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第11章 艦艇装備の近代化
11.1章 潜水艦探知と攻撃
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昭和15年10月になって、電探の実験が佳境となっていたころ、海軍技術研究所の伊藤中佐が私のところにやってきた。今回は二人の海軍軍人を連れてきている。
「今回もいい知恵があったら、貸してほしい。こちらは、我が研究所と横須賀工廠で兼務している中島大佐だ。あちらは、艦政本部の佃少佐だ。二人とも対潜水艦戦に関連した仕事をしている」
初めて会う大佐もいるので、いつもに比べて、少しかしこまって挨拶した。
「よろしくお願いします。私は飛行機のエンジンが本業ですので、潜水艦の専門家ではありません。何ができるかわかりませんが、ご協力はしますよ」
中島大佐が少し大きな声で話始める。
「ご存じかどうかわからないが、我が国の水上艦が潜水艦と戦うための技術は、英国やドイツ、米国に対しても著しく遅れている。まずは潜水艦を探知する技術、それから何とか敵潜水艦を見つけたとしてもそれを攻撃する技術、どちらをとっても昔からの音波探知と爆雷攻撃のみで全然進歩がない。残念ながら我が軍の軍人の多くは、例えば駆逐艦にとって重要なのは、敵大型艦への攻撃であって、潜水艦の探知と攻撃は余技と考える傾向が強い。しかし、大西洋でのUボートの戦いを考えれば、潜水艦を駆逐できなければ、我が国の太平洋の輸送ルートは直ぐに断ち切られてしまうだろう。海外からの艦船輸送が不可能になれば、国内資源の少ない我が国はあっという間に干上がってしまうに違いない。我々は、この問題を一刻も早く解決したいと考えているのだ」
伊藤中佐が続ける。
「実は、今年になって、私のところの技研の電気研究部から音響技術研究部が分離して独立したばかりなんだ。今、説明したような理由もぁって、その部門でしっかりした結果を出さないといけなくなっているんだ」
中島大佐が続ける。
「まずは潜水艦の探知なんだが、昔ながらの九三式水中探信儀の性能ではこれからの戦いでは、全く不足だろう。今の探信儀の性能では、演習で我が軍の旧式潜水艦を相手にしても探知できないことが多い。ドイツからの情報によると海外の潜水艦では雑音を抑えるための技術はどんどん改善されて、最近の潜水艦はかなり静かになっているとのことだ。これを考えると、旧式潜水艦さえも探知できないような今の探信儀は使い物にならない。直ぐにでも高性能化しないと戦いが始まってからでは手遅れだ。それで相談に来たのだが、音波探知機の性能向上について、何かいい知恵はないだろうか」
私は未来のミリタリーオタクの知識から音波探知について考えてみる。電気工学の学生であった自分の知識も総動員する。ドイツが潜水艦で使っていたロッシェル塩のことを思い出す。
「既にドイツから情報が入っているかもしれませんが、音波探知をするための素子として、ロッシェル塩、別名は、酒石酸の化合物ともいわれますが、それを使うことができれば、性能が向上するはずです。ドイツでも潜水艦に使われているようですよ。但し、ロッシェル塩は水分に弱いという大きな弱点があるため、船では長く使えませんね」
「ロッシェル塩の結晶については、ドイツからの情報があって我々も新型の音響探知機に使えるのではないかと実験中だ。しかし、まさに言われたように水で溶けてしまうというのが船で使うことに対して、大きな弱点になっている。しかも我々は工業的に多量に合成することも、成功していない。もっと性能が向上する別の音波探知素子はないだろうか」
電子工学の講義や教科書を思い出してみる。将来は、圧電セラミックスが多くの分野で音波素子として使用されることになるはずだが、この時期ではまだ後年の出来事だ。将来は電子式のライターの着火のためにそこら中で使われるのに、この時代ではまだ存在していないだろう。いや、かすかな記憶を頼りに思い出してみる。日本で戦時中に既に合成を成功させて、戦後になって、魚群探知機に広く使用された海中の音波探知に使える物質があったはずだ。そこまで考えて物質名が思い浮かんだ。
「圧電セラミックスという物質がありますが、機械的な圧力が加わると、圧力を電気に変換する特性があります。つまり音圧を効率的に電気に変換できる物質です。その中でもチタン酸バリウムという物質はおそらく合成が可能で、性能の良い音波探知機に使える可能性があります。確か、逓信省の電気試験所でこの分野の物質について研究しているはずです。加えて、圧電セラミックスは誘電率が非常に高いという特性もありますので、合成できればセラミックスコンデンサとして、いろいろな装置で使用できます。このコンデンサは電解液がない固体のみで構成されていますので、高圧にも耐えて高周波で長持ちするコンデンサができることになります」
中島大佐が目を見開く。
「いい話じゃないか。逓信省電気試験所の誰が研究しているのか、もっと詳しいことはわからないか? それとも我々は待っているだけで、結果が出てくるのだろうか?」
「人名まではわかりません。そちらで調べてみてください。待っているだけでは、研究結果が出てくるまでには、何年もかかるでしょう。今欲しいならば、お金や人を追加して研究時間をもっと短くするための方策が必要です。いくつかある物質の中で、チタン酸バリウムが最も有望なので、それを優先して重点的に研究してほしいと言って、研究の方向を決めます。さらに物質の合成を成功させるためには、海軍から、研究費や研究員を援助する必要があると思います」
伊藤中佐がにんまりとしている。
「私の技術研究所も、結構優秀な頭脳が所属しているので、そのような話ならばかなり強力に支援できると思う。あるいは研究そのものを引き継いで実行することも可能だろう。それにセラミックスコンデンサの件は大変魅力的だねぇ。通信機でも電探でも、性能の良い長持ちするコンデンサはとても大きな需要があるはずだ」
佃少佐が続ける。
「音波探知ができる高性能の物質があれば、我々が探信儀として使える形にします。電探で既に利用されている表示管に探知した対象を線や点で見せるというやり方は、探信儀としても大いに使える方法だと考えて、そちらの改善は既に試作中なんです」
何と我々がまだ話している途中なのに、中島大佐は大急ぎで飛び出していった。ドアを閉めながら我々に行き先を告げている。
「今から、逓信省電気試験所に行って話を聞いてくる。確か五反田だったはずだ。目的とする研究者がわかったら君たちにも通知するよ。もちろんその人物と相談する時には君たちにも参加してもらう。良い話を聞いた。感謝する」
……
数日後、私自身も五反田の逓信省電気試験所に呼び出された。
今回は中島大佐が打ち合わせを進める。
「まず紹介しよう。こちらは、逓信省電気試験所の研究者の小川さんと和久さんだ。強誘電体という分野の物質の研究を行っている。チタン酸バリウムという物質も、彼らの研究対象になっているいくつかの物質中の一つとして含まれているということだ」
挨拶もそこそこに小川技師が話を始める。
「よろしくお願いします。さっそくですが、まずは質問させていただきます。チタン酸バリウムが圧電素子として最も有望だというのはどこからの情報ですか? 私のところでは、確かに有望株の一つであると考えていますが、それが最も適した物質とは断定できてはいません。確かに何が最も可能性があるのか確証が持てれば、あれこれ実験するという回り道がなくなって結果が出るまでの期間は大幅に短縮できます。しかし、まずは本当に将来性があるのかを確認したいのです。見込みのない物資を対象として研究すれば、かえってそれが大きな回り道になりますからね」
みんなが私の方を見ている。
「既にアメリカでは、チタン酸バリウムが有望だと気が付いて研究が行われていると思います。情報の出所は聞かないでください。音波探知が可能な圧電素子の合成にはチタン酸バリウムが最も近い答えだと、アメリカも考えていると思ってください。たぶんチタン酸系のセラミックス化合物に着目すれば、他にも圧電素子として使える化合物はあると思います。例えばチタン酸とジルコンの化合物などです。しかし、今は生成の容易性も考慮してチタン酸バリウムに絞りこんだ方が良いと思います。セラミックスなので高温の電気炉で焼いて合成するのですよね。あるいは、チタンやバリウムを化合物として酸に溶かして化学的に合成することも可能かもしれません。合成のための手順は、私は専門外なので助言はできません」
小川技師が答えた。
「わかりました。実は音波を探知するためにチタン酸系のセラミックスが利用可能だろうという話は、私たちも最近気が付いたのです。しかも、チタン酸系セラミックスの合成方法としては焼成と化学的合成の二つの方法があり得るというのも事実です。加えて、似た構造のチタン酸系の化合物は他にもあって、おそらく圧力を電気に変換する特性を持っていると我々も思っています。海軍の研究所には優秀な技術者が入っているということも勘案すると、どうやらあなたは正しいことをおっしゃっているようだ。あなた達の話を信じることとしましょう」
和久技師が続ける。
「先の話のようにチタン酸バリウムの結晶の合成法としては、電気炉による焼成法と化学合成法があります。今の段階では、どの方法が良いかは判断できていません。複数の合成方法で実験してみて、どの可能性が高いかを判定する必要があります。少量でしたら、私達の研究室の設備で実験可能ですが、海軍さんがたくさん必要だというならば、もちろん大きな設備が必要となります。材料もたくさん必要ですが、純度の高い酸化チタンと炭酸バリウムが入手できると助かります。確かチタンの原産地はオーストラリアで、我が国も輸入しているはずです。あとはいくつかの測定器が必要となります。合成された物質の純度や物理的な性質を計測する必要がありますからね」
中島大佐と伊藤中佐がうなずきあっている。伊藤中佐が状況を説明した。
「海軍の技術研究所内に、電気炉などの設備は既にありますが、必要な設備は購入して設置するように手配しますよ。化学合成についても、それを実施するためにどの様な機器が必要なのか明らかにしていただければ直ちに準備します。測定器はある程度は技研にもありますが、特別の機器が必要なら情報をください。それも手配に含めます。また、材料についても海軍として可能な物資は手配します。まずは、電気試験所の研究室に置けるものは運びますが、技研の研究室でも実験が可能となるように準備しますよ」
……
逓信省電気試験所での研究の加速については一段落したところで、伊藤中佐の海軍技術研究所に戻ってきた。今度は私から別件を説明しなければならない。
「実は、潜水艦を探知するための方法としてもう一つ別の電子的なやり方があります。しかもこの方法は、航空機から潜航中の潜水艦を探知するための重要な方法なのです。航空機に搭載する探知機なので、ある意味では空技廠の仕事なのですが、電子機器の専門家である皆さんの協力がなければ実現できません」
先般の会話が終わってから、潜水艦の探知方法について、ミリタリーマニアとしての記憶がもう一つ出てきた。未来になってMADとして実現する潜水艦の磁気探知方法を思い出したのだ。しかも、磁気による潜水艦探知のための装置は戦争末期に、我が国で初めて実用化されたはずだ。終戦近くになって「東海」という対潜哨戒機がKMXという磁気探知機を装備して、潜水艦狩りを行ったのだ。今の時期は、未来のミリタリーマニアの私が知っている史実より4年くらい早いが、技術的な基礎レベルは今もそれほど変わらないはずだ。つまり、今現在の日本の技術力でも、開発の方向性さえしっかりと定めれば、磁気探知装置は開発できるはずだ。
私はメモ帳に書いた説明図を示して、この磁気を利用した探知装置の開発の重要性を説明した。
「……以上説明したように、潜水艦を探知するために磁気探知機は有効です。しかも潜航した潜水艦を低空飛行する航空機から探知することができるのです。この高性能の探知機は技研でなければ実現できないと思われます。一度、感度の高い磁気探知機が実現できてしまえば、空技廠で航空機に搭載できる装置としてまとめることは可能でしょう。しかし、非常に微弱な磁気を地球の磁気や、航空機自身が発生する磁気を打ち消して増幅しなければなりません。潜水艦を探知できる装置の開発は技研で開発してもらう必要があります」
伊藤中佐が中島大佐たちに対して、私の説明を補足してくれる。
「海水中を移動する鉄製の艦船には必ず磁力が発生しています。水上の艦艇に磁気機雷を避けるために消磁を行うケーブルが張ってあるのはご存じだと思います。同じ原理で潜水艦にも磁力が発生するので、非常に小さな磁気の変化を検出できれば、近傍に磁気を発する潜水艦が潜んでいるはずです。つまり原理的には彼の言っていることは全く正しい。但し、本当に海中の潜水艦を探知できる性能の磁気探知機が、限られた期間で実現できるか否かはやってみないとわかりません。しかし、幸いにも磁気関係の技術をずっと研究している池谷大佐という技術者が技研にはいます。まずは彼に基礎的な研究を依頼したいと思います」
やはり、技研は人材が豊富だ。いろいろな分野の研究者がいる。私からも空技廠の和田少将に説明しておこう。
「ありがとうございます。おそらく、これは技研と空技廠の共同開発となるでしょうから、私からも空技廠長に話をしておきます」
こんな会話をしてから、しばらくは、技研側でのいろいろな準備を進めるとともに、逓信省の小川さんと和久さんの研究の成果を待つことになった。また、私としてはそれとは別に、和田廠長に航空機搭載の潜水艦探知装置開発の説明を行って、さっそく了承をとった。磁気探知装置の開発については、まずは池谷大佐たちによる基本検討の結果を待つことになった。
……
私はもう一つやらねばならないと、思いついていたことがあって、艦政本部の佃少佐を再び訪問した。時間が惜しいので要件をすぐに説明する。話が早く進むように今回もあらかじめ説明のための絵を描いてきた。
「潜水艦を探知する件は、先般の研究結果を待てばいいと思っていますが、見つけた後の攻撃法の改善が必要です。今は潜られたら、爆雷しか手段がありませんよね。それで、こんなやり方ができないか考えてきました。一言でいえば、これは前方投射型の爆雷です」
さっそく書いてきた絵を見せる。私のミリタリーの知識から英国で開発されたヘッジホッグをできるだけ詳しく書いた説明図だ。
「ほう、一度にこんなにたくさんの弾頭を打ち出すのですか? もう少し詳しく教えてください」
「潜水艦を探知したら、駆逐艦や海防艦が探知位置に向かいますよね。この兵器は、数百メートル程度に近づいたら探知した海面に向けて弾頭を一気に発射します。弾数は20から40発くらいで、一カ所に固まらないように広がって着弾するようにそれぞれの発射の向きを調整しておきます。例えば仕切りをしてある箱などに40発程度を格納しておいて、潜水艦に近づいたら、探知した位置に箱全体を向けて一斉に発射すると、40発がある程度広い範囲にばらまかれます。弾体の推進法は迫撃砲とほとんど同じです。安定翼を備えた弾体の尾部に発射薬を仕込んでおいて、それに点火して発射させればいいでしょう。弾体は着発信管なので命中すれば爆発しますが、空振りならば何も起こりません。これは闇雲に海中で爆発させると音波探信儀の探知の邪魔になるからです。また、一発が爆発すると水中の大きな衝撃波で信管が作動するようにしておけば、その近傍の弾頭が水中の衝撃波で爆発することで潜水艦を破壊します。加えてこの弾頭をポッドに10発くらい収めて艦載機から噴進弾として発射できるようにすれば、航空機からも潜水艦の攻撃が可能になります。もちろん着発信管なので、浮上中の潜水艦に対して小型の爆弾としても使えます」
佃少佐はこれなら実現できると感じたようだ。
「興味深いですね。それほど難しい仕掛けのようには思いませんが、これを試作して新しい探信儀ができるまでに、実験してくれというわけですね」
「私の空技廠でも兵器部があって、噴進弾程度ならば開発できるのですが、これは基本的に艦載の兵器なのでやはり艦政本部で開発してもらいたいのです。潜水艦を探知したら、想定海面に向けて発射できるので、爆雷よりもはるかに使いやすいと思います。ちなみにこのアイデアがどこから出てきたかは聞かないでください。我が軍が何もしなければ、やがて英国や米国の艦艇が似た武器を使い始めて、我が国の潜水艦が次々に沈められるでしょう」
「わかりました、この件は艦政本部第二部で預かります。開発のためには、軍令部と第二部長の安場に説明が必要ですが、私とあなたと中島大佐が検討してこの案を考えたということにしたいのですがよいですか? アイデアを出したのが佐官級の艦政本部員を含む検討班であると説明した方が艦政本部は動いてくれるのです」
「もちろん、私は部外者で、あなたと中島大佐が考案したと言ってもらってもよいですよ」
……
音波探信儀の会話をしてから、4カ月ほどたった昭和16年1月に私のところに連絡があった。伊藤中佐と中島大佐が訪問してきたのだ。
中島大佐が音波探知関係の状況を教えてくれる。
「君のおかげで、新しい音波探知のための素子のめどが立ってきた。まだ試作段階だが、九三式探信儀の聴音性能に比べて10倍以上は性能が向上するだろう。音波を受信するマイクロフォンからの信号ノイズの濾過器とそこから出た信号を増幅するアンプの性能が向上すればもっと性能はよくなるはずだ。探信儀の表示については、電探の表示装置も参考にして複数の表示管を使った方式を試験中だ。もちろん増幅した音波を人間が直接聴いて、音の特徴でも判定できるようにする。一番簡単なのは、複数の方向を変えた音波探知のマイクの数だけ表示管を使って、どの方向から音を受信しているか目で見える表示をするのが一番簡単なようだ」
続けて伊藤中佐が説明を続ける。
「セラミックスのコンデンサも試作品ができるようになったよ。高周波特性がいいのでさっそく電探の回路に使ってゆくことを考えている。これからは東芝や日本無線など大手のメーカーに作ってもらうように手配中だよ。高性能のコンデンサが入手できるのでみんな喜んでいるよ。それから僕はしばらくドイツに出張する話が出ているので、いない時は中島大佐とよく話をしてください」
日本で初めてのセラミックコンデンサの完成だな、などと考えていると、中島大佐がもう一つの状況を教えてくれた。
「それから、佃少佐に伝えてくれた、前方投射爆雷の状況だが、まあそれほど複雑な兵器でもないので、試作品も出来上がって試験を始めている。今のところは10センチ弾を1,000メートルから500メートルの範囲で投射して、36発ほどをまとめてケースに収納しておいて発射する方向になっている。発射器は1つの駆逐艦に、数基をつけることになるだろう。まあこれだけは実験しても、実戦で使わないと効果のほどはわからないが、実験艦の艦長からは爆雷よりも使いやすいとのことで評判は悪くないようだ。それと磁気を利用した探知機の件だが、池谷さんが必死で研究をしてくれているよ。技研で5人の技師が池谷さんの配下について開発と実験を始めている。ちなみに君の口利きで和田廠長からも申し出があったので、空技廠からも応援で技師が6人来てくれている。これだけ人数がいれば開発が進むと思うよ」
私からは、音波探知機も磁気探知機も探知した波形を捜査員が自分の目と耳で確認できるようにしてほしいということを伝えた。捜査員の熟練度で検出できるか否かが変わってくるが、あまりに検知を自動化すると誤検知が増加すると考えたのだ。しかも自動化するためには、開発期間が増加してしまう。史実のKMXは探知をかなり人と時間をかけて、潜水艦の判断を自動化したはずだが、むしろ人間が波形を見て判定する方がよいと思う。史実の開戦時期を知る私にとって昭和15年末から昭和16年当初の時間はとても重要だ。
なお、最新の音波探知機と磁気探知機の生産については、技研と空技廠の双方から民間会社に依頼が行われて、東芝や横河電機などのメーカーが製造を分担して参加することとなった。
電波探信儀では、マイクロ波を発生させるマグネトロンが最もキーとなる部品となって開発が加速されたが、音波探信儀は固体の圧電素子がその役割を担った。性能の良い圧電セラミックスが出来上がれば、小型で高性能のソナーも実現可能となる。合成されたチタン酸バリウムを使用した音響探知装置は、海軍技術研究所の音響技術研究部が中心となって、艦艇に搭載できるような装置として完成させた。音響探知装置は、昭和16年5月には、一式一号水中探信儀として制式化され、従来の探信儀から飛躍的に性能が改善された装置として一気に生産が始まった。
また、航空機搭載の磁気探知機はKMXと開発名が付与され精力的に開発が続けられた結果、昭和16年10月には、一式二号潜水艦磁気探知機として制式化された。爆撃機としては、いささか旧式になりつつあった九六式陸攻が潜水艦探知のための哨戒機として改修されることになった。潜水艦哨戒型九六式陸攻は、磁気探知機を搭載してさらに潜水艦攻撃のために仮称一式十糎対潜弾を両翼下面に搭載できるように改修された。後に、空六号電探も追加装備されることになって、日本海軍の哨戒機の基本的な形態が定まった。より長距離の哨戒が可能な97式飛行艇にも同様の装備が搭載されて、対潜部隊が編成された。
駆逐艦にも一式一号水中探信儀と艦載型の一式十糎対潜弾の搭載も順次進められたが、ドックがなかなか空かないため既存の駆逐艦への装備はドックの空と艦の寄港時期によってバラバラに進むことになった。最も充実した対潜装備は、最新型の電探と合わせて当時建造中だった秋月級に搭載されることとなった。最新型の電探と音波探信儀を装備して、長10センチ高射砲と前方投射爆雷を備えた秋月級駆逐艦が、我が国最強の護衛艦に位置づけられるのは故なしとしない。
「今回もいい知恵があったら、貸してほしい。こちらは、我が研究所と横須賀工廠で兼務している中島大佐だ。あちらは、艦政本部の佃少佐だ。二人とも対潜水艦戦に関連した仕事をしている」
初めて会う大佐もいるので、いつもに比べて、少しかしこまって挨拶した。
「よろしくお願いします。私は飛行機のエンジンが本業ですので、潜水艦の専門家ではありません。何ができるかわかりませんが、ご協力はしますよ」
中島大佐が少し大きな声で話始める。
「ご存じかどうかわからないが、我が国の水上艦が潜水艦と戦うための技術は、英国やドイツ、米国に対しても著しく遅れている。まずは潜水艦を探知する技術、それから何とか敵潜水艦を見つけたとしてもそれを攻撃する技術、どちらをとっても昔からの音波探知と爆雷攻撃のみで全然進歩がない。残念ながら我が軍の軍人の多くは、例えば駆逐艦にとって重要なのは、敵大型艦への攻撃であって、潜水艦の探知と攻撃は余技と考える傾向が強い。しかし、大西洋でのUボートの戦いを考えれば、潜水艦を駆逐できなければ、我が国の太平洋の輸送ルートは直ぐに断ち切られてしまうだろう。海外からの艦船輸送が不可能になれば、国内資源の少ない我が国はあっという間に干上がってしまうに違いない。我々は、この問題を一刻も早く解決したいと考えているのだ」
伊藤中佐が続ける。
「実は、今年になって、私のところの技研の電気研究部から音響技術研究部が分離して独立したばかりなんだ。今、説明したような理由もぁって、その部門でしっかりした結果を出さないといけなくなっているんだ」
中島大佐が続ける。
「まずは潜水艦の探知なんだが、昔ながらの九三式水中探信儀の性能ではこれからの戦いでは、全く不足だろう。今の探信儀の性能では、演習で我が軍の旧式潜水艦を相手にしても探知できないことが多い。ドイツからの情報によると海外の潜水艦では雑音を抑えるための技術はどんどん改善されて、最近の潜水艦はかなり静かになっているとのことだ。これを考えると、旧式潜水艦さえも探知できないような今の探信儀は使い物にならない。直ぐにでも高性能化しないと戦いが始まってからでは手遅れだ。それで相談に来たのだが、音波探知機の性能向上について、何かいい知恵はないだろうか」
私は未来のミリタリーオタクの知識から音波探知について考えてみる。電気工学の学生であった自分の知識も総動員する。ドイツが潜水艦で使っていたロッシェル塩のことを思い出す。
「既にドイツから情報が入っているかもしれませんが、音波探知をするための素子として、ロッシェル塩、別名は、酒石酸の化合物ともいわれますが、それを使うことができれば、性能が向上するはずです。ドイツでも潜水艦に使われているようですよ。但し、ロッシェル塩は水分に弱いという大きな弱点があるため、船では長く使えませんね」
「ロッシェル塩の結晶については、ドイツからの情報があって我々も新型の音響探知機に使えるのではないかと実験中だ。しかし、まさに言われたように水で溶けてしまうというのが船で使うことに対して、大きな弱点になっている。しかも我々は工業的に多量に合成することも、成功していない。もっと性能が向上する別の音波探知素子はないだろうか」
電子工学の講義や教科書を思い出してみる。将来は、圧電セラミックスが多くの分野で音波素子として使用されることになるはずだが、この時期ではまだ後年の出来事だ。将来は電子式のライターの着火のためにそこら中で使われるのに、この時代ではまだ存在していないだろう。いや、かすかな記憶を頼りに思い出してみる。日本で戦時中に既に合成を成功させて、戦後になって、魚群探知機に広く使用された海中の音波探知に使える物質があったはずだ。そこまで考えて物質名が思い浮かんだ。
「圧電セラミックスという物質がありますが、機械的な圧力が加わると、圧力を電気に変換する特性があります。つまり音圧を効率的に電気に変換できる物質です。その中でもチタン酸バリウムという物質はおそらく合成が可能で、性能の良い音波探知機に使える可能性があります。確か、逓信省の電気試験所でこの分野の物質について研究しているはずです。加えて、圧電セラミックスは誘電率が非常に高いという特性もありますので、合成できればセラミックスコンデンサとして、いろいろな装置で使用できます。このコンデンサは電解液がない固体のみで構成されていますので、高圧にも耐えて高周波で長持ちするコンデンサができることになります」
中島大佐が目を見開く。
「いい話じゃないか。逓信省電気試験所の誰が研究しているのか、もっと詳しいことはわからないか? それとも我々は待っているだけで、結果が出てくるのだろうか?」
「人名まではわかりません。そちらで調べてみてください。待っているだけでは、研究結果が出てくるまでには、何年もかかるでしょう。今欲しいならば、お金や人を追加して研究時間をもっと短くするための方策が必要です。いくつかある物質の中で、チタン酸バリウムが最も有望なので、それを優先して重点的に研究してほしいと言って、研究の方向を決めます。さらに物質の合成を成功させるためには、海軍から、研究費や研究員を援助する必要があると思います」
伊藤中佐がにんまりとしている。
「私の技術研究所も、結構優秀な頭脳が所属しているので、そのような話ならばかなり強力に支援できると思う。あるいは研究そのものを引き継いで実行することも可能だろう。それにセラミックスコンデンサの件は大変魅力的だねぇ。通信機でも電探でも、性能の良い長持ちするコンデンサはとても大きな需要があるはずだ」
佃少佐が続ける。
「音波探知ができる高性能の物質があれば、我々が探信儀として使える形にします。電探で既に利用されている表示管に探知した対象を線や点で見せるというやり方は、探信儀としても大いに使える方法だと考えて、そちらの改善は既に試作中なんです」
何と我々がまだ話している途中なのに、中島大佐は大急ぎで飛び出していった。ドアを閉めながら我々に行き先を告げている。
「今から、逓信省電気試験所に行って話を聞いてくる。確か五反田だったはずだ。目的とする研究者がわかったら君たちにも通知するよ。もちろんその人物と相談する時には君たちにも参加してもらう。良い話を聞いた。感謝する」
……
数日後、私自身も五反田の逓信省電気試験所に呼び出された。
今回は中島大佐が打ち合わせを進める。
「まず紹介しよう。こちらは、逓信省電気試験所の研究者の小川さんと和久さんだ。強誘電体という分野の物質の研究を行っている。チタン酸バリウムという物質も、彼らの研究対象になっているいくつかの物質中の一つとして含まれているということだ」
挨拶もそこそこに小川技師が話を始める。
「よろしくお願いします。さっそくですが、まずは質問させていただきます。チタン酸バリウムが圧電素子として最も有望だというのはどこからの情報ですか? 私のところでは、確かに有望株の一つであると考えていますが、それが最も適した物質とは断定できてはいません。確かに何が最も可能性があるのか確証が持てれば、あれこれ実験するという回り道がなくなって結果が出るまでの期間は大幅に短縮できます。しかし、まずは本当に将来性があるのかを確認したいのです。見込みのない物資を対象として研究すれば、かえってそれが大きな回り道になりますからね」
みんなが私の方を見ている。
「既にアメリカでは、チタン酸バリウムが有望だと気が付いて研究が行われていると思います。情報の出所は聞かないでください。音波探知が可能な圧電素子の合成にはチタン酸バリウムが最も近い答えだと、アメリカも考えていると思ってください。たぶんチタン酸系のセラミックス化合物に着目すれば、他にも圧電素子として使える化合物はあると思います。例えばチタン酸とジルコンの化合物などです。しかし、今は生成の容易性も考慮してチタン酸バリウムに絞りこんだ方が良いと思います。セラミックスなので高温の電気炉で焼いて合成するのですよね。あるいは、チタンやバリウムを化合物として酸に溶かして化学的に合成することも可能かもしれません。合成のための手順は、私は専門外なので助言はできません」
小川技師が答えた。
「わかりました。実は音波を探知するためにチタン酸系のセラミックスが利用可能だろうという話は、私たちも最近気が付いたのです。しかも、チタン酸系セラミックスの合成方法としては焼成と化学的合成の二つの方法があり得るというのも事実です。加えて、似た構造のチタン酸系の化合物は他にもあって、おそらく圧力を電気に変換する特性を持っていると我々も思っています。海軍の研究所には優秀な技術者が入っているということも勘案すると、どうやらあなたは正しいことをおっしゃっているようだ。あなた達の話を信じることとしましょう」
和久技師が続ける。
「先の話のようにチタン酸バリウムの結晶の合成法としては、電気炉による焼成法と化学合成法があります。今の段階では、どの方法が良いかは判断できていません。複数の合成方法で実験してみて、どの可能性が高いかを判定する必要があります。少量でしたら、私達の研究室の設備で実験可能ですが、海軍さんがたくさん必要だというならば、もちろん大きな設備が必要となります。材料もたくさん必要ですが、純度の高い酸化チタンと炭酸バリウムが入手できると助かります。確かチタンの原産地はオーストラリアで、我が国も輸入しているはずです。あとはいくつかの測定器が必要となります。合成された物質の純度や物理的な性質を計測する必要がありますからね」
中島大佐と伊藤中佐がうなずきあっている。伊藤中佐が状況を説明した。
「海軍の技術研究所内に、電気炉などの設備は既にありますが、必要な設備は購入して設置するように手配しますよ。化学合成についても、それを実施するためにどの様な機器が必要なのか明らかにしていただければ直ちに準備します。測定器はある程度は技研にもありますが、特別の機器が必要なら情報をください。それも手配に含めます。また、材料についても海軍として可能な物資は手配します。まずは、電気試験所の研究室に置けるものは運びますが、技研の研究室でも実験が可能となるように準備しますよ」
……
逓信省電気試験所での研究の加速については一段落したところで、伊藤中佐の海軍技術研究所に戻ってきた。今度は私から別件を説明しなければならない。
「実は、潜水艦を探知するための方法としてもう一つ別の電子的なやり方があります。しかもこの方法は、航空機から潜航中の潜水艦を探知するための重要な方法なのです。航空機に搭載する探知機なので、ある意味では空技廠の仕事なのですが、電子機器の専門家である皆さんの協力がなければ実現できません」
先般の会話が終わってから、潜水艦の探知方法について、ミリタリーマニアとしての記憶がもう一つ出てきた。未来になってMADとして実現する潜水艦の磁気探知方法を思い出したのだ。しかも、磁気による潜水艦探知のための装置は戦争末期に、我が国で初めて実用化されたはずだ。終戦近くになって「東海」という対潜哨戒機がKMXという磁気探知機を装備して、潜水艦狩りを行ったのだ。今の時期は、未来のミリタリーマニアの私が知っている史実より4年くらい早いが、技術的な基礎レベルは今もそれほど変わらないはずだ。つまり、今現在の日本の技術力でも、開発の方向性さえしっかりと定めれば、磁気探知装置は開発できるはずだ。
私はメモ帳に書いた説明図を示して、この磁気を利用した探知装置の開発の重要性を説明した。
「……以上説明したように、潜水艦を探知するために磁気探知機は有効です。しかも潜航した潜水艦を低空飛行する航空機から探知することができるのです。この高性能の探知機は技研でなければ実現できないと思われます。一度、感度の高い磁気探知機が実現できてしまえば、空技廠で航空機に搭載できる装置としてまとめることは可能でしょう。しかし、非常に微弱な磁気を地球の磁気や、航空機自身が発生する磁気を打ち消して増幅しなければなりません。潜水艦を探知できる装置の開発は技研で開発してもらう必要があります」
伊藤中佐が中島大佐たちに対して、私の説明を補足してくれる。
「海水中を移動する鉄製の艦船には必ず磁力が発生しています。水上の艦艇に磁気機雷を避けるために消磁を行うケーブルが張ってあるのはご存じだと思います。同じ原理で潜水艦にも磁力が発生するので、非常に小さな磁気の変化を検出できれば、近傍に磁気を発する潜水艦が潜んでいるはずです。つまり原理的には彼の言っていることは全く正しい。但し、本当に海中の潜水艦を探知できる性能の磁気探知機が、限られた期間で実現できるか否かはやってみないとわかりません。しかし、幸いにも磁気関係の技術をずっと研究している池谷大佐という技術者が技研にはいます。まずは彼に基礎的な研究を依頼したいと思います」
やはり、技研は人材が豊富だ。いろいろな分野の研究者がいる。私からも空技廠の和田少将に説明しておこう。
「ありがとうございます。おそらく、これは技研と空技廠の共同開発となるでしょうから、私からも空技廠長に話をしておきます」
こんな会話をしてから、しばらくは、技研側でのいろいろな準備を進めるとともに、逓信省の小川さんと和久さんの研究の成果を待つことになった。また、私としてはそれとは別に、和田廠長に航空機搭載の潜水艦探知装置開発の説明を行って、さっそく了承をとった。磁気探知装置の開発については、まずは池谷大佐たちによる基本検討の結果を待つことになった。
……
私はもう一つやらねばならないと、思いついていたことがあって、艦政本部の佃少佐を再び訪問した。時間が惜しいので要件をすぐに説明する。話が早く進むように今回もあらかじめ説明のための絵を描いてきた。
「潜水艦を探知する件は、先般の研究結果を待てばいいと思っていますが、見つけた後の攻撃法の改善が必要です。今は潜られたら、爆雷しか手段がありませんよね。それで、こんなやり方ができないか考えてきました。一言でいえば、これは前方投射型の爆雷です」
さっそく書いてきた絵を見せる。私のミリタリーの知識から英国で開発されたヘッジホッグをできるだけ詳しく書いた説明図だ。
「ほう、一度にこんなにたくさんの弾頭を打ち出すのですか? もう少し詳しく教えてください」
「潜水艦を探知したら、駆逐艦や海防艦が探知位置に向かいますよね。この兵器は、数百メートル程度に近づいたら探知した海面に向けて弾頭を一気に発射します。弾数は20から40発くらいで、一カ所に固まらないように広がって着弾するようにそれぞれの発射の向きを調整しておきます。例えば仕切りをしてある箱などに40発程度を格納しておいて、潜水艦に近づいたら、探知した位置に箱全体を向けて一斉に発射すると、40発がある程度広い範囲にばらまかれます。弾体の推進法は迫撃砲とほとんど同じです。安定翼を備えた弾体の尾部に発射薬を仕込んでおいて、それに点火して発射させればいいでしょう。弾体は着発信管なので命中すれば爆発しますが、空振りならば何も起こりません。これは闇雲に海中で爆発させると音波探信儀の探知の邪魔になるからです。また、一発が爆発すると水中の大きな衝撃波で信管が作動するようにしておけば、その近傍の弾頭が水中の衝撃波で爆発することで潜水艦を破壊します。加えてこの弾頭をポッドに10発くらい収めて艦載機から噴進弾として発射できるようにすれば、航空機からも潜水艦の攻撃が可能になります。もちろん着発信管なので、浮上中の潜水艦に対して小型の爆弾としても使えます」
佃少佐はこれなら実現できると感じたようだ。
「興味深いですね。それほど難しい仕掛けのようには思いませんが、これを試作して新しい探信儀ができるまでに、実験してくれというわけですね」
「私の空技廠でも兵器部があって、噴進弾程度ならば開発できるのですが、これは基本的に艦載の兵器なのでやはり艦政本部で開発してもらいたいのです。潜水艦を探知したら、想定海面に向けて発射できるので、爆雷よりもはるかに使いやすいと思います。ちなみにこのアイデアがどこから出てきたかは聞かないでください。我が軍が何もしなければ、やがて英国や米国の艦艇が似た武器を使い始めて、我が国の潜水艦が次々に沈められるでしょう」
「わかりました、この件は艦政本部第二部で預かります。開発のためには、軍令部と第二部長の安場に説明が必要ですが、私とあなたと中島大佐が検討してこの案を考えたということにしたいのですがよいですか? アイデアを出したのが佐官級の艦政本部員を含む検討班であると説明した方が艦政本部は動いてくれるのです」
「もちろん、私は部外者で、あなたと中島大佐が考案したと言ってもらってもよいですよ」
……
音波探信儀の会話をしてから、4カ月ほどたった昭和16年1月に私のところに連絡があった。伊藤中佐と中島大佐が訪問してきたのだ。
中島大佐が音波探知関係の状況を教えてくれる。
「君のおかげで、新しい音波探知のための素子のめどが立ってきた。まだ試作段階だが、九三式探信儀の聴音性能に比べて10倍以上は性能が向上するだろう。音波を受信するマイクロフォンからの信号ノイズの濾過器とそこから出た信号を増幅するアンプの性能が向上すればもっと性能はよくなるはずだ。探信儀の表示については、電探の表示装置も参考にして複数の表示管を使った方式を試験中だ。もちろん増幅した音波を人間が直接聴いて、音の特徴でも判定できるようにする。一番簡単なのは、複数の方向を変えた音波探知のマイクの数だけ表示管を使って、どの方向から音を受信しているか目で見える表示をするのが一番簡単なようだ」
続けて伊藤中佐が説明を続ける。
「セラミックスのコンデンサも試作品ができるようになったよ。高周波特性がいいのでさっそく電探の回路に使ってゆくことを考えている。これからは東芝や日本無線など大手のメーカーに作ってもらうように手配中だよ。高性能のコンデンサが入手できるのでみんな喜んでいるよ。それから僕はしばらくドイツに出張する話が出ているので、いない時は中島大佐とよく話をしてください」
日本で初めてのセラミックコンデンサの完成だな、などと考えていると、中島大佐がもう一つの状況を教えてくれた。
「それから、佃少佐に伝えてくれた、前方投射爆雷の状況だが、まあそれほど複雑な兵器でもないので、試作品も出来上がって試験を始めている。今のところは10センチ弾を1,000メートルから500メートルの範囲で投射して、36発ほどをまとめてケースに収納しておいて発射する方向になっている。発射器は1つの駆逐艦に、数基をつけることになるだろう。まあこれだけは実験しても、実戦で使わないと効果のほどはわからないが、実験艦の艦長からは爆雷よりも使いやすいとのことで評判は悪くないようだ。それと磁気を利用した探知機の件だが、池谷さんが必死で研究をしてくれているよ。技研で5人の技師が池谷さんの配下について開発と実験を始めている。ちなみに君の口利きで和田廠長からも申し出があったので、空技廠からも応援で技師が6人来てくれている。これだけ人数がいれば開発が進むと思うよ」
私からは、音波探知機も磁気探知機も探知した波形を捜査員が自分の目と耳で確認できるようにしてほしいということを伝えた。捜査員の熟練度で検出できるか否かが変わってくるが、あまりに検知を自動化すると誤検知が増加すると考えたのだ。しかも自動化するためには、開発期間が増加してしまう。史実のKMXは探知をかなり人と時間をかけて、潜水艦の判断を自動化したはずだが、むしろ人間が波形を見て判定する方がよいと思う。史実の開戦時期を知る私にとって昭和15年末から昭和16年当初の時間はとても重要だ。
なお、最新の音波探知機と磁気探知機の生産については、技研と空技廠の双方から民間会社に依頼が行われて、東芝や横河電機などのメーカーが製造を分担して参加することとなった。
電波探信儀では、マイクロ波を発生させるマグネトロンが最もキーとなる部品となって開発が加速されたが、音波探信儀は固体の圧電素子がその役割を担った。性能の良い圧電セラミックスが出来上がれば、小型で高性能のソナーも実現可能となる。合成されたチタン酸バリウムを使用した音響探知装置は、海軍技術研究所の音響技術研究部が中心となって、艦艇に搭載できるような装置として完成させた。音響探知装置は、昭和16年5月には、一式一号水中探信儀として制式化され、従来の探信儀から飛躍的に性能が改善された装置として一気に生産が始まった。
また、航空機搭載の磁気探知機はKMXと開発名が付与され精力的に開発が続けられた結果、昭和16年10月には、一式二号潜水艦磁気探知機として制式化された。爆撃機としては、いささか旧式になりつつあった九六式陸攻が潜水艦探知のための哨戒機として改修されることになった。潜水艦哨戒型九六式陸攻は、磁気探知機を搭載してさらに潜水艦攻撃のために仮称一式十糎対潜弾を両翼下面に搭載できるように改修された。後に、空六号電探も追加装備されることになって、日本海軍の哨戒機の基本的な形態が定まった。より長距離の哨戒が可能な97式飛行艇にも同様の装備が搭載されて、対潜部隊が編成された。
駆逐艦にも一式一号水中探信儀と艦載型の一式十糎対潜弾の搭載も順次進められたが、ドックがなかなか空かないため既存の駆逐艦への装備はドックの空と艦の寄港時期によってバラバラに進むことになった。最も充実した対潜装備は、最新型の電探と合わせて当時建造中だった秋月級に搭載されることとなった。最新型の電探と音波探信儀を装備して、長10センチ高射砲と前方投射爆雷を備えた秋月級駆逐艦が、我が国最強の護衛艦に位置づけられるのは故なしとしない。
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