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第21章 欧州の戦い
21.4章 ドイツ本土防空戦
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第8航空軍のB-29編隊は、護衛戦闘機の活躍のおかげで、今まで直接的な被害を受けることなく飛行を続けていた。
メンフィス・ベルは、今回の爆撃作戦ではコンバットボックスのやや後方に位置して飛行していた。機長のモーガン大尉は緊張した面持ちで、編隊の周囲にくまなく目配りしていた。昨年はB-17により作戦に参加していたが、4カ月前からB-29への転換訓練を受けることになった。乗機は変わったが、モーガン大尉たちはそれがラッキーだと信じていた。B-17よりも性能も防御力も格段に向上したB-29ならば無事に基地に戻れる確率は格段に向上するはずだ。もちろん、乗機の機首には、今までのB-17と同様に「メンフィスのかわいいあの娘」のマーキングを大きく書き入れていた。
欧州派遣軍では、25回出撃を実行すればアメリカ本土に帰ることができるという規定が存在している。メンフィス・ベルの搭乗員は、B-17で過去に9回出撃しているので、残り16回を生き残れば、クルー全員が本国に凱旋できる。しかし、その前に今日の作戦で任務を成功させて生きて帰ることが先決だ。
通信士のハンソン軍曹がインターコムで状況を報告してきた。
「前方上空で、リトルフレンズ(護衛戦闘機)とドイツ戦闘機との空戦が始まりました。戦闘機隊の無線通話が飛び交っています」
モーガン大尉はすぐに反応した。
「全員、よく聞け。ドイツ軍の戦闘機と友軍機との戦闘が始まった。全員敵戦闘機に注意せよ。銃座は敵機を発見したら撃ってかまわん。但し、メッサーシュミットと友軍のマスタングはシルエットが似ているので、絶対に間違えるな」
しばらくして、副操縦士のヴェリニス大尉が叫んだ。
「14時方向に6機、同高度。胴体の長い新型メッサーに見える」
すぐに、モーガン大尉も滑らかな紡錘形の機体が飛行してくるのを発見した。最近になって識別表に追加された新型のメッサーシュミットに違いない。旧式よりも大幅に性能も武装も改善しているはずだ。
大尉が何も言わないうちに、上部旋回機銃が4門の12.7mmを撃ち始めた。続いて機首下面の銃座も射界に捉えて右側から接近してくる目標に向けて射撃を開始した。周りの機体もドイツ戦闘機に向けて盛んに射撃をしている。
B-29の銃座は全て遠隔操作で照準して射撃する。射撃照準器で狙いをつけると計算機が視差や見越角を計算して、目標の未来位置に機銃を向けるという進歩したシステムになっている。しかも照準計算は当初の試作機はアナログ式の計算機だったが実戦配備機では、ディジタル式の進歩した計算機により、照準精度を向上させていた。
旋回銃にしては、かなり正確に狙いをつけられる銃火につかまって、6機編隊のうちの2機が煙を噴き出しながら墜ちてゆく。残った機体のうちの2機がメンフィス・ベルの方向に向けて飛行してきた。
……
JG26のTa152Hがアメリカの戦闘機と戦ってくれたおかげで、JG2のMe309B編隊は邪魔されることなく爆撃機に向かって飛行していた。爆撃隊に接近したビューリゲン大尉の編隊は、B-29の斜め後方から攻撃しようとしていた。しかし、密接な編隊を組んだ新型爆撃機の銃座から想像以上に正確な射撃を受けた。直線的に接近していた2機がたちまち命中弾を受けてしまった。残りの機体はオレンジ色の曳光弾が飛んでくるのを見て、激しく機体を旋回させて射撃を避けている。
回避運動を続けている間に、大尉の機体は僚機のヴルムヘラー軍曹の2機編隊で飛行していた。それでも激しく機体を左右に滑らせて遮断を回避しながら巨大な爆撃機に接近した。
ビューリゲン大尉と列機のMe309Bが狙ったのは、メンフィス・ベルの右翼側を飛行していた機体だった。一瞬、直線飛行に移ると斜め後方から30mmと20mmで射撃した。中央胴体から左翼の付け根あたりに30mmと20mm弾が連続して命中して爆発する。大尉の後方に続いていた僚機のヴルムヘラー軍曹もうまく胴体中央部に射弾を命中させた。軍曹の射撃により内翼部から、白く尾を引いて噴き出していたガソリンに火がついた。
さすがのB-29も2機の連続攻撃により、激しく炎が噴き出して墜落してゆく。機首が下を向いてゆっくりときりもみになると、燃えていた左翼が根元から折れた。ビューリゲン大尉は、他のB-29からの射撃を避けるために機体をロールさせると旋回しながら降下していった。
防御の固いB-29を一撃で撃墜したドイツ軍戦闘機の腕前をモーガン大尉も感心して見ていた。
(30mmだろうか。破壊力が格段に大きいぞ。それに、高度10,000mでの機動にしては、かなり機敏に機動していたように見える。この高度でも十分な出力をエンジンが発揮しているのだ)
B-29の編隊を攻撃したのは最新型のMe309B型だった。エンジンをDB603Aから無段階変速の2段過給機を備えたDB603Lに変更していた。しかも武装もエンジンの軸内機銃を30mmに強化して、逆に翼内機銃は威力の小さな13.2mmを削除して、20mmを2挺に減らしていた。
そのおかげで、高度9,000mでGM-1パワーブースト(亜酸化窒素噴射でノッキングを押さえる)の使用時に715km/hで飛行できた。2段過給器のおかげで、この高度でも空戦が十分可能だった。
「注意しろ。これは、まだ始まりだ。絶対にこれだけで終わりじゃないぞ」
機長の予言の通り、南側から約30機のメッサーシュミットの新たな編隊が現れた。しかもこのうちの約半数は、両翼の下面にR4Mロケット弾を搭載していた。接近するドイツ軍戦闘機に対しては、上空のP-47Nの編隊が急行していた。
……
P-47Nサンダーボルトに搭乗していたガブレスキー中佐は、南方から上昇してきたメッサーシュミットの編隊に向けて全速で飛行していた。空中警戒型のB-29との間で敵機の位置を確認している間に6機のドイツ軍機の接近を許してしまった。B-29は激しく反撃して2機のメッサーシュミットを撃退したようだが、こちらも2機のB-29が撃墜されてしまった。誘導する側もされる側も経験が不足しているのだ。全てが恐るべき速度で進んでゆく空中の戦いにあって、悠長に位置を確認しているような時間はなかった。
気持ちを切り替えて、前方に見えてきた新たなメッサーシュミットの大編隊に注意を向けた。
「14時方向、やや低い位置に多数の敵編隊。このまま降下攻撃を仕掛ける。全機突撃だ」
P-47Nの降下攻撃により10機以上のMe309が撃墜された。降下で逃げた機体もいるので、B-29に向かってロケット弾の攻撃ができたのはわずかに9機だった。それでも1機あたり8発のR4Mロケット弾は大きな威力を発揮した。B-29の編隊に向けて70発余りのロケット弾が、B-29の編隊に向けて飛翔していった。B-29の防御機銃の射程よりも遠距離から射撃されたロケット弾は、直線飛行するだけの非誘導弾だった。しかし、近接信管を備えていたので直撃しなくても爆撃機の至近を通過した時点で次々と爆発した。
暴風のようなロケット弾攻撃で、6機のB-29が墜落するか、被害を受けて編隊から高度を下げて脱落していった。
攻撃から生き残った機体には、まだ過酷な試練が待ち受けていた。ロケット弾を発射したMe309Bが斜め後方から迫ってきたのだ。攻撃を受けて、コンバットボックスも徐々に編隊が崩れて、それだけ防御力も弱体化していた。
ガブレスキー中佐は、左旋回するとMe309編隊の後方にまわりこんだ。最初の攻撃を免れた10機以上のメッサーがB-29の編隊に突入しようとしている。メッサーが恐るべき大口径機銃を備えているのは、先行した6機編隊が銃撃でB-29を撃墜したことで証明されている。
中佐機と12機のP-47Nは一気にMe309Bの後方から接近した。エンジン出力は5分制限の緊急馬力なので、750km/hあたりに達しているはずだ。目の前のメッサーに向けて8挺の12.7mmで射撃すると、ドイツ軍機は背面になってあっけなく墜落していった。
P-47Nの攻撃を潜り抜けた5機のMe309BがB-29に取り付いて攻撃しようとしたが、防御機銃により2機が墜ちていった。その間にB-29は1が撃墜された。それ以外にもメッサーシュミットの攻撃で被害を受けて脱落していった機体もあるようだ。
……
不調で引き返した8機を除いて、イギリス本土から東に進んだのは64機の編隊だった。それが今は53機にまで減少していた。B-29の編隊は、大きな被害を受けたにもかかわらず、編隊を組みなおして攻撃目標に接近していた。東に飛行する編隊の前方には、ユトランド半島が見えてきた。半島が見えれば、その付け根の南方に切れ込んだヤーデ湾の西岸には目標のヴィルヘルムスハーフェンが存在しているはずだ。
幸運にも被害を受けずに飛行していたメンフィス・ベルの機内で、モーガン大尉は機内の全員に注意を促していた。
「目標が見えてきた。そろそろ高射砲の射撃が始まるはずだ。みんなフラックジャケットの着用を確認せよ。電波妨害装置は作動しているな。目には見えないが、これからはその箱が頼りだ」
しかし、大尉の想像とは異なり、ドイツ軍は高射砲とは全く違う兵器で攻撃してきた。
……
シュトルム大尉は、アメリカの爆撃隊がやってくるまでに彼の中隊の発射準備が間に合ったことにほっとしていた。新兵器とレーダーなどの機材を貨車に搭載したミサイル中隊は、もともとハンブルグやキールに対する防衛線を構築するために、ブレーメンの北側に配備されていた。ヤーデ湾をはさんでヴィルヘルムスハーフェンの東側から海上を飛行する爆撃隊を迎撃するにはやや遠い位置だ。しかし、海上で探知したアメリカ軍の予想進路から、早期に迎撃できるように鉄道を利用して北西へと移動してきていた。こんな時は、鉄道で移動できるミサイル中隊は大きな利点がある。
理想的な位置ではないが、ミサイルの射程を前提とすれば、北海から南下してくる爆撃隊を迎撃できるだろう。
誘導機能に対応した改良型ウルツブルグリーゼが爆撃隊を捉えた。飛行してくる方向と高度がわかる。
「ミサイル発射準備。方位330度、高度10,000mだ」
3つの円形のレーダースコープをのぞき込んでいるレーダー操作手の後方に立っていたシュトルム大尉は、目標からのレーダー反射波が十分な強さになるのを待っていた。しばらくして上下に激しく揺れるのこぎりのような波形が映し出されていた3つの表示管を注視していたレーダー手は、後ろを振り返ると、シュトルム大尉の顔を見て首を縦に振った。受信電波が、ミサイルを誘導可能な強度に達したということだ。
大尉が待っていた合図を受けて、すかさず命令した。
「アントンとベルタを発射せよ」
ラインメタル社が開発した対空ミサイルは、ライン・トホター(ラインの娘)と命名されて実戦配備が完了していた。高射砲の台架を利用したAとBの2基の発射台からミサイルが白煙を噴き出しながら北北西の方向を目指して上昇していった。ライン・トホターが上昇していった先には、白い飛行機雲を引きながら、飛行してくる編隊が見えていた。
機首先端のキャノピー越しに前下方を注視していた爆撃手のエバンズ大尉が、見慣れない飛行物体を発見した。
「11時方向、下方から白煙を噴き出しながら高速の物体が上昇してくる。未知の何かが下から飛んでくるぞ」
モーガン機長もすぐに前方から2本の白い噴煙が槍のようになって伸びてくるのを発見した。大尉は、アリューシャンとパナマでの日本軍との戦闘記録を読んだことがあった。艦上から発射する電波誘導のミサイルにより爆撃機が攻撃されたという記述があったはずだ。しかもその時の回避策についても書かれていた。
「ドイツ軍のミサイルだ。電波誘導の可能性が高いぞ。ウィンドウを全て散布せよ。誘導電波を妨害するのだ」
機長の指示を受けてメンフィス・ベルの胴体後部から多量の金属箔が放出された。それを見て周りの機体もあわてて金属箔をまき散らした。もともと基地でのブリーフィングでは、ウィンドウは高射砲の射程に近づいてから投下するように指示されていた。現時点では、高射砲に撃たれていないので、何もない空域にウィンドウを投下したのはメンフィス・ベルと周囲の3機だけだった。
上昇してきた1発のライン・トホターは、B-29の下方に広がったアルミ箔の雲に突入すると信管を誤作動させた。爆圧を受けて、メンフィス・ベルの機体はがくがくと揺れたが、損害はなかった。もう1発のミサイルは、メンフィス・ベルの左側下方を飛行していたB-29の方向に向けて飛翔してゆくと、機首の至近で爆発した。
100kgを超える弾頭が機首前方で爆発したおかげで、B-29の主翼よりも前方の胴体は屑鉄のようになった。操縦席を失ったこの機体はすぐに機首を下げて墜落していった。
地上では、シュトルム大尉がミサイルの飛んでいった先を双眼鏡で見ていた。彼は、興奮した声で叫んだ。
「1機、撃墜したぞ。カエサルとドーラを続けて発射せよ」
大尉のミサイル中隊は、4台の貨車の上に4基の発射台を備えつけていたので、CとDの発射機から2発のミサイルを続けて発射できた。これで、更に1機のB-29を撃墜した。
ミサイルを発射してしまうと発射台を水平に戻して、隣に連結していた弾薬運搬車に架台の後端を向けて固定した。弾薬運搬車は既に扉を開いて内部に格納していた対空ミサイルを引き出す準備をしていた。ここから後の作業は、人力が主体だ。弾庫のガイドレールと発射機の後端が1本の線路になるように位置を微調整すると数人の兵が翼を折りたたんだミサイルを前方に押し出した。潜水艦で魚雷を発射管に装填するのと同じ要領だ。
この日、シュトルム大尉のミサイル部隊は弾庫が空になるまでに12発のライン・トホターを発射した。大尉の中隊だけでなくヴィルヘルムスハーフェンを防衛していた部隊とユトランド半島の西岸には、他に2隊のミサイル中隊が展開していた。シュトルム大尉の中隊を含む3つのミサイル部隊は、合わせて34発のミサイルを発射して、9機のB-29を撃墜して、3機を大破して脱落させた。
ライン・トホターの攻撃が終わらないうちに、潜水艦基地を防衛していた高射砲の射撃が始まった。アメリカ爆撃隊は88mmと105mm砲の有効射高を意識して、今回の攻撃ではそれを上回る高度を飛行していた。しかし、ドイツ軍も高高度を飛行する爆撃機に対しては、88mm砲の限界を十分認識していたので、128mm高射砲(FLAK40)への更新を進めていた。
B-29の編隊は高射砲のレーダー照準を外そうとして、空中で多量のアルミ箔のウィンドウを散布した。もちろん、事前の電波情報収集で判明したウルツブルグの電波の波長を意識してそれの整数倍の長さに裁断してある。しかし、ドイツ軍はウルツブルグリーゼを更に改良して周波数を次々と変更して対抗した。
ヴィルヘルムスハーフェンに接近できたB-29は41機に減少していたが、爆弾を投下するまでにレーダー照準の近接信管付き高射砲の射撃により、更に5機が脱落した。
メンフィス・ベルは、幸いにもいまだに被害を受けずに飛行していた。爆撃態勢に入ると、爆弾倉の扉を開けた。爆撃隊の7割の機体は1,000ポンド(454kg)の通常弾を16発搭載していたが、メンフィス・ベルを含めた3割の機体は10,000ポンド(4,536kg)の超大型の誘導型徹甲弾を搭載していた。連合軍の間では非公式に「トールボーイ」と呼ばれている爆弾だ。誘導装置はAZONの改良型で、尾部に色の異なる発光装置を取り付けた爆弾を母機からの無線により操縦することで、落下軌道を修正していた。爆撃手が投下後の誘導弾の制御も行うことになっていた。
モーガン大尉の機体は、激しい高射砲弾の弾幕の中を、グラグラと揺れながら飛行していたが、ここにきて爆撃コースから外れることは許されない。やがて、照準器をのぞき込んでいた爆撃手のエバンズ大尉は、右手をやや持ち上げると、握っていた爆弾投下器のボタンを親指で勢いよく押し込んだ。同時に、機内の全員に聞こえるように大きな声で知らせた。
「爆弾、投下!」
しかし、無線誘導弾なので、投下後も数十秒は直線的に飛行しなければならない。エバンズ大尉は下方を覗きながら誘導弾のコントロールボックスから突き出た短いスティックを握って、上下左右に動かしている。
やがて、巨大な爆弾は狙っていた目標に命中した。ヴィルヘルムスハーフェンの埠頭に建設されていたUボートを格納するブンカーの天井に音速に近い速度で、4.5トンの徹甲弾が命中した。10,000ポンドの徹甲弾は、8mのべトンを貫通するとブンカー内部で爆発した。ブンカー内に停泊していた2隻のUボートが爆圧とコンクリートの破片を浴びて沈没した。
……
航法士のレイトン大尉が報告してきた。
「本機の位置は、北緯52度50分、東経2度6分。このまま飛行すれば、まもなくイングランドの東岸が見えてきます」
モーガン大尉が続けて話し始めた。
「みんな、よくやった。左翼に被害を受けたが、今日のところはなんとか基地に戻れそうだ」
メンフィス・ベルは爆弾を命中させた直後に高射砲の至近弾を受けた。砲弾の爆発で左側の外翼に20インチ(51cm)近くの破孔ができた。破片を受けた1番エンジンもまもなく停止して、機体には振動が発生するようになったが、何とか飛行できていた。
爆撃手のエバンズ大尉は機長の言葉を聞きながら、今日もメンフィス・ベルのご加護があったのだとしみじみと感じていた。ベルに守ってもらったという思いがエバンズ大尉の口から自然に出た。
「今回もメンフィス・ベルのおかげで帰ることができました。モーガン機長、アメリカ本土に無事に戻ったら、あの美人にしっかりとお礼をしてくださいね。我々も何か気の利いたプレゼントを準備しますよ」
モーガン大尉も何とか帰ってこれた自分たちの運の良さをかみしめていた。しかし、アメリカ軍人として、これからのことを考えると不安ばかりだ。
ドイツ軍の新型機とミサイルは、これからも数を増やしてゆくだろう。そうなるとB-29であっても、ドイツの上空を飛行するのは非常に困難になる。これからの作戦はどうなるのだろう。
……
ドーリットル中将のところに、今回の作戦で受けた損害と目標に与えた戦果についての情報が入ってきた。イギリスに戻ったB-29は、不調になったり脱落して引き返した機体も含めてわずかに43機だった。その中には、基地には着陸できたが損傷により使い物にならなくなった8機も含まれていた。戦闘機は12機が戻らなかった。
爆撃隊の最後尾の機体が撮影した写真をもってキャッスル少佐がやってきた。
「上空からの写真ですが、おおむね目標としたUボート基地に与えた損害は3割程度の見込みです。港湾に面した物資の格納庫と基地建築物の約半数に爆弾が命中しています。また、3基のUボート用ブンカーを破壊しました。内部にUボートが停泊していれば、間違いなく使い物にならなくなったでしょう。但し、燃料タンクや弾薬庫には大きな被害を与えていません」
中将もじっと写真を見ていた。
「一定の戦果ということになるな。但し、この程度では大西洋で猛威をふるっているドイツの潜水艦全体からすれば、まだまだ十分ではない。同じような攻撃を繰り返せば、Uボート基地は完全に機能を停止するに違いない。しかし、このまま作戦を続ければ、遠からず我々のB-29部隊は全滅してしまうだろう。ドイツ軍の新型機と電波で誘導されるミサイルについて、対抗策が必要なのは明らかだ」
「まず、B-29を高高度で飛行させる作戦は有効だったと判断します。B-17のような高度で飛行したならば、対空砲による被害は更に拡大して爆撃機は半数も帰らなかったでしょう。しかも、護衛戦闘機の活躍は評価できます。レーダー警戒機による誘導は必ずしも順調ではありませんでしたが、うまく機能すればドイツの新型戦闘機であっても撃退できています。ドイツ軍の対空ミサイルには、多数のB-29が被害を受けましたが、ウィンドウにより攻撃を回避した機体も存在しています」
ハル大佐が、キャッスル少佐の後を引き継いで説明した。
「つまり、ドイツ軍戦闘機も対空ミサイルも対策は存在するということです。今回の戦いの結果を分析して我々の対策を行えば、爆撃機の損害は必ず減らすことが可能だと考えます。しかも、撃墜された機体から脱出した搭乗員の落下傘がいくつも目撃されています。つまりドイツを降伏させれば、戻れるクルーもいるのです」
ドーリットル中将はうなずいてから、ゆっくりと話し始めた。
「たった一度の攻撃で、Uボート基地を壊滅できるとは私も最初から考えていなかった。繰り返し攻撃が必要だ。しかも、ドイツには攻撃すべき多数の目標がいまだに存在している。それらを破壊しない限り、爆撃作戦を中止することはあり得ない。損害を減らす改善策を至急検討してくれ。1カ月以内に再び攻撃するぞ。ドイツ本土の目標を壊滅させなければ、我々は左遷されると考えてくれ」
メンフィス・ベルは、今回の爆撃作戦ではコンバットボックスのやや後方に位置して飛行していた。機長のモーガン大尉は緊張した面持ちで、編隊の周囲にくまなく目配りしていた。昨年はB-17により作戦に参加していたが、4カ月前からB-29への転換訓練を受けることになった。乗機は変わったが、モーガン大尉たちはそれがラッキーだと信じていた。B-17よりも性能も防御力も格段に向上したB-29ならば無事に基地に戻れる確率は格段に向上するはずだ。もちろん、乗機の機首には、今までのB-17と同様に「メンフィスのかわいいあの娘」のマーキングを大きく書き入れていた。
欧州派遣軍では、25回出撃を実行すればアメリカ本土に帰ることができるという規定が存在している。メンフィス・ベルの搭乗員は、B-17で過去に9回出撃しているので、残り16回を生き残れば、クルー全員が本国に凱旋できる。しかし、その前に今日の作戦で任務を成功させて生きて帰ることが先決だ。
通信士のハンソン軍曹がインターコムで状況を報告してきた。
「前方上空で、リトルフレンズ(護衛戦闘機)とドイツ戦闘機との空戦が始まりました。戦闘機隊の無線通話が飛び交っています」
モーガン大尉はすぐに反応した。
「全員、よく聞け。ドイツ軍の戦闘機と友軍機との戦闘が始まった。全員敵戦闘機に注意せよ。銃座は敵機を発見したら撃ってかまわん。但し、メッサーシュミットと友軍のマスタングはシルエットが似ているので、絶対に間違えるな」
しばらくして、副操縦士のヴェリニス大尉が叫んだ。
「14時方向に6機、同高度。胴体の長い新型メッサーに見える」
すぐに、モーガン大尉も滑らかな紡錘形の機体が飛行してくるのを発見した。最近になって識別表に追加された新型のメッサーシュミットに違いない。旧式よりも大幅に性能も武装も改善しているはずだ。
大尉が何も言わないうちに、上部旋回機銃が4門の12.7mmを撃ち始めた。続いて機首下面の銃座も射界に捉えて右側から接近してくる目標に向けて射撃を開始した。周りの機体もドイツ戦闘機に向けて盛んに射撃をしている。
B-29の銃座は全て遠隔操作で照準して射撃する。射撃照準器で狙いをつけると計算機が視差や見越角を計算して、目標の未来位置に機銃を向けるという進歩したシステムになっている。しかも照準計算は当初の試作機はアナログ式の計算機だったが実戦配備機では、ディジタル式の進歩した計算機により、照準精度を向上させていた。
旋回銃にしては、かなり正確に狙いをつけられる銃火につかまって、6機編隊のうちの2機が煙を噴き出しながら墜ちてゆく。残った機体のうちの2機がメンフィス・ベルの方向に向けて飛行してきた。
……
JG26のTa152Hがアメリカの戦闘機と戦ってくれたおかげで、JG2のMe309B編隊は邪魔されることなく爆撃機に向かって飛行していた。爆撃隊に接近したビューリゲン大尉の編隊は、B-29の斜め後方から攻撃しようとしていた。しかし、密接な編隊を組んだ新型爆撃機の銃座から想像以上に正確な射撃を受けた。直線的に接近していた2機がたちまち命中弾を受けてしまった。残りの機体はオレンジ色の曳光弾が飛んでくるのを見て、激しく機体を旋回させて射撃を避けている。
回避運動を続けている間に、大尉の機体は僚機のヴルムヘラー軍曹の2機編隊で飛行していた。それでも激しく機体を左右に滑らせて遮断を回避しながら巨大な爆撃機に接近した。
ビューリゲン大尉と列機のMe309Bが狙ったのは、メンフィス・ベルの右翼側を飛行していた機体だった。一瞬、直線飛行に移ると斜め後方から30mmと20mmで射撃した。中央胴体から左翼の付け根あたりに30mmと20mm弾が連続して命中して爆発する。大尉の後方に続いていた僚機のヴルムヘラー軍曹もうまく胴体中央部に射弾を命中させた。軍曹の射撃により内翼部から、白く尾を引いて噴き出していたガソリンに火がついた。
さすがのB-29も2機の連続攻撃により、激しく炎が噴き出して墜落してゆく。機首が下を向いてゆっくりときりもみになると、燃えていた左翼が根元から折れた。ビューリゲン大尉は、他のB-29からの射撃を避けるために機体をロールさせると旋回しながら降下していった。
防御の固いB-29を一撃で撃墜したドイツ軍戦闘機の腕前をモーガン大尉も感心して見ていた。
(30mmだろうか。破壊力が格段に大きいぞ。それに、高度10,000mでの機動にしては、かなり機敏に機動していたように見える。この高度でも十分な出力をエンジンが発揮しているのだ)
B-29の編隊を攻撃したのは最新型のMe309B型だった。エンジンをDB603Aから無段階変速の2段過給機を備えたDB603Lに変更していた。しかも武装もエンジンの軸内機銃を30mmに強化して、逆に翼内機銃は威力の小さな13.2mmを削除して、20mmを2挺に減らしていた。
そのおかげで、高度9,000mでGM-1パワーブースト(亜酸化窒素噴射でノッキングを押さえる)の使用時に715km/hで飛行できた。2段過給器のおかげで、この高度でも空戦が十分可能だった。
「注意しろ。これは、まだ始まりだ。絶対にこれだけで終わりじゃないぞ」
機長の予言の通り、南側から約30機のメッサーシュミットの新たな編隊が現れた。しかもこのうちの約半数は、両翼の下面にR4Mロケット弾を搭載していた。接近するドイツ軍戦闘機に対しては、上空のP-47Nの編隊が急行していた。
……
P-47Nサンダーボルトに搭乗していたガブレスキー中佐は、南方から上昇してきたメッサーシュミットの編隊に向けて全速で飛行していた。空中警戒型のB-29との間で敵機の位置を確認している間に6機のドイツ軍機の接近を許してしまった。B-29は激しく反撃して2機のメッサーシュミットを撃退したようだが、こちらも2機のB-29が撃墜されてしまった。誘導する側もされる側も経験が不足しているのだ。全てが恐るべき速度で進んでゆく空中の戦いにあって、悠長に位置を確認しているような時間はなかった。
気持ちを切り替えて、前方に見えてきた新たなメッサーシュミットの大編隊に注意を向けた。
「14時方向、やや低い位置に多数の敵編隊。このまま降下攻撃を仕掛ける。全機突撃だ」
P-47Nの降下攻撃により10機以上のMe309が撃墜された。降下で逃げた機体もいるので、B-29に向かってロケット弾の攻撃ができたのはわずかに9機だった。それでも1機あたり8発のR4Mロケット弾は大きな威力を発揮した。B-29の編隊に向けて70発余りのロケット弾が、B-29の編隊に向けて飛翔していった。B-29の防御機銃の射程よりも遠距離から射撃されたロケット弾は、直線飛行するだけの非誘導弾だった。しかし、近接信管を備えていたので直撃しなくても爆撃機の至近を通過した時点で次々と爆発した。
暴風のようなロケット弾攻撃で、6機のB-29が墜落するか、被害を受けて編隊から高度を下げて脱落していった。
攻撃から生き残った機体には、まだ過酷な試練が待ち受けていた。ロケット弾を発射したMe309Bが斜め後方から迫ってきたのだ。攻撃を受けて、コンバットボックスも徐々に編隊が崩れて、それだけ防御力も弱体化していた。
ガブレスキー中佐は、左旋回するとMe309編隊の後方にまわりこんだ。最初の攻撃を免れた10機以上のメッサーがB-29の編隊に突入しようとしている。メッサーが恐るべき大口径機銃を備えているのは、先行した6機編隊が銃撃でB-29を撃墜したことで証明されている。
中佐機と12機のP-47Nは一気にMe309Bの後方から接近した。エンジン出力は5分制限の緊急馬力なので、750km/hあたりに達しているはずだ。目の前のメッサーに向けて8挺の12.7mmで射撃すると、ドイツ軍機は背面になってあっけなく墜落していった。
P-47Nの攻撃を潜り抜けた5機のMe309BがB-29に取り付いて攻撃しようとしたが、防御機銃により2機が墜ちていった。その間にB-29は1が撃墜された。それ以外にもメッサーシュミットの攻撃で被害を受けて脱落していった機体もあるようだ。
……
不調で引き返した8機を除いて、イギリス本土から東に進んだのは64機の編隊だった。それが今は53機にまで減少していた。B-29の編隊は、大きな被害を受けたにもかかわらず、編隊を組みなおして攻撃目標に接近していた。東に飛行する編隊の前方には、ユトランド半島が見えてきた。半島が見えれば、その付け根の南方に切れ込んだヤーデ湾の西岸には目標のヴィルヘルムスハーフェンが存在しているはずだ。
幸運にも被害を受けずに飛行していたメンフィス・ベルの機内で、モーガン大尉は機内の全員に注意を促していた。
「目標が見えてきた。そろそろ高射砲の射撃が始まるはずだ。みんなフラックジャケットの着用を確認せよ。電波妨害装置は作動しているな。目には見えないが、これからはその箱が頼りだ」
しかし、大尉の想像とは異なり、ドイツ軍は高射砲とは全く違う兵器で攻撃してきた。
……
シュトルム大尉は、アメリカの爆撃隊がやってくるまでに彼の中隊の発射準備が間に合ったことにほっとしていた。新兵器とレーダーなどの機材を貨車に搭載したミサイル中隊は、もともとハンブルグやキールに対する防衛線を構築するために、ブレーメンの北側に配備されていた。ヤーデ湾をはさんでヴィルヘルムスハーフェンの東側から海上を飛行する爆撃隊を迎撃するにはやや遠い位置だ。しかし、海上で探知したアメリカ軍の予想進路から、早期に迎撃できるように鉄道を利用して北西へと移動してきていた。こんな時は、鉄道で移動できるミサイル中隊は大きな利点がある。
理想的な位置ではないが、ミサイルの射程を前提とすれば、北海から南下してくる爆撃隊を迎撃できるだろう。
誘導機能に対応した改良型ウルツブルグリーゼが爆撃隊を捉えた。飛行してくる方向と高度がわかる。
「ミサイル発射準備。方位330度、高度10,000mだ」
3つの円形のレーダースコープをのぞき込んでいるレーダー操作手の後方に立っていたシュトルム大尉は、目標からのレーダー反射波が十分な強さになるのを待っていた。しばらくして上下に激しく揺れるのこぎりのような波形が映し出されていた3つの表示管を注視していたレーダー手は、後ろを振り返ると、シュトルム大尉の顔を見て首を縦に振った。受信電波が、ミサイルを誘導可能な強度に達したということだ。
大尉が待っていた合図を受けて、すかさず命令した。
「アントンとベルタを発射せよ」
ラインメタル社が開発した対空ミサイルは、ライン・トホター(ラインの娘)と命名されて実戦配備が完了していた。高射砲の台架を利用したAとBの2基の発射台からミサイルが白煙を噴き出しながら北北西の方向を目指して上昇していった。ライン・トホターが上昇していった先には、白い飛行機雲を引きながら、飛行してくる編隊が見えていた。
機首先端のキャノピー越しに前下方を注視していた爆撃手のエバンズ大尉が、見慣れない飛行物体を発見した。
「11時方向、下方から白煙を噴き出しながら高速の物体が上昇してくる。未知の何かが下から飛んでくるぞ」
モーガン機長もすぐに前方から2本の白い噴煙が槍のようになって伸びてくるのを発見した。大尉は、アリューシャンとパナマでの日本軍との戦闘記録を読んだことがあった。艦上から発射する電波誘導のミサイルにより爆撃機が攻撃されたという記述があったはずだ。しかもその時の回避策についても書かれていた。
「ドイツ軍のミサイルだ。電波誘導の可能性が高いぞ。ウィンドウを全て散布せよ。誘導電波を妨害するのだ」
機長の指示を受けてメンフィス・ベルの胴体後部から多量の金属箔が放出された。それを見て周りの機体もあわてて金属箔をまき散らした。もともと基地でのブリーフィングでは、ウィンドウは高射砲の射程に近づいてから投下するように指示されていた。現時点では、高射砲に撃たれていないので、何もない空域にウィンドウを投下したのはメンフィス・ベルと周囲の3機だけだった。
上昇してきた1発のライン・トホターは、B-29の下方に広がったアルミ箔の雲に突入すると信管を誤作動させた。爆圧を受けて、メンフィス・ベルの機体はがくがくと揺れたが、損害はなかった。もう1発のミサイルは、メンフィス・ベルの左側下方を飛行していたB-29の方向に向けて飛翔してゆくと、機首の至近で爆発した。
100kgを超える弾頭が機首前方で爆発したおかげで、B-29の主翼よりも前方の胴体は屑鉄のようになった。操縦席を失ったこの機体はすぐに機首を下げて墜落していった。
地上では、シュトルム大尉がミサイルの飛んでいった先を双眼鏡で見ていた。彼は、興奮した声で叫んだ。
「1機、撃墜したぞ。カエサルとドーラを続けて発射せよ」
大尉のミサイル中隊は、4台の貨車の上に4基の発射台を備えつけていたので、CとDの発射機から2発のミサイルを続けて発射できた。これで、更に1機のB-29を撃墜した。
ミサイルを発射してしまうと発射台を水平に戻して、隣に連結していた弾薬運搬車に架台の後端を向けて固定した。弾薬運搬車は既に扉を開いて内部に格納していた対空ミサイルを引き出す準備をしていた。ここから後の作業は、人力が主体だ。弾庫のガイドレールと発射機の後端が1本の線路になるように位置を微調整すると数人の兵が翼を折りたたんだミサイルを前方に押し出した。潜水艦で魚雷を発射管に装填するのと同じ要領だ。
この日、シュトルム大尉のミサイル部隊は弾庫が空になるまでに12発のライン・トホターを発射した。大尉の中隊だけでなくヴィルヘルムスハーフェンを防衛していた部隊とユトランド半島の西岸には、他に2隊のミサイル中隊が展開していた。シュトルム大尉の中隊を含む3つのミサイル部隊は、合わせて34発のミサイルを発射して、9機のB-29を撃墜して、3機を大破して脱落させた。
ライン・トホターの攻撃が終わらないうちに、潜水艦基地を防衛していた高射砲の射撃が始まった。アメリカ爆撃隊は88mmと105mm砲の有効射高を意識して、今回の攻撃ではそれを上回る高度を飛行していた。しかし、ドイツ軍も高高度を飛行する爆撃機に対しては、88mm砲の限界を十分認識していたので、128mm高射砲(FLAK40)への更新を進めていた。
B-29の編隊は高射砲のレーダー照準を外そうとして、空中で多量のアルミ箔のウィンドウを散布した。もちろん、事前の電波情報収集で判明したウルツブルグの電波の波長を意識してそれの整数倍の長さに裁断してある。しかし、ドイツ軍はウルツブルグリーゼを更に改良して周波数を次々と変更して対抗した。
ヴィルヘルムスハーフェンに接近できたB-29は41機に減少していたが、爆弾を投下するまでにレーダー照準の近接信管付き高射砲の射撃により、更に5機が脱落した。
メンフィス・ベルは、幸いにもいまだに被害を受けずに飛行していた。爆撃態勢に入ると、爆弾倉の扉を開けた。爆撃隊の7割の機体は1,000ポンド(454kg)の通常弾を16発搭載していたが、メンフィス・ベルを含めた3割の機体は10,000ポンド(4,536kg)の超大型の誘導型徹甲弾を搭載していた。連合軍の間では非公式に「トールボーイ」と呼ばれている爆弾だ。誘導装置はAZONの改良型で、尾部に色の異なる発光装置を取り付けた爆弾を母機からの無線により操縦することで、落下軌道を修正していた。爆撃手が投下後の誘導弾の制御も行うことになっていた。
モーガン大尉の機体は、激しい高射砲弾の弾幕の中を、グラグラと揺れながら飛行していたが、ここにきて爆撃コースから外れることは許されない。やがて、照準器をのぞき込んでいた爆撃手のエバンズ大尉は、右手をやや持ち上げると、握っていた爆弾投下器のボタンを親指で勢いよく押し込んだ。同時に、機内の全員に聞こえるように大きな声で知らせた。
「爆弾、投下!」
しかし、無線誘導弾なので、投下後も数十秒は直線的に飛行しなければならない。エバンズ大尉は下方を覗きながら誘導弾のコントロールボックスから突き出た短いスティックを握って、上下左右に動かしている。
やがて、巨大な爆弾は狙っていた目標に命中した。ヴィルヘルムスハーフェンの埠頭に建設されていたUボートを格納するブンカーの天井に音速に近い速度で、4.5トンの徹甲弾が命中した。10,000ポンドの徹甲弾は、8mのべトンを貫通するとブンカー内部で爆発した。ブンカー内に停泊していた2隻のUボートが爆圧とコンクリートの破片を浴びて沈没した。
……
航法士のレイトン大尉が報告してきた。
「本機の位置は、北緯52度50分、東経2度6分。このまま飛行すれば、まもなくイングランドの東岸が見えてきます」
モーガン大尉が続けて話し始めた。
「みんな、よくやった。左翼に被害を受けたが、今日のところはなんとか基地に戻れそうだ」
メンフィス・ベルは爆弾を命中させた直後に高射砲の至近弾を受けた。砲弾の爆発で左側の外翼に20インチ(51cm)近くの破孔ができた。破片を受けた1番エンジンもまもなく停止して、機体には振動が発生するようになったが、何とか飛行できていた。
爆撃手のエバンズ大尉は機長の言葉を聞きながら、今日もメンフィス・ベルのご加護があったのだとしみじみと感じていた。ベルに守ってもらったという思いがエバンズ大尉の口から自然に出た。
「今回もメンフィス・ベルのおかげで帰ることができました。モーガン機長、アメリカ本土に無事に戻ったら、あの美人にしっかりとお礼をしてくださいね。我々も何か気の利いたプレゼントを準備しますよ」
モーガン大尉も何とか帰ってこれた自分たちの運の良さをかみしめていた。しかし、アメリカ軍人として、これからのことを考えると不安ばかりだ。
ドイツ軍の新型機とミサイルは、これからも数を増やしてゆくだろう。そうなるとB-29であっても、ドイツの上空を飛行するのは非常に困難になる。これからの作戦はどうなるのだろう。
……
ドーリットル中将のところに、今回の作戦で受けた損害と目標に与えた戦果についての情報が入ってきた。イギリスに戻ったB-29は、不調になったり脱落して引き返した機体も含めてわずかに43機だった。その中には、基地には着陸できたが損傷により使い物にならなくなった8機も含まれていた。戦闘機は12機が戻らなかった。
爆撃隊の最後尾の機体が撮影した写真をもってキャッスル少佐がやってきた。
「上空からの写真ですが、おおむね目標としたUボート基地に与えた損害は3割程度の見込みです。港湾に面した物資の格納庫と基地建築物の約半数に爆弾が命中しています。また、3基のUボート用ブンカーを破壊しました。内部にUボートが停泊していれば、間違いなく使い物にならなくなったでしょう。但し、燃料タンクや弾薬庫には大きな被害を与えていません」
中将もじっと写真を見ていた。
「一定の戦果ということになるな。但し、この程度では大西洋で猛威をふるっているドイツの潜水艦全体からすれば、まだまだ十分ではない。同じような攻撃を繰り返せば、Uボート基地は完全に機能を停止するに違いない。しかし、このまま作戦を続ければ、遠からず我々のB-29部隊は全滅してしまうだろう。ドイツ軍の新型機と電波で誘導されるミサイルについて、対抗策が必要なのは明らかだ」
「まず、B-29を高高度で飛行させる作戦は有効だったと判断します。B-17のような高度で飛行したならば、対空砲による被害は更に拡大して爆撃機は半数も帰らなかったでしょう。しかも、護衛戦闘機の活躍は評価できます。レーダー警戒機による誘導は必ずしも順調ではありませんでしたが、うまく機能すればドイツの新型戦闘機であっても撃退できています。ドイツ軍の対空ミサイルには、多数のB-29が被害を受けましたが、ウィンドウにより攻撃を回避した機体も存在しています」
ハル大佐が、キャッスル少佐の後を引き継いで説明した。
「つまり、ドイツ軍戦闘機も対空ミサイルも対策は存在するということです。今回の戦いの結果を分析して我々の対策を行えば、爆撃機の損害は必ず減らすことが可能だと考えます。しかも、撃墜された機体から脱出した搭乗員の落下傘がいくつも目撃されています。つまりドイツを降伏させれば、戻れるクルーもいるのです」
ドーリットル中将はうなずいてから、ゆっくりと話し始めた。
「たった一度の攻撃で、Uボート基地を壊滅できるとは私も最初から考えていなかった。繰り返し攻撃が必要だ。しかも、ドイツには攻撃すべき多数の目標がいまだに存在している。それらを破壊しない限り、爆撃作戦を中止することはあり得ない。損害を減らす改善策を至急検討してくれ。1カ月以内に再び攻撃するぞ。ドイツ本土の目標を壊滅させなければ、我々は左遷されると考えてくれ」
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