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第21章 欧州の戦い
21.5章 北大西洋の戦い1
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1941年と42年の大西洋には、Uボートによる嵐が吹き荒れた。連合国の輸送船は、1941年になると毎月20万トンから30万トンが沈められた。それが、1942年から急激に増加しており、その年の中旬には毎月70万トン以上の輸送船がUボートにより撃沈された。1942年10月には1カ月間の艦船の損失は100万トンに迫るほどに上昇した。これは、アメリカとイギリスにおける輸送船の建造量を上回る。こんな状況が続けば、連合国の海上輸送が壊滅するのは明らかだった。
Uボートによる被害増加の要因は、第一に航跡誘導魚雷が行き渡ったことだ。日本からの技術も参考にして開発されたこの魚雷は、撃ちっ放しでも自ら航跡を探知して、目標に向けて回頭を繰り返して命中した。まさに、Uボート乗りにとって有無のような機能を実現していた。
しかも、配備が開始された後も航跡の探知器と誘導制御部が改善されて、命中率も順次向上していた。航跡誘導機能は、Uボートが搭載するG7魚雷でも圧縮空気で燃料を燃焼させる通常型のG7aと、内蔵したバッテリーによる電動推進型のG7eの双方に追加された。Uボートの艦長たちは状況に応じて、この2種類を使い分けた。圧縮空気によるエンジンを使用するG7aは電気式のG7eよりも遠距離まで航走可能だった。しかし、G7eはモーターの出力制御が容易なことを生かして、内蔵した計算機の指示により大きく速度を変えられた。状況により、速度を落として海中で待ち構えるような使い方が可能なG7eを好むUボート艦長も少なくなかったのだ。
Uボートの戦果が躍進した第二の理由は、音響探知器に対するおとり弾の装備が進んだことだ。ジークリンデ(ジークフリートの母親)と呼ばれる欺瞞弾は、水中の潜水艦から反射されるソナー音を疑似しながら、電動により6ノット程度で海中を移動した。もう一つの欺瞞弾であるボールドは、内蔵した水酸化カルシウムを海水と反応させて大量の水素の泡を発生させた。どちらも、偽の音響探知像を海中に作り出して水上艦をそちらに引き付けた。その間に、Uボートは護衛艦艇から静かに逃げ延びた。
ところが、1942年末になると順調に増加していたUボートの戦果が減少に転じた。それと反比例するようにUボートの被害が上昇していった。戦闘から戻った艦長たちの報告から、潜水艦隊司令部は護衛空母がほとんどの輸送船団に随伴するようになったことを知った。護衛空母は前年から登場していたが、当初はまだ数が少なかった。それが、1942年中旬から急激に数が増えた。理由は明らかだ。アメリカで建造されている小型空母が続々と就役してきたからだ。
そんな、空母を発艦した対潜装備の艦載機による攻撃が、撃沈トン数の減少の大きな理由だった。航空機が接近してくると、Uボートは撃沈されなくても襲撃をあきらめて回避を優先せざるを得ない。Uボート自身は退避により撃沈を免れても、攻撃できなければ、目的を達成できない。
デーニッツ元帥は、アメリカで護衛空母が多数建造されていることを知って、1942年中旬から対策を検討していた。その結果、Uボートへの航空機に反撃できる対空火器の装備を決定した。Uボートに航空機に抵抗する牙をつけることが、護衛空母に対する回答だと判断したのだ。
まず、Uボートの甲板上に搭載されていた88mm砲または、105mm砲は、対空火器としての効果が小さいので取り外すことになった。その代わりに、4連装20mm機銃または37mm連装機銃、あるいは大型艦には双方を搭載した。更に、デーニッツ元帥は、効果的な対空兵器として誘導ミサイルに目をつけた。
ドイツ軍では以前から2種類の対空ミサイルを開発していた。ラインメタル社のライン・トホターとヘンシェル社のHs117シュメッターリングは1942年になって、実射試験できる段階に到達していた。どちらもレーダーから発信された電波の反射に向かって飛行する誘導方式を採用していた。
当初、ミサイル開発を主導していたのは高射砲部隊を有するドイツ空軍だった。地上部隊の彼らは改良型のライン・トホターを採用した。Hs117に比べれば一回り以上大型だったが、それだけに射程と弾頭重量が大きい。高高度を飛行する四発機を相手とするドイツ空軍の防衛部隊にとっては、遠距離から確実にB-17やB-24を撃墜できる射程と威力が重要だったからだ。
一方、潜水艦への搭載が前提となる海軍は、積載可能な大きさと重量であることを必須条件とした。1942年後半になって、試験を続けていた2種類の対空ミサイルは実戦化の目途がついていた。ドイツ海軍はすぐにHs117をUボートに搭載して海上発射の実験を開始した。対空目標の探知と誘導のために小型レーダーのUボートへの装備も加速した。
もちろん、搭載するには、ある程度の船体規模が要求されるので航洋タイプのⅦ型以上の大型艦への装備が前提となった。潜水艦の艦橋後部の甲板上に翼を折りたたんだHs117を格納した円筒形の耐圧ケースを2基並べて搭載した。
ⅨC型Uボートのように後部甲板に火砲が据え付けられている場合には、もちろん取り除いて甲板を平らにする必要がある。20mmの鋼板で作られた巨大なカプセルのような耐圧筒は、Uボートが最大深度まで潜水しても、破壊しないだけの強度を有していた。
格納筒は、後方に開閉扉を備えていて、ロックを外すと下方に扉が開いた。ミサイル発射時には、扉を開けた格納筒を油圧ジャッキで開口部が斜め上を向くように持ち上げる。同時に、潜水艦は艦尾が目標の方向を向くように転舵して、後方の斜め上をめがけて発射することになる。
ミサイル格納筒は、通常2基を搭載したが、Ⅸ型のように排水量1,000トンクラスの大型艦では、後部に4基の格納筒を搭載した。この場合は、代替重量として搭載する魚雷数を減らす必要があった。しかも、海中での速度を含めて運動性は劣化したが、潜水艦にとって大きな脅威になっている航空機に反撃できるという利点が、はるかに上回った。
もう一つ、デーニッツが強力に推進したのが、Uボートへの新型電子機器の搭載だ。電波誘導ミサイルを搭載するためには必然的にレーダーの装備が必要だ。加えて潜水艦の負担にならない小型計算機を艦内に搭載した。通信機に直結した計算機により、平文を入力するだけで短時間のうちに強度の高い暗号文の作成が可能になった。もちろん電文の受信時も、通信機と計算機を接続するだけで、復号化した通信文が得られるようになった。受信文を計算機の記憶部に保存しておくことも可能だ。
しかも電子計算機が暗号化した通信情報は、あらかじめ計算機の記憶部に蓄積しておいて、浮上後に圧縮して短時間で送信することが可能になった。潜水艦は、浮上して電波発信する時間が短いほど、発見される危険性が減少することになる。イギリスの電波探知機はかなり高性能になっていて、計算機を利用した短時間の電波発信でも位置を確定される可能性は存在した。
行動中の多数のUボートは、ロリアンの大西洋潜水艦隊司令部と計算機を利用した通信網で結ばれることになった。Uボートが計算機により、座標を含めた定時連絡をしてくると、艦隊司令部の計算機は応答を返すと共にその艦の位置情報を記録した。司令部の計算機はこの仕組みにより、応答を得た洋上のUボートの配置を全て記憶することができた。しかも定時連絡時の返信時に司令部からの命令や通知も送信できるように、メッセージをあらかじめ計算機に記憶させておけば、円滑に情報を伝えることも可能になった。
同様の仕組みで、定時連絡時刻さえ決めれば、司令部との間だけでなく、潜水艦が相互に秘匿性の高い通信が簡単に可能となった。これにより、複数の潜水艦が連携して船団を攻撃する群狼作戦(ウルフパック)が更に高度化できる。
計算機の恩恵は、雷撃の精度向上ももたらした。アナログ計算機を利用していた魚雷方位盤の演算が、電子計算機に置き換わった。計算機を使用したおかげで、魚雷の種類や雷速などの設定変更が柔軟に可能になった。正確な魚雷発射の諸元と指揮値が算出できるようになったおかげで、遠距離雷撃でも命中率が改善した。
……
ドイツで潜水艦に搭載する対空ミサイル開発が行われているころ、地球の裏側でも新兵器が誕生していた。
日本海軍では、航跡誘導魚雷を実用化した後も各種の魚雷について、熱心に研究を続けていた。もともと、酸素魚雷を筆頭として、雷撃は日本海軍のお家芸だった。魚雷の研究開発を中断することはなかった。
1938年に購入したドイツ製のG7eファルケが採用していた音響追尾型の魚雷についての研究も重点の一つだった。30ノット以上で走行できるG7eを試作することはできた。しかし、高速走行時に魚雷自身が発生する雑音により、音響探知が困難になるという根本的な問題は、対策案をいくつも実験したが、解決することはできなかった。
結局、艦隊戦には全く不向きということで音響誘導は不採用となり、高速でも誘導可能な海軍の誘導魚雷の主力は航跡誘導(ウェーキホーミング)になった。
しかし、1940年になって音響誘導魚雷に対する状況が大きく変わった。ヨーロッパの戦争が始まるとドイツ潜水艦の脅威は想像以上に大きいことがわかった。しかも、太平洋での戦争も想定されるために、潜水艦への対処は対岸の火事と言えなくなった。
そこで海中の潜水艦を攻撃するための手段として音響誘導魚雷が再び着目されることになった。水中では、10ノットも出ない潜水艦に対しては、攻撃兵器は20ノットで航走できれば十分だ。魚雷からの発生雑音を低減するためには、従来の2気筒の内燃機関を電動機とバッテリーの組み合わせに変更する必要があるが、それについてはドイツのG7eファルケを模倣した時に開発済みだ。
音響誘導の方式としては、艦船の発生音を聴いてその方向に魚雷を誘導する受動型の誘導法が当初は考えられた。しかし、偽の音響発生源による欺瞞や海中の雑音に弱いことから、自ら探針音を発信してその反射音から目標を探知する方式が採用された。いわば小型のアクティブ・ソナーを魚雷に備えることになる。受信回路で発信音以外の周波数をフィルタにより削除すれば、欺瞞や雑音にはかなり強くなる。
魚雷自身の海中での誘導法は、対空誘導弾の技術を応用して海中という3次元を運動できるように、計算機で上下左右の運動を制御する方式を採用した。
音響誘導魚雷は、潜水艦や航空機にも搭載可能な533mm径とされた。しかし、潜水艦と戦う駆逐艦の610mmの発射管も使えるように魚雷の外筒も開発された。魚雷の直径を610mmに増加させるリング状の外筒を前後に取り付けて、大口径の発射管も使えるようにした。もちろん、リング状の直径変更器は魚雷が発射されるとばねの力で4つに分割して、本体から分離するようになっていた。
……
7月に日本を出発した遣欧艦隊の最初の部隊は、1943年8月下旬になって、ノーフォーク海軍基地に到着した。司令官に任命された小沢中将が乗船する「青葉」もしばらくはアメリカの海軍基地から動かず停泊していた。「青葉」が大西洋に派遣されたのには、理由がある。中部太平洋の戦い後に、「青葉」は電子機器を搭載艦として、以前よりも改造範囲を拡大していた。船体後部の計算機と司令部施設はそのままで、艦橋前方の20cm主砲を全て削除して密閉型の電子機器室を増設していた。
艦の前後の電子機器室に2式の「オモイカネ五型」を搭載すると共に、各種波長の通信機器を搭載した。特徴的なのは、地球の裏側の本国との無線通信を直接可能とするためにラジオ放送電波に近い長波の通信機を搭載したことだ。
日本の艦隊が一時的にしても、アメリカ海軍の工廠が存在しているノーフォークに停泊してたのにも理由があった。大西洋で連合国の艦艇と共同作戦を実行するにあたり、アメリカ側が準備した通信機と対潜作戦向けの機材を大急ぎで積み込んだのだ。
今までの日本海軍としての通信と連合国側との通信の双方を確保するために、連合艦隊はアメリカ製の通信機を各艦に追加するという手段を選んだのだ。
また、駆逐艦については、アメリカとイギリス製の対潜作戦用の機器も追加していた。Uボートとの激しい戦いを経験して、対潜水艦戦向けの一部の機器については、連合国の装備が日本よりも進歩していた。日本艦隊はできる範囲でいいとこどりをしようと考えたのだ。
……
1943年9月29日になって、ニューヨークとカナダのノバスコシア州のハリファックスを出発してイギリスのリバプールに向かう船団は、北大西洋冲で同じくニューヨークを出発してカナダのシドニー(同名のオーストラリアの都市とは異なる)経由でリバプールを目的地とする船団とアメリカ大陸冲で合流した。
前者の船団はHX229と命名され、ニューヨークからの47隻が船団を構成していた。後者はSC122と呼ばれて、59隻の輸送船が航行していた。1943年当初に一時的にUボートの被害は低下したものの、連合国としては許容できない水準で推移していた。今では被害の多さにより、護衛空母を伴わない船団は、北大西洋での航行を許可できない状況になっていた。
「隼鷹」の艦橋では、日本から派遣された特別編制の艦隊の司令官に任命された角田中将が前方を航行する大規模な船団を監視していた。遣欧艦隊第七航空戦隊という長い名称で呼ばれるこの艦隊は、空母「隼鷹」「千歳」と軽巡「能代」、それに3つの駆逐隊に所属する12隻の駆逐艦から編制されていた。
変則的な編制になっているのは、日本本土からアメリカとの戦いで被害を受けていない戦力を急ぎ大西洋に送り出したという事情が影響していた。しかも、既に次の船団が計画されており、護衛のために戦力を分割して一部の空母と駆逐艦をノーフォークに残さねばならなかった。
後ろから、参謀長の鮫島中佐が声をかけた。
「それにしても、あれほどの空母や駆逐艦がありながら、我が軍に護衛を頼むとはいささかアメリカ海軍も兵力の使い方が贅沢ですな」
鮫島参謀長が言っているのは、ノーフォークで目撃した10隻を超える護衛空母と数えきれないほど多くの駆逐艦のことだ。角田中将も、日本では絶対に見られないような数の艦艇を目の前にして驚愕していた。
「まずは、我々のお手並みを拝見したいということだろう。連合国は日本艦隊の実力をまだ信頼しているわけではないと思うぞ。その証拠にカナダから来たSC船団には米軍の護衛空母と駆逐艦がついてきている。Uボートに対する我々の実力が、期待外れだった時の保険のつもりだろう」
角田中将の言った通り、カナダの沖合から航行していたSC船団には護衛空母の「カード」と「コパヒー」、それに多数の駆逐艦が随伴していた。
しばらく言葉を切ってから、角田中将が続けた。付き合いの長い鮫島中佐は、ここからが、中将の本当に言いたいことなのだということがわかっていた。
「アメリカ海軍は我々が驚くほどの艦艇を揃えているが、おそらく乗組員の練度は高くない。太平洋の戦いでは、多くの経験豊富な兵が失われたはずだ。艦艇を操る乗員には技術が要求される。航空機についてはもっと高度な操縦技能が必要だろう。つまり、戦いで失われたベテランは、大国アメリカであっても一朝一夕では補充できないということだ。多数の船を揃えても、初年兵に毛の生えたような乗組員ばかりでは、それは張りぼてに過ぎないだろう」
中将は、神妙な顔で話を聞いている鮫島中佐の方を振り返った。
「おそらく、今年の末になれば、アメリカ本土で大量に訓練中の兵員が続々と前線に出てくるだろう。しかし、それまでは猫の手も借りたいということだ。もう一つ付け加えれば、我々の戦術を観察して、優れているならば自分たちの手本にするという思惑もあるだろう」
「なるほど経験者の不足を日本人で補って、優れた技を持っているならば、それをのぞき見して手の内にしたいということですね」
口の悪い中佐の発言に対して、中将は口元をにやりと緩めたが、それ以上は何も言わなかった。
……
カナダやアメリカの大きな港湾に労働者を装った通報者を配置しておくことなど、国家としてのドイツにとってはさほど困難ではない。アメリカ大陸には、ドイツ系アメリカ人も含めて多様な人種が居住している。その中にドイツに忠誠を誓っている人物が紛れていても、見つけるのは困難だ。
アメリカ国内の諜報員から、ベルリンに司令部を置くドイツ国防軍最高司令部(OKW)は、大規模な輸送船団(コンボイ)がイギリスに向けて出発するとの情報をつかんだ。すぐにその情報は海軍潜水艦隊司令のデーニッツ元帥に伝達された。
大西洋潜水艦隊の指揮官であるゴット少将は、OKWから与えられた情報を基にして、参謀長のへスラー少佐と作戦参謀のシュネー大尉と共に作戦を検討していた。
シュネー大尉が、入手した輸送船団の情報を説明した。
「今回イギリスに向かっている船団の規模ですが、2つの船団が合流してかなり大規模になるようです。アメリカ北部から出発して、目的地はイギリス本土ですから、今までの北大西洋を航路とした輸送船団と似た航路をとるはずです」
「これ程大きな船団ならば、さすがに護衛はしっかりしているのだろう?」
「日本の空母と駆逐艦がアメリカの東海岸に既に到着したとの情報があります。今回の船団とも無関係ではないでしょう。日本海軍が、アメリカ海軍と共同作戦を実施する可能性は高いと考えます。但し、日本の艦隊は太平洋の水上戦闘ではアメリカに勝利していますが、対潜作戦での実力は未知数です」
へスラー少佐は積極的な意見だった。
「アメリカと日本の空母が護衛しているからと言って、これだけの規模の船団をみすみす見逃すわけにはいきません。シュメッターリング搭載艦であれば、航空攻撃から生き延びる可能性はかなり高いと思います。すぐにも攻撃開始を命令しましょう」
1943年から新たにUボート部隊の指揮官となったゴット少将にとっても、大量の獲物を前にして、怖気づくような判断はしたくない。積極的に攻撃しなければ指揮官の資質を問われるだろう。
「いいだろう、新兵器を搭載したUボートの実力は、いずれ試さなければならない。その時がやってきたと考えよう。まずは対空ミサイルを搭載した艦により、群狼作戦を実行する。北太平洋に展開している我が潜水艦隊の力を結集してこの輸送船団を叩くぞ」
シュネー大尉は、大西洋に出撃中のUボートと攻撃に参加可能な艦艇のリストを持っていた。
「北大西洋には『アイスベール』(ホッキョクグマ)が、展開しています。幸いにもこのウルフパック(群狼)に含まれる艦は大半がⅨ型で、Hs117シュメッターリングの搭載工事も終わっています。この『アイスベール』を中核として、付近のUボートが追加で参加することにより、大規模なウルフパックを編制することを提案します。具体的な艦艇のリストは個のメモに記載しました」
最新のボートの配備位置を潜水艦隊司令部の計算機が把握しているので、このような場合、すぐに作戦を検討することができる。ゴット少将は手渡されたメモを一読すると、作戦参謀の意見に同意した。
「了解した。すぐにこのリストに基づいてUボートに攻撃命令を発出してくれ。私はこの作戦案と潜水艦隊の準備状況をデーニッツ元帥の司令部に報告する」
もちろんデーニッツは、ゴット少将の作戦案を了承した。加えて、船団がヨーロッパに接近したならば、ドイツ空軍に要求して、北フランスから対艦兵器を搭載した爆撃機の出撃を要求すると約束してくれた。
……
輸送船団がアメリカ大陸の沿岸を離れてから、2日間は何ごともなく過ぎていた。
計算機の面倒を見ていた参謀の石森参謀が通知文を持ってやってきた。
「ノーフォークの小沢さんの司令部からの暗号電です。ドイツ海軍が北大西洋で発信している無線通信量が増大している。明らかにUボートによる攻撃を意図しているものと考えられるとのことです」
角田中将は、「隼鷹」の艦橋から前方を見ながら答えた。
「もともとドイツ海軍が、これほど大きな船団を見逃してくれることなどありえないと思っていたぞ。想定通りだ。護衛の各艦にUボートが仕掛けてくる可能性が高くなっていると伝えてくれ」
中将の予想はすぐに肯定された。船団の最前方を航行していた軽巡「能代」の逆探が不審な電波を捕捉したのだ。
「『能代』からです。英国製の『ハフダフ』が方位80度から発信された短波を受信しました。平文ではありません。ドイツ軍の暗号電とのことです」
「女王陛下の逆探知器はさすがに性能がいいな。大西洋で大型計算機を搭載している艦は、今のところノーフォークの『青葉』だけだろう。我々の艦隊では、暗号解読は不可能だ。ところで、上空の哨戒機は、電波源の方向に向かっているのか? 船団上空には3機が警戒していたはずだが、数を増やす必要があるのではないか?」
淵田航空参謀がこれに答えた。
「受信電波の方向に哨戒装備の天山が向かっています。30分以内に結果が出るでしょう。複数の潜水艦が襲撃してくることも考慮して、艦隊の上空には、『隼鷹』から3機を追加で上げます」
軽巡「能代」からの連絡を受けて、電子装備を搭載した天山は東北東に飛行していた。
通報を受けた方位に天山が接近してゆくと、後席の清水二飛曹が、電探による水上目標の探知を報告した。
「電探に感あり。13時方向、距離約6海里(11,000m)の海上、かなり小さな反応です」
機長の西原飛曹長は、潜望鏡か、あるいは海上に出た艦橋の一部を電探が捕らえたのだと考えた。それが正しいとすると、怪しい海域に急行しても潜水してしまう可能性が高い。
数分後に電探に反応が出た海域に達したが、何も発見できない。
「海面をよく確認してくれ。潜っても浅ければ、上空から影が見えるかもしれない」
海上を旋回していると、「能代」から別の通知が入ってきた。
「我が機の北方で電波を受信したとのことです。ドイツ潜水艦の周波数です。本機からの方位30度です」
西原飛曹長は、今度こそと思いつつ指示された方向に機首を向けた。清水二飛曹も電探を調整して一刻も早く潜水艦を発見しようとしていた。
しばらくして大声で報告した。
「電探に反応が出ました。12時方向、11海里(20km)、先程よりもかなり大きな反射です」
電探の性能を信じれば、海上に浮上した潜水艦ということになる。海上で充電しつつ待ち構えていたが、想定以上に早く艦隊が東に進んできたので、あわてて潜ろうとしているに違いない。
「逆探も電波を受信しました。周波数はドイツ軍のFuMoレーダーです。我々も探知されています」
すぐに飛曹長も遠方の航跡を発見していた。航跡がどんどん小さくなっている。急速潜航しようとしているのだ。
「Uボートを視認した。我々だけでは攻撃できない。七航戦司令部に通報だ。爆撃装備の流星を派遣されたし」
多くの電子装備を積み込んだ天山は、攻撃兵器を搭載する余裕がない。代わりに急降下攻撃可能な流星が、潜水艦を攻撃するための兵器を搭載することになった。この時期の日本海軍では、潜水艦狩りの場合は、天山が捜索して流星が攻撃するという役割分担だった。
すぐに、艦隊上空で待機していた流星が飛行してきた。潜水艦は海中に潜っていたが、上空から一部始終を監視していた西原飛曹長は、潜航した位置を把握していた。上空から発煙弾を落としてゆく。西原機は4発の発煙弾を四角形になるように海上に投下した。軽くバンクしながら近づいてきた流星から連絡が入る。
「こちら隼鷹爆撃隊3番機、発煙弾を確認した。獲物は海中なのだな」
「哨戒2番機だ。発煙弾の四角の中だ。まだそれほど深くは潜っていないはずだ」
流星は了解を示すバンクをして、3,000mあたりから爆弾倉の扉を開いて降下に入った。胴体中央の爆弾倉からかなり外形の大きな爆弾が投下された。爆弾はそのままゆるい放物線で落下してゆくと、空中で弾体が二つに割れた。内部から二十数個の小型爆弾が飛び出した。
日本海軍が開発した三式散布弾は、90番(900kg)相当の爆弾とされていたが、実際は内部に小型爆雷を収納したクラスター型の爆弾だった。外板をばねの力で開くと、24発の小型爆雷を空中でばらまいた。
楕円形に広がった小型弾は、約7割が発煙弾の囲った四角形の中に落下した。西原機が上空を旋回していると、1本の水柱が立ち上ってきた。続いて周囲にも数本の水柱が立ち上った。37kgの対潜爆弾は、触発信管で潜水艦に命中すると爆発した。次に、近傍の対潜爆弾が水中で衝撃波を受けて連鎖的に爆発した。
対潜爆弾の爆発に続いて、水中から大量の泡が上がってきた。同時に茶色の石油の幕が海上に広がってゆく。西原飛曹長がぼそりと話した。
「撃沈確実だな。『隼鷹』に報告してくれ。Uボート1隻、撃沈確実。大量の泡と石油の流出を確認した」
……
「隼鷹」の七航戦司令部には、Uボートの発見と攻撃開始の報告が順番に入っていた。やや遅れて天山と流星の共同攻撃による戦果が入ってきた。
石森参謀が状況を角田中将に報告した。
「船団の東北東で、Uボート1隻を撃沈確実」
周囲の士官たちから歓声が上がる。しかし、角田中将は、同調せず短く答えた。
「それでよい。これからますます攻撃が激しくなるぞ。いちいち我々とやりとりする時間も無くなるかもしれん。敵艦を発見したら、航空機の指揮官判断で攻撃開始するように通知してくれ」
淵田少佐がすかさず返事をする。
「すぐに、そのように伝えます。それと、今日は複数の潜水艦が集結してくる可能性があります。手持ちの哨戒機と攻撃機を全て上がるように指示しますが、よろしいですね」
角田中将はぎろりと淵田少佐を見ると、うなずきながら返事をした。
「もちろん了解だ。輸送船が攻撃されてからでは遅い。我々も全力でUボートの攻撃を阻止する」
Uボートによる被害増加の要因は、第一に航跡誘導魚雷が行き渡ったことだ。日本からの技術も参考にして開発されたこの魚雷は、撃ちっ放しでも自ら航跡を探知して、目標に向けて回頭を繰り返して命中した。まさに、Uボート乗りにとって有無のような機能を実現していた。
しかも、配備が開始された後も航跡の探知器と誘導制御部が改善されて、命中率も順次向上していた。航跡誘導機能は、Uボートが搭載するG7魚雷でも圧縮空気で燃料を燃焼させる通常型のG7aと、内蔵したバッテリーによる電動推進型のG7eの双方に追加された。Uボートの艦長たちは状況に応じて、この2種類を使い分けた。圧縮空気によるエンジンを使用するG7aは電気式のG7eよりも遠距離まで航走可能だった。しかし、G7eはモーターの出力制御が容易なことを生かして、内蔵した計算機の指示により大きく速度を変えられた。状況により、速度を落として海中で待ち構えるような使い方が可能なG7eを好むUボート艦長も少なくなかったのだ。
Uボートの戦果が躍進した第二の理由は、音響探知器に対するおとり弾の装備が進んだことだ。ジークリンデ(ジークフリートの母親)と呼ばれる欺瞞弾は、水中の潜水艦から反射されるソナー音を疑似しながら、電動により6ノット程度で海中を移動した。もう一つの欺瞞弾であるボールドは、内蔵した水酸化カルシウムを海水と反応させて大量の水素の泡を発生させた。どちらも、偽の音響探知像を海中に作り出して水上艦をそちらに引き付けた。その間に、Uボートは護衛艦艇から静かに逃げ延びた。
ところが、1942年末になると順調に増加していたUボートの戦果が減少に転じた。それと反比例するようにUボートの被害が上昇していった。戦闘から戻った艦長たちの報告から、潜水艦隊司令部は護衛空母がほとんどの輸送船団に随伴するようになったことを知った。護衛空母は前年から登場していたが、当初はまだ数が少なかった。それが、1942年中旬から急激に数が増えた。理由は明らかだ。アメリカで建造されている小型空母が続々と就役してきたからだ。
そんな、空母を発艦した対潜装備の艦載機による攻撃が、撃沈トン数の減少の大きな理由だった。航空機が接近してくると、Uボートは撃沈されなくても襲撃をあきらめて回避を優先せざるを得ない。Uボート自身は退避により撃沈を免れても、攻撃できなければ、目的を達成できない。
デーニッツ元帥は、アメリカで護衛空母が多数建造されていることを知って、1942年中旬から対策を検討していた。その結果、Uボートへの航空機に反撃できる対空火器の装備を決定した。Uボートに航空機に抵抗する牙をつけることが、護衛空母に対する回答だと判断したのだ。
まず、Uボートの甲板上に搭載されていた88mm砲または、105mm砲は、対空火器としての効果が小さいので取り外すことになった。その代わりに、4連装20mm機銃または37mm連装機銃、あるいは大型艦には双方を搭載した。更に、デーニッツ元帥は、効果的な対空兵器として誘導ミサイルに目をつけた。
ドイツ軍では以前から2種類の対空ミサイルを開発していた。ラインメタル社のライン・トホターとヘンシェル社のHs117シュメッターリングは1942年になって、実射試験できる段階に到達していた。どちらもレーダーから発信された電波の反射に向かって飛行する誘導方式を採用していた。
当初、ミサイル開発を主導していたのは高射砲部隊を有するドイツ空軍だった。地上部隊の彼らは改良型のライン・トホターを採用した。Hs117に比べれば一回り以上大型だったが、それだけに射程と弾頭重量が大きい。高高度を飛行する四発機を相手とするドイツ空軍の防衛部隊にとっては、遠距離から確実にB-17やB-24を撃墜できる射程と威力が重要だったからだ。
一方、潜水艦への搭載が前提となる海軍は、積載可能な大きさと重量であることを必須条件とした。1942年後半になって、試験を続けていた2種類の対空ミサイルは実戦化の目途がついていた。ドイツ海軍はすぐにHs117をUボートに搭載して海上発射の実験を開始した。対空目標の探知と誘導のために小型レーダーのUボートへの装備も加速した。
もちろん、搭載するには、ある程度の船体規模が要求されるので航洋タイプのⅦ型以上の大型艦への装備が前提となった。潜水艦の艦橋後部の甲板上に翼を折りたたんだHs117を格納した円筒形の耐圧ケースを2基並べて搭載した。
ⅨC型Uボートのように後部甲板に火砲が据え付けられている場合には、もちろん取り除いて甲板を平らにする必要がある。20mmの鋼板で作られた巨大なカプセルのような耐圧筒は、Uボートが最大深度まで潜水しても、破壊しないだけの強度を有していた。
格納筒は、後方に開閉扉を備えていて、ロックを外すと下方に扉が開いた。ミサイル発射時には、扉を開けた格納筒を油圧ジャッキで開口部が斜め上を向くように持ち上げる。同時に、潜水艦は艦尾が目標の方向を向くように転舵して、後方の斜め上をめがけて発射することになる。
ミサイル格納筒は、通常2基を搭載したが、Ⅸ型のように排水量1,000トンクラスの大型艦では、後部に4基の格納筒を搭載した。この場合は、代替重量として搭載する魚雷数を減らす必要があった。しかも、海中での速度を含めて運動性は劣化したが、潜水艦にとって大きな脅威になっている航空機に反撃できるという利点が、はるかに上回った。
もう一つ、デーニッツが強力に推進したのが、Uボートへの新型電子機器の搭載だ。電波誘導ミサイルを搭載するためには必然的にレーダーの装備が必要だ。加えて潜水艦の負担にならない小型計算機を艦内に搭載した。通信機に直結した計算機により、平文を入力するだけで短時間のうちに強度の高い暗号文の作成が可能になった。もちろん電文の受信時も、通信機と計算機を接続するだけで、復号化した通信文が得られるようになった。受信文を計算機の記憶部に保存しておくことも可能だ。
しかも電子計算機が暗号化した通信情報は、あらかじめ計算機の記憶部に蓄積しておいて、浮上後に圧縮して短時間で送信することが可能になった。潜水艦は、浮上して電波発信する時間が短いほど、発見される危険性が減少することになる。イギリスの電波探知機はかなり高性能になっていて、計算機を利用した短時間の電波発信でも位置を確定される可能性は存在した。
行動中の多数のUボートは、ロリアンの大西洋潜水艦隊司令部と計算機を利用した通信網で結ばれることになった。Uボートが計算機により、座標を含めた定時連絡をしてくると、艦隊司令部の計算機は応答を返すと共にその艦の位置情報を記録した。司令部の計算機はこの仕組みにより、応答を得た洋上のUボートの配置を全て記憶することができた。しかも定時連絡時の返信時に司令部からの命令や通知も送信できるように、メッセージをあらかじめ計算機に記憶させておけば、円滑に情報を伝えることも可能になった。
同様の仕組みで、定時連絡時刻さえ決めれば、司令部との間だけでなく、潜水艦が相互に秘匿性の高い通信が簡単に可能となった。これにより、複数の潜水艦が連携して船団を攻撃する群狼作戦(ウルフパック)が更に高度化できる。
計算機の恩恵は、雷撃の精度向上ももたらした。アナログ計算機を利用していた魚雷方位盤の演算が、電子計算機に置き換わった。計算機を使用したおかげで、魚雷の種類や雷速などの設定変更が柔軟に可能になった。正確な魚雷発射の諸元と指揮値が算出できるようになったおかげで、遠距離雷撃でも命中率が改善した。
……
ドイツで潜水艦に搭載する対空ミサイル開発が行われているころ、地球の裏側でも新兵器が誕生していた。
日本海軍では、航跡誘導魚雷を実用化した後も各種の魚雷について、熱心に研究を続けていた。もともと、酸素魚雷を筆頭として、雷撃は日本海軍のお家芸だった。魚雷の研究開発を中断することはなかった。
1938年に購入したドイツ製のG7eファルケが採用していた音響追尾型の魚雷についての研究も重点の一つだった。30ノット以上で走行できるG7eを試作することはできた。しかし、高速走行時に魚雷自身が発生する雑音により、音響探知が困難になるという根本的な問題は、対策案をいくつも実験したが、解決することはできなかった。
結局、艦隊戦には全く不向きということで音響誘導は不採用となり、高速でも誘導可能な海軍の誘導魚雷の主力は航跡誘導(ウェーキホーミング)になった。
しかし、1940年になって音響誘導魚雷に対する状況が大きく変わった。ヨーロッパの戦争が始まるとドイツ潜水艦の脅威は想像以上に大きいことがわかった。しかも、太平洋での戦争も想定されるために、潜水艦への対処は対岸の火事と言えなくなった。
そこで海中の潜水艦を攻撃するための手段として音響誘導魚雷が再び着目されることになった。水中では、10ノットも出ない潜水艦に対しては、攻撃兵器は20ノットで航走できれば十分だ。魚雷からの発生雑音を低減するためには、従来の2気筒の内燃機関を電動機とバッテリーの組み合わせに変更する必要があるが、それについてはドイツのG7eファルケを模倣した時に開発済みだ。
音響誘導の方式としては、艦船の発生音を聴いてその方向に魚雷を誘導する受動型の誘導法が当初は考えられた。しかし、偽の音響発生源による欺瞞や海中の雑音に弱いことから、自ら探針音を発信してその反射音から目標を探知する方式が採用された。いわば小型のアクティブ・ソナーを魚雷に備えることになる。受信回路で発信音以外の周波数をフィルタにより削除すれば、欺瞞や雑音にはかなり強くなる。
魚雷自身の海中での誘導法は、対空誘導弾の技術を応用して海中という3次元を運動できるように、計算機で上下左右の運動を制御する方式を採用した。
音響誘導魚雷は、潜水艦や航空機にも搭載可能な533mm径とされた。しかし、潜水艦と戦う駆逐艦の610mmの発射管も使えるように魚雷の外筒も開発された。魚雷の直径を610mmに増加させるリング状の外筒を前後に取り付けて、大口径の発射管も使えるようにした。もちろん、リング状の直径変更器は魚雷が発射されるとばねの力で4つに分割して、本体から分離するようになっていた。
……
7月に日本を出発した遣欧艦隊の最初の部隊は、1943年8月下旬になって、ノーフォーク海軍基地に到着した。司令官に任命された小沢中将が乗船する「青葉」もしばらくはアメリカの海軍基地から動かず停泊していた。「青葉」が大西洋に派遣されたのには、理由がある。中部太平洋の戦い後に、「青葉」は電子機器を搭載艦として、以前よりも改造範囲を拡大していた。船体後部の計算機と司令部施設はそのままで、艦橋前方の20cm主砲を全て削除して密閉型の電子機器室を増設していた。
艦の前後の電子機器室に2式の「オモイカネ五型」を搭載すると共に、各種波長の通信機器を搭載した。特徴的なのは、地球の裏側の本国との無線通信を直接可能とするためにラジオ放送電波に近い長波の通信機を搭載したことだ。
日本の艦隊が一時的にしても、アメリカ海軍の工廠が存在しているノーフォークに停泊してたのにも理由があった。大西洋で連合国の艦艇と共同作戦を実行するにあたり、アメリカ側が準備した通信機と対潜作戦向けの機材を大急ぎで積み込んだのだ。
今までの日本海軍としての通信と連合国側との通信の双方を確保するために、連合艦隊はアメリカ製の通信機を各艦に追加するという手段を選んだのだ。
また、駆逐艦については、アメリカとイギリス製の対潜作戦用の機器も追加していた。Uボートとの激しい戦いを経験して、対潜水艦戦向けの一部の機器については、連合国の装備が日本よりも進歩していた。日本艦隊はできる範囲でいいとこどりをしようと考えたのだ。
……
1943年9月29日になって、ニューヨークとカナダのノバスコシア州のハリファックスを出発してイギリスのリバプールに向かう船団は、北大西洋冲で同じくニューヨークを出発してカナダのシドニー(同名のオーストラリアの都市とは異なる)経由でリバプールを目的地とする船団とアメリカ大陸冲で合流した。
前者の船団はHX229と命名され、ニューヨークからの47隻が船団を構成していた。後者はSC122と呼ばれて、59隻の輸送船が航行していた。1943年当初に一時的にUボートの被害は低下したものの、連合国としては許容できない水準で推移していた。今では被害の多さにより、護衛空母を伴わない船団は、北大西洋での航行を許可できない状況になっていた。
「隼鷹」の艦橋では、日本から派遣された特別編制の艦隊の司令官に任命された角田中将が前方を航行する大規模な船団を監視していた。遣欧艦隊第七航空戦隊という長い名称で呼ばれるこの艦隊は、空母「隼鷹」「千歳」と軽巡「能代」、それに3つの駆逐隊に所属する12隻の駆逐艦から編制されていた。
変則的な編制になっているのは、日本本土からアメリカとの戦いで被害を受けていない戦力を急ぎ大西洋に送り出したという事情が影響していた。しかも、既に次の船団が計画されており、護衛のために戦力を分割して一部の空母と駆逐艦をノーフォークに残さねばならなかった。
後ろから、参謀長の鮫島中佐が声をかけた。
「それにしても、あれほどの空母や駆逐艦がありながら、我が軍に護衛を頼むとはいささかアメリカ海軍も兵力の使い方が贅沢ですな」
鮫島参謀長が言っているのは、ノーフォークで目撃した10隻を超える護衛空母と数えきれないほど多くの駆逐艦のことだ。角田中将も、日本では絶対に見られないような数の艦艇を目の前にして驚愕していた。
「まずは、我々のお手並みを拝見したいということだろう。連合国は日本艦隊の実力をまだ信頼しているわけではないと思うぞ。その証拠にカナダから来たSC船団には米軍の護衛空母と駆逐艦がついてきている。Uボートに対する我々の実力が、期待外れだった時の保険のつもりだろう」
角田中将の言った通り、カナダの沖合から航行していたSC船団には護衛空母の「カード」と「コパヒー」、それに多数の駆逐艦が随伴していた。
しばらく言葉を切ってから、角田中将が続けた。付き合いの長い鮫島中佐は、ここからが、中将の本当に言いたいことなのだということがわかっていた。
「アメリカ海軍は我々が驚くほどの艦艇を揃えているが、おそらく乗組員の練度は高くない。太平洋の戦いでは、多くの経験豊富な兵が失われたはずだ。艦艇を操る乗員には技術が要求される。航空機についてはもっと高度な操縦技能が必要だろう。つまり、戦いで失われたベテランは、大国アメリカであっても一朝一夕では補充できないということだ。多数の船を揃えても、初年兵に毛の生えたような乗組員ばかりでは、それは張りぼてに過ぎないだろう」
中将は、神妙な顔で話を聞いている鮫島中佐の方を振り返った。
「おそらく、今年の末になれば、アメリカ本土で大量に訓練中の兵員が続々と前線に出てくるだろう。しかし、それまでは猫の手も借りたいということだ。もう一つ付け加えれば、我々の戦術を観察して、優れているならば自分たちの手本にするという思惑もあるだろう」
「なるほど経験者の不足を日本人で補って、優れた技を持っているならば、それをのぞき見して手の内にしたいということですね」
口の悪い中佐の発言に対して、中将は口元をにやりと緩めたが、それ以上は何も言わなかった。
……
カナダやアメリカの大きな港湾に労働者を装った通報者を配置しておくことなど、国家としてのドイツにとってはさほど困難ではない。アメリカ大陸には、ドイツ系アメリカ人も含めて多様な人種が居住している。その中にドイツに忠誠を誓っている人物が紛れていても、見つけるのは困難だ。
アメリカ国内の諜報員から、ベルリンに司令部を置くドイツ国防軍最高司令部(OKW)は、大規模な輸送船団(コンボイ)がイギリスに向けて出発するとの情報をつかんだ。すぐにその情報は海軍潜水艦隊司令のデーニッツ元帥に伝達された。
大西洋潜水艦隊の指揮官であるゴット少将は、OKWから与えられた情報を基にして、参謀長のへスラー少佐と作戦参謀のシュネー大尉と共に作戦を検討していた。
シュネー大尉が、入手した輸送船団の情報を説明した。
「今回イギリスに向かっている船団の規模ですが、2つの船団が合流してかなり大規模になるようです。アメリカ北部から出発して、目的地はイギリス本土ですから、今までの北大西洋を航路とした輸送船団と似た航路をとるはずです」
「これ程大きな船団ならば、さすがに護衛はしっかりしているのだろう?」
「日本の空母と駆逐艦がアメリカの東海岸に既に到着したとの情報があります。今回の船団とも無関係ではないでしょう。日本海軍が、アメリカ海軍と共同作戦を実施する可能性は高いと考えます。但し、日本の艦隊は太平洋の水上戦闘ではアメリカに勝利していますが、対潜作戦での実力は未知数です」
へスラー少佐は積極的な意見だった。
「アメリカと日本の空母が護衛しているからと言って、これだけの規模の船団をみすみす見逃すわけにはいきません。シュメッターリング搭載艦であれば、航空攻撃から生き延びる可能性はかなり高いと思います。すぐにも攻撃開始を命令しましょう」
1943年から新たにUボート部隊の指揮官となったゴット少将にとっても、大量の獲物を前にして、怖気づくような判断はしたくない。積極的に攻撃しなければ指揮官の資質を問われるだろう。
「いいだろう、新兵器を搭載したUボートの実力は、いずれ試さなければならない。その時がやってきたと考えよう。まずは対空ミサイルを搭載した艦により、群狼作戦を実行する。北太平洋に展開している我が潜水艦隊の力を結集してこの輸送船団を叩くぞ」
シュネー大尉は、大西洋に出撃中のUボートと攻撃に参加可能な艦艇のリストを持っていた。
「北大西洋には『アイスベール』(ホッキョクグマ)が、展開しています。幸いにもこのウルフパック(群狼)に含まれる艦は大半がⅨ型で、Hs117シュメッターリングの搭載工事も終わっています。この『アイスベール』を中核として、付近のUボートが追加で参加することにより、大規模なウルフパックを編制することを提案します。具体的な艦艇のリストは個のメモに記載しました」
最新のボートの配備位置を潜水艦隊司令部の計算機が把握しているので、このような場合、すぐに作戦を検討することができる。ゴット少将は手渡されたメモを一読すると、作戦参謀の意見に同意した。
「了解した。すぐにこのリストに基づいてUボートに攻撃命令を発出してくれ。私はこの作戦案と潜水艦隊の準備状況をデーニッツ元帥の司令部に報告する」
もちろんデーニッツは、ゴット少将の作戦案を了承した。加えて、船団がヨーロッパに接近したならば、ドイツ空軍に要求して、北フランスから対艦兵器を搭載した爆撃機の出撃を要求すると約束してくれた。
……
輸送船団がアメリカ大陸の沿岸を離れてから、2日間は何ごともなく過ぎていた。
計算機の面倒を見ていた参謀の石森参謀が通知文を持ってやってきた。
「ノーフォークの小沢さんの司令部からの暗号電です。ドイツ海軍が北大西洋で発信している無線通信量が増大している。明らかにUボートによる攻撃を意図しているものと考えられるとのことです」
角田中将は、「隼鷹」の艦橋から前方を見ながら答えた。
「もともとドイツ海軍が、これほど大きな船団を見逃してくれることなどありえないと思っていたぞ。想定通りだ。護衛の各艦にUボートが仕掛けてくる可能性が高くなっていると伝えてくれ」
中将の予想はすぐに肯定された。船団の最前方を航行していた軽巡「能代」の逆探が不審な電波を捕捉したのだ。
「『能代』からです。英国製の『ハフダフ』が方位80度から発信された短波を受信しました。平文ではありません。ドイツ軍の暗号電とのことです」
「女王陛下の逆探知器はさすがに性能がいいな。大西洋で大型計算機を搭載している艦は、今のところノーフォークの『青葉』だけだろう。我々の艦隊では、暗号解読は不可能だ。ところで、上空の哨戒機は、電波源の方向に向かっているのか? 船団上空には3機が警戒していたはずだが、数を増やす必要があるのではないか?」
淵田航空参謀がこれに答えた。
「受信電波の方向に哨戒装備の天山が向かっています。30分以内に結果が出るでしょう。複数の潜水艦が襲撃してくることも考慮して、艦隊の上空には、『隼鷹』から3機を追加で上げます」
軽巡「能代」からの連絡を受けて、電子装備を搭載した天山は東北東に飛行していた。
通報を受けた方位に天山が接近してゆくと、後席の清水二飛曹が、電探による水上目標の探知を報告した。
「電探に感あり。13時方向、距離約6海里(11,000m)の海上、かなり小さな反応です」
機長の西原飛曹長は、潜望鏡か、あるいは海上に出た艦橋の一部を電探が捕らえたのだと考えた。それが正しいとすると、怪しい海域に急行しても潜水してしまう可能性が高い。
数分後に電探に反応が出た海域に達したが、何も発見できない。
「海面をよく確認してくれ。潜っても浅ければ、上空から影が見えるかもしれない」
海上を旋回していると、「能代」から別の通知が入ってきた。
「我が機の北方で電波を受信したとのことです。ドイツ潜水艦の周波数です。本機からの方位30度です」
西原飛曹長は、今度こそと思いつつ指示された方向に機首を向けた。清水二飛曹も電探を調整して一刻も早く潜水艦を発見しようとしていた。
しばらくして大声で報告した。
「電探に反応が出ました。12時方向、11海里(20km)、先程よりもかなり大きな反射です」
電探の性能を信じれば、海上に浮上した潜水艦ということになる。海上で充電しつつ待ち構えていたが、想定以上に早く艦隊が東に進んできたので、あわてて潜ろうとしているに違いない。
「逆探も電波を受信しました。周波数はドイツ軍のFuMoレーダーです。我々も探知されています」
すぐに飛曹長も遠方の航跡を発見していた。航跡がどんどん小さくなっている。急速潜航しようとしているのだ。
「Uボートを視認した。我々だけでは攻撃できない。七航戦司令部に通報だ。爆撃装備の流星を派遣されたし」
多くの電子装備を積み込んだ天山は、攻撃兵器を搭載する余裕がない。代わりに急降下攻撃可能な流星が、潜水艦を攻撃するための兵器を搭載することになった。この時期の日本海軍では、潜水艦狩りの場合は、天山が捜索して流星が攻撃するという役割分担だった。
すぐに、艦隊上空で待機していた流星が飛行してきた。潜水艦は海中に潜っていたが、上空から一部始終を監視していた西原飛曹長は、潜航した位置を把握していた。上空から発煙弾を落としてゆく。西原機は4発の発煙弾を四角形になるように海上に投下した。軽くバンクしながら近づいてきた流星から連絡が入る。
「こちら隼鷹爆撃隊3番機、発煙弾を確認した。獲物は海中なのだな」
「哨戒2番機だ。発煙弾の四角の中だ。まだそれほど深くは潜っていないはずだ」
流星は了解を示すバンクをして、3,000mあたりから爆弾倉の扉を開いて降下に入った。胴体中央の爆弾倉からかなり外形の大きな爆弾が投下された。爆弾はそのままゆるい放物線で落下してゆくと、空中で弾体が二つに割れた。内部から二十数個の小型爆弾が飛び出した。
日本海軍が開発した三式散布弾は、90番(900kg)相当の爆弾とされていたが、実際は内部に小型爆雷を収納したクラスター型の爆弾だった。外板をばねの力で開くと、24発の小型爆雷を空中でばらまいた。
楕円形に広がった小型弾は、約7割が発煙弾の囲った四角形の中に落下した。西原機が上空を旋回していると、1本の水柱が立ち上ってきた。続いて周囲にも数本の水柱が立ち上った。37kgの対潜爆弾は、触発信管で潜水艦に命中すると爆発した。次に、近傍の対潜爆弾が水中で衝撃波を受けて連鎖的に爆発した。
対潜爆弾の爆発に続いて、水中から大量の泡が上がってきた。同時に茶色の石油の幕が海上に広がってゆく。西原飛曹長がぼそりと話した。
「撃沈確実だな。『隼鷹』に報告してくれ。Uボート1隻、撃沈確実。大量の泡と石油の流出を確認した」
……
「隼鷹」の七航戦司令部には、Uボートの発見と攻撃開始の報告が順番に入っていた。やや遅れて天山と流星の共同攻撃による戦果が入ってきた。
石森参謀が状況を角田中将に報告した。
「船団の東北東で、Uボート1隻を撃沈確実」
周囲の士官たちから歓声が上がる。しかし、角田中将は、同調せず短く答えた。
「それでよい。これからますます攻撃が激しくなるぞ。いちいち我々とやりとりする時間も無くなるかもしれん。敵艦を発見したら、航空機の指揮官判断で攻撃開始するように通知してくれ」
淵田少佐がすかさず返事をする。
「すぐに、そのように伝えます。それと、今日は複数の潜水艦が集結してくる可能性があります。手持ちの哨戒機と攻撃機を全て上がるように指示しますが、よろしいですね」
角田中将はぎろりと淵田少佐を見ると、うなずきながら返事をした。
「もちろん了解だ。輸送船が攻撃されてからでは遅い。我々も全力でUボートの攻撃を阻止する」
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