に議論となった空戦性能については、模擬戦闘の結果、本機の空戦機能に問題はないとの判断だった。横須賀航空隊での評価は、想定通り、十四試局戦に比べて小さな半径で旋回できる本機は空戦機動に優れるが、空戦フラップを使用しても零戦には劣ると判定された。但し、優れた上昇力を生かすことにより、垂直面での空戦に引き込めば零戦とも互角に空戦が可能だった。しかも大幅な速度の優位性を生かせば、旋回戦で不利な体勢になっても、急上昇や急降下で容易に離脱が可能であり、総合的には十六試艦戦が有利と判断した操縦員の方が多かった。

 十六試艦戦の審査は昭和17年4月に終了した。既に太平洋の戦いは始まっており、一刻も早い空母部隊への配備が期待されたため、三菱は昭和17年当初から生産治具や加工機器を増やして量産の準備を進めていた。審査が完了したことで、名古屋工場において全力で量産が開始された。烈風11型は、昭和17年6月に制式化された。

 烈風11型 昭和17年6月制式化
・機体略号:A7M1
・全幅:12.5m
・全長:9.98m
・全高:3.8m
・翼面積:26.5㎡
・自重:2,995kg
・正規全備重量:4,200kg
・発動機:輝星23型、強制冷却ファン付き、離昇2,250hp
・プロペラ:ハミルトン改定速4翅、直径:3.70m
・最高速度:359kt(664.8km/h)6,000mにて
・上昇力:6,000mまで5分45秒
・翼内武装:20mm二号ベルト給弾機銃4挺(携行弾数各200発)
・爆装:250kg爆弾2発
・噴進弾:一式五十粍噴進弾を両翼に搭載
・防弾装備:操縦席に防弾ガラス及び背面に防弾鋼板
・消火装備:胴体内、翼内燃料タンクに消火液による消火装置
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