電子の帝国

Flight_kj

文字の大きさ
146 / 173
第21章 欧州の戦い

21.2章 モスクワの戦い2

しおりを挟む
 オリョールの東側に張り出したツィタデレに対する戦いでは、マンシュタインの作戦が功を奏して、西へと侵入してきたソ連軍の退路を断つことに成功した。ツィタデレの内部で孤立していたのは、張り出し部の南側を攻めたブリャンスク方面軍と北東側から攻撃した西部方面軍だった。しかし、前線の東側にはソ連軍の予備兵力がまだ残っていた。しばらくして、突入した部隊の後方を遮断しているドイツ軍に対して、東に残置された部隊による攻撃が始まった。

 ドイツ中央軍集団にとっては、東方からの攻勢で突破口を開いて孤立部隊と手を結ぼうとするソ連軍との戦いは最優先だ。退路を遮断された部隊は、燃料や弾薬の補給も途絶えて徐々に弱体化している。一部では、降伏してくる部隊も出始めていた。

 それが、東から攻撃してくるソ連軍と手を結んで補給を受ければ息を吹き返すことになる。救援のソ連軍とドイツ軍との激しい戦いが始まった。しかし、それも長続きしなかった。

 モスクワの中枢部に大きな被害が発生すれば、前線でも影響が出てくる。突破口をこじ開けようとしているソ連軍と直接対峙しているマンシュタインも、救援部隊の攻勢が弱まっていることにすぐに気づいた。
「急速に東側のソ連軍の勢いが失われてきたが、原因はやはりモスクワ中枢への攻撃にあるということなのか」

「後方からの燃料や砲弾などの物資の補給が順調でないようです。前線の部隊への物資の振り分けと輸送がうまくいっていません。現状の戦況では、ヴォロネジ東南のソ連南西方面軍を一刻も早く北上させて、我々に包囲された部隊の救出作戦に参加させるべきです。しかし、南の部隊の移動は全然始まっていません。モスクワの総司令部から各方面軍への適切な命令が出ていないと考えられます。鉄道など輸送機関の動員も不十分なのでしょう」

「空軍の四発爆撃機によるソ連の輸送網や軍事物資の集積地への攻撃を要求しよう。Ju87やJu88などの部隊には、今までどおり前線の戦術目標を攻撃してもらう。He177などの大型機は、後方の橋や鉄道、資材や燃料の集積場などへの攻撃だ。私の名前で第6航空艦隊司令部に要求を出すぞ」

 モスクワやウラルから前線に通ずる鉄道や橋、物資集積所へのHe177Cによる攻撃が始まった。しかも最前線の部隊に対する物資やトラックに対しては、Ju88やHe111を動員しての爆撃が続いた。

 1943年の中旬になって、ドイツ地上軍は前線部隊から上がってきた偵察報告や敵軍の状況を軍集団司令部に設置した電子計算機に集約できるようになっていた。

 マンシュタインは、第6航空艦隊のグライム大将と交渉して、航空艦隊保有の計算機と陸軍の計算機を接続した。結果的に地上軍の攻撃要請や新たに発見した目標の情報は、極めて短時間で空軍司令部に通知されるようになった。

 航空攻撃の効果はすぐに表れた。オリョールのツィタデレ西方に取り残されたソ連軍部隊を救出しようと攻撃していた東からのソ連軍の勢いはどんどん失われていった。今まで東からの攻撃に対しては、消耗を抑えるために守勢を維持してきたが、マンシュタインは東方への反撃を命じた。

「敵からの砲撃が以前の3割以下に減っている。明らかに砲弾を節約するためだ。戦車や車両の動きが小さくなっているようだ。燃料もかなり不足しているのだろう。この機会を生かして、東からのソ連軍を撃退するぞ」

 マンシュタインの期待通り、ブリャンスク方面軍と西部方面軍の予備兵力を中心とした、包囲網の突破部隊は、ドイツ軍第4軍と第2軍、第3装甲軍空の反撃にあって東へと被害を出しながら退却していった。

 これで、オリョール南西と北西に侵入したブリャンスク方面軍と西部方面軍の主力部隊を救出する可能性は完全になくなった。既に弾薬や燃料だけでなく食料も欠乏していたソ連軍は、包囲しているドイツ地上軍や空軍からの攻撃を受けて短時間で消耗していった。1週間後には、包囲されて行き場をなくしたほとんどのソ連軍部隊は降伏した。

 ……

 ドイツ北方軍集団の司令官であるキューヒラー元帥は、6月13日になって中央軍集団のオリョール方面での戦闘状況の報告を受けて、攻撃開始を決断した。
「マンシュタインはソ連軍を引き込んでうまく戦っているようだ。我々にとって戦機は熟した。デミヤンスク方面からモスクワに向けて前進を開始せよ。その結果、レニングラードの包囲が弱くなるのはやむを得ない。モスクワへの攻勢が成功すれば、放置していてもレニングラードは枯れ枝のように落ちるだろう」

 北方軍集団の前進を阻もうと立ちはだかったソ連軍は、北西方面軍とカリーニング方面軍だった。本来、3個軍を擁するドイツ軍に比べて2つの方面軍は戦力で大きく優るはずだが、さみだれ的に反撃するだけで各個撃破されていった。

 このような場合、ソ連軍は戦線を突破されてしまった後は、カリーニンの西側あたりを防衛線と決めてその地域に兵力を集中して、ドイツ軍の進撃を押し戻すべきなのだ。戦力を集中できれば、全体の兵力はソ連軍の方が大きいので、ドイツ軍の前進を制止できるはずだ。ところが、現実はそのような防御作戦は採用されずに、広い範囲に分散したソ連軍がばらばらに反撃してきた。そのおかげで、ドイツ北方軍集団の侵攻は停止していない。

 それどころか、北方のソ連軍はレニングラードの包囲が弱まったのを好機と捉えて、防衛力強化のために、物資を市内に運び込んでいた。レニングラード防衛の強化は、局地的な視点ならば正しい判断かも知れないが、東部戦線全体を考えればモスクワ防衛を優先すべきなのは明らかだ。キューヒラー元帥もソ連軍の行動が合理的でないと考えていた。
「いったい、ソ連軍はどうしたんだ。こんなに統制のとれていない戦い方をするとは、まるで、2年前のバルバロッサ作戦に戻ったようだ。しかもここにきて、レニングラードを守るために兵力や物資を割くとは、全く愚かな判断だ」

 北方軍集団が動き出して、しばらくするとブリャンスク方面軍と西部方面軍を無力化したマンシュタインの中央軍集団もモスクワ方面に向けて前進を開始していた。オリョール南西と北西に侵入したソ連軍を壊滅させたおかげで、マンシュタインの部隊にとっても、背後を気にせずに前進が可能になったのだ。

 オリョールからモスクワまでは、直線距離で約300kmだった。前線からは更に近い。毎日平均で10キロ程度前進を続ければ、単純計算ならば1カ月以内にモスクワに到達できる計算だ。

 さすがに、ドイツ軍の部隊がモスクワに近づくとソ連軍は重層な防衛線を構築していた。もちろんソ連軍が防衛線を構築しているのは、マンシュタインの想定範囲内だ。中央軍集団司令部は偵察機の写真から攻撃法を検討していた。

「トレスコウ大佐、やはり、防衛陣地を構築していたな。どうやらソ連軍は簡単にはモスクワへの道を通してくれないらしい」

「空から見るといくつかの弱点が明らかです。ソ連軍にとっては、時間が足りなかったのでしょう。1941年のモスクワ防衛戦で急造した戦車壕や陣地を今回も使いまわしています。そのために陣地の縦深が足りないところが何カ所も残っています」

 ソ連軍は、モスクワ近くまで後退してきたブリャンスク方面軍と西部方面軍、カリーニング方面軍、更には北西方面軍の残存部隊まで加えて、モスクワの北西から南西にいたる広大な地域に防衛線を構築していた。しかし、ドイツ軍の進撃速度が速かったために、一部は強固な防御陣地にはなっていない。しかも、陣地構築のためのコンクリートや鉄材、有刺鉄線などの資材も防衛線の広さに比べて十分ではなかった。本来モスクワ防衛のために物資を集中すべきだが、ドイツ軍がやってくる直前まで輸送網が攻撃されたこともあり、必要な時期に間に合わなかった。

「なるほど、防御の弱いところに兵力を集中して突破する。空軍にも攻撃重点を連絡して、優先的に攻撃させるのだ」

 マンシュタインの思惑は的中した。防衛線の厚みの足りない地域に、猛烈な爆撃を加えた後にティーゲルⅠを中心とした戦車をぶつけると、防御陣地を短時間で突破できた。一旦、戦線が破れて背後にまわられると、前面からの攻撃だけを重視していたソ連軍はもろかった。破孔がどんどん広がってゆく。

 モスクワの南西方向で、中央軍集団の戦闘が続いている頃、北方軍集団もカリーニンからモスクワ方面に進んでいた。マンシュタインと同様にキューヒラー元帥の部隊もモスクワの前面で防衛線に阻まれたが、爆撃と火力の集中で防御線を突破していた。

 1941年12月の戦いでは、クレムリンの塔が見えるところまでドイツ軍は前進したが、ソ連軍の防衛線とロシア大地の厳冬に阻まれて敗退していた。しかし今回はまだ7月だ。当分の間、冬将軍がやってくることはない。しかも重爆撃機がモスクワ周辺の赤軍陣地を連日爆撃していた。ドイツ地上軍が接近して来ると、モスクワ市内の様々な政府機能や工場、市民が続々とウラル山脈方面へと避難を開始した。

 ドイツ軍の司令官たちは既に勝負は決したと判断していた。ソ連側もモスクワが廃墟になるのは望んでいないだろう。ここはパリでのやり方を見習うべきだ。

 ……

 昭和18年(1943年)6月上旬から、日本と連合国の間の休戦交渉のために各国の要人がハワイに集まっていた。その会議の最中に、外相や国務長官のところにドイツがついにモスクワ爆撃を開始した状況が報告されてきた。特にイーデン外相に対してはチャーチルから直接指示が入ってきた。もちろん、日本にもアメリカにも母国からヨーロッパの情報は入ってくる。

 チャーチルは2つの指示をしていた。まずは、ヨーロッパの状況が予断を許さなくなったから、日本との戦争は一刻も早く休戦させよとの内容だった。ドイツとの戦争に勝つことに全力を投入したいのがイギリスの意思なので、これはイーデン外務大臣も想定していたことだ。

 それに加えて、チャーチルからの指示には、日本を連合国側に引き入れることを命令していた。日本とその条件を合意するためには、譲歩や支援も躊躇しない。日本の貿易などの国益の保護と連合国側から鉱物資源や石油などを無償で支援することを、支援の一例として記載していた。

 イーデン外相は、会議の場での条件闘争などはきっぱりやめて、日本からの要求をかなり受け入れてでもできる限り短時間で交渉をまとめることが、チャーチルの意思だと理解した。

 ハル国務長官にはホワイトハウスから、重大な指示が届いていた。表向きは、休戦交渉を早く終わらせることを命じた内容だったが、その後に記載されていた内容にハル長官も目をみはった。ルーズベルトが辞任の意思を固めたとの記述があったのだ。健康悪化を理由とするが、実質的に日本に対する開戦を主導した責任をとって大統領が辞任するのだと、ほとんどの国民が考えるだろう。

 これも早期にアメリカ国内で休戦を納得させるための手段だ。電文には明確に記述されていないが、現副大統領のウォレスが大統領職を引き継ぐのは間違いない。ハル長官としても、穏健派のウォレスならば本音で話せるので不満はなかった。

 もう1通の電文には、交渉妥結の条件が記載されていた。まずは、日本が主張している要求のうちの開戦前の日本の領土と、貿易などの日本の経済活動については無条件で認める。それに加えて、アメリカからは各種物資や資材を無償で提供する準備があるとの内容だ。すなわち、レンドリースとしてイギリスやソ連に提供してきた様々な物資は貸与の位置づけだったが、日本には無償で提供することになる。

 対外的には、アメリカが戦争に負けたと言いたくないので、決して賠償とは言わず無償援助という表現にしていた。ハル国務長官は、すぐにイギリス代表のイーデンに大統領府の意思を伝えた。イーデン外相もチャーチルから同じような指示を受けていたので両国の意思は一致したことになる。

 ……

 広田大臣もアメリカとイギリスの態度が変わったのをすぐに感じ取った。もちろん日本からの暗号電により、ドイツがモスクワ爆撃を繰り返していることと、東部戦線の地上戦でもソ連が敗退していることは知らされていた。日本の参謀本部も戦争の情報収集に関しては、それなりの仕事をしていた。

 イギリス側と意見を調整すると、ハル長官は一晩で休戦のための条件を文書にまとめてきた。その文書では、1941年の時点での日本の領土を今後も認めることを保証していた。物資の無償提供についてもアメリカ本国から通知された内容をほとんどそのまま記載していた。日本が交渉の当初から強く要求していた連合国との戦いで生じた日本の有形無形の被害に対する賠償についても、大量の支援物資を無償提供することにより相殺するとの考えだ。

 日本への要求として記載したのは、休戦後は日本も連合国に加わって枢軸国と戦うことを強く要求する文章だった。これが受け入れられるならば、支援を一層増加させるとの条件も含まれていた。

 二番目の要求項目は、わざわざアメリカ本国から昨日になって送付してきた共同研究条項だった。日本が連合国の一員として戦うことに合意する場合に要求条件として追加された条項だった。内容としては、第1は枢軸国との戦争を早期に終わらせるためにドイツが登場させた新兵器や想定外の作戦への対策を共同研究するものだ。第2は連合国自身が枢軸側に対して使用する新兵器の共同開発だった。

 本音は、アメリカとしては、日本の計算機とミサイルの誘導技術を手の内にするためにわざわざこの条項を入れていた。一方、日本側の軍事人や外務大臣などは、魚雷や誘導弾などの兵器そのものについては軍事機密との意識はあった。しかし、共同開発と言われると、日本にとっては、米英から得られる技術がそれなりにあるはずだと考えた。

 提示された資料を広田外相は一読した。かなり日本よりの提案だと言っていいだろう。
「領土や経済活動の保障については、我が国も異議はありません。また無償供与される物資や資材の内容と量は今後調整するとして、連合国として戦うというのは我が国の兵力をヨーロッパに派遣してドイツと戦うことを意味するのですか? もしそれがイエスならば様々な軍事物資も提供してもらう必要があるでしょう。本当にヨーロッパで戦うならば、戦闘に必要な全ての資材を日本から輸送するのは現実的ではないですからね。かなりの物資をヨーロッパで直接受け取る必要が出てきます」

 イーデンがすぐに答えた。
「まず、我が国は、日本が連合に参加して戦ってくれることが最優先だと考えています。日本が枢軸国に対して、宣戦布告して戦争を開始するならば、兵器や物資の提供も含めて我々は最大限の譲歩をするでしょう」

 これにはハル国務長官もすぐに同意した。
「イギリスの提案に我が国も賛成します。日本が連合国の1国となれば、我々は日本に対して多額の支援をするでしょう。ソ連がそうであるのと同様に、日本は様々な物資に加えて、武器を受け取ることが可能となります」

 逆にハル国務長官から日本の外相に質問した。
「共同研究についてのご意見はないですか? 貴国として受け入れ可能でしょうか?」

「各国合同で研究開発するとの内容ですから、我が国も成果として得るものがあると考えています。もちろん研究項目ごとに参加するのか、しないのかは判断させてもらいます。それを前提とすれば、拒否する理由はありませんね」

 広田外相は、伊藤中将、秦中将と相談したうえで、アメリカからの提案を議論内容も含めて本国に照会した。

 それほど日を開けずに、日本政府から大本営の会議で了承されたとの回答が折り返しもたらされた。大本営から返事がきたとの報告を受けて、直ちに広田大臣と陸海の中将は、「大和」の会議室に集まった。

 食い入るように電文を読んでいた広田大臣が顔を上げた。
「基本的に連合国の提案内容を受け入れるとの回答ですね。我が国の台所事情も苦しいので、無償供与物資はできる限り多く手に入れるように、今後交渉する余地を残せとあります」

 3人は、戦争遂行により日本国内ではいろいろな物資が不足気味になって、物価が上昇するインフレ的な傾向が進行しつつあることを理解していた。そのような状況下で、日本にとっては、様々な物資の無償提供は干天の慈雨になるはずだ。

 秦中将が少し驚いたように声を上げた。
「連合国側について、欧州でドイツと戦うことも了承するとあるぞ。よく考えてみると、第一次大戦の時と同じように、連合国側の一員であっても、できる限り直接的な戦闘への参加を避けて、名目的な参加というやり方がありますな」

 伊藤次長はそんなにうまくはいかないと考えていた。
「いや、ドイツが勝ち進んでいる現在の世界状況はそんなに甘くないですよ。派兵を受け入れれば、間違いなく、ヨーロッパに多くの兵力を派遣しなければならなくなります。この『大和』も2か月後には、スカパフローに錨を降ろしていても不思議とは思いません」

 広田大臣が何気なく発言した。
「それにしても、本国からの回答は速かったですね。まるで、事前に連合国が何を言ってくるのか知っていたかのようだ」

 伊藤中将が声をやや潜めて答えた。
「たぶん、冗談ではなくその通りだと思いますよ。我が国の陸海の暗号部隊が大型計算機を使って、傍受した電文を解読していたのです。チャーチルやルーズベルトが何を言ってきたのかある程度事前に知って検討していたのですよ」

 秦中将も同じ意見だ。
「登戸研究所の能力も侮らない方がいいですよ。連合国の外交暗号ならばかなり解読できる最新型の『オモイカネ五型』が既に稼働しているはずです。我々に事前に知っていたと教えてこないのは、休戦交渉が進展してその必要性が生じなかったからでしょう」

 ……

 翌日、日本の代表団は、イーデン外相とハル長官に本国の意向を伝えた。両名からは、日本の回答に満足するとの意向が示され、交渉は急速にまとまった。準備されていた休戦協定に関する書類に各国の代表がサインした。

 想定以上に仕事が早く終わって、安堵しているとイーデン外相がとんでもない話題を持ち出してきた。

「やはり、スターリンの消息はまだつかめていないようですな。我が国では、ドイツ軍のモスクワ爆撃の犠牲になったと分析しています」

 これにはすぐに、ハル長官が答えた。
「正しい見方だと思いますよ。我々は、まもなくソ連の次の指導者が暫定政府樹立の宣言をするだろうと想定しています。モスクワは激しい攻撃にさらされているようですから、ウラルなどに政府の機能を移す可能性もあると考えています。いずれにしても、新ソ連政府としての宣言を遠からず公表するでしょう」

 広田大臣もあえて発言しないが、首を縦に振って同意している。こんなことはわざわざ話題に出さなくても、3カ国の代表であれば自国の情報部隊の分析により、おおむね知っていることだ。それよりも、ソ連という国家はこれから一回り以上小さくなるだろう。ドイツの支配域が更に拡大することを考えると、広田大臣は暗鬱とした気分になった。

 ……

 1943年6月末になって、休戦が合意されると、すぐにイギリスとアメリカから具体的な作戦への参加要求が日本に送られてきた。2カ国だけでなく、中にはオーストラリアやニュージーランド、カナダからの要求もある。フランスやオランダの亡命政府からの要求すら含まれていた。

 ハワイから戻ったばかりの広田外相と伊藤中将は横須賀に停泊していた「大淀」を訪問していた。さっそく、連合艦隊の司令部施設として設けられていた会議室で、山本長官に対する打ち合わせが始まった。

 広田大臣が、外務省が作成した資料を手渡して状況を説明した。
「この1カ月で多くの国から、日本に欧州の闘いに参加するように要求が来ています。各国からの要望は、この資料のような内容で、政府としてはこれらの国からの要求を拒絶できないと考えています」

「断れば、日本に提供されるようになった物資が止まるということですな。まるで人質を盾にした理不尽な要求のようにも聞こえますな。ただほど高いものはないという言葉を思い出しましたよ」

「まあ、連合国の側からすれば当然の要求なのですよ。仲間にしてやったのだから一緒になって汗を流せということです。実際のところ、これからソ連はかなり弱体化します。そうなれば、ヒトラーはイギリスに再び目を向けることになるでしょう。日本にとっても、イギリスがフランスの二の舞になってしまったら非常に困るわけです。なお、本日、大本営の会議で欧州への陸海軍の派兵が決まる手はずになっています」

「大本営の会議については、私も聞いています。この戦争を早期に終わらせるための派兵ならば、陛下は奏上を是認されるでしょう。裁可されるという前提ですが、我が艦隊の任務というとやはり大西洋での護衛ということになるのでしょうな」

 広田大臣は黙ってうなずいた。宇垣参謀長が小声で補った。
「米英からの要求は、大西洋でのUボート狩りに加えて、沖合に出てくる攻撃機からの防衛も含まれます。最近のドイツ爆撃機は誘導弾を搭載した長距離爆撃機が多数の輸送船を沈めています。明らかに輸送船団の上空での護衛戦闘が必要です」

 コーカサスの石油を手に入れたおかげで、ドイツ軍は燃料消費のことをあまり気にしなくなったようだ。そのおかげで、四発爆撃機が盛んに洋上に飛来して攻撃するようになっていた。護衛の艦隊は、海中だけでなく、空からの攻撃から船団を守らなければならなくなっていた。

 山本大将の顔色を見ながら、広田大臣が次の要求を話し始めた。
「輸送船団の護衛に加えて、イギリス本土での航空隊の活動を要求されています。アメリカと同様に戦闘機と爆撃機を派遣してドイツ本土を直接攻撃せよということです。まあ、陸軍の航空隊も協力することになるでしょうが、アメリカは中部太平洋の戦いでの深山の活躍を覚えていて、深山(リズ)と銀河(フランシス)を出せと言って来ています」

 長官が、顔を上げて姿勢を正した。聞くべきことはわかったという意味だ。
「すぐにも遣欧艦隊の準備を開始します。現状での目標は、被害を受けていない艦艇を中心として7月早々に出港させたいと考えています。現在の状況を考えると、あれこれと準備に時間をかけるよりも、まずは第1陣を早急に出発させた方がよろしいでしょうな。足りないものがあれば、第2陣や第3陣で送ればよい」

 広田外相の顔が心なしか明るくなった。
「その前提で直ちに準備をお願いします。ドイツとの戦争が続く限り、我々は手を抜けません。私自身もワシントンやロンドンに行ってウォレスやチャーチルと面談することになるでしょう。それともう一つ共同研究の要求も米英からきています。これは技術研究所が実行する案件になりますので、海軍省の方から要請されることになります」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

藤本喜久雄の海軍

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍の至宝とも言われた藤本喜久雄造船官。彼は斬新的かつ革新的な技術を積極的に取り入れ、ダメージコントロールなどに関しては当時の造船官の中で最も優れていた。そんな藤本は早くして脳溢血で亡くなってしまったが、もし”亡くなっていなければ”日本海軍はどうなっていたのだろうか。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

異聞対ソ世界大戦

みにみ
歴史・時代
ソ連がフランス侵攻中のナチスドイツを背後からの奇襲で滅ぼし、そのままフランスまで蹂躪する。日本は米英と組んで対ソ、対共産戦争へと突入していくことになる

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

超量産艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。 そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく… こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!

処理中です...