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第10章 ジェットの夜明け
10.8章 遠心式ジェットエンジンの開発
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昭和15年5月末に遠心式ジェットエンジンのメーカー分担が決定されると、中島飛行機では直ちに空技廠の図面を参照しながら設計に着手した。軽量化と同時に製造の容易化に留意して、型鍛造やブルノー法による精密鋳造の部品を使用することを前提にして各部の部品設計を行った。特に圧縮機については、従来は静止フィンを1枚単位で組み立てて製造していたが、回転しない部材については、ブルノー法により軽合金を一括鋳造するように変更した。動翼も複数のフィンを一緒に型鍛造で製造することして製造工数を大幅に削減している。
もともと、遠心式圧縮機は、TJ-20よりも回転数が高回転となる。このため、エンジンの耐久性の確保のために、XTJ-30の試験結果をもとにして、中島社内で軸受部など内部構造の試験を繰り返して、軸受の径や構造を改善した。更に、高温となるタービンの冷却部もタービン前後から吹き出す冷却空気量を増加させた。
但し、中島の技師たちだけでは、XTJ-30の設計変更に不安があるため、技師を空技廠に派遣して逐一設計の変更点を確認することとした。中島としては、設計変更部は空技廠側の了解を得てから正式に採用する方針であった。同様にTJ-30の試作を分担するタービンの石川島と燃焼器の住友金属も自社内で設計図を作成して事前に空技廠に確認して、承認された内容で制作に取りかかった。結果的に、時間はかかったが、我々と中島、石川島、住友金属間で、頻繁に打ち合わせを行って、逐一変更点を確認しながら、設計が進められることになった。並行して中島の実験担当の社員が空技廠に来訪して、XTJ-30の運転と設計改修に必要なデータを取得した。
中島は、変更した部品を組み立てて、飛行試験を前提としない、TJ-30性能試験機をまず作成した。中島が試験データを確認したところ、XJT-30として3段の圧縮機を追加した後の試験は短時間で実施していただけだった。そこで、地上でも追加試験を行う必要があると判断したためだ。昭和15年7月末にTJ-30性能試験機が完成して、8月から試験運転を開始した。試験を開始してから1ヶ月後には、地上試験機は、9,000回転で推力700kgに達した。その後順次推力を増加していって、3号機で出力を限界値まで上げて試験を行った。最終的に、12,000回転で想定推力1,200kgまで達した後に轟音とともに試験機が停止した。明らかに内部が破損している。
分解の結果、タービンの破損が判明して、直ちに松平技師が中島工場に赴いて分析に参加した。分析の結果、XTJ-30で発生した燃焼ガスの揺らぎとタービンの共振が高回転としたために再び発生したと判明した。軸受の設計変更と、燃焼器の軽量化によりタービンの回転軸の固有振動数が変化したために発生していた。今回は燃焼ガスとの共振はタービン翼ではなく、回転軸で発生して軸受が破損していた。回転軸の軸受のコロの個数を増加させ、燃焼器の長さと内部構造を変更することで対処した。TJ-30の地上試験は、11月まで実施して、中島飛行機はジェットエンジンの出力確保のために必要な情報を取得していた。
一方、11月以前から地上試験と並行して、飛行可能なエンジンの製造が中島で着手されていた。部品の製造は早めに開始しており、実験により設計変更が必要になった部品のみ再製造を行うことにより製造期間を短縮した。しかも、試験加速のために、TJ-30の試験機を一括して15基も生産したのだ。試験機には、三菱製の燃料制御装置がフレームアウト対策には有効だと、あらかじめわかっていたので、TJ-30向けにも搭載することが決定された。更に、TJ-20で発生しているコンプレッサストール問題に対しては、TJ-30でも同様の対処が必要と判断して、TJ-20と同様のTJ-30の圧縮機の設計変更を実施した。設計変更した圧縮機は中島社内で製造されて、11月末には地上試験機に取り付けられて試験が行われ改善が確認された。先行するエンジンで対策が決まっている場合、後発での対策はやはり容易だ。
三木大尉が私のところに相談に来た。
「TJ-30を橘花に搭載しての飛行試験についてだが、TJ-30が完成次第、すぐにも試験を開始したい。機体の方の準備を短縮する何かいい方法はないだろうか」
「地上での試験の結果、TJ-30としてはどこをどう変更するのかは確定しているだろう。機体側でそれを見越して準備しておけばよいのではないか? 更に入念に準備するなら、できる限り本物に近い、TJ-30のモックアップを作成して、事前確認を進めておくというのはどうだろうか」
三木大尉は、私の提案に従って、TJ-30のモックアップを作成した。モックアップで事前に搭載試験を行って、橘花4号機のTJ-30の取り付け方法を確認した。
TJ-30エンジンに関しては、試験結果で必要となった設計変更はその都度中島で行っていった。すべての変更を行った飛行試験が可能なTJ-30が昭和15年12月に完成した。昭和16年1月には、TJ-30が空技廠に搬入されて、G6M2試験機への取り付けが行われた。試験機としては、TJ-20の飛行試験機とは別の一式陸攻改造の試験機があらかじめ空技廠で準備されており、TJ-20と独立して試験飛行が可能となった。ジェットエンジンの搭載後は、直ちにTJ-30の空中試験を開始した。飛行試験で順次出力を上げていって、3ヶ月の試験の間に推力1,100kgf、11,000rpmを確認した。
更に昭和16年2月には、橘花4号機を改造してTJ-30を搭載して飛行試験を開始した。TJ-20に比べて、直径の大きなエンジンのために抵抗が若干増えたが、推力も増加したため、軽荷重において最大速度は442ノット(819km/h)を記録した。更に、本エンジンも陸軍から希望されていたため、陸海軍間でエンジンの名称統合が適用され、統合名称はネ30とされた。昭和16年7月末には、橘花4号機が滑走路をオーバーランする着陸事故を引き起こして、脚と主翼を破損した。橘花の修理と機体強化も検討したが、むしろ開発中の十六試局戦を加速してTJ-30の試験を進めることを決定した。
昭和16年10月になって、ネ30を推力1,100kgfのジェットエンジンとして制式化した。ネ30の量産は6月から既に開始されており、8月には先行して量産型が40基完成していた。
TJ-30(統合名称ネ30) 昭和16年10月
・全長:約2,200mm
・直径:880mm
・圧縮機:軸流式3段+遠心式1段
・タービン:1段
・燃焼器:燃焼器:16(キャニュラー式)
・重量:720kg
・回転数:11,000rpm
・タービン入口温度:約790℃
・推力:約1,100kgf
・オーバーホールまでの運転可能時間:約100時間
もともと、遠心式圧縮機は、TJ-20よりも回転数が高回転となる。このため、エンジンの耐久性の確保のために、XTJ-30の試験結果をもとにして、中島社内で軸受部など内部構造の試験を繰り返して、軸受の径や構造を改善した。更に、高温となるタービンの冷却部もタービン前後から吹き出す冷却空気量を増加させた。
但し、中島の技師たちだけでは、XTJ-30の設計変更に不安があるため、技師を空技廠に派遣して逐一設計の変更点を確認することとした。中島としては、設計変更部は空技廠側の了解を得てから正式に採用する方針であった。同様にTJ-30の試作を分担するタービンの石川島と燃焼器の住友金属も自社内で設計図を作成して事前に空技廠に確認して、承認された内容で制作に取りかかった。結果的に、時間はかかったが、我々と中島、石川島、住友金属間で、頻繁に打ち合わせを行って、逐一変更点を確認しながら、設計が進められることになった。並行して中島の実験担当の社員が空技廠に来訪して、XTJ-30の運転と設計改修に必要なデータを取得した。
中島は、変更した部品を組み立てて、飛行試験を前提としない、TJ-30性能試験機をまず作成した。中島が試験データを確認したところ、XJT-30として3段の圧縮機を追加した後の試験は短時間で実施していただけだった。そこで、地上でも追加試験を行う必要があると判断したためだ。昭和15年7月末にTJ-30性能試験機が完成して、8月から試験運転を開始した。試験を開始してから1ヶ月後には、地上試験機は、9,000回転で推力700kgに達した。その後順次推力を増加していって、3号機で出力を限界値まで上げて試験を行った。最終的に、12,000回転で想定推力1,200kgまで達した後に轟音とともに試験機が停止した。明らかに内部が破損している。
分解の結果、タービンの破損が判明して、直ちに松平技師が中島工場に赴いて分析に参加した。分析の結果、XTJ-30で発生した燃焼ガスの揺らぎとタービンの共振が高回転としたために再び発生したと判明した。軸受の設計変更と、燃焼器の軽量化によりタービンの回転軸の固有振動数が変化したために発生していた。今回は燃焼ガスとの共振はタービン翼ではなく、回転軸で発生して軸受が破損していた。回転軸の軸受のコロの個数を増加させ、燃焼器の長さと内部構造を変更することで対処した。TJ-30の地上試験は、11月まで実施して、中島飛行機はジェットエンジンの出力確保のために必要な情報を取得していた。
一方、11月以前から地上試験と並行して、飛行可能なエンジンの製造が中島で着手されていた。部品の製造は早めに開始しており、実験により設計変更が必要になった部品のみ再製造を行うことにより製造期間を短縮した。しかも、試験加速のために、TJ-30の試験機を一括して15基も生産したのだ。試験機には、三菱製の燃料制御装置がフレームアウト対策には有効だと、あらかじめわかっていたので、TJ-30向けにも搭載することが決定された。更に、TJ-20で発生しているコンプレッサストール問題に対しては、TJ-30でも同様の対処が必要と判断して、TJ-20と同様のTJ-30の圧縮機の設計変更を実施した。設計変更した圧縮機は中島社内で製造されて、11月末には地上試験機に取り付けられて試験が行われ改善が確認された。先行するエンジンで対策が決まっている場合、後発での対策はやはり容易だ。
三木大尉が私のところに相談に来た。
「TJ-30を橘花に搭載しての飛行試験についてだが、TJ-30が完成次第、すぐにも試験を開始したい。機体の方の準備を短縮する何かいい方法はないだろうか」
「地上での試験の結果、TJ-30としてはどこをどう変更するのかは確定しているだろう。機体側でそれを見越して準備しておけばよいのではないか? 更に入念に準備するなら、できる限り本物に近い、TJ-30のモックアップを作成して、事前確認を進めておくというのはどうだろうか」
三木大尉は、私の提案に従って、TJ-30のモックアップを作成した。モックアップで事前に搭載試験を行って、橘花4号機のTJ-30の取り付け方法を確認した。
TJ-30エンジンに関しては、試験結果で必要となった設計変更はその都度中島で行っていった。すべての変更を行った飛行試験が可能なTJ-30が昭和15年12月に完成した。昭和16年1月には、TJ-30が空技廠に搬入されて、G6M2試験機への取り付けが行われた。試験機としては、TJ-20の飛行試験機とは別の一式陸攻改造の試験機があらかじめ空技廠で準備されており、TJ-20と独立して試験飛行が可能となった。ジェットエンジンの搭載後は、直ちにTJ-30の空中試験を開始した。飛行試験で順次出力を上げていって、3ヶ月の試験の間に推力1,100kgf、11,000rpmを確認した。
更に昭和16年2月には、橘花4号機を改造してTJ-30を搭載して飛行試験を開始した。TJ-20に比べて、直径の大きなエンジンのために抵抗が若干増えたが、推力も増加したため、軽荷重において最大速度は442ノット(819km/h)を記録した。更に、本エンジンも陸軍から希望されていたため、陸海軍間でエンジンの名称統合が適用され、統合名称はネ30とされた。昭和16年7月末には、橘花4号機が滑走路をオーバーランする着陸事故を引き起こして、脚と主翼を破損した。橘花の修理と機体強化も検討したが、むしろ開発中の十六試局戦を加速してTJ-30の試験を進めることを決定した。
昭和16年10月になって、ネ30を推力1,100kgfのジェットエンジンとして制式化した。ネ30の量産は6月から既に開始されており、8月には先行して量産型が40基完成していた。
TJ-30(統合名称ネ30) 昭和16年10月
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・直径:880mm
・圧縮機:軸流式3段+遠心式1段
・タービン:1段
・燃焼器:燃焼器:16(キャニュラー式)
・重量:720kg
・回転数:11,000rpm
・タービン入口温度:約790℃
・推力:約1,100kgf
・オーバーホールまでの運転可能時間:約100時間
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