電子の帝国

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第24章 ドイツ軍反攻作戦

24.2章 ドイツ軍の反攻1

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 北海の北側海域を警戒していた深山のやや南西には電探を搭載した陸軍の百式重爆が飛行していた。海軍が深山に電探を搭載した機体を太平洋の戦いで活用しているのを知って、改修されて欧州に送り込まれた機体だった。明らかに時代遅れになりつつある百式重爆の有効活用法の一つともいえる。

 3機の改修型百式重爆はイングランドの海岸線から150kmほど東の海上で楕円を描くように飛んでいた。これらの機体には2つの任務が与えられていた。

 一つ目は最新の電探を使用して、敵編隊の早期探知だ。むろん、東あるいは南東方面から飛行してくるドイツ軍機の編隊を探知したならば、友軍戦闘機隊をそれに向けて誘導する。

 二つ目は、更に東の海上を飛行している警戒型深山の発した通報を陸軍の戦闘機隊に伝える役割だった。陸軍戦闘機隊は、無線の規格の違いから海軍機である深山からの通報を直接受信できない。一方、4発機である深山は百式重爆より、更に出力の大きな電探を搭載していた。飛行位置が東寄りなのも含めて、深山が早期にドイツ軍編隊を探知するのは確実だった。多チャネル無線機を搭載して複数の通信士が搭乗していた百式重爆は、深山と陸軍戦闘機隊の双方に即時通信が可能だった。

 ……

 飛行第64戦隊の加藤武夫中佐は、飛燕の部隊を率いて第4航空軍の基地から発進していた。東に向けて海上を上昇してゆくと、さっそく北海上空の電探搭載百式重爆から連絡が入ってきた。

「こちら警戒2番機。深山からの通報だ。オランダと北部ドイツから上昇してくる3つの大編隊を探知した。これより、最も南側の編隊に向けて誘導する。方位70度、距離150kmだ」

 すぐに加藤中佐は中隊系に無線を切り替えると、大編隊のドイツ軍機が向かって来ることを告げた。
「ドイツ軍機の大編隊が方位70度から飛行してくる。爆撃隊には戦闘機の護衛がついているだろう。我々は、まず護衛のドイツ軍戦闘機と戦う」

 加藤中佐は、陸軍の戦闘機乗りでは、数少ない四国上空の実戦経験者だった。陸軍において、戦闘機のヨーロッパ派遣が話題になった時に真っ先に候補になったのもそれが理由だろう。

 飛燕の編隊は視界内では、第64と第66の2個戦隊に所属する30機以上が飛行している。これ以外にもほぼ同数の飛燕と新型機の疾風が続いているはずだ。単純に数の比較で言えば、ドイツ軍戦闘機が100機でやってきても対抗可能だろう。

 加藤中隊の飛燕は改良型の二型が配備されていた。飛燕二型では、エンジンをハ40からハ140に変更していた。新型エンジンは過給器を2段式としたことで、一型に比べて6,000m以上の高度での性能が大きく改善した。もっともこの点は、イギリスに派遣されたアメリカのP-51DやスピットファイアⅨ型も2段過給器のエンジンを備えており、日本よりも先行して高高度性能が改善していることが後になって判明したのだが。

 更に、中佐が自信をつけていたのは、アメリカ産のハイオクガソリンを使用したことによる性能向上だった。日本国内では軍用機には、通常は92オクタンを使用していたが、アメリカから提供された航空燃料は100オクタンを超えた。

 ハイオクガソリンとアメリカ製の潤滑油を使用するとエンジンの不調が著しく減少した。しかも、全開時の混合比などをオクタン価に合わせて調整すると、エンジン出力が増加した。増加割合は1割程度だったが、それでも上昇性能と速度の向上をしっかりと実感できた。

 そんな機体の性能向上もあって加藤中佐はドイツ軍戦闘機との戦闘に対しても闘志満々だった。
(ドイツ戦闘機と最初に戦えと命令されたのは名誉なことだ。敵戦闘機との空戦はむしろ望むところだ)

 中佐の部隊が東へと飛行していると、再び百式重爆から連絡が入った。
「警戒2番機だ。方位60度からドイツ軍が接近中。3群のドイツ軍の大編隊はそれぞれ複数の部隊に分かれている。おそらく、先行している編隊は護衛の戦闘機だろう」

 加藤隊長は、まずはドイツ軍戦闘機の正面からぶつかり合うのは避けたかった。
「ドイツ軍編隊の南側面から接敵したい。東に進むから南方への変針位置を教えてくれ」

「了解だ。そちらの編隊も電探でとらえた。方位85度で約50km進んで真北に変針すれば側面から接近可能なはずだ」

 方位85度の方向にしばらく飛行すると、電探警戒2番機から変針位置だと言われたあたりに達した。

「こちら警戒2番機、方向転換すべき位置に達したぞ。方位10度で進めば、敵編隊の側面に出る。なお、西から東へと連なっている前方の編隊の側面だ」

 加藤中佐は短く了解と答えると、機首を北に向けた。その時、警戒機から再び通報が入ってきた。

 無線通話にザッ、ザッと雑音が混じって聞こえる。
「警戒機2番機だ。ドイツ軍から電探への妨害を受けている。今後は、目視で確認してくれ。健闘を祈る。こちらからもドイツ軍への妨害を実施中だ」

(電波妨害を受けているようだな。金属箔の散布だけじゃなく、電波放射で無線通話を妨害をしてきたのか。我が方からの電波妨害は効果が判然としないが、何もしないよりはましだろう)

 電探への妨害については、既に問題にならなかった。前方のやや高い高度に左から右に広がった編隊が見えてきたのだ。加藤中佐が考えた一旦、南寄りに進路を変えてから北上するという作戦は、うまくいきつつあった。イギリス本土の方向から迎撃機がやってくると思っている敵編隊は、想定外のベルギーの方向から攻撃を受けることになるだろう。

 加藤中佐が、わざわざ遠回りになる飛行経路を選んで、攻撃開始時刻を若干遅らせて接近したのには、もう一つの理由があった。後方を飛行している飛燕と疾風からなる編隊が攻撃を始める時刻と同時期に側面から突入するように時間を調整するためだ。

(これで、我々が横方向から攻撃を開始する頃には、ドイツ軍の先頭部隊は後続の飛燕、疾風の編隊と接触しているに違いない。ドイツ軍はかなり混乱するぞ)

 ……

 第26戦闘航空団第Ⅲ飛行隊(Ⅲ/JG26)のガイスハルト大尉の部隊は、今回の攻撃作戦のために、あらかじめアムステルダム北方のスキポール近郊の基地に移動してきていた。夜が明けると、すぐに基地を離陸してからロッテルダム上空を南から海岸の方向に向けて上昇した。地上からの誘導に従って、北海上空へと飛行しながら高度8,000mまで上昇すると右翼側に大型機の編隊が見えてきた。今回の作戦で護衛をすべきHe177Cの編隊だ。

 北東を飛行していた早期警戒型のHe177が呼びかけてきた。
「方位255度に転進してくれ。そのまま進めば、エセックス州の西海岸に到達できるはずだ。爆撃隊は、戦闘機の後方からついてゆく」

 アメリカ軍が採用していたレーダーを搭載した大型機を攻撃隊に随伴させる戦術の有効性をドイツ軍もすぐに認めた。改修されたHe177は、ラクダの背中のような大型のレドームを追加して、対空と対艦の2種類の大型レーダーを搭載していた。Fw200の後継機として既に試験も完了しており、攻撃作戦に2機が参加していた。Ⅲ/JG26の戦闘を支援するために、ドイツ軍戦闘機の後方で飛行していたのだ。

 西方に飛行していると、再び早期警戒型He177から通報が入ってきた。
「イングランドの基地から我々を出迎えるために連合軍の部隊が発進してきた。正面からだけでなく、南に迂回している部隊も存在している。左翼側にも注意していてくれ。連合軍からの電波妨害が始まった。これからレーダーで探知できる距離はかなり短くなるだろう」

「レーダーにはしばらく頼れないということだな。了解だ」

 ガイスハルト大尉の応答に対して、返事はなかった。他の飛行隊との通話で忙しいようだ。

 大尉の編隊が、西方に飛行すると、前方のやや高い位置に30機程度の編隊が見えてきた。正面から接近することになったが、細長い機首の形状から明らかに液冷機だとわかった。よく見るとその上方には円形機首の編隊が見える。空冷機だ。ガイスハルト大尉は目の前の戦闘機をP-51かスピットファイアだろうと考えた。その上を飛行しているのはP-47だろう。しかも、こちらの編隊は34機だ。いずれにしても、Ta152Hの性能であれば、後塵を拝するようなことはないだろう。

 大尉は後方を飛行している早期警戒機を呼び出して確認した。
「高度8,500m付近で、正面から接近する未確認機の編隊を発見。機首の形状から液冷機と空冷機の混成部隊だ。ところで、南方からの敵編隊は発見できているか?」

 質問の回答は電波妨害を受けている早期警戒機よりも、後続の戦闘機隊からやってきた。
「ルパートだ。南方から接近する液冷機の編隊を発見。友軍機ではない。これより戦闘を開始する」

 Ⅱ/JG26の後方部隊を率いていたルパート大尉からの通報だ。やはり南からの敵部隊が存在したのだ。
(連合軍は、2方位攻撃を採用したというわけか。我々の部隊も2方向に対応せざるを得ないが、戦力の分割は敵味方とも同じ条件だろう。奇襲攻撃を受けるよりもはるかにましだ)

 ガイスハルト大尉は正面の部隊への攻撃を決断した。南方の敵編隊はルパートの部隊が相手をしてくれるはずだ。
「我々は、前方の液冷機の編隊と交戦する。前面の編隊に向けて攻撃開始だ。爆撃隊上空の第Ⅰ飛行隊は、前進して空冷戦闘機と戦ってくれ」

 すぐに、上空を飛行していたⅠ/JG26のボリス大尉から応答があった。
「ボリスだ。我々は、前進して上空の空冷戦闘機と戦う」

 同時に、ガイスハルト大尉は前方から近づいてくる液冷戦闘機のシルエットが、P-51でもスピットファイアでないことに気づいた。
(よく見ると、初めて目にする機体だ。アメリカ機でもイギリス機でもないようだ)

 大尉はそこまで考えて、日本軍が戦闘機と爆撃機をイギリスに持ち込んだことに思い当たった。
(日本戦闘機の性能は未知数だぞ。参考にできる情報はないが、少なくともアメリカ人との戦いでは負けなかったというのは事実だろう。これは油断できないぞ)

 大尉は、中隊内通話に切り替えた。
「ガイスハルトだ。前方の戦闘機は日本軍機のようだ。性能は不明だ。全員注意せよ」

 大尉は、今までの戦いの経験から、相手を侮れば戦場では長生きできないとわかっていた。詳細はわからないが、同じ液冷戦闘機のP-51Dと同レベルだと考えることにした。全くの偶然だったが、飛燕二型の性能を前提とすると、それは大きく違っていなかった。

 Ⅲ/JG26に所属する34機のTa152Hが、前方の飛燕の編隊に突っ込んでいった。一方、迎撃に上がってきた飛行第66戦隊の飛燕は31機だった。

……

 66戦隊には本来50機程度の戦闘機が配備されていたが、輸送や訓練で失われたり、機体の整備や不調で出撃できなかった機体が存在するので、迎撃作戦に出撃できたのは6割程度になっていた。

 飛燕隊を先導していた小林大尉は、相手の戦力が自分たちとほぼ同数だと素早く見積もっていた。

「前方のドイツ軍機に突入せよ。おそらくフォッケウルフの新型戦闘機。数は同数」

 Ta152Hは、2段3速過給器を装備したJumo213Eエンジンにより、亜酸化窒素を利用したGM-1パワーブーストを使用すれば、8,000mでの最大速度は720km/hを超えた。本来高高度戦闘機であるTa152Hは10,000m以上に上昇すれば750km/hを記録していたが、空気密度が増している高度8,000mでは30km/h程度は速度が低下した。

 一方、DB605に2段過給機をつけて、高性能化したハ140を搭載した飛燕Ⅱ型は、高度8,000mで水メタノール噴射をすれば、705km/hの速度を記録していた。実質的に速度性能に関する差は縮小していたが、やや飛燕の方が分が悪い。

 運動性能に関しては、翼幅を拡大したTa152Hは原型となったFw190から翼面積を拡大しており、上昇性能を生かした垂直面での旋回は飛燕にやや勝っていた。しかし、幅の広い主翼が足を引っ張って、横転(ロール)性能が悪化していた。しかも細長い主翼がエルロンリバーサル気味だったのも高速時のロールの遅さに拍車をかけた。偶然だったが、海軍の零戦と同様の欠点を有していたことになる。

 一方、どんな急降下でも主翼がびくともしないと言われた飛燕は、翼の剛性には定評があった。つまり、水平面の旋回戦に巻き込めば、機体がやや小柄なことと相まって飛燕が後方につけられた。

 それぞれの機体で相手に勝る点が異なっていたので、優位な特性を生かして戦った機体が空戦の主導権を握った。しかし、それができない経験の浅いパイロットは、最初に撃墜されることになった。

 それぞれ30機余りのTa152Hと飛燕の戦闘は、次第に乱戦になった。10機以上が黒煙を引きながら墜落してゆく。同数のドイツ軍機と日本軍機が脱落してゆくように見える。

 ほどなくして飛燕の上空でも戦闘が始まった。66戦隊の上空を飛行していた疾風の編隊が、ドイツ軍戦闘機と衝突したのだ。

 Ⅰ/JG26のボリス大尉の部隊は、2カ月ほど前にFw190AからTa152Cに改編されていた。Ta152CはFw190から若干主翼面積を増加させたフォッケウルフ戦闘機の正常進化型だった。

 Ta152Hが翼幅を大きくして、高高度向きの戦闘機になってしまったのに比べて、Ta152Cは中高度での性能を重視した設計がなされていた。エンジンは2段無段変速過給器を備えたDB603Lを搭載して、従来の1段過給器の機体に比べて、中高度の性能は大きく改善していた。

 ユンカースのJumo213Eとダイムラー・ベンツのDB603Lを比較すると、離昇時のエンジン出力は水噴射のないドライの場合には1,850馬力と2,000馬力になる。出力差の要因の一つが排気量の違いだ。Jumo213系が35リットルなのに比べて、DB603系列は44.5リットルだった。

 高度が下がれば、素のエンジン出力で上回るDB603Lを装備したTa152Cが、Ta152Hよりも性能が優れているのは、当然のことだった。Ta152Cは、高度9,000mでは機銃弾や燃料を搭載した戦闘装備でも725km/hに達した。

 一方の疾風は、中島が開発したハ44という日本の18気筒エンジンの中でも大排気量、大馬力エンジンを搭載した重量級の機体に仕上がっていた。ハ44は本体だけで軽く1トンを超えていて、離昇で2,450馬力を発揮するという化け物のようなエンジンだ。しかも排気タービンを備えているので、高度9,000mでも1,900馬力を維持して、機首の太い大型の機体を735km/hで飛行させた。

 疾風の編隊を率いていた黒江大尉は、飛燕の部隊よりも意図的に高い位置で部隊を飛行させていた。よく見ると、編隊の中には、細部が異なる機体が混在していた。キ84開発時に100機制作された試作機の中から、実戦配備可能な機体が抽出されてイギリスに持ち込まれていたのだ。黒江大尉は、戦闘が始まったならば、大重量の機体の特性を生かして、降下で一気に加速しようと考えていた。

 電波警戒機は妨害を受けているようで、無線からの通報は入ってこない。黒江大尉は、直感で相手の高度を9,000m付近と想定していた。それを前提として、10,000mあたりまで編隊を上昇させていた。

 正面から接近してきた編隊が、やや下方に見えてきたとき、黒江大尉はこれで有利に戦えると考えた。ドイツ軍編隊の方がやや多いが、初動で降下攻撃ができれば機数はすぐに逆転するだろう。

 29機の疾風の編隊は、理想的ともいえる降下攻撃を開始した。それに対して、南北に広がった編隊を組んでいたTa152Cは38機だった。疾風が機首を下げると、高度10,000mでも2,000馬力近いエンジン出力と重力が合わさって重量級の機体を一気に加速した。

「黒江だ、落ち着いて戦え。我々の方が圧倒的に優速だ。追いかけられても疾風ならば逃げ切れる。逆に急降下で逃げられても後方から追いつけるぞ」

 急降下により疾風の速度は、850km/hを軽く突破した。斜め上方から20mm機銃の射撃を受けて、たちまち6機のTa152Cが煙を吐き出して墜ちてゆく。

 上方から攻撃されたものの、Ⅰ/JG26のボリス大尉は冷静に相手の戦闘機を観察していた。
(太い機首から大型の空冷エンジンを搭載しているのがわかるな。エンジンに合わせて機体も大きいが、こんな高度でも高速戦闘ができるのだから、排気タービンのような仕掛けを備えているのだろう)

 そこまで考えて、ボリス大尉は思い当たることがあった。
(そうかアメリカ軍のサンダーボルトと同類の機体だ。そうならば急降下で逃げるのは愚策だ。水平面での旋回が有効なはずだ)

「降下性能は敵機の方が勝っているぞ。水平か上昇旋回で回避するんだ。敵機を新型のサンダーボルトだと思え」

 ドイツ空軍は、ソ連軍やイギリス空軍、アメリカ軍と戦ってきた。実戦経験は、圧倒的に日本陸軍に勝っていた。

 新米を除いて、半数以上のパイロットが旋回で疾風の降下攻撃をうまくかわしていた。ボリス大尉は、急降下した敵機は速度とエンジン出力を生かして次は上昇しながら攻撃してくると予想していた。
「相手は重量級の機体だ。急降下による加速を生かして、次はズーム上昇しながら攻撃してくるはずだ」

 Ta152Cは、想定通り下方から突き上げてきた疾風の攻撃を急旋回でかわした。しかも、上昇でエネルギーを消費したおかげで、疾風の速度はTa152Cが追尾可能な程度まで低下していた。

 一方、ボリス大尉にも誤算があった。全幅で軽く13mを超える大きな主翼の疾風は、P-47よりも旋回性能がかなり良好だった。水平旋回でTa52Cが逃げても、疾風は追随できた。

 日本陸軍の疾風もドイツ軍の戦闘機も自分たちが思ったほどうまく戦うことができずに、空戦は次第に一進一退の乱戦になっていった。

 ……

 ドイツ編隊の南側を迂回した加藤中佐の部隊は側面から攻撃を仕掛けようとしていた。しかし、接近するとフォッケウルフ戦闘機の一群が南に向きを変えて加藤中佐の部隊に向かってきた。

 Ⅱ/JG26のルパート大尉は、事前の情報もあって周囲の警戒を怠っていなかった。特に左翼側から日本軍機が接近してくる可能性が高い。レーダー搭載のHe177からは何も言ってこないが、今日の天気ならば自分たちの目で発見できるだろう。

 案の定、編隊の南側を飛行していたグルンツ曹長が南南西方向から接近してくる編隊を発見した。
「方位200度、同高度で多数機が接近してくる」

 その報告にルパート大尉はすぐに応答した。
「左旋回、相手は日本軍機だ。爆撃隊を守れ」

 加藤中佐は、接近してくる機体を見て、主翼の細長いフォッケウルフだとわかった。中佐は、この機体の情報を事前に聞いていた。高空性能に優れていて、飛燕にとっては油断できない相手だ。
「ドイツ軍機は新型のフォッケウルフだ。機数はおよそ30、油断するな」

 飛行第64戦隊の32機の飛燕は、ほぼ同数のTa152Hに正面から突っ込んでいった。

 水平面の旋回戦に引き込めば、飛燕がやや有利になったが、垂直面の機動ではTa152Hが優勢になった。

 ……

 陸軍戦闘機隊がドイツ軍戦闘機と積極的に交戦したのには理由があった。後方に続く海軍の編隊からドイツ軍戦闘機を引き離すためだ。

 今回のドイツ軍爆撃が予測されると、陸軍と海軍間で大まかな対応が決められた。主にドイツ軍戦闘機を攻撃するのは陸軍部隊として、海軍部隊は爆撃機を目標とすると決められていた。もちろん、ざっくりとした分担であり、戦闘の推移により、目の前の敵機を優先して攻撃して良いことになっていた。

 太平洋の戦いでB-17やB-24と戦ってきた日本海軍は、大型の4発機がいかに撃墜困難な機体であるか、身に染みて知っていた。これに対して、空対空誘導弾ならば防弾装備が充実している4発機であって容易に撃墜できるだろうと考えられた。誘導弾を搭載できる機体は、海軍機の方が圧倒的に多数になる。

 周防大尉が率いている複座型紫電改の編隊は、南西方向を目指して陸軍戦闘機の後方を飛行していた。自分たちの編隊とドイツ軍編隊との間を飛行している陸軍戦闘機が遮蔽のような役割をしていたために、まだ発見されていない。

「10時方向、方位50度に大編隊。11海里(20km)」

 周防大尉機の後席で電探を操作していた西山一飛曹が報告してきた。 紫電改の編隊は、複座型が42機と単座型が31機から編制されていた。

 複座型紫電改は、烈風改と同様に右翼の日の丸のあたりに小型の電探アンテナを取り付けていた。もちろん、放物面アンテナは電波が透過する材料による流線型のカバーで覆われている。今回の迎撃戦では全ての複座型紫電改が、2発の三式空対空誘導弾を搭載していた。

 しばらくして、周防大尉自身も爆撃編隊を目視で発見できた。西山一飛曹が、電探反射波の受信を報告してきた。
「前方の爆撃機は誘導弾の射程に入ってきました。但し、編隊の後ろの機体はまだ射程外です」

 大編隊は想定内だ。日本海軍は太平洋の戦闘経験から、誘導弾を編隊の全機が一斉に発射するよりも。戦闘機体の各部隊が小分けにして発射すれば無駄玉が少なく、撃墜効率が良いことがわかっていた。

 もちろん相手編隊に戦闘機が存在していて、友軍が攻撃される可能性がある場合には、悠長に発射していては攻撃されてしまう。しかし、現状は陸軍戦闘機の活躍により、ドイツ軍の護衛戦闘機は爆撃隊から引き離されていた。

「こちら周防だ。攻撃法は丙法でゆく。小隊ごとの分割発射だ。まずは第1小隊射撃せよ」

 最初に4機の複座型紫電改が、前方の爆撃機に向かって8発の誘導弾を発射した。

 ……

 第30爆撃航空団(KG30)の先頭を飛行していたのはシェーデ少佐の機体だった。彼は南西方向から戦闘機が接近してくるのを既に目視で発見していた。舌打ちしながら、早期警戒型He177を呼び出した。
「KG30の指揮官だ。方位230度から敵戦闘機の大編隊が接近してくる。護衛戦闘機を向かわせてくれ。繰り返す。南西から敵戦闘機に攻撃されつつある。すぐにも対応が必要だ」

 早期警戒機からすぐに応答があった。
「そちらの編隊に最も近いのは、Ⅱ/JG26の部隊だ。貴官の要求を伝えた。しかし、現在は日本軍の戦闘機と交戦中のようだ」

(我々への護衛は保証できないということか。このままでは、被害がどんどん大きくなるぞ)

 シェーデ少佐は、こんな状況になっている理由が想像できた。一つは連合国の戦闘機の数が圧倒的に多いため、護衛戦闘機の手いっぱいになっているのだ。もう一つは、妨害電波の影響だ。戦闘開始時にレーダーが妨害されて、適切な戦闘機隊の誘導ができなかった。爆撃隊の上空から戦闘機隊が西方に進出していって、そのまま戻ってこないのは異常だ。

 いろいろ言いたいことはあるが、今はやれることを全部やるしかない。少佐は、中隊内に命令を伝えるために無線のボタンを押し込むと大声で叫んだ。
「南西方向から、連合軍の戦闘機が接近してくる。全機戦闘配備だ。自分の機体は、自ら守るんだ」

 少佐は、話している間に、前方の数機の戦闘機が白煙を発したのがわかった。もちろん、敵戦闘機に何かが命中して爆発したのではない。その証拠に、槍のような白い雲が自分たちに向かって伸びてくる。シェーデ少佐は、太平洋の戦いで日本軍が使用した空対空ミサイルについて、話を聞かされていた。

「敵戦闘機がミサイルを発射したぞ! 全速で回避しろ。このまま真っすぐ飛んでいれば撃墜される。いいか、各機全力回避だ!」

 He177Cは金属箔を搭載していた。もともとレーダー照準で射撃する対空砲の命中率を下げることが目的だった。
(対空ミサイルがレーダーの電波誘導ならば、金属箔は有効なはずだぞ)

「第1小隊、第2小隊は、直ちに金属箔を投射せよ。金属箔の発射だ」

 約20機のHe177Cは爆弾倉を開くと、小型魚雷のようなポッドを透過した。ポッドは後方から炎を噴き出すと前方に飛んでいった。しばらくして爆発すると、内容物の金属箔が周囲に飛散した。

 KG30の前方の梯団を構成していたのは、22機のHe177Cだった。8発の誘導弾がその編隊に向けて飛行してゆくと、4発が爆発した。そのうちの3発は、金属箔の中で欺瞞されて爆発した。しかし、最後の1発は先頭集団の爆撃機の至近で爆発して機首を吹き飛ばした。

 三式空対空誘導弾は20kgの弾頭を内蔵していた。弾頭重量は、12.7cm高射砲の弾丸とほぼ同じだ。至近で近接信管を作動させれば、4発のHe177Cといえども致命傷になる。

 ドイツ軍爆撃隊の被害はこれだけで終わらなかった。周防大尉の部隊には、迎撃戦に間に合った42機の複座型紫電改が飛行していた。部隊が装備していた誘導弾は、76発がまだ残っていた。

 東西方向に長い編隊になった紫電改の部隊は、後方に続いていたHe177Cに向けて、順次誘導弾を発射していった。一方、He177Cも残っていた機体が金属箔のポッドを発射したが、金属箔の中で爆発する誘導弾が、電波を反射する雲を吹き飛ばしていった。

 25発程度の三式誘導弾を発射した時点で、電波妨害の雲はかなり薄くなっていた。周防大尉が採用した誘導弾を順次発射するという作戦が、大きな効果を上げ始めた。

 残っていた約50発の誘導弾は、ドイツ軍爆撃機の編隊内で爆発した。最終的に日本海軍の誘導弾が妨害を受けずに撃墜したのは23機に達した。それ以外に12機が大きな被害を受けて脱落していった。

 誘導弾の発射直後に西方の戦闘から抜け出てきたJG26のTa152Hが駆けつけてきた。日本陸軍戦闘機との空戦を抜けてきたJG26のTa152Hは21機だったが、日本軍の編隊には、まだ戦闘に参加していない単座型の31機の紫電改が飛行していた。たちまち、ドイツ軍戦闘機と降下してきた紫電改との間で戦いが始まった。

 排気タービン付きの紫電22型(紫電改)は、制式化時の最大速度は、高度9,000mで382ノット(707km/h)だった。陸軍の疾風よりも高空での速度はやや劣っていたが、ハイオクタンガソリンの恩恵により、数ノット程度は速度が向上していた。

 結果的に、戦闘が開始された9,000mあたりの高度では、Ta152Hも紫電改も性能に大きな差はなかった。性能差が小さければ、ものをいうのは数の差だ。数で劣るドイツ軍戦闘機は、時間とともに圧倒されていった。

 単座型紫電改の部隊がドイツ軍機を引き留めている間に、周防大尉が率いる複座型紫電改は、He177Cに迫っていた。対空誘導弾は発射してしまったが、紫電改には4挺の20mm機銃が装備されている。

 紫電改は、既にばらばらになっていた爆撃編隊に突入を開始した。He177Cも胴体上下の13mm機銃で防戦するが、アメリカ軍爆撃機に比べれば、火器の照準も密度も貧弱だった。しかも、Ta152Hを蹴散らした単座型の紫電改も4発爆撃機の攻撃に加わってきた。

 太平洋でB-17やB-24と戦ってきた実戦経験を有する周防大尉にとっては、20mmで一撃してもまだ飛行を続けている大型機に驚くことはなかった。いかにも悠然と飛行しているが、必ず被害を受けている。二回、三回と攻撃を繰り返せば、大型機であっても撃墜できるはずだ。
「あわてるな。20mmで攻撃を繰り返せば必ず撃墜できる。但し、直線的に接近すれば防御機銃につかまるぞ。機体を滑らせながら接近するんだ」

 10分程度空戦が続くと、飛行しているHe177Cの数は明らかに減ってきた。周防大尉の視界内だけでも、6機の大型爆撃機が炎を噴き出したり、尾翼を飛散させて墜落していった。墜落しないまでも、大きな被害を受けて編隊から脱落した機体は更に多いだろう。

 シェーデ少佐は、イギリスに向けて飛行しているHe177Cがあっという間に半数以下に減ってしまったことに強い衝撃を受けていた。それでも、冷静さを取り戻すと操縦席直後に配置された半球形の上部銃座の照準用キャノピーから外部を観察していたシュロッサー大尉に尋ねた。

「我々の部隊は、どれだけが飛行していると思うか? 目標上空まで我々はたどり着けるのだろうか?」

「撃墜されたり被害を受けて脱落した機体を除くと、まともに飛行しているのは30機程度かと思います。このままでは、イングランド上空の目標まで到達できるのはその半数以下でしょう。下手をすれば全滅してもおかしくありません」

「その想定に私も同意するぞ。私の任務には、部隊を全滅させることは含まれていない」

 妙に、感情のない返事をすると、シェーデ少佐は通信士の方を向いて首を縦に振った。中隊系に無線を発信したいとの意思表示だ。
「シェーデだ。KG30の部隊は西方への飛行を中断して、東方に変針せよ。繰り返す。東に向けて方向転換するんだ」

 あえて言わなくてもドイツ軍パイロットの全員が、東方は自分たちの基地の方角だとわかっていた。無線のマイクのスイッチを切ると、シェーデ少佐は、シュロッサー大尉に向かって独り言のようにつぶやいた。

「これで基地に戻れたら、私も左遷だろう。いや、待っているのは軍法会議かも知れないな」

「とんでもない。そんなところで少佐が裁かれるのであれば、私は勇気ある撤退だったと証言しますよ」

 大尉の言葉を聞いて、シェーデ少佐は乾いた声で笑ったが、遠くを見る目は全く焦点があっていなかった。
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歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

異聞対ソ世界大戦

みにみ
歴史・時代
ソ連がフランス侵攻中のナチスドイツを背後からの奇襲で滅ぼし、そのままフランスまで蹂躪する。日本は米英と組んで対ソ、対共産戦争へと突入していくことになる

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

超量産艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。 そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく… こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!

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