電子の帝国

Flight_kj

文字の大きさ
164 / 173
第24章 ドイツ軍反攻作戦

24.4章 ドイツ軍の反攻3

しおりを挟む
 コンプトン中佐は、ジェット戦闘機に搭乗して西へと飛行していた。彼が率いていたのは配備されたばかりの12機のデハビランド・ヴァンパイアだった。編隊前方にはレーダーを搭載したモスキートが飛行していた。燃料を無駄にできないジェット戦闘機にとって、会敵までは最短距離で飛行したい。そのため、対空レーダーで警戒できるモスキートがわざわざ戦闘機隊を誘導していたのだ。

 既に中佐のところには、基地から友軍のスピットファイアがドイツ軍のジェット爆撃機と交戦したとの情報が入っていた。
(なんてこった。ジェット戦闘機とジェット爆撃機の世界初の戦闘になるのか。その割には、我々の訓練は十分ではない)

 部隊のパイロットたちは、ジェット戦闘機による訓練を実施してきたが、ヴァンパイアは8月から部隊への配備が始まったばかりだ。1カ月程度の訓練ではとても十分とは言い難い。しかも、操縦している機体はハリケーンやスピットファイアのような慣れ親しんだプロペラ機ではない。ジェット機固有の注意事項がいくつもあった。

「2時方向にドイツ軍の編隊が見えてきた。高度3,000mあたりだ。相手はプロペラがついていない。健闘を祈る」

 役目を終えたモスキートは、翼を振りながら北方へと去っていった。通報された方向を注視していると、コンプトン中佐もすぐにドイツ軍の爆撃隊を発見できた。
(まるで、巨大なソーセージに翼が生えたような機体だな。空気抵抗は少ないのだろう。しかし、相手がジェット機であっても、引けをとることはないはずだ。こちらもジェット戦闘機なのだ)

 中佐は機首をドイツ軍機の方向に向けた。敵編隊のやや後方に向けて降下してゆく。高速機同士が正面から近づいているので、相対速度は1000マイル/時(1,610km/h)程度になるだろう。あっという間にすれ違って、正面からでは機銃を命中させるのはまず不可能だ。

 フルスロットルにした中佐のヴァンパイアは、480マイル/時(772km/h)を超えた。一方、爆装のAr234Bは3,000mでの水平飛行なので、エンジンを全開にしても速度は740km/h程度だった。それでもプロペラ機が相手ならば、十分逃げられる速度だったが、相手はジェット戦闘機だった。

 双胴の戦闘機は、後方から回り込むと全速のAr234Bに徐々に追いついてきた。そのまま20mm機関砲の射撃を開始した。命中弾を受けるとAr234Bは意外なほどもろかった。ガソリンのようにジェット燃料は激しく炎を噴き上げることはないが、エンジンから黒煙を噴き出して墜ちてゆく。

 一度、降下攻撃を仕掛けた結果、コンプトン中佐は気づいたことを中隊に伝えた。
「この爆撃機は、後方を射撃する機銃を備えていない。後方から落ち着いて狙え」

 隊長機に続いていたヴァンパイアは縦列になって、ドイツ軍爆撃機の後上方から攻撃を開始した。速度だけが身を守る手段となっている機体に、それよりも優速な戦闘機が攻撃を仕掛けてくれば、一方的にやられることになる。

 コバレフスキ中佐はこのままでは、爆撃隊の被害がどんどん拡大すると危機を感じた。何とか爆弾を投下して帰投したい。おそらく、既に10機近くが初めて交戦するジェット戦闘機の餌食になっただろう。

 中佐の思いが通じたのか、1時方向に飛行場が見えてきた。しかも、滑走路脇のエプロンには複数の4発機が駐機している。大型機以外にも単発航空機も見える。間違いなく連合軍の航空基地だ。それも、大型機が多数配備されている規模の大きな基地に違いない。当初の攻撃目標だった防空司令部のスタンモア基地ではないが、それにも負けないような規模に見えた。

「前方に、大きな爆撃機の航空基地が見える。各機、爆撃せよ。爆弾投下だ」

 命令しながら、中佐も自分自身の機体に対して、投下準備を開始した。

 まず、爆撃照準のためにジャイロ計算機のスイッチを入れた。キャノピー上方から眼前に突き出しているPV1Bを除き込みながら、格納庫前の4発機を投下目標に設定して、距離と降下高度、降下角度を手早くダイヤルで設定した。あとはPV1Bの照準眼鏡内に見える四角型のカーソルに目標がおさまるように操縦してゆくだけだ。

 照準器への設定に従って、中佐のAr234Bは機首を30度下げた。そのまま、降下爆撃のためにどんどん加速していった。慌てて撃ち始めた対空砲の煙が周囲に浮かび始めるが、高速の機体に全く追いついていない。

 緩降下した機体は、あらかじめ設定していた高度1,000mに達すると、爆弾投下ブザーが鳴った。爆弾投下ボタンを押し込んで500kg爆弾を投下する。自動操縦でも引き起こしはできるが、中佐は手動設定にしていた。操縦桿をわずかに引き寄せると、機体は機首を徐々に持ち上げて水平飛行に移った。しかし、中佐はそれ以上機首を持ち上げることはなかった。自動操縦による引き起こしを無効にしたのも、必要以上に機首を上げないためだ。

 高度を確保するために上昇すれば、速度が低下する。それよりも、降下で加速したならば、そのまま頭を上げずに敵基地上空を突っ切る方がはるかに生き残れる確率が高いだろうと判断したのだ。Ar234Bのような対空砲も追いかけられないような高速機であれば、なおさら減速すべきではない。

 コバレフスキ中佐に続いていたAr234Bも隊長機を見習って次々と爆弾を投下した。最終的に17機のAr234Bが滑走路や格納庫、基地の建物に500kg爆弾を落としていった。投下後に機首を上げすぎた1機が、上昇途中で対空砲火に捕まって黒煙を引きながら墜落してゆく。

 Ar234Bが爆撃したのは、エセックス州南部のロッチフォード近くに建設されていた日本軍第六航空艦隊の基地だった。日本軍も北海上空の早期警戒機が発した警報により戦闘機隊を離陸させると共に、爆撃機や輸送機は西方に退避させていた。しかし、どんな航空部隊でも2割や3割の機体は、整備中や故障修理ですぐには飛び立てない。基地に残っていた深山や紫電改が、ジェット爆撃機に発見されて攻撃された。基地内の建築物やべトン製の掩体壕も目標になって爆撃された。

 滑走路は爆弾の穴を埋めれば早期に復旧できるだろうが、整備機材を格納していた倉庫と機体の格納庫、それに基地の建物は短時間での復旧は困難だ。せめてもの救いは、爆撃機が飛来した時点で基地の人員は、対空射撃要員を除いて防空壕に退避していたので人的な被害がほとんどなかったことだ。

 ……

 南方の爆撃編隊が戦闘を開始すると、ケンブリッジ東方の基地を目指して、最も北寄りを飛行していた編隊でも交戦が始まった。この部隊ではケシュトナー少佐が率いている第Ⅰ飛行隊(Ⅰ/KG40)と第Ⅱ飛行隊(Ⅱ/KG40)が爆撃隊を編制して飛行していた。護衛はⅠ/JG26とⅡ/JG26に所属する65機のTa152Hだった。

 編隊の前方を飛行していたⅠ/JG26のザイフェルト少佐にレーダー搭載のHe177から通報が入ってきた。

「11時方向から大部隊が接近してくる。高度は8,000mから9,000m、まもなく、視界に入ってくるはずだ」

 ザイフェルト少佐は、言われなくてもそろそろ敵機が現われるだろうと思っていた。すぐに、レーダー警戒機からの情報は正しいことが証明された。前方に単発機の大編隊が見えてきたのだ。正面から見た機首が円形に見えるので空冷機の編隊だろう。

「前方、我々と同高度に敵編隊。おそらくサンダーボルトだ」

 少佐の目には、20機程度の編隊に当初は見えたが、接近するとどんどん後方から湧き出すように数が増えてきた。
(我々は、かなり強力な戦力のはずだ。しかし、要撃してきたサンダーボルトの部隊はそれに負けずとも劣らない兵力に見えるぞ)

 ザイフェルト少佐は、護衛戦闘機全機で交戦しなければ不利になると判断した。

「全機に告ぐ。前方の戦闘機隊はかなりの大部隊だ。しかし、我々も数では負けていないはずだ。諸君が全力で戦えば、作戦は成功するはずだ」

 P-47Nに搭乗していたガブレスキー中佐は、今までの戦闘経験から前方から接近してきたドイツ軍の戦闘機が、自分たちの兵力とそれほど違わないと予測できた。この時の米軍は72機のP-47Nの編隊であり、護衛のTa152Hは65だった。

(こりゃあ、第8軍司令部の連中は見通しを誤ったんじゃないか。このまま戦闘機の戦いになったら、爆撃機を攻撃できる戦闘機はかなり少なくなる。我々がドイツ軍戦闘機と戦っている間に、爆撃隊はイングランド上空に達してしまうぞ)

 中佐は、4割程度の部隊を分離して爆撃機の攻撃に向かわせるつもりだった。しかし、彼我の兵力で編隊を分割すれば残った部隊は、ドイツ軍戦闘機に対して圧倒的に不利になってしまう。結果的に、爆撃機の攻撃に向かった部隊もドイツ軍戦闘機から攻撃されるだろう。

「よく聞け。前方の敵戦闘機隊と全力で戦う。爆撃機を攻撃するのはその後だ」

 しかし、内心では空中戦を繰り広げている間に、ドイツの爆撃隊は目標近くに到達するだろうと思っていた。イギリス本土まで50マイル(80km)でも300マイル/時(483km/h)で飛行しても10分で上空に達することができる。それだけ近い距離で戦闘しているのだ。

 ……

 最も北側を飛行していたKG40の編隊は、戦闘が続いている間にイングランドの海岸線近くまで飛行していた。JG26の戦闘機隊が健闘して、P-47の爆撃隊への攻撃を防いでいた。

 しかし、イギリスの海岸線が見えたところで、意外なところから突然攻撃を受けた。KG40のケシュトナー少佐の右翼を飛行していた、He177Cの至近で突如爆炎が広がった。狙われたHe177Cは左翼が折れ曲がって真っ逆さまに墜落していった。

 少佐は、すぐに海上からの攻撃だと気づいた。見下ろせば、イギリス沿岸近くに戦艦のような大きな艦艇が遊弋している。
(しまった。今まで戦闘機ばかりに気をとられていたが、海上にももっと注意すべきだった)

 考えている間に、大型船の後部が再び白煙に包まれた。
「全機に告げる。海上から対空誘導ミサイルが発射されている。至急金属箔を投下せよ」

 ドイツ空軍の攻撃が予測されると、船団護衛に参加して、スカパ・フローに停泊していた「金剛」はイギリス東岸を南下していた。

 スカパ・フロー泊地からエセックス州東岸冲までは約450海里(833km)だ。25ノットで急行すれば18時間で攻撃隊の予想進路まで到着できた。

「よっしゃあ、ドイツ軍4発機、1機撃墜だ。続けて三式誘導弾を発射せよ。格納庫を空にしてもかまわん。誘導弾が続く限り連続発射だ」

「金剛」の防空指揮所で双眼鏡を見ながら、伊集院大佐は大声で命令していた。今まで対艦誘導弾を発射しなかったのは、敵味方が入り乱れているこの空域で、視認による確認を条件としていたからだ。

 日本軍機だけならば電波識別装置で判定できるが、アメリカやイギリスの戦闘機が上空では飛行している。艦長としては確実にドイツ軍の4発機を目視で判定してから攻撃を開始したかった。

 それでも、なんとか東から西に飛行してゆく大型爆撃機の編隊を攻撃できた。さすがに北側の高高度を飛行する大型機の編隊は、高射砲の射程からは外れているが、三式対艦誘導弾ならば十分攻撃可能な距離だった。

 10基の誘導弾を発射して、撃墜数を4機まで数えたところで、砲術長の和田中佐から連絡が入った。

「電探が妨害されています。どうも金属箔を散布したようです。今後は命中率がかなり悪化します」

「かまわん。我々には、今しか射撃の機会はない。どんどん発射するんだ。過去の実戦分析では、金属箔の雲の中で誘導弾を爆発させれば、次第に妨害している雲が晴れてゆくという報告もあるぞ」

 この後に、発射された「金剛」誘導弾は32発だった。そのうちの6割が上空で爆発したが、爆撃機の至近で信管を作動させたのは2割程度だった。結果的に4機に加えて6機のHe177Cの墜落を確認したところで、ドイツ軍の編隊は「金剛」の射程外に飛び去って行った。

 ……

 KG40のケシュトナー少佐が率いるHe177Cは、想定外の戦艦からの攻撃を受けて、イギリスを目前にして10機が撃墜された。それでも、まだ35機がイングランド上空を飛行していた。この部隊が目標としていたのはエセックス州北部のデブデン基地とサフォーク州のダックスフォード基地だった。

 しかし、イングランド上空をまだ西へと飛行している爆撃隊への洗礼はまだ続いていた。

 後方のレーダー搭載のHe177から突然通報が入ってきた。

「前方から連合軍機の編隊が接近してくる。方位280度、20km」

 戦闘機隊のザイフェルト少佐もこの通報を聞いていたが、アメリカ軍のP-47Nと交戦した影響で爆撃隊から離れたためにすぐには対応できない。西側を飛行していた14機のTa152Hがかろうじて爆撃隊の前面に飛行していった。

 西方から飛行してきたのは、イングランド北部や中部の基地に配備されていたグレートブリテン防空軍(ADGB)に所属する38機のスピットファイアMk.Ⅸだった。

 やや旧式のために、北海上空の戦闘には参加しなかったが、ドイツ軍爆撃隊が本土に接近したために、急遽迎撃に発進してきた。爆撃隊に向けてスピットファイアが上昇してゆくと、たちまち降下してきたTa152Hと戦闘が始まった。Ta152HはスピットファイアMk.Ⅸに対して、戦闘が開始された高度で60km/h以上も優位だった。そのため空戦では圧倒的にスピットファイアが不利になった。

 しかし、数で大きく優っていたスピットファイアは、22機がTa152Hとの空戦を避けて爆撃隊に直進していた。He177Cは防御機銃を激しく撃ち始めたが、スピットファイアMk.Ⅸはそれにひるむことなく20mm機銃で攻撃した。

 スピットファイアは、Ta152Hとの交戦と爆撃機の防御機銃により12機が撃墜されたが、それと引き換えに11機のHe177Cを撃墜した。

 大きな被害をうけたにもかかわらず、命令を硬直的に解釈していたケシュトナー少佐は当初の計画通り編隊を2分して2カ所の基地を爆撃した。

 ダックスフォード基地には13機が侵攻して、52トンの爆弾を投下した。滑走路と基地の建築物が破壊された。備蓄していた大量のガソリンに引火して大規模な火災が発生した。

 デブデン基地には11機のHe177Cが44トンの爆弾を投下した。基地の建物と地上に駐機した航空機が破壊されるとともに、格納庫内の機体が燃えて火災が発生した。

 ……

 一方、3群に分かれた編隊の中央を飛行していたKG40の部隊は、イギリス軍戦闘機により被害を受けたものの、ドイツのジェット戦闘機が救援にやってきたことで20機程度が脱落したが、まだ45機が飛行していた。

 中央の編隊を指揮しているKG40のヘム少佐の耳元に、爆撃機の後方を飛行していたレーダー搭載型He177から警告が入ってきた。

「方位270度、距離15km。高度7,000mあたり、おそらく小型機だ」

 ヘム少佐は、反射的に前方のやや下方を探した。
(15kmだと? ずいぶん近いじゃないか。小型機なのでレーダーの探知が遅れたのだろうか。既に見えていてもおかしくないぞ)

 少佐が、想像していた位置で発見したのは奇妙な形の航空機だった。
(巨大なブーメランが飛んでいるようだ。しかし、翼だけのあんな形でよく安定して飛行できるな。しかも、小型機じゃないぞ。後部にプロペラが二つある双発に見える)

 あまりの想定外の出来事に一瞬見とれたが、ヘム少佐はすぐに部隊全体に警告を発した。
「前方、やや下に全翼機が飛行している。距離は約10km余り。攻撃してくるぞ」

 樫出大尉は、昨年までは日本本土で二式複戦に搭乗していたが、キ66が完成すると最初の部隊に配属された。しかも訓練もそこそこに、昭和18年7月には、イギリスへの移動を命じられた。陸軍の遣欧航空隊がイングランドに開設されるので、それに参加せよとの命令だった。

 24機の三式双発爆撃機の部隊は、地球の反対側に移動することになり、必ずしも十分な訓練ができているとは言えなかったが、贅沢を言えばキリがない。

 ドイツ軍のレーダー搭載機が日本軍の探知が遅れたのは、対象が電波反射の少ない全翼機だったからだ。陸軍航空隊の寺本中将もそれを意識してイングランド上空で、最後の防衛線として待ちかまえるように命令したのだ。

「攻撃準備。電探を作動させよ」

 命令を受けて、三式双発爆撃機(キ66)は翼下面に格納されていた電探アンテナを下方に引き出した。すぐに三式双爆の電探も視界内に入っている4発機の反射を捉えた。電探を操作していた筒井伍長が目標捕捉を報告する。
「電波反射を受信。誘導弾発射可能です」

 樫出大尉は、全機に命令した。
「奮龍二型を発射、あらかじめ指示した通り順次発射せよ」

 8機の三式双爆が爆弾倉の扉を開いて、誘導桿に取り付けられた奮龍二型を下方に引き下ろした。次の瞬間、胴体下方の誘導弾は後方にオレンジ色の炎と白煙を噴き出して、前方へ飛んでいった。

 16発の奮龍二型が発射された。しばらくすると、次の8機が誘導弾を発射した。3回で24機が全ての誘導弾を発射し終える頃には、最初に発射した奮龍が爆発していた。爆炎が消えた頃には次の16発が編隊内に到達していた。

 三式双爆は奮龍二型を合計で48発発射したが、ドイツ軍編隊内では4割を超える22発が爆発した。樫出大尉は冷静に敵編隊内で爆発した誘導弾を数えていた。
(20機程度は、撃墜しただろうか。我々にできることは終わった)

 前方の誘導弾の爆炎が消えると、樫出大尉は直ちに退避を命じた。
「全機、西南に急降下せよ」

 爆撃隊の上空を飛行していたドイツ軍戦闘機が向かってきたのだ。単発の戦闘機に攻撃されたら、三式双爆は圧倒的に不利だ。飛行性能で全く太刀打ちできない。

 エーザウ中佐のMe309Bの部隊は、ノヴォトニーのMe262がアメリカ軍を攻撃したおかげで乱戦から抜けてHe177Cの上空を飛行していた。中佐は、前方に機種不明の編隊を発見するやいなや、加速を開始した。思いのほか遠距離から全翼機はミサイルを撃ってきた。

 しかも、ミサイルは戦闘機編隊の中でも爆発した。左翼側で2発が次々に爆発すると、エーザウ中佐は反射的に機体を旋回させた。後続のMe309Bもそれに続く。エーザウ中佐の部隊が態勢を立て直した時には、全翼機の編隊は急降下で逃げようとしていた。

(どうも識別表にあった日本軍のギンガに似ているようだ。電波を反射しない機体を待ち伏せ攻撃に使ってきたということか)

 中佐が、攻撃してきた機体を観察している間にも、全速のMe309Bは逃げてゆく全翼機との距離を徐々に詰めていたが、依然として攻撃は不可能だ。
(追いつくまでには、まだ時間がかかりそうだな。ここらが潮時だ)

「エーザウだ。全機に告げる。追撃中止だ。爆撃隊の近くに戻れ。これ以上、He177から離れるわけにはいかない」

 敵機が逃げてゆくのであれば、むしろ次の攻撃に備える方が優先だ。エーザウ中佐はバンクを繰り返しながら、友軍戦闘機を集合させると北西へと向きを変えた。

 ……

 KG40のヘム少佐は、エセックス州中部に位置する5カ所のアメリカ軍基地への攻撃を予定していたが、飛行しているHe177Cが半減したため、2カ所に縮小することを決めた。既にイギリス上空なので、ここまで来て退却という選択肢はない。少佐が決断したのは、ノースウィールド近郊の基地だった。

 ヘム少佐は攻撃目標を2カ所に削減したことを通知すると、残った部隊を2つに分けた。

 北側のノースウィールドに向かったのは13機のHe177Cだった。爆撃隊が基地に接近すると周辺に配備されたアメリカ軍の90mm高射砲が激しく撃ち始めた。2機が被害を受けて脱落してゆく。それでも13機が52トンの爆弾を投下した。B-29の発進基地は、飛行場と基地の建物が破壊されて、備蓄していたガソリンにも引火して激しく炎と黒煙が立ち上った。機体の損害は、整備と修理で駐機していた6機が破壊されたが、ほとんどの機体は空中退避をしていたおかげで無事だった。

 スタップル・フォードには、ヘム少佐と共に11機のHe177Cが向かった。爆撃隊がイングランド本土に侵入してから、スタップル・フォードで出撃から漏れていた9機のP-51Bが離陸して上昇してきたが、He177Cが飛行していた9000mまで到達する前に爆撃が始まった。航空基地に44トンの爆弾が投下された。

 爆撃により格納庫と滑走路、周囲の兵舎と基地ビルが破壊された。しかも基地に残っていた爆撃機と戦闘機を合わせて10機以上が修理不能になった。

 ……

 ドーリットルの司令部では、ドイツ軍の爆撃による被害を集計していた。キャッスル少佐が各基地からの報告を持ってやってきた。
「我々の基地は、ノースウィールドとスタップル・フォード、デンプデン、ダクスフォードの4カ所が攻撃されました。いずれも滑走路と基地の建物や格納庫に被害が発生しています。一部の基地ではガソリンに引火して、今も燃え続けています。なお基地内に駐機していたB-29とB-17、それに戦闘機が30機から40機破壊されています。当面これらの基地の使用は不可能です」

 ハル大佐が別の報告を持ってやってきた。
「日本海軍の6thエアフリート司令部と連絡が取れました。ホーンチャーチ近くの基地がジェット爆撃機により攻撃されました。詳細な被害は集計中ですが、我々と同様、滑走路に加えて基地の格納庫などが破壊されて、地上の機体にも被害が出ています」

「基地の被害は5カ所ということでいいな? まだ我々には、15以上の基地が残っている。被害を受けていない基地に、迎撃を終えた戦闘機隊を降ろすんだ。日本軍の戦闘機隊が我々の基地に降りてもかまわん。戦闘で被害を受けたり、燃料に心配のある機体から着陸させるんだ」

「今のところそれ以上の被害報告はありません。ところで、北西に退避していた爆撃隊は、どうしますか?」

「戦闘で疲れている戦闘機隊が優先だ。上空の爆撃機はまだしばらくは待っていられるだろう。それよりも基地の回復を早めて欲しい。次は我々が攻撃するぞ。今回の戦闘では、ドイツ空軍に大きな被害を与えたはずだ。相手の態勢が整わないうちに攻撃に転ずれば、少ない被害で大きな戦果を得られるだろう」

「B-29については、修理や整備中の機体が地上で破壊されましたが、空中退避した機体は被害を受けていません。基地の滑走路は破壊されましたが、重機を使用すれば1週間程度で復旧できるでしょう。しかも被害を受けていない基地が使えるので、当面はしのぐことが可能です。焼失したガソリンも戦闘機隊やイギリス軍の備蓄を融通すれば対処可能です。しかし、今回の迎撃戦で我が軍の戦闘機隊は被害を受けましたが、本土からの補充で回復可能でしょう」
 
「我々が攻勢を開始するまでには、少しばかり時間が必要ということかね?」

「すぐにでも戦闘機隊の強化とドイツのジェット戦闘機への対策が絶対に必要です。それができなければ次は我々の爆撃隊がドイツ軍と同程度の損害を被ることになります」

「そうだったな。ジェット戦闘機の対策を急ぐ必要がある。イギリス空軍はデハビランド社のジェット戦闘機を実戦参加させて一定の成果があったとのことだ。我々もそれを見習う必要があるな」

 ……

 ヒトラーは第3航空艦隊司令官のシュペルレ元帥から、イギリス本土攻撃の結果を聞いたが怒鳴り散らすようなことはなかった。

 元帥からの説明は、要約すれば以下のような内容だった。
「出撃した爆撃機のうちの約3割と約7割の戦闘機が帰投しました。決して小さな被害とは言えませんが、それと引き換えに5カ所の爆撃基地に甚大な被害を与えています。なお、ジェット推進の戦闘機と爆撃機はかなり活躍してくれました。今後、配備数を増やすべきです」

「わかった。それで攻撃した基地は当面使えぬ程度に壊滅させたのか? それと地上の戦闘機や爆撃機も破壊したのだろうな」

「むろんです。滑走路や建物の破壊だけでなく、備蓄していたガソリンも炎上させています。しばらくの間は使い物にならないはずです」

 シュペルレ元帥は、多少誇張して戦果を報告した。もちろん備蓄ガソリンに大火災が発生した基地もあるのだから、おおむね正しいはずだ。この男は自国軍人の被害よりも敵に与えた戦果だけを気にしているのかと思ったが、もちろんそんなことは口には出さない。

 ヒトラーは、イギリスの航空基地に大きな被害を与えたと思ったようだ。既にドイツ空軍の爆撃機機が半数しか戻らなかったことなど忘れてしまったかのようだ。それよりも、次の攻勢のためには、ジェット戦闘機や爆撃機が有効だということに気づいた。

「ジェットエンジンを備えた戦闘機と爆撃機が活躍したのだな? これらの機体がもっと多くあれば、敵に与えた損害は、更に大きくなったと考えてよいか?」

「もちろんです。総統、空軍へのジェット戦闘機と爆撃機の配備数が増加すれば、それだけ活動範囲は広くなるでしょう。これらの機体があちこちの戦線で活動できるようになれば、それだけ我が軍が優勢に戦えるようになるのです」

 この点に関するシュペルレ元帥の発言は、彼の本音だった。実際、ジェット機の配備に対して、ヒトラーの後押しを得られるならば、それを利用しようと考えていた。

「そうか。ジェット機の生産増加については、私から、ミルヒとシュぺアに命令しておく。この後、直接会うからな」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

藤本喜久雄の海軍

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍の至宝とも言われた藤本喜久雄造船官。彼は斬新的かつ革新的な技術を積極的に取り入れ、ダメージコントロールなどに関しては当時の造船官の中で最も優れていた。そんな藤本は早くして脳溢血で亡くなってしまったが、もし”亡くなっていなければ”日本海軍はどうなっていたのだろうか。

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

異聞対ソ世界大戦

みにみ
歴史・時代
ソ連がフランス侵攻中のナチスドイツを背後からの奇襲で滅ぼし、そのままフランスまで蹂躪する。日本は米英と組んで対ソ、対共産戦争へと突入していくことになる

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

超量産艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。 そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく… こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!

処理中です...