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第21章 欧州の戦い
21.6章 北大西洋の戦い2
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輸送船団の北北東で航空機とUボートの戦いが行われていたころ、艦隊の南南東でもう一つの戦闘が始まっていた。
「こちらは哨戒4番機、電探で水上目標を探知した。『隼鷹』からの方位150度、距離14海里(26km)の海域だ。電探反射の大きさから浮上中の潜水艦と想定」
哨戒機からの通報を受けて、すぐに攻撃装備の流星が飛来していった。もともと船団上空で待機していたので、ほとんど時間を要していない。
「隼鷹爆撃隊2番機だ。浮上している潜水艦を目視で確認した。すぐに攻撃を開始する」
流星が降下を開始すると、Uボートの後部甲板から激しく白煙が噴き出した。続いて2本の白い矢が空中へと伸びてくる。上昇してくる矢は、速度が増加すると爆発ボルトが作動して胴体側面の固体ブースターを切り離した。飛行してくる物体は後退角を有する主翼を持った飛行体だった。
さすがに降下途中の流星も、Uボートが誘導弾を発射したのだと気がついた。しかも、今まで見たこともないような高速で急接近してくる。流星は、左翼を下げた急旋回により、1本目の矢を避けた。しかし、次の矢が流星の下腹部を目指して迫っていた。
流星の下部至近で、近接信管を有する70kg弾頭が爆発した。オレンジ色の20mを超える球体が空中に出現した。一瞬、流星の左半分が火球に飲み込まれたように見えた。まぶしい光が消えると、流星の左主翼が消失していた。片翼の流星は不自然に回転しながら、機首を真下に向けて墜落していった。
U-155艦長のピーニング少佐は、艦橋からミサイルの飛んでいった方角を双眼鏡で見ていた。彼にとっても、初めての実弾発射だ。次の行動を決めるために、戦果を見極めようとしていた。しかし、彼の心配を帳消しにするかのように、逆ガルの機体に接近したミサイルは空中で弾頭を爆発させた。被害を受けた日本軍機がきりもみになって落ちてゆくのを、Uボート艦上の全員が目撃していた。
「想定以上の戦果だな。今のうちに急速潜航だ。すぐに次の攻撃機がやってくるぞ」
ピーニング少佐の言葉通り、すぐに次の逆ガル翼の攻撃機がやってきた。U-155は艦型の大きなⅨC型だったので4基の対空ミサイルを搭載していた。このため、まだ2発が残っていた。しかし、潜水を開始したので海水が甲板を洗うようになっている。こんな状況では、再度浮上しない限り、艦尾のHs117を発射できない。
あらかじめ、こんな状況も少佐は想定していた。艦内に引き上げようとしていた甲板上の兵に命令した。
「20mm機関銃を一連射だけ射撃。次に信号弾を日本機の方向に撃て。その後はすぐに艦内に戻るんだ。射撃後は、急速潜航するぞ」
艦長の命令に従って、潜航しつつあるUボートから流星に向けて、20mm弾が一連射だけ放たれた。次に艦橋から信号弾が発射された。機銃の曳光弾の後方で、薄い煙を吐きながら発光弾がゆっくりと空に上っていった。
ピーニング少佐は、艦橋から艦内へのラッタルを下りながら、攻撃機が急旋回で回避するのを見ていた。
(予想通りだ。わずかだがこれで時間が稼げるぞ)
……
隼鷹爆撃隊5番機を操縦していた児島飛曹長は、Uボートから機銃の射撃が開始されたのを目にした。
(まだ遠い。機体をわずかに滑らせれば大丈夫だ)
しかし、その後に発射された薄い煙を伴う発光体を見て、直感的に友軍機が撃墜された誘導弾だと考えた。直ちに攻撃を中止して、左翼側に急旋回した。方向を変えてから、Uボートとの距離をとりつつ振り返った。その時点で自分の間違いに気づいた。
「しまった。あれは信号弾じゃないか」
後席の柳原上飛曹も、Uボートから打ち上げられた発光体が、自分たちを欺くための信号弾だとわかった。
「旋回してから、再度攻撃しましょう。Uボートは潜水するでしょうが、遠くには逃げられません。我々の三式散布弾で攻撃可能だと思います」
再度、児島飛曹長の流星は、高度をとりながら旋回して潜水艦が潜ったと思われる海上を目指して降下を始めた。Uボートの姿は完全に海中に隠れていたが、児島飛曹長は消えつつある航跡の先端を目標にして、三式散布弾を投下した。海中での命中を期待したが、しばらく待っていても小型爆雷が爆発した水柱は発生しない。おそらく、Uボートは潜航直後に海中で右か左に急回頭したに違いない。
攻撃を終えた5番機が上空を旋回していると、船団の南側を護衛していた駆逐艦が急行してきた。第17駆逐隊の「浦風」がUボートが潜ったあたりを中心に探索を始めた。
「浦風」艦長の横田少佐にとっては、実戦での潜水艦狩りは初めてだったが、あらかじめ考えていたやり方で潜水艦を探すことにした。
「速度を15ノットに落とせ。ここからは、渦巻の航行により被疑海域の潜水艦を探す。航海長、流星が爆弾を投下した位置を中心にして、らせん状に航行するぞ」
「浦風」は今回の護衛の航海開始前に、改修により船体前方の下面に米軍が使用しているQCSソナーを追加していた。Uボートとの激しい戦いを繰り広げていた連合軍は、必要に迫られて何種類ものソナーを開発していた。結果的に、これらの機器は日本軍よりも優れた装備になっていた。遣欧艦隊もそれを認識して、輸送船団を護衛しなければならない駆逐艦は、ノーフォークで優先して対潜装備の追加工事を実施していた。
海上の「浦風」がソナーで潜水艦を捜索している間に、「磯風」と「浜風」がやってきた。3隻が海域を分担して探査を開始した。
海中のU-155にも海上のアクティブソナーが発生している探知音が聞こえてきた。しかも探知音は異なる方向から複数が聞こえてくる。ピーニング少佐も、かなり切羽詰まった状況に追いやられたことを認識した。
「日本人は行動が迅速だな。早くも、複数の駆逐艦がやってきたぞ。おとりを発射する」
U-155はまずボールドを射出した。海中で反応した水素化カルシウムが、大量の水素の泡を発生させた。水素の泡沫が壁状になるように、U-155は一定の間隔を空けてボールドを放出しながら、どんどん深く潜っていった。ピーニング少佐は海中での3次元運動を意識して、深度を増しながら北側に向けて方向転換させた。U-155は、深く潜る途中で南に向けてジークリンデを発射した。もちろん疑似的に発生する音波は、連合軍が使用しているソナーの波長に合わせてある。
艦橋の艦長に「浦風」水雷長の高橋大尉が音響探知の状況を報告してきた。
「海中で多数の音響反射が出ています。海中で欺瞞装置を射出して音波探知機を欺いているようです。それも1つだけでなく、複数の妨害手段を使っています。これでは、位置の判定が困難です」
横で聞いていた航海長の山崎大尉が、こんな時には珍しく自ら発言した。
「我々はもう一つ潜水艦の探知手段を有しています。この艦にもともと搭載していた三式探信儀です。この装置は、連合軍のソナーとは全く異なる波長の音波を使用しています。ドイツ軍のおとりが前提としている波長の範囲外かも知れません」
音波の干渉を避けるために、「浦風」は今までQCSソナーだけで探知していたが、それを停止して三式探信儀のスイッチを入れた。この対処により、探知距離は短くなった。しかし、連合軍のソナー周波数に合わせるように調整したジークリンデによる欺瞞は回避できた。ボールドが発生した海中の泡の影響は残ったが、駆逐艦自身が位置を変えれば、その影響は最小化できる。泡の壁の北側に「浦風」が航行してゆくと、潜水艦からの音波反射を三式探信儀が捉えた。
横田少佐は、すぐに「磯風」と「浜風」にも三式探信儀を使用するように連絡した。3隻により、Uボートが隠れていると思われる怪しい海域を大きく囲い込んで、それを徐々に狭めてゆくことで敵艦をあぶりだそうと考えたのだ。
駆逐艦のソナーが発信する音波は海中のU-155にも届いた。
「護衛の駆逐艦に、包囲されつつあるようだな。駆逐艦の封鎖を突破するために、南側の艦に向けて魚雷を発射する。深度30mまで浮上してから魚雷発射だ」
U-155は南方の駆逐艦に向けて、2本の航跡誘導魚雷を発射した。この時期のUボートは既に無気泡発射管を備えていたので、魚雷を射出しても激しい気泡と音が発生することはない。ピーニング少佐は、駆逐艦に探知されないように雑音の小さな電動のG7e魚雷を選択して、20ノットで走らせた。もちろん駆逐艦が魚雷を探知して全速で退避すれば、魚雷は追いつけないが、包囲陣は大混乱するだろう。すきが生じれば、Uボートが逃げられる機会があるに違いない。
南方を航行していた「浜風」に2本の魚雷が向かっていった。さすがに雑音を抑えて航走していた魚雷も駆逐艦に接近すれば、自身が発する音波が捕捉される。
聴音手が艦長に報告した。
「魚雷が本艦に接近中。雷数はおそらく2」
「浜風」の前川艦長は反射的に回避を命じた。
「とりかじ、最大戦速。全速で南方に回頭せよ」
接近していた魚雷は、「浜風」が速度を増す直前に推進器の航跡に入った。しかもUボートのG7e魚雷は航跡を探知すると、最大速度の30ノットに増速するように設定されていた。加速を始めた駆逐艦の航跡を横切って方向転換すると、1本が艦尾近くに命中した。「浜風」の船体後部の2割ほどの範囲が吹き飛んだ。船尾の被害は、小型の駆逐艦にとっては致命傷になった。海上に停止すると、船尾からあっという間に沈み始めた。
U-155が魚雷を発射した時点で、最も潜水艦に近づいていたのは「浦風」だった。既に、三式探信儀で海中の潜水艦の位置を確定させていた。艦長の横田少佐が、魚雷発射機に取りついていた水雷長の高橋大尉に連絡してきた。
「敵潜水艦は、15時方向、距離5,000から7,000だ。新型魚雷でやれるか?」
「深さはどれだけですか?」
「深度30m程度で魚雷を発射したようだ。発射後は潜っているだろう」
「大丈夫だと思います。この状況では新型魚雷が最善の攻撃手段だと考えます」
「浦風」が1本の魚雷を投射した。皮肉なことに、原形となった誘導魚雷を発明した国の艦艇に向けて電気で駆動される魚雷が航走していった。海中のUボートも、海上で発射された魚雷が海面に突入した時の音を聞き取れた。しかも海中で航走を開始すると、探針音を魚雷自身が発し始めた。潜水艦にとってきわめて不吉なこの音を聞き逃すはずはない。
聴音手が、潜水艦乗りの習性に従って声を抑えてピーニング少佐に伝えた。
「駆逐艦が、我が艦に向けて魚雷を発射しました。続いて、水中からソナーのような音が聞こえています。おそらく、魚雷が探針音を発しているのです。発信音は次第に大きくなっているので、魚雷が我が艦に接近していると判断します」
一瞬、ピーニング少佐は判断に迷った。なぜ魚雷を撃ってきたのか理由がわからなかったのだ。しかし、すぐに日本人が開発した新型魚雷だという結論に達した。
「音が出てもかまわん。全速だ。100mまで一気に潜れ。とにかく魚雷から逃げるんだ」
しかし、U-155が50mあたりまで降下したところで、魚雷が追いついてきた。U-155の艦内では聴音機を介さなくても、魚雷が発する不気味な探針音が、直接聞こえるようになっていた。音響誘導魚雷が、U-155の船体後部に命中した。海中の爆圧とこの深度での水圧が潜水艦の耐圧船殻を一気に押しつぶした。「浦風」は魚雷の爆発により発生した水柱と、その後の大量の気泡やUボートからの油を確認した。
横田少佐は、海上の浮遊物を観察していた。
「七航戦司令部に報告。当方の被害は、烈風1機が被撃墜、『浜風』沈没。戦闘によりUボート1隻を撃沈」
続けて、航海長の山崎大尉に命令した。
「海上の乗組員を救助する。『浜風』の乗組員も、Uボートのドイツ人も生きていれば全員救助せよ」
航海長は全員を救助するという言葉に一瞬驚いたが、すぐに納得した。彼は背筋を伸ばして敬礼することでそれに答えた。
……
輸送船団の東側でギリギリのところで、哨戒機から逃れたUボートは海中でじっとしていた。深度をとってむやみに動かなければ、上空の航空機は見つけられないはずだ。さすがに、ソナーで探針音を放つ護衛艦艇には発見されるだろうが、耳をすましていれば、先に発見して退避する時間はあるはずだ。
U-181がじっとしていると、西方から水上艦の音が聞こえてきた。
「方位210度から240度、遠方に複数の水上艦。おそらく10ノット程度、我が艦に近づいてきます」
艦長のリュート少佐は、報告を聞いて発令所の要員に向けて声を抑えながら、命令した。
「どうやら、今日はついているぞ。護衛艦艇ではなく、輸送船の方が先にやってきてくれた。輸送船が相手ならば攻撃する。雷撃準備だ」
ゆっくりと艦首を西の方角に向けたU-181は、いつでも魚雷を撃てるように発射管への装填を終わらせた。既に艦内では、音響探知情報から雷撃諸元の計算を開始していた。
リュート艦長は、時計を見ながらじっと待っていた。貨物船が10ノットで航行してくるという前提で、攻撃可能な距離に接近してくる時刻を待っていたのだ。
「20mまで浮上。聴音手、目標の音をよく聞いてくれ。雷数1、航路を設定、その後に航跡誘導を有効にする」
「方位270度、正確な距離は不明ですが、10,000m程度と推定。相手は1軸艦、速度は10ノット程度。背後から別の艦艇の音を探知。こちらも1軸の輸送船です」
水雷長が、聴音の結果から発射諸元を計算した。計算結果から発射角の調整と魚雷への入力を行う。遠距離なので、雷速を25ノットに設定した。
魚雷発射準備完了と水雷長が小声で報告した。それにうなずくとリュート艦長は発射を命じた。1本の魚雷が輸送船に向けて航走していった。海中を約5,000m走ると、設定に従って南北への蛇行を開始した。リュート艦長は、目標とする艦の正面からの攻撃となってしまったので、あえて艦の側面から接近して、被雷面積を増やすように左右に蛇行するルートを選択したのだ。航跡誘導のG7魚雷は、わずかの差で輸送船の艦尾を横切ると、航跡を探知してUターンして輸送船の方向に戻ってきた。外れるはずの魚雷が左舷側の船体中央部に命中した。特段の防御構造を有していない貨物船は海中に生じた巨大な破孔から一気に浸水して左舷に転覆した。
もちろん、1939年からUボートで戦ってきたリュート少佐は、この程度の攻撃で終わらせるつもりはさらさらなかった。一旦、艦首を北方へと向けると、西方から航行してきた貨物船の側面に向かうように、とりかじで180度近く旋回した。
U-181にとっては幸運なことに、U-151との戦いにより南南東方向に護衛艦艇が引き寄せられたおかげで、北東の海上護衛が一時的に手薄になっていた。護衛のすきをついて、U-181は次々と輸送船を雷撃した。わずか30分で4隻を撃沈した。
「西北から高速艦が接近。間違いなく25ノットを超えています」
「深度50mまで潜航。艦首を方位20度に向けよ。7ノットで前進」
リュート少佐は聴音器のヘッドフォンを借りて自分の耳で海上の音を確認していた。
「この騒音からすると、30ノット近いな。こんな速度であわててやってくるのは、まだ対潜水艦戦に慣れていない証拠だ。おそらく我々とは戦ったことのない日本の駆逐艦だろう。ジークリンデを全て発射せよ。それと艦尾発射管準備。雷数2。ウェーキホーミングだ」
北東の輸送船が攻撃された海域に向かって急いでいたのは、「暁」だった。既に貨物船が沈没しているので、艦長の高須少佐は、一刻を争う事態だと判断して全速を命じていた。もちろん33ノットを超える速度では、推進器や船体が引き起こす雑音で海中の音波は全く拾うことができない。
「速度を10ノットまで落とせ。海中を探索する。必ずUボートが潜んでいるはずだ」
米国製QCSソナーで探知を始めると海中に4つの反射が現れた。U-181は手持ちのソナー音波を欺瞞するおとりを3基放出していた。
駆逐艦が音波を発信してくるのをリュート少佐は待っていた。魚雷攻撃するにしても、駆逐艦が30ノットで航走していては命中が困難になる。ところが、ソナーを使い始めたということは、駆逐艦が減速したということだ。
「艦尾発射管、駆逐艦に向けて魚雷発射。その後は、前進全速、深度100mまで潜れ」
「暁」に向けて2本の航跡誘導魚雷が航走していった。速度を落としていたので、聴音手は航走してくる魚雷の音を聞き分けた。
「本艦に魚雷接近中。方位150度」
すぐに高須艦長は誘導魚雷だと判断した。
「航跡誘導魚雷を回避する。欺瞞魚雷を発射せよ」
魚雷発射管から撃ちだされた2本の魚雷型欺瞞弾は、水中で水素化カルシウムを反応させて多量の泡を噴き出しながら南方へと走り出した。
1本の魚雷がおとり弾の泡を誤認して南へと向きを変えていった。しかし、残った1本は泡沫を横切って、「暁」の艦尾に迫っていた。
高須艦長はとっさに、通常魚雷だと判断して艦の回避を命じた。
「しまった。1本は航跡誘導が切ってあるぞ。とりかじ、いっぱい。前進全速だ」
しかし、「暁」に向かってきた魚雷は2,000mほど手前で蛇行を始めると、左舷に向きを変えつつある駆逐艦の艦首に命中した。前部主砲のあたりに大きな破孔が生じた駆逐艦は、すぐに左舷に傾きだした。「暁」が海上で横転するまでに、時間はかからなかった。
リュート少佐は駆逐艦が航跡誘導の欺瞞弾を発射することも考慮して、1本を非誘導であらかじめ走る経路を設定して発射したのだ。
U-181は、艦長の適切な判断により、からくも逃げ延びることができた。
……
輸送船団の北西側を航行していたアメリカ海軍の護衛空母である「カード」艦長のイズベル大佐のところにUボート発見の報告が上がってきた。
船団の北方で、貨物船が雷撃されたために、イズベル大佐はレーダー装備のアベンジャーを潜水艦の捜索に向かわせていた。被疑海域に到着したアベンジャーはすぐに海上からの反射電波を受信した。その報告が、「カード」まで上がってきたのだ。
「すぐにドーントレスに攻撃させろ。放置すれば船団の犠牲がさらに増えることになる」
護衛空母を発艦した2機のSBDが飛行してくると、アベンジャーは発煙弾をマーカーとして被疑位置に投下していた。
SBDドーントレスは、太平洋では艦載機の主力としては第一線から退いたが、輸送船団の護衛用途ではまだまだ使い道があった。飛行甲板と格納庫に大きさの限界がある護衛空母にとっては、逆に小型の機体の方が好都合だった。
最初のSBDが、両翼下に搭載した2発の400ポンド(181kg)爆雷を投下した。すぐに爆雷の爆発により2つの水柱が上がってきた。
U-505は、北方から船団に接近して2隻の輸送船を撃沈したまではよかったが、潜望鏡を下げる前に航空機が飛んできた。潜航深度が十分でないところに、アメリカ軍機が爆雷を投下してきた。近くで爆雷が爆発したおかげで、どこかが破損したらしい。艦橋直下の発令所への漏水が始まった。
浸水への対処をしている副長からエマーマン艦長に報告が上がった。
「発令所の浸水が止まりません。このままでは沈没です。浮上すれば発令所にかかる水圧は減少します。そこで応急処置をすれば、浸水は防げるはずです」
海中の水圧により海水が噴き出しているが、浮上すれば圧力は間違いなく減少する。特に発令所は艦橋のすぐ下に位置するので、海面に出れば水圧はほぼゼロになって浸水の処置は格段に容易になる。
艦長のランゲ大尉にとってもこうなったら選択の余地がない。大声で命令した。
「緊急浮上する。上空にはまだ敵機が飛行しているはずだ。対空ミサイルの発射準備をしておけ。反撃が、わずかでも遅れればこちらが撃沈されるぞ」
ドーントレスが攻撃結果を確認するために旋回していると、Uボートが浮上してきた。後部甲板に乗組員がハッチから出てくるのが見える。
爆雷を搭載したドーントレスは、まだ1機が上空に残っていた。ドイツ軍の潜水艦が白旗を上げる気配がないと判断すると潜水艦に向かって降下を始めた。
ほぼ同時に船体後部の格納筒の扉が開いて、後端が持ち上がった。レーダー手が目標を捉えたとの報告を上げてきた。艦橋に上がっていたランゲ大尉が、間髪を容れずに叫んだ。
「ミサイル1、発射!」
降下を開始したドーントレスの機首に向かって、上昇していったHs117対空ミサイルは、急降下爆撃機とすれ違いざまに近接信管を作動させた。爆発に巻き込まれたドーントレスは胴体後部が折れると、くるくると回転しながら墜落していった。
しかし、1機を撃墜しても、Uボートの危機はまだ去っていなかった。艦内のレーダー手と艦橋の見張り員が同時に敵発見を艦長に報告してきた。
「続いて北方の上空に航空機1」
「南方の水平線近くに空母発見」
艦橋のランゲ大尉は、上空と海上の状況を自分の目で素早く判断した。上空の敵機はアベンジャーだった。Uボートからのミサイル攻撃を警戒しているのか、距離を空けている。しかも、攻撃してくるそぶりがないことから、兵器を搭載していない哨戒機に違いない。
一方、南方の空母を放置すれば、すぐにも爆撃機を発艦させるだろう。空母までの距離は20km弱だろう。通常は、戦艦の主砲でなければ届かない距離だ。
ランゲ大尉は、対空ミサイル搭載時の説明で、電波が反射すれば海上目標にも使えるとの説明を思い出した。それに空母は舷側をこちらに向けている。格納庫を船上に備えた空母の電波反射は大きいはずだ。
「空母に向けてレーダー電波を照射。ミサイルを発射するぞ」
U-505は、格納筒を持ち上げつつ、艦尾を空母に向けた。
「海上からの電波反射を受信」
報告を最後まで聞かずに、大尉が叫んだ。
「ミサイル発射」
後部甲板からミサイルが発射された。海上の空母までの距離は、ミサイルの射程内だ。Hs117は、一度上昇すると山なりになって飛んでいった。
「カード」のイズベル艦長は、遠方のUボートからミサイルで攻撃されるという想定外の事態に驚いたが、すぐに気を取り直した。
「ミサイルが飛んでくるぞ。とりかじ一杯」
しかし、C3型貨物船の船体を利用した護衛空母は、1軸の推進器を全速で回転させて動き始めたが、加速は緩慢だ。しかも、海上を移動してもミサイルが追いかけてきた。音速近くまで加速した後退翼のミサイルが、圧倒的な速度で船体中央付近の格納庫に命中した。Hs117は、側壁に命中した瞬間に信管を作動させた。格納庫の側壁から飛行甲板に爆炎が広がった。すぐに、ミサイル燃料に引火して飛行甲板が炎に包まれた。もちろん、船体の大きな艦が沈没することはないが、空母としての機能は一瞬で失われた。
……
「発令所の応急処置は、10分もあれば完了します。漏水さえ止まれば、すぐにも潜航可能です」
副長のマイヤー中尉が修理状況を、艦橋に上がっていたランゲ大尉のところに報告してきた。潜水可能になれば、この窮地から脱出できる。思わず、艦長の顔がほころんだ。
「頼りにしているぞ。しばらく、充電してから潜水する」
しかし、U-505は長時間、水上を航行することはできなかった。アメリカ海軍のドーントレスが攻撃されたとの報告を受けて、船団上空を飛行していた烈風改が全速で飛行してきたのだ。
「千歳戦闘機隊の植村だ。Uボートを発見した。海上を北に向けて航行している」
後席の山口一飛曹は、双眼鏡を取り出してUボートを観察していた。
「後部甲板上に正体不明の円筒形の物体を搭載しています。おそらく米軍爆撃機を攻撃した誘導弾を格納しているのでしょう」
「アメリカの急降下爆撃機の二の前にならないためには、うかつに近づかない方がいいな。こちらも、誘導弾で遠距離から攻撃したい」
複座型烈風改が、こんな大西洋の真ん中で対空誘導弾を搭載していたのは、目標が海上の艦船であっても電波が反射すれば、命中すると考えられたからだった。
「相手が船でも当たらないことはないと思います。まあ、ダメならば、その後は銃撃になります」
「わかった。誘導弾を避けるために潜水艦の正面に回り込む。電波反射を見ていてくれ」
一旦、複座型烈風改はUボートから遠ざかると機首をUボートに正対するように向けて接近していった。
山口一飛曹が大声で叫んだ。
「海上の艦から反射波が出ました」
ほとんど同時に、Uボートに設置された四連装の20mm機銃が発砲を始めた。烈風改の周りに曳光弾が飛んでくる。植村飛曹長はわずかに機体を滑らせて射線をはずしたが、機銃弾も烈風改を追いかけてきた。
ガン!何かが衝突したような激しい音とともに、機体が振動した。山口一飛曹が振動の方向を見ると、右翼の日の丸あたりに大きな穴が開いていた。
「右翼に被弾。外翼部に数十センチの破孔です」
植村飛曹長は、返事をする代わりに、三式空対空誘導弾の発射ハンドルを前方に押し込んだ。複座型烈風改の翼下から2発の誘導弾が発射された。誘導弾は白煙を吐き出して、海上の潜水艦めがけて一直線に飛行していった。
2発のうちの1発は海上に突入したが、残りの1発は電波を反射していた潜水艦の艦橋前部に命中した。対空誘導弾の弾頭は20kgしかなかったが、それでも高射砲弾と同程度の炸薬量だ。誘導弾に直撃された艦橋は対空機銃も含めて上部が1メートル近く吹き飛んだ。直ちに沈むことはないが、艦橋に上がっていた人員は無事では済まないだろう。もちろん潜水は完全に不可能になった。そして、このような状況では、艦長自身が指揮のために艦橋に上がっていた可能性が高い。
空母「カード」とともに行動していた駆逐艦「シェンク」と「リアリー」が急行してきた。Uボートがこれ以上航行できないように、前後を挟みこんだ。ここに至って、指揮官を失ったU-505は残っていた乗組員が白旗を掲げた。連合軍としては、初めてのUボートの鹵獲だ。
報告を聞いた角田中将は、駆逐艦が曳航するUボートについては、被害を受けた「カード」とともにアメリカに戻らせるべきだと判断した。このままイギリスに向かっても、ドイツ軍の攻撃は続くだろう。それよりも、大西洋の中部からアメリカに帰投するほうが、危険性は小さいはずだ。
……
この後もHX229とSC122船団は、群狼を編制したUボートから3波の襲撃を受けた。その都度、遣欧七航戦は、Uボートの攻撃を撃退した。しかし、合計で12隻の輸送船を失っており、輸送船にもそれなりの犠牲が発生した。
フランスのレンヌを基地とする第30爆撃隊第Ⅲ飛行隊(Ⅲ/KG30)は、昨年まではJu88を装備して大西洋方面で対艦攻撃を実施してきた。1943年になって、広範囲の行動が可能で大量の爆弾を搭載できるHe177Cに更改された。対艦装備のHe177Cは、攻撃兵器を搭載しても5,000kmの航続距離を有するので、1,500kmから2,000kmの距離を進出してから、数時間の索敵と攻撃を実行しても帰投できた。しかも、バクー油田の占領により、ドイツの燃料事情は着実に改善していた。大飯食らいの大型機を複数飛ばせるだけの余裕があった。
大西洋のUボートから輸送船団の位置が爆撃隊にも通知されてきた。輸送船団はアイルランド北西の海域に近づいてきた。Ⅲ/KG30爆撃隊が配備されていたのは、フランス西部のレンヌ基地だった。基地を離陸して北西に進出すれば、He177でも十分攻撃可能な範囲だ。
船団の接近を手ぐすね引いて待っていたⅢ/KG30のHe177Cは、北西の海上へと出撃した。地中海の戦いが一段落してからフランスに移動してきたガイスマン中尉は、He177が気に入っていた。足の長さと4トンに達する爆弾搭載量は、海上での作戦行動を考えると今までのJu88に比べて圧倒的に有利だ。
基本的に、He177Cは海上を捜索して、艦船を発見すれば攻撃するという作戦になるので各機がばらばらに海上を飛行していた。他機からの無線を傍受していた通信士が報告してきた。
「3号機が輸送船団を発見したと通報してきました。我々の位置よりも北方です」
ガイスマン中尉の機体は、南方から船団に接近していった。
「注意しろ。日本軍の空母が随伴しているとの情報が入っている。戦闘機が飛んでくるぞ」
「3号機から再び通報です。日本軍戦闘機から攻撃を受けているとのことです」
「日本の空母が搭載している戦闘機だろう。油断すると撃墜される可能性がある。我々は船団から、一旦距離をとる」
……
船団の外周を飛行していた索敵型天山から、「隼鷹」に航空機探知の報告が上がってきた。
「東側側から未確認機が接近。方位95度、本艦から20海里(37km)。機数1」
報告を聞いて、鮫島中佐が補足した。
「おそらく、長距離を哨戒しているドイツ軍の四発機です。単機でも間違いなく攻撃してきます」
角田中将はすぐに反応した。
「近づく敵機は全て撃墜だ。烈風改に連絡して迎撃させよ」
……
久保田上飛曹の烈風改は、列機を従えて東へと飛行していた。既に、母艦から未確認機の位置について通知されていた。敵機ならばすぐに撃墜せよとの命令だ。後席の石井一飛曹が報告してきた。
「正面12時方向に機影が見えます。やや上方、機数1です」
言われた方向を注視していると、正面のやや上方に機影が見えてきた。遠方からのシルエットでも左右の主翼に4つのふくらみがわかる。間違いなく四発機だ。
「1番機だ。イギリスの哨戒機じゃないだろうな。一度、目標の南方を後方に向けて通過する」
複座型烈風改が、四発機の南側をすれ違うように通過した。防御機銃の射程内に入り込まないように、数km以上の距離をとっている。のっぺりした機首と台形の一枚垂直尾翼の機体だ。
「間違いないな。識別表にあったハインケルの四発機だ。確か、グリフォン(ドイツ語ではグライフ)とか言ったはずだ。攻撃するぞ」
後方から接近すると、まだ遠いのに尾部と胴体上面の銃座が射撃してきた。離れたところを通り過ぎてゆく曳光弾の軌跡から、大口径機銃だとわかる。
「20mmで反撃してきたぞ」
久保田上飛曹は、対空誘導弾を発射した。左翼内翼あたりで1発が爆発した。
烈風改は、He177Cを追い抜いてから旋回すると、四発機の後方に再び回り込んだ。烈風改が射撃を開始する前にHe177Cの左側の主翼が激しい炎に包まれた。He177は、がっくりと左側に傾くと、機首を海面に向けた。墜落する途中で、いくつもの白い落下傘が開く。上空を旋回しながら久保田上飛曹は、戦果を母艦に報告した。
「こちら、隼鷹戦闘機隊久保田だ。ハインケル爆撃機を撃墜した。ちなみに、搭乗員は海上に脱出している。後はよろしく頼む」
……
ガイスマン中尉は、輸送船団から一度距離をとった後に機体をどんどん下降させた。日本の空母が、今までアメリカ軍に対して有利に戦ってきた高性能の戦闘機を搭載しているのは明らかだ。しかも普通に接近していったならば、レーダーで発見されるのは確実だ。単機で接近するのは無謀以外の何物でもない。かといって、中尉は任務を放棄して逃げ帰るつもりもなかった。
少しでも生還確率を上げるために、レーダーを避けて低高度から接近しようと考えたのだ。高度を下げてゆく過程で、右翼下方にあらかじめ搭載していたロケット弾を東北方向に発射した。無誘導のロケット弾は、5,000m付近まで上昇するとタイマーにより、外板を吹き飛ばして内部から金属箔を散布した。
日本側はすぐに散布された金属箔を電探で探知した。探知目標に向けて、戦闘機を急行させた。輸送船団の南方で警戒していた草刈中尉は、母艦からの指示で東方向に向かっていた。
「敵機は5,000mで飛行しているとのことだ。全速で接近するぞ」
艦載機としては、常識的な高度5,000m付近で哨戒していた草刈中尉の編隊が、東方に飛行してゆく間にガイスマン中尉の機体は、高度をどんどん下げて海面すれすれの高度をロケット弾の飛行方向とは逆の西方に飛行していた。その結果、He177Cから艦船が見えるところまで日本軍機から攻撃を受けることなく飛行してきた。
この時、船団の南側で警戒していたのは、駆逐艦「磯波」だった。He177Cが低空を飛行していても、さすがに接近すれば大型の機体は電探で探知された。しかも、すぐに15kmあたりを飛行している大型機を艦橋の見張り員が発見した。
報告を受けて、「磯波」艦長の荒木少佐は、続けて命令を発した。
「ドイツ軍の大型攻撃機が南方から船団に侵入。おそらくハインケルの4発機だ。七航戦司令部にすぐ報告だ」
「主砲射撃、目標ドイツ軍機」
しかし、「磯波」の12.7cm砲は対艦攻撃用の平射砲だった。一部の特型駆逐艦は、主砲を高角砲に換装していたが、「磯波」は潜水艦に対する装備の搭載を優先させて、艦砲の更新は後回しにしていた。そのつけを今になって払うことになった。「磯波」は、He177に向けて6門の主砲で射撃を始めたが、高角砲のような連射もできず、狙いも正確ではなかった。そもそも砲の仰角は40度程度が最大なので、上空を飛行する航空機には指向することすらできない。
ガイスマン中尉は、編隊の周囲で高射砲弾が爆発したのを確認したが、爆炎の密度はかなり低く狙いも正確ではない。この程度の反撃ならば、落ち着いて雷撃できるだろう。彼は、前方を横切ってゆくタンカーに機首を向けると、すぐに2本の魚雷の投下を命じた。
「航跡誘導で魚雷2、投下せよ」
大尉は、このまま終わらせるつもりはなかった。4トンを搭載できる機体には、まだ2本の魚雷が残っている。すぐにタンカーの後方に貨物船が見えてきた。
「次の魚雷、投下準備。雷数2だ」
He177Cは搭載していた4本の魚雷をそれぞれ2隻の目標に向けて投下した。最終的にタンカーには2本の魚雷が命中した。続いて雷撃した貨物船には、1本の航跡追尾魚雷が命中した。船体の大きなタンカーでも2本の魚雷には耐えられずに沈没してゆく。貨物船も海上に横転しつつ沈没していった。
ドイツ機の発射したおとりに誘引されて東方に飛行していた草刈中尉たちが、「磯波」の報告を聞いて戻ってきた時には、ドイツ軍の四発機は魚雷を投下を終えていた。しかし、そのまま返すわけにはいかない。
「下方のドイツ軍大型機を攻撃する」
2機の烈風改はHe177に向けて降下を開始すると、後方から接近した。しかし、海上すれすれを飛行する機体に対して、上方から攻撃するのは常に海上への衝突を警戒しながら降下する必要があり、それほど容易ではない。しかも北大西洋の海面を背景にして、電波反射も検知できない。つまり対空誘導弾の発射条件が整わないのだ。
「銃撃により攻撃する。電探は使えないようだ」
草刈中尉は、列機に指示すると、後方から接近して短く射撃した。中尉は、右翼に射弾を命中させたが、2番機の三田一飛曹は防御銃座から狙われた。三田機は、海面に接触するのを恐れて早めに引き起こしたので、速度が落ちたところを胴体上部のMG151/20に捕まった。烈風改は、20mm弾を浴びるとそのまま機首を下げていった。上手く着水するように祈っていたが、まずは攻撃が優先だ。
それでも草刈中尉は、大きく旋回して戻ってくると単機で再び降下して射撃した。右翼に火災を起こさせるのに成功した。
既に、主翼と胴体にも命中弾を受けたガイスマン中尉の機体は、火災の発生と胴体は穴だらけになっていた。
「海上に着水する。全員衝撃に備えろ」
He177は絶妙の操作で海上に不時着水すると、機体が沈む前に胴体後部からゴムボートを展開した。He177が海上に不時着したのは「磯波」からも遠望できた。大型機が着水した海域に向かってゆくと、「磯波」は海上を漂っているボートを発見した。状況を理解した荒木少佐がすぐに命令した。
「ゴムボートのドイツ人を救助せよ。救助後はもちろん捕虜として扱う」
ガイスマン中尉の戦争は終わった。
その時、1機の烈風改が「磯波」の艦橋上に降下してくると、盛んに翼を振ってフラップで速度を落としながら南東に飛行してゆく。見張り員が、その方向に何かを発見した。
「艦長、戦闘機の尾翼が波間に見えます。水没しつつある友軍機のようです。あっ、海上に搭乗員です」
その頃には、荒木少佐も胴体前半が沈んだ烈風改を発見していた。
「急ぐんだ。大西洋の海上でそれほど長く人間は生きていられないだろう」
三田一飛曹たちが救助されるまでに1時間もかからなかった。
……
ノーフォークの「青葉」には遣欧艦隊の司令部要員たちが、ろくに寝ることもなく集合していた。
小沢中将は黙って電文を読んでいた。しばらくして顔を上げて周りの参謀たちを見回した。
「輸送船団がリバプールに到着した。これで大西洋での最初の護衛任務は終了だ。船団の損失については、タンカーや貨物船が16隻沈められた。大破しながらも1隻のタンカーがイギリスに向けて未だに航行中だ。我が艦隊は、『浜風』と『暁』が雷撃により沈没。アメリカ海軍の特設空母が誘導弾攻撃で中破の判定だ。艦載機も数機が被害を受けている。一方、Uボートへの戦果はおそらく6隻を撃沈。1隻を海上で鹵獲してアメリカ東海岸に向けて曳航中だ」
樋端参謀が、続けて解説する。
「Uボートの船体後部に搭載された対空誘導弾が大きな威力を発揮しました。おそらく我が軍と同様に電波に向かってゆく誘導弾です。これに2機の艦載機が撃墜されています。また、海上からの探知器に対しても音波を発する欺瞞弾を射出して逃げたとの報告があります。魚雷は事前の航路設定と航跡誘導をたくみに使ったようです。一方、我が方の三式散布弾と三式対潜魚雷は潜水艦に対して有効に機能しました。更に、ヨーロッパ大陸に近づくとフランスを発進した大型機に攻撃されました。今後も継続的に戦闘機の護衛が必要でしょう」
「ドイツ軍の新兵器は効果的だったということだな。我々もかなりのUボートを沈めたが、多くの輸送船が失われたので、護衛作戦は成功なのかどうか判断は難しいな」
高柳参謀長は、小沢長官ほど悲観的ではなかった。
「90隻近くの輸送船が目的地に到着できたのですから、決して失敗ではありません。過去の実績と比較しても、今回の損失率は大きくはないはずです。しかも空母は非常に大きな働きをすることがわかりました。駆逐艦だけの護衛ではこの程度の被害では済まないでしょう。これからは、空母の数をもっと増やして護衛作戦を実施すれば被害も低下するでしょう。なお我が国の輸送船も11隻が船団に加わっていましたが、幸いにも無事にイギリスに到着しています」
遣欧艦隊司令部は次の護衛作戦の検討に入った。次の船団の出発に向けて、「伊勢」と「千代田」を中心として護衛艦隊を編制する予定だ。艦隊には、ドイツ軍機からの攻撃に備えて、防空能力を強化するために対空誘導弾を装備した「最上」を加える。作業をしているとアメリカ側からニュースが飛び込んできた。
「入手経路が秘匿された諜報情報だ。ドイツ空軍がイギリス本土への大規模な攻撃を計画しているようだ」
高柳参謀長にとっては、ドイツ軍のイギリス攻撃は想定外ではなかった。
「ドイツ空軍は今回の船団攻撃にも加わった4発のハインケル重爆を保有しています。この大型機はB-17『空の要塞』と同じ規模の機体です。この重爆撃機を用いて、目の上のこぶになっているB-29基地を攻撃しようと考えても不思議ではありません」
「そうだな。十分あり得る話だ。イングランドに展開が始まっている六航艦の高須中将に注意するよう、情報を入れておいてくれ」
「こちらは哨戒4番機、電探で水上目標を探知した。『隼鷹』からの方位150度、距離14海里(26km)の海域だ。電探反射の大きさから浮上中の潜水艦と想定」
哨戒機からの通報を受けて、すぐに攻撃装備の流星が飛来していった。もともと船団上空で待機していたので、ほとんど時間を要していない。
「隼鷹爆撃隊2番機だ。浮上している潜水艦を目視で確認した。すぐに攻撃を開始する」
流星が降下を開始すると、Uボートの後部甲板から激しく白煙が噴き出した。続いて2本の白い矢が空中へと伸びてくる。上昇してくる矢は、速度が増加すると爆発ボルトが作動して胴体側面の固体ブースターを切り離した。飛行してくる物体は後退角を有する主翼を持った飛行体だった。
さすがに降下途中の流星も、Uボートが誘導弾を発射したのだと気がついた。しかも、今まで見たこともないような高速で急接近してくる。流星は、左翼を下げた急旋回により、1本目の矢を避けた。しかし、次の矢が流星の下腹部を目指して迫っていた。
流星の下部至近で、近接信管を有する70kg弾頭が爆発した。オレンジ色の20mを超える球体が空中に出現した。一瞬、流星の左半分が火球に飲み込まれたように見えた。まぶしい光が消えると、流星の左主翼が消失していた。片翼の流星は不自然に回転しながら、機首を真下に向けて墜落していった。
U-155艦長のピーニング少佐は、艦橋からミサイルの飛んでいった方角を双眼鏡で見ていた。彼にとっても、初めての実弾発射だ。次の行動を決めるために、戦果を見極めようとしていた。しかし、彼の心配を帳消しにするかのように、逆ガルの機体に接近したミサイルは空中で弾頭を爆発させた。被害を受けた日本軍機がきりもみになって落ちてゆくのを、Uボート艦上の全員が目撃していた。
「想定以上の戦果だな。今のうちに急速潜航だ。すぐに次の攻撃機がやってくるぞ」
ピーニング少佐の言葉通り、すぐに次の逆ガル翼の攻撃機がやってきた。U-155は艦型の大きなⅨC型だったので4基の対空ミサイルを搭載していた。このため、まだ2発が残っていた。しかし、潜水を開始したので海水が甲板を洗うようになっている。こんな状況では、再度浮上しない限り、艦尾のHs117を発射できない。
あらかじめ、こんな状況も少佐は想定していた。艦内に引き上げようとしていた甲板上の兵に命令した。
「20mm機関銃を一連射だけ射撃。次に信号弾を日本機の方向に撃て。その後はすぐに艦内に戻るんだ。射撃後は、急速潜航するぞ」
艦長の命令に従って、潜航しつつあるUボートから流星に向けて、20mm弾が一連射だけ放たれた。次に艦橋から信号弾が発射された。機銃の曳光弾の後方で、薄い煙を吐きながら発光弾がゆっくりと空に上っていった。
ピーニング少佐は、艦橋から艦内へのラッタルを下りながら、攻撃機が急旋回で回避するのを見ていた。
(予想通りだ。わずかだがこれで時間が稼げるぞ)
……
隼鷹爆撃隊5番機を操縦していた児島飛曹長は、Uボートから機銃の射撃が開始されたのを目にした。
(まだ遠い。機体をわずかに滑らせれば大丈夫だ)
しかし、その後に発射された薄い煙を伴う発光体を見て、直感的に友軍機が撃墜された誘導弾だと考えた。直ちに攻撃を中止して、左翼側に急旋回した。方向を変えてから、Uボートとの距離をとりつつ振り返った。その時点で自分の間違いに気づいた。
「しまった。あれは信号弾じゃないか」
後席の柳原上飛曹も、Uボートから打ち上げられた発光体が、自分たちを欺くための信号弾だとわかった。
「旋回してから、再度攻撃しましょう。Uボートは潜水するでしょうが、遠くには逃げられません。我々の三式散布弾で攻撃可能だと思います」
再度、児島飛曹長の流星は、高度をとりながら旋回して潜水艦が潜ったと思われる海上を目指して降下を始めた。Uボートの姿は完全に海中に隠れていたが、児島飛曹長は消えつつある航跡の先端を目標にして、三式散布弾を投下した。海中での命中を期待したが、しばらく待っていても小型爆雷が爆発した水柱は発生しない。おそらく、Uボートは潜航直後に海中で右か左に急回頭したに違いない。
攻撃を終えた5番機が上空を旋回していると、船団の南側を護衛していた駆逐艦が急行してきた。第17駆逐隊の「浦風」がUボートが潜ったあたりを中心に探索を始めた。
「浦風」艦長の横田少佐にとっては、実戦での潜水艦狩りは初めてだったが、あらかじめ考えていたやり方で潜水艦を探すことにした。
「速度を15ノットに落とせ。ここからは、渦巻の航行により被疑海域の潜水艦を探す。航海長、流星が爆弾を投下した位置を中心にして、らせん状に航行するぞ」
「浦風」は今回の護衛の航海開始前に、改修により船体前方の下面に米軍が使用しているQCSソナーを追加していた。Uボートとの激しい戦いを繰り広げていた連合軍は、必要に迫られて何種類ものソナーを開発していた。結果的に、これらの機器は日本軍よりも優れた装備になっていた。遣欧艦隊もそれを認識して、輸送船団を護衛しなければならない駆逐艦は、ノーフォークで優先して対潜装備の追加工事を実施していた。
海上の「浦風」がソナーで潜水艦を捜索している間に、「磯風」と「浜風」がやってきた。3隻が海域を分担して探査を開始した。
海中のU-155にも海上のアクティブソナーが発生している探知音が聞こえてきた。しかも探知音は異なる方向から複数が聞こえてくる。ピーニング少佐も、かなり切羽詰まった状況に追いやられたことを認識した。
「日本人は行動が迅速だな。早くも、複数の駆逐艦がやってきたぞ。おとりを発射する」
U-155はまずボールドを射出した。海中で反応した水素化カルシウムが、大量の水素の泡を発生させた。水素の泡沫が壁状になるように、U-155は一定の間隔を空けてボールドを放出しながら、どんどん深く潜っていった。ピーニング少佐は海中での3次元運動を意識して、深度を増しながら北側に向けて方向転換させた。U-155は、深く潜る途中で南に向けてジークリンデを発射した。もちろん疑似的に発生する音波は、連合軍が使用しているソナーの波長に合わせてある。
艦橋の艦長に「浦風」水雷長の高橋大尉が音響探知の状況を報告してきた。
「海中で多数の音響反射が出ています。海中で欺瞞装置を射出して音波探知機を欺いているようです。それも1つだけでなく、複数の妨害手段を使っています。これでは、位置の判定が困難です」
横で聞いていた航海長の山崎大尉が、こんな時には珍しく自ら発言した。
「我々はもう一つ潜水艦の探知手段を有しています。この艦にもともと搭載していた三式探信儀です。この装置は、連合軍のソナーとは全く異なる波長の音波を使用しています。ドイツ軍のおとりが前提としている波長の範囲外かも知れません」
音波の干渉を避けるために、「浦風」は今までQCSソナーだけで探知していたが、それを停止して三式探信儀のスイッチを入れた。この対処により、探知距離は短くなった。しかし、連合軍のソナー周波数に合わせるように調整したジークリンデによる欺瞞は回避できた。ボールドが発生した海中の泡の影響は残ったが、駆逐艦自身が位置を変えれば、その影響は最小化できる。泡の壁の北側に「浦風」が航行してゆくと、潜水艦からの音波反射を三式探信儀が捉えた。
横田少佐は、すぐに「磯風」と「浜風」にも三式探信儀を使用するように連絡した。3隻により、Uボートが隠れていると思われる怪しい海域を大きく囲い込んで、それを徐々に狭めてゆくことで敵艦をあぶりだそうと考えたのだ。
駆逐艦のソナーが発信する音波は海中のU-155にも届いた。
「護衛の駆逐艦に、包囲されつつあるようだな。駆逐艦の封鎖を突破するために、南側の艦に向けて魚雷を発射する。深度30mまで浮上してから魚雷発射だ」
U-155は南方の駆逐艦に向けて、2本の航跡誘導魚雷を発射した。この時期のUボートは既に無気泡発射管を備えていたので、魚雷を射出しても激しい気泡と音が発生することはない。ピーニング少佐は、駆逐艦に探知されないように雑音の小さな電動のG7e魚雷を選択して、20ノットで走らせた。もちろん駆逐艦が魚雷を探知して全速で退避すれば、魚雷は追いつけないが、包囲陣は大混乱するだろう。すきが生じれば、Uボートが逃げられる機会があるに違いない。
南方を航行していた「浜風」に2本の魚雷が向かっていった。さすがに雑音を抑えて航走していた魚雷も駆逐艦に接近すれば、自身が発する音波が捕捉される。
聴音手が艦長に報告した。
「魚雷が本艦に接近中。雷数はおそらく2」
「浜風」の前川艦長は反射的に回避を命じた。
「とりかじ、最大戦速。全速で南方に回頭せよ」
接近していた魚雷は、「浜風」が速度を増す直前に推進器の航跡に入った。しかもUボートのG7e魚雷は航跡を探知すると、最大速度の30ノットに増速するように設定されていた。加速を始めた駆逐艦の航跡を横切って方向転換すると、1本が艦尾近くに命中した。「浜風」の船体後部の2割ほどの範囲が吹き飛んだ。船尾の被害は、小型の駆逐艦にとっては致命傷になった。海上に停止すると、船尾からあっという間に沈み始めた。
U-155が魚雷を発射した時点で、最も潜水艦に近づいていたのは「浦風」だった。既に、三式探信儀で海中の潜水艦の位置を確定させていた。艦長の横田少佐が、魚雷発射機に取りついていた水雷長の高橋大尉に連絡してきた。
「敵潜水艦は、15時方向、距離5,000から7,000だ。新型魚雷でやれるか?」
「深さはどれだけですか?」
「深度30m程度で魚雷を発射したようだ。発射後は潜っているだろう」
「大丈夫だと思います。この状況では新型魚雷が最善の攻撃手段だと考えます」
「浦風」が1本の魚雷を投射した。皮肉なことに、原形となった誘導魚雷を発明した国の艦艇に向けて電気で駆動される魚雷が航走していった。海中のUボートも、海上で発射された魚雷が海面に突入した時の音を聞き取れた。しかも海中で航走を開始すると、探針音を魚雷自身が発し始めた。潜水艦にとってきわめて不吉なこの音を聞き逃すはずはない。
聴音手が、潜水艦乗りの習性に従って声を抑えてピーニング少佐に伝えた。
「駆逐艦が、我が艦に向けて魚雷を発射しました。続いて、水中からソナーのような音が聞こえています。おそらく、魚雷が探針音を発しているのです。発信音は次第に大きくなっているので、魚雷が我が艦に接近していると判断します」
一瞬、ピーニング少佐は判断に迷った。なぜ魚雷を撃ってきたのか理由がわからなかったのだ。しかし、すぐに日本人が開発した新型魚雷だという結論に達した。
「音が出てもかまわん。全速だ。100mまで一気に潜れ。とにかく魚雷から逃げるんだ」
しかし、U-155が50mあたりまで降下したところで、魚雷が追いついてきた。U-155の艦内では聴音機を介さなくても、魚雷が発する不気味な探針音が、直接聞こえるようになっていた。音響誘導魚雷が、U-155の船体後部に命中した。海中の爆圧とこの深度での水圧が潜水艦の耐圧船殻を一気に押しつぶした。「浦風」は魚雷の爆発により発生した水柱と、その後の大量の気泡やUボートからの油を確認した。
横田少佐は、海上の浮遊物を観察していた。
「七航戦司令部に報告。当方の被害は、烈風1機が被撃墜、『浜風』沈没。戦闘によりUボート1隻を撃沈」
続けて、航海長の山崎大尉に命令した。
「海上の乗組員を救助する。『浜風』の乗組員も、Uボートのドイツ人も生きていれば全員救助せよ」
航海長は全員を救助するという言葉に一瞬驚いたが、すぐに納得した。彼は背筋を伸ばして敬礼することでそれに答えた。
……
輸送船団の東側でギリギリのところで、哨戒機から逃れたUボートは海中でじっとしていた。深度をとってむやみに動かなければ、上空の航空機は見つけられないはずだ。さすがに、ソナーで探針音を放つ護衛艦艇には発見されるだろうが、耳をすましていれば、先に発見して退避する時間はあるはずだ。
U-181がじっとしていると、西方から水上艦の音が聞こえてきた。
「方位210度から240度、遠方に複数の水上艦。おそらく10ノット程度、我が艦に近づいてきます」
艦長のリュート少佐は、報告を聞いて発令所の要員に向けて声を抑えながら、命令した。
「どうやら、今日はついているぞ。護衛艦艇ではなく、輸送船の方が先にやってきてくれた。輸送船が相手ならば攻撃する。雷撃準備だ」
ゆっくりと艦首を西の方角に向けたU-181は、いつでも魚雷を撃てるように発射管への装填を終わらせた。既に艦内では、音響探知情報から雷撃諸元の計算を開始していた。
リュート艦長は、時計を見ながらじっと待っていた。貨物船が10ノットで航行してくるという前提で、攻撃可能な距離に接近してくる時刻を待っていたのだ。
「20mまで浮上。聴音手、目標の音をよく聞いてくれ。雷数1、航路を設定、その後に航跡誘導を有効にする」
「方位270度、正確な距離は不明ですが、10,000m程度と推定。相手は1軸艦、速度は10ノット程度。背後から別の艦艇の音を探知。こちらも1軸の輸送船です」
水雷長が、聴音の結果から発射諸元を計算した。計算結果から発射角の調整と魚雷への入力を行う。遠距離なので、雷速を25ノットに設定した。
魚雷発射準備完了と水雷長が小声で報告した。それにうなずくとリュート艦長は発射を命じた。1本の魚雷が輸送船に向けて航走していった。海中を約5,000m走ると、設定に従って南北への蛇行を開始した。リュート艦長は、目標とする艦の正面からの攻撃となってしまったので、あえて艦の側面から接近して、被雷面積を増やすように左右に蛇行するルートを選択したのだ。航跡誘導のG7魚雷は、わずかの差で輸送船の艦尾を横切ると、航跡を探知してUターンして輸送船の方向に戻ってきた。外れるはずの魚雷が左舷側の船体中央部に命中した。特段の防御構造を有していない貨物船は海中に生じた巨大な破孔から一気に浸水して左舷に転覆した。
もちろん、1939年からUボートで戦ってきたリュート少佐は、この程度の攻撃で終わらせるつもりはさらさらなかった。一旦、艦首を北方へと向けると、西方から航行してきた貨物船の側面に向かうように、とりかじで180度近く旋回した。
U-181にとっては幸運なことに、U-151との戦いにより南南東方向に護衛艦艇が引き寄せられたおかげで、北東の海上護衛が一時的に手薄になっていた。護衛のすきをついて、U-181は次々と輸送船を雷撃した。わずか30分で4隻を撃沈した。
「西北から高速艦が接近。間違いなく25ノットを超えています」
「深度50mまで潜航。艦首を方位20度に向けよ。7ノットで前進」
リュート少佐は聴音器のヘッドフォンを借りて自分の耳で海上の音を確認していた。
「この騒音からすると、30ノット近いな。こんな速度であわててやってくるのは、まだ対潜水艦戦に慣れていない証拠だ。おそらく我々とは戦ったことのない日本の駆逐艦だろう。ジークリンデを全て発射せよ。それと艦尾発射管準備。雷数2。ウェーキホーミングだ」
北東の輸送船が攻撃された海域に向かって急いでいたのは、「暁」だった。既に貨物船が沈没しているので、艦長の高須少佐は、一刻を争う事態だと判断して全速を命じていた。もちろん33ノットを超える速度では、推進器や船体が引き起こす雑音で海中の音波は全く拾うことができない。
「速度を10ノットまで落とせ。海中を探索する。必ずUボートが潜んでいるはずだ」
米国製QCSソナーで探知を始めると海中に4つの反射が現れた。U-181は手持ちのソナー音波を欺瞞するおとりを3基放出していた。
駆逐艦が音波を発信してくるのをリュート少佐は待っていた。魚雷攻撃するにしても、駆逐艦が30ノットで航走していては命中が困難になる。ところが、ソナーを使い始めたということは、駆逐艦が減速したということだ。
「艦尾発射管、駆逐艦に向けて魚雷発射。その後は、前進全速、深度100mまで潜れ」
「暁」に向けて2本の航跡誘導魚雷が航走していった。速度を落としていたので、聴音手は航走してくる魚雷の音を聞き分けた。
「本艦に魚雷接近中。方位150度」
すぐに高須艦長は誘導魚雷だと判断した。
「航跡誘導魚雷を回避する。欺瞞魚雷を発射せよ」
魚雷発射管から撃ちだされた2本の魚雷型欺瞞弾は、水中で水素化カルシウムを反応させて多量の泡を噴き出しながら南方へと走り出した。
1本の魚雷がおとり弾の泡を誤認して南へと向きを変えていった。しかし、残った1本は泡沫を横切って、「暁」の艦尾に迫っていた。
高須艦長はとっさに、通常魚雷だと判断して艦の回避を命じた。
「しまった。1本は航跡誘導が切ってあるぞ。とりかじ、いっぱい。前進全速だ」
しかし、「暁」に向かってきた魚雷は2,000mほど手前で蛇行を始めると、左舷に向きを変えつつある駆逐艦の艦首に命中した。前部主砲のあたりに大きな破孔が生じた駆逐艦は、すぐに左舷に傾きだした。「暁」が海上で横転するまでに、時間はかからなかった。
リュート少佐は駆逐艦が航跡誘導の欺瞞弾を発射することも考慮して、1本を非誘導であらかじめ走る経路を設定して発射したのだ。
U-181は、艦長の適切な判断により、からくも逃げ延びることができた。
……
輸送船団の北西側を航行していたアメリカ海軍の護衛空母である「カード」艦長のイズベル大佐のところにUボート発見の報告が上がってきた。
船団の北方で、貨物船が雷撃されたために、イズベル大佐はレーダー装備のアベンジャーを潜水艦の捜索に向かわせていた。被疑海域に到着したアベンジャーはすぐに海上からの反射電波を受信した。その報告が、「カード」まで上がってきたのだ。
「すぐにドーントレスに攻撃させろ。放置すれば船団の犠牲がさらに増えることになる」
護衛空母を発艦した2機のSBDが飛行してくると、アベンジャーは発煙弾をマーカーとして被疑位置に投下していた。
SBDドーントレスは、太平洋では艦載機の主力としては第一線から退いたが、輸送船団の護衛用途ではまだまだ使い道があった。飛行甲板と格納庫に大きさの限界がある護衛空母にとっては、逆に小型の機体の方が好都合だった。
最初のSBDが、両翼下に搭載した2発の400ポンド(181kg)爆雷を投下した。すぐに爆雷の爆発により2つの水柱が上がってきた。
U-505は、北方から船団に接近して2隻の輸送船を撃沈したまではよかったが、潜望鏡を下げる前に航空機が飛んできた。潜航深度が十分でないところに、アメリカ軍機が爆雷を投下してきた。近くで爆雷が爆発したおかげで、どこかが破損したらしい。艦橋直下の発令所への漏水が始まった。
浸水への対処をしている副長からエマーマン艦長に報告が上がった。
「発令所の浸水が止まりません。このままでは沈没です。浮上すれば発令所にかかる水圧は減少します。そこで応急処置をすれば、浸水は防げるはずです」
海中の水圧により海水が噴き出しているが、浮上すれば圧力は間違いなく減少する。特に発令所は艦橋のすぐ下に位置するので、海面に出れば水圧はほぼゼロになって浸水の処置は格段に容易になる。
艦長のランゲ大尉にとってもこうなったら選択の余地がない。大声で命令した。
「緊急浮上する。上空にはまだ敵機が飛行しているはずだ。対空ミサイルの発射準備をしておけ。反撃が、わずかでも遅れればこちらが撃沈されるぞ」
ドーントレスが攻撃結果を確認するために旋回していると、Uボートが浮上してきた。後部甲板に乗組員がハッチから出てくるのが見える。
爆雷を搭載したドーントレスは、まだ1機が上空に残っていた。ドイツ軍の潜水艦が白旗を上げる気配がないと判断すると潜水艦に向かって降下を始めた。
ほぼ同時に船体後部の格納筒の扉が開いて、後端が持ち上がった。レーダー手が目標を捉えたとの報告を上げてきた。艦橋に上がっていたランゲ大尉が、間髪を容れずに叫んだ。
「ミサイル1、発射!」
降下を開始したドーントレスの機首に向かって、上昇していったHs117対空ミサイルは、急降下爆撃機とすれ違いざまに近接信管を作動させた。爆発に巻き込まれたドーントレスは胴体後部が折れると、くるくると回転しながら墜落していった。
しかし、1機を撃墜しても、Uボートの危機はまだ去っていなかった。艦内のレーダー手と艦橋の見張り員が同時に敵発見を艦長に報告してきた。
「続いて北方の上空に航空機1」
「南方の水平線近くに空母発見」
艦橋のランゲ大尉は、上空と海上の状況を自分の目で素早く判断した。上空の敵機はアベンジャーだった。Uボートからのミサイル攻撃を警戒しているのか、距離を空けている。しかも、攻撃してくるそぶりがないことから、兵器を搭載していない哨戒機に違いない。
一方、南方の空母を放置すれば、すぐにも爆撃機を発艦させるだろう。空母までの距離は20km弱だろう。通常は、戦艦の主砲でなければ届かない距離だ。
ランゲ大尉は、対空ミサイル搭載時の説明で、電波が反射すれば海上目標にも使えるとの説明を思い出した。それに空母は舷側をこちらに向けている。格納庫を船上に備えた空母の電波反射は大きいはずだ。
「空母に向けてレーダー電波を照射。ミサイルを発射するぞ」
U-505は、格納筒を持ち上げつつ、艦尾を空母に向けた。
「海上からの電波反射を受信」
報告を最後まで聞かずに、大尉が叫んだ。
「ミサイル発射」
後部甲板からミサイルが発射された。海上の空母までの距離は、ミサイルの射程内だ。Hs117は、一度上昇すると山なりになって飛んでいった。
「カード」のイズベル艦長は、遠方のUボートからミサイルで攻撃されるという想定外の事態に驚いたが、すぐに気を取り直した。
「ミサイルが飛んでくるぞ。とりかじ一杯」
しかし、C3型貨物船の船体を利用した護衛空母は、1軸の推進器を全速で回転させて動き始めたが、加速は緩慢だ。しかも、海上を移動してもミサイルが追いかけてきた。音速近くまで加速した後退翼のミサイルが、圧倒的な速度で船体中央付近の格納庫に命中した。Hs117は、側壁に命中した瞬間に信管を作動させた。格納庫の側壁から飛行甲板に爆炎が広がった。すぐに、ミサイル燃料に引火して飛行甲板が炎に包まれた。もちろん、船体の大きな艦が沈没することはないが、空母としての機能は一瞬で失われた。
……
「発令所の応急処置は、10分もあれば完了します。漏水さえ止まれば、すぐにも潜航可能です」
副長のマイヤー中尉が修理状況を、艦橋に上がっていたランゲ大尉のところに報告してきた。潜水可能になれば、この窮地から脱出できる。思わず、艦長の顔がほころんだ。
「頼りにしているぞ。しばらく、充電してから潜水する」
しかし、U-505は長時間、水上を航行することはできなかった。アメリカ海軍のドーントレスが攻撃されたとの報告を受けて、船団上空を飛行していた烈風改が全速で飛行してきたのだ。
「千歳戦闘機隊の植村だ。Uボートを発見した。海上を北に向けて航行している」
後席の山口一飛曹は、双眼鏡を取り出してUボートを観察していた。
「後部甲板上に正体不明の円筒形の物体を搭載しています。おそらく米軍爆撃機を攻撃した誘導弾を格納しているのでしょう」
「アメリカの急降下爆撃機の二の前にならないためには、うかつに近づかない方がいいな。こちらも、誘導弾で遠距離から攻撃したい」
複座型烈風改が、こんな大西洋の真ん中で対空誘導弾を搭載していたのは、目標が海上の艦船であっても電波が反射すれば、命中すると考えられたからだった。
「相手が船でも当たらないことはないと思います。まあ、ダメならば、その後は銃撃になります」
「わかった。誘導弾を避けるために潜水艦の正面に回り込む。電波反射を見ていてくれ」
一旦、複座型烈風改はUボートから遠ざかると機首をUボートに正対するように向けて接近していった。
山口一飛曹が大声で叫んだ。
「海上の艦から反射波が出ました」
ほとんど同時に、Uボートに設置された四連装の20mm機銃が発砲を始めた。烈風改の周りに曳光弾が飛んでくる。植村飛曹長はわずかに機体を滑らせて射線をはずしたが、機銃弾も烈風改を追いかけてきた。
ガン!何かが衝突したような激しい音とともに、機体が振動した。山口一飛曹が振動の方向を見ると、右翼の日の丸あたりに大きな穴が開いていた。
「右翼に被弾。外翼部に数十センチの破孔です」
植村飛曹長は、返事をする代わりに、三式空対空誘導弾の発射ハンドルを前方に押し込んだ。複座型烈風改の翼下から2発の誘導弾が発射された。誘導弾は白煙を吐き出して、海上の潜水艦めがけて一直線に飛行していった。
2発のうちの1発は海上に突入したが、残りの1発は電波を反射していた潜水艦の艦橋前部に命中した。対空誘導弾の弾頭は20kgしかなかったが、それでも高射砲弾と同程度の炸薬量だ。誘導弾に直撃された艦橋は対空機銃も含めて上部が1メートル近く吹き飛んだ。直ちに沈むことはないが、艦橋に上がっていた人員は無事では済まないだろう。もちろん潜水は完全に不可能になった。そして、このような状況では、艦長自身が指揮のために艦橋に上がっていた可能性が高い。
空母「カード」とともに行動していた駆逐艦「シェンク」と「リアリー」が急行してきた。Uボートがこれ以上航行できないように、前後を挟みこんだ。ここに至って、指揮官を失ったU-505は残っていた乗組員が白旗を掲げた。連合軍としては、初めてのUボートの鹵獲だ。
報告を聞いた角田中将は、駆逐艦が曳航するUボートについては、被害を受けた「カード」とともにアメリカに戻らせるべきだと判断した。このままイギリスに向かっても、ドイツ軍の攻撃は続くだろう。それよりも、大西洋の中部からアメリカに帰投するほうが、危険性は小さいはずだ。
……
この後もHX229とSC122船団は、群狼を編制したUボートから3波の襲撃を受けた。その都度、遣欧七航戦は、Uボートの攻撃を撃退した。しかし、合計で12隻の輸送船を失っており、輸送船にもそれなりの犠牲が発生した。
フランスのレンヌを基地とする第30爆撃隊第Ⅲ飛行隊(Ⅲ/KG30)は、昨年まではJu88を装備して大西洋方面で対艦攻撃を実施してきた。1943年になって、広範囲の行動が可能で大量の爆弾を搭載できるHe177Cに更改された。対艦装備のHe177Cは、攻撃兵器を搭載しても5,000kmの航続距離を有するので、1,500kmから2,000kmの距離を進出してから、数時間の索敵と攻撃を実行しても帰投できた。しかも、バクー油田の占領により、ドイツの燃料事情は着実に改善していた。大飯食らいの大型機を複数飛ばせるだけの余裕があった。
大西洋のUボートから輸送船団の位置が爆撃隊にも通知されてきた。輸送船団はアイルランド北西の海域に近づいてきた。Ⅲ/KG30爆撃隊が配備されていたのは、フランス西部のレンヌ基地だった。基地を離陸して北西に進出すれば、He177でも十分攻撃可能な範囲だ。
船団の接近を手ぐすね引いて待っていたⅢ/KG30のHe177Cは、北西の海上へと出撃した。地中海の戦いが一段落してからフランスに移動してきたガイスマン中尉は、He177が気に入っていた。足の長さと4トンに達する爆弾搭載量は、海上での作戦行動を考えると今までのJu88に比べて圧倒的に有利だ。
基本的に、He177Cは海上を捜索して、艦船を発見すれば攻撃するという作戦になるので各機がばらばらに海上を飛行していた。他機からの無線を傍受していた通信士が報告してきた。
「3号機が輸送船団を発見したと通報してきました。我々の位置よりも北方です」
ガイスマン中尉の機体は、南方から船団に接近していった。
「注意しろ。日本軍の空母が随伴しているとの情報が入っている。戦闘機が飛んでくるぞ」
「3号機から再び通報です。日本軍戦闘機から攻撃を受けているとのことです」
「日本の空母が搭載している戦闘機だろう。油断すると撃墜される可能性がある。我々は船団から、一旦距離をとる」
……
船団の外周を飛行していた索敵型天山から、「隼鷹」に航空機探知の報告が上がってきた。
「東側側から未確認機が接近。方位95度、本艦から20海里(37km)。機数1」
報告を聞いて、鮫島中佐が補足した。
「おそらく、長距離を哨戒しているドイツ軍の四発機です。単機でも間違いなく攻撃してきます」
角田中将はすぐに反応した。
「近づく敵機は全て撃墜だ。烈風改に連絡して迎撃させよ」
……
久保田上飛曹の烈風改は、列機を従えて東へと飛行していた。既に、母艦から未確認機の位置について通知されていた。敵機ならばすぐに撃墜せよとの命令だ。後席の石井一飛曹が報告してきた。
「正面12時方向に機影が見えます。やや上方、機数1です」
言われた方向を注視していると、正面のやや上方に機影が見えてきた。遠方からのシルエットでも左右の主翼に4つのふくらみがわかる。間違いなく四発機だ。
「1番機だ。イギリスの哨戒機じゃないだろうな。一度、目標の南方を後方に向けて通過する」
複座型烈風改が、四発機の南側をすれ違うように通過した。防御機銃の射程内に入り込まないように、数km以上の距離をとっている。のっぺりした機首と台形の一枚垂直尾翼の機体だ。
「間違いないな。識別表にあったハインケルの四発機だ。確か、グリフォン(ドイツ語ではグライフ)とか言ったはずだ。攻撃するぞ」
後方から接近すると、まだ遠いのに尾部と胴体上面の銃座が射撃してきた。離れたところを通り過ぎてゆく曳光弾の軌跡から、大口径機銃だとわかる。
「20mmで反撃してきたぞ」
久保田上飛曹は、対空誘導弾を発射した。左翼内翼あたりで1発が爆発した。
烈風改は、He177Cを追い抜いてから旋回すると、四発機の後方に再び回り込んだ。烈風改が射撃を開始する前にHe177Cの左側の主翼が激しい炎に包まれた。He177は、がっくりと左側に傾くと、機首を海面に向けた。墜落する途中で、いくつもの白い落下傘が開く。上空を旋回しながら久保田上飛曹は、戦果を母艦に報告した。
「こちら、隼鷹戦闘機隊久保田だ。ハインケル爆撃機を撃墜した。ちなみに、搭乗員は海上に脱出している。後はよろしく頼む」
……
ガイスマン中尉は、輸送船団から一度距離をとった後に機体をどんどん下降させた。日本の空母が、今までアメリカ軍に対して有利に戦ってきた高性能の戦闘機を搭載しているのは明らかだ。しかも普通に接近していったならば、レーダーで発見されるのは確実だ。単機で接近するのは無謀以外の何物でもない。かといって、中尉は任務を放棄して逃げ帰るつもりもなかった。
少しでも生還確率を上げるために、レーダーを避けて低高度から接近しようと考えたのだ。高度を下げてゆく過程で、右翼下方にあらかじめ搭載していたロケット弾を東北方向に発射した。無誘導のロケット弾は、5,000m付近まで上昇するとタイマーにより、外板を吹き飛ばして内部から金属箔を散布した。
日本側はすぐに散布された金属箔を電探で探知した。探知目標に向けて、戦闘機を急行させた。輸送船団の南方で警戒していた草刈中尉は、母艦からの指示で東方向に向かっていた。
「敵機は5,000mで飛行しているとのことだ。全速で接近するぞ」
艦載機としては、常識的な高度5,000m付近で哨戒していた草刈中尉の編隊が、東方に飛行してゆく間にガイスマン中尉の機体は、高度をどんどん下げて海面すれすれの高度をロケット弾の飛行方向とは逆の西方に飛行していた。その結果、He177Cから艦船が見えるところまで日本軍機から攻撃を受けることなく飛行してきた。
この時、船団の南側で警戒していたのは、駆逐艦「磯波」だった。He177Cが低空を飛行していても、さすがに接近すれば大型の機体は電探で探知された。しかも、すぐに15kmあたりを飛行している大型機を艦橋の見張り員が発見した。
報告を受けて、「磯波」艦長の荒木少佐は、続けて命令を発した。
「ドイツ軍の大型攻撃機が南方から船団に侵入。おそらくハインケルの4発機だ。七航戦司令部にすぐ報告だ」
「主砲射撃、目標ドイツ軍機」
しかし、「磯波」の12.7cm砲は対艦攻撃用の平射砲だった。一部の特型駆逐艦は、主砲を高角砲に換装していたが、「磯波」は潜水艦に対する装備の搭載を優先させて、艦砲の更新は後回しにしていた。そのつけを今になって払うことになった。「磯波」は、He177に向けて6門の主砲で射撃を始めたが、高角砲のような連射もできず、狙いも正確ではなかった。そもそも砲の仰角は40度程度が最大なので、上空を飛行する航空機には指向することすらできない。
ガイスマン中尉は、編隊の周囲で高射砲弾が爆発したのを確認したが、爆炎の密度はかなり低く狙いも正確ではない。この程度の反撃ならば、落ち着いて雷撃できるだろう。彼は、前方を横切ってゆくタンカーに機首を向けると、すぐに2本の魚雷の投下を命じた。
「航跡誘導で魚雷2、投下せよ」
大尉は、このまま終わらせるつもりはなかった。4トンを搭載できる機体には、まだ2本の魚雷が残っている。すぐにタンカーの後方に貨物船が見えてきた。
「次の魚雷、投下準備。雷数2だ」
He177Cは搭載していた4本の魚雷をそれぞれ2隻の目標に向けて投下した。最終的にタンカーには2本の魚雷が命中した。続いて雷撃した貨物船には、1本の航跡追尾魚雷が命中した。船体の大きなタンカーでも2本の魚雷には耐えられずに沈没してゆく。貨物船も海上に横転しつつ沈没していった。
ドイツ機の発射したおとりに誘引されて東方に飛行していた草刈中尉たちが、「磯波」の報告を聞いて戻ってきた時には、ドイツ軍の四発機は魚雷を投下を終えていた。しかし、そのまま返すわけにはいかない。
「下方のドイツ軍大型機を攻撃する」
2機の烈風改はHe177に向けて降下を開始すると、後方から接近した。しかし、海上すれすれを飛行する機体に対して、上方から攻撃するのは常に海上への衝突を警戒しながら降下する必要があり、それほど容易ではない。しかも北大西洋の海面を背景にして、電波反射も検知できない。つまり対空誘導弾の発射条件が整わないのだ。
「銃撃により攻撃する。電探は使えないようだ」
草刈中尉は、列機に指示すると、後方から接近して短く射撃した。中尉は、右翼に射弾を命中させたが、2番機の三田一飛曹は防御銃座から狙われた。三田機は、海面に接触するのを恐れて早めに引き起こしたので、速度が落ちたところを胴体上部のMG151/20に捕まった。烈風改は、20mm弾を浴びるとそのまま機首を下げていった。上手く着水するように祈っていたが、まずは攻撃が優先だ。
それでも草刈中尉は、大きく旋回して戻ってくると単機で再び降下して射撃した。右翼に火災を起こさせるのに成功した。
既に、主翼と胴体にも命中弾を受けたガイスマン中尉の機体は、火災の発生と胴体は穴だらけになっていた。
「海上に着水する。全員衝撃に備えろ」
He177は絶妙の操作で海上に不時着水すると、機体が沈む前に胴体後部からゴムボートを展開した。He177が海上に不時着したのは「磯波」からも遠望できた。大型機が着水した海域に向かってゆくと、「磯波」は海上を漂っているボートを発見した。状況を理解した荒木少佐がすぐに命令した。
「ゴムボートのドイツ人を救助せよ。救助後はもちろん捕虜として扱う」
ガイスマン中尉の戦争は終わった。
その時、1機の烈風改が「磯波」の艦橋上に降下してくると、盛んに翼を振ってフラップで速度を落としながら南東に飛行してゆく。見張り員が、その方向に何かを発見した。
「艦長、戦闘機の尾翼が波間に見えます。水没しつつある友軍機のようです。あっ、海上に搭乗員です」
その頃には、荒木少佐も胴体前半が沈んだ烈風改を発見していた。
「急ぐんだ。大西洋の海上でそれほど長く人間は生きていられないだろう」
三田一飛曹たちが救助されるまでに1時間もかからなかった。
……
ノーフォークの「青葉」には遣欧艦隊の司令部要員たちが、ろくに寝ることもなく集合していた。
小沢中将は黙って電文を読んでいた。しばらくして顔を上げて周りの参謀たちを見回した。
「輸送船団がリバプールに到着した。これで大西洋での最初の護衛任務は終了だ。船団の損失については、タンカーや貨物船が16隻沈められた。大破しながらも1隻のタンカーがイギリスに向けて未だに航行中だ。我が艦隊は、『浜風』と『暁』が雷撃により沈没。アメリカ海軍の特設空母が誘導弾攻撃で中破の判定だ。艦載機も数機が被害を受けている。一方、Uボートへの戦果はおそらく6隻を撃沈。1隻を海上で鹵獲してアメリカ東海岸に向けて曳航中だ」
樋端参謀が、続けて解説する。
「Uボートの船体後部に搭載された対空誘導弾が大きな威力を発揮しました。おそらく我が軍と同様に電波に向かってゆく誘導弾です。これに2機の艦載機が撃墜されています。また、海上からの探知器に対しても音波を発する欺瞞弾を射出して逃げたとの報告があります。魚雷は事前の航路設定と航跡誘導をたくみに使ったようです。一方、我が方の三式散布弾と三式対潜魚雷は潜水艦に対して有効に機能しました。更に、ヨーロッパ大陸に近づくとフランスを発進した大型機に攻撃されました。今後も継続的に戦闘機の護衛が必要でしょう」
「ドイツ軍の新兵器は効果的だったということだな。我々もかなりのUボートを沈めたが、多くの輸送船が失われたので、護衛作戦は成功なのかどうか判断は難しいな」
高柳参謀長は、小沢長官ほど悲観的ではなかった。
「90隻近くの輸送船が目的地に到着できたのですから、決して失敗ではありません。過去の実績と比較しても、今回の損失率は大きくはないはずです。しかも空母は非常に大きな働きをすることがわかりました。駆逐艦だけの護衛ではこの程度の被害では済まないでしょう。これからは、空母の数をもっと増やして護衛作戦を実施すれば被害も低下するでしょう。なお我が国の輸送船も11隻が船団に加わっていましたが、幸いにも無事にイギリスに到着しています」
遣欧艦隊司令部は次の護衛作戦の検討に入った。次の船団の出発に向けて、「伊勢」と「千代田」を中心として護衛艦隊を編制する予定だ。艦隊には、ドイツ軍機からの攻撃に備えて、防空能力を強化するために対空誘導弾を装備した「最上」を加える。作業をしているとアメリカ側からニュースが飛び込んできた。
「入手経路が秘匿された諜報情報だ。ドイツ空軍がイギリス本土への大規模な攻撃を計画しているようだ」
高柳参謀長にとっては、ドイツ軍のイギリス攻撃は想定外ではなかった。
「ドイツ空軍は今回の船団攻撃にも加わった4発のハインケル重爆を保有しています。この大型機はB-17『空の要塞』と同じ規模の機体です。この重爆撃機を用いて、目の上のこぶになっているB-29基地を攻撃しようと考えても不思議ではありません」
「そうだな。十分あり得る話だ。イングランドに展開が始まっている六航艦の高須中将に注意するよう、情報を入れておいてくれ」
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