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第25章 ドイツ本国攻撃作戦
25.3章 新たな作戦の開始
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3カ国の主要な計算機技術者が集まった会議でレイトン大佐から作戦の説明が始まった。
「次回の作戦で、君たちの作成したプログラムを使うことが決まった。ドイツ軍で使用されているコンピュータから偽情報を流す。アメリカとイギリスの情報部が検討した結果、実際には存在しない攻撃隊が侵入してきたように見せかける情報をコンピュータから出力させる」
質問を気にして、レイトン大佐が一旦言葉を切った。イギリスのチューリングが片手を上げた。
「我々が作成したプログラムには、自動的にメッセージを作成する機能はありませんよ。誰かが、ドイツ軍をだますための基となる偽情報を作成して、フランスやデンマークの諜報部隊に伝えてやる必要があります」
「メッセージはレーダーを備えた基地局から司令部に伝達される探知情報の形式となるだろう。欺瞞のための情報は、アメリカ戦略情報局(OSS)とイギリス秘密情報部(MI6)が共同で作成してから、潜入中の諜報部隊に送信する手はずになっている。ドイツ軍が普段使用しているフォーマットを使って、本物のように擬装する。但し、一部の技術者が指摘しているように、コンピュータの出力が間違っていれば、ドイツ側もやがて気づくだろう。つまり、実行すると決めたら偽情報の出力は短期間で集中的に活用しなければ、対策をされるだろう」
私はそれに関連して気になっていることがあった。
「ドイツ軍が我々の仕掛けたプログラムに遠からず気づくという見解は同じです。その後の対応ですが、我々のプログラムを検出すれば、それを参考にしてドイツ側も同じ手段を仕掛けてくる可能性がありますよ。ドイツ側の技術力は、我々とそれほど変わらないはずです。こちら側でできることは、彼らも可能だと考えるべきです」
「確かに、ドイツ人も我々と同様にコンピュータの動作を異常にするプログラムを仕掛けてくる可能性は無視できないな。その推定が正しいと仮定して、有効な対策はあるのかね?」
海野中尉は既に対策についても考えていた。
「計算機内でおかしな挙動をするプログラムが仕込まれていないか否かを監視するプログラムの開発です。周期的に動作させて、警察官のように計算機内をパトロールさせるのです。我々は既に、開発に着手しています。規模の小さなプログラムなので、それほど時間をかけずに完成できます。加えて、定期的に計算機内の情報を外部記憶に退避させます。万が一、潜入プログラムが仕込まれて、動作が異常になっても最終的な手段として、外部記憶からそれが発生する前の状態を回復させられます」
レイトン大佐も対策の必要性についてはすぐに納得した。ドイツ軍から、同じ作戦を仕掛けられたらシャレにならない。自分たちがやろうとしていることは、間違いなくドイツ軍でも実行可能だろう。
「すぐにその対策プログラムを投入してくれ。申し訳ないが、外部記憶についてはそれぞれの国から持ち込んだ予備装置を使うしかない。アメリカ国内では、ENIACを除いて予備機材の入手は困難だ。その代わり輸送手段の提供については協力する」
議論が一段落したようだ。私はドイツ軍の情報の中から最近になって発見した別の兵器開発について報告しなければならない。
「我々は、ドイツ軍の計算機から集めた情報の分析を続けています。最近になって、複数の空軍基地において、新型誘導弾を配備して、戦闘機に搭載するとの情報が流れています。戦闘機への搭載ですから用途は限定されます。我軍の三式対空誘導弾と同じ用途だと推定されます」
「それは日本軍のミサイルと同じ電波による誘導なのかね? それとも新たな誘導方式なのか?」
「インフラロットという単語が何度か出てきますよ」
「それはドイツ語で赤外線という意味だぞ。赤外線誘導によるミサイルが配備されたら、今までのウィンドウは全く役に立たなくなる。攻撃を受ける前に対策しなければならないな」
レイトン大佐は、すぐにイングランドの航空隊に通知するために会議室から飛び出していった。我々にとっても、アメリカ軍経由で通知されるまでの時間が惜しい。イギリスに展開している六航艦と第4航空軍に直接連絡すべく、「古鷹」の司令部を呼び出した。遣欧艦隊司令部に新兵器の説明をしなければならない。
欺瞞作戦と並行して新兵器に対する、対抗策の準備が始まった。
……
ノーフォークの共同研究部隊が解読した赤外線誘導弾に関する情報は、同じ基地内の遣欧艦隊司令部に通知された。小沢中将は、すぐさま赤外線誘導弾への対策検討を指示した。
小沢中将は、過去に日本海軍が赤外線誘導弾により攻撃を受けたことを記憶していた。
「我々の艦隊はマリアナ沖の海戦でアメリカ海軍の赤外線誘導弾により攻撃を受けたはずだ。海戦終了後には誘導弾の不発弾を回収したと記憶している。その後は赤外線誘導弾の回避策を研究していたのではないか?」
航空参謀の樋端中佐は、海戦後に行った実験についての資料を読んでいた。
「以前、航空技術廠の兵器部で行った実験報告を読んだことがあります。回避方法も実験済みだったと思います」
「赤外線誘導の回避方法が既に存在するのか? いったいそれは何を利用するのだ?」
「吊光弾です。夜空を照らす発光弾ですよ。発光のために燃焼するのは、マグネシウムやアルミニウムの粉末です。それが可視光とともに強い赤外線を発するのです。実際に放射される赤外線を測定したとありました。しかも、吊光弾を小型化して多数を散布してから、発生する赤外線を測定して有効性を確認したはずです。航空戦においても、空中にたくさんの小型化した発光弾ばらまけば、赤外線誘導弾は欺瞞されると思われます」
「実験はしたが、実戦配備されていないのはやはり太平洋の戦闘が終結したからだろうな。喉元過ぎればなんとかということか。対策がわかったとして、アメリカのこの地で小型化した照明弾を極めて短期間で大量に入手する方法はあるのだろうか?」
「長官、ここはノーフォークですよ。世界最大の海軍工廠が存在しているのです。本気になれば吊光弾くらいすぐに作れます。しかも、この装備はアメリカ軍自身も緊急で必要としています。今からでも交渉しましょう。空技廠の研究成果を提供しても良いでしょう」
小沢中将も早急に要求すればそれだけ早く入手できるという当然のことを理解していたので、その日のうちにアメリカ海軍に照明弾の小型化設計と大量生産を要求した。
日本の司令部からの要求はキング大将付きの参謀となっていたクック少将に伝達され、海軍工廠で小型化照明弾の製造が始まった。もちろん、試作弾の効果も赤外線測定で確認された。
大量生産に移行するとアメリカの海軍工廠は直径約1.5インチ(38mm)の円筒形の燃焼弾だけでなく、それを30発格納できる長方形のケースも設計して作ってくれた。
このケースを胴体後方の邪魔にならないところに取り付けて、配線をつなげば機内操作により小型照明弾を散布できるはずだ。
海軍工廠で生産された欺瞞用の照明弾は、C-46などの輸送機でイギリスの現地部隊に運ばれた。日本軍は、遣欧艦隊がアメリカに持ち込んでいた輸送型深山を使用した。深山の航続距離ならば、ノーフォーク近郊の飛行場を離陸してからニューファンドランド島の基地で1度給油するだけで、イギリスの航空基地に直行できた。
……
ドーリットルの司令部にもアメリカ戦略情報局(OSS)とイギリス秘密情報部(MI6)の考えた欺瞞情報による作戦案が伝達された。
「なるほどドイツ軍のコンピュータを操って、偽の攻撃部隊を作り出そうということか。上手くいけば多数の攻撃隊が突然出現して、ドイツの防空部隊も大混乱しそうだな」
「発想としては面白いですが、どこまで実効的な効果があるのかわかりませんよ。史上初めての方法なのですから」
ドーリットル中将もハル大佐の懸念をもっともだと思った。
「効果がはっきりとしていないならば、どうすればいいのだ? 別の対策が必要だということか?」
「コンピュータが出力する実体のない攻撃隊に加えて、本物のおとり部隊を飛行させるのです。コンピュータによる誘引作戦の効果は証明されていません。それが上手くいかない場合でも、その中に現実のおとり編隊が存在すれば、最低限はドイツ空軍を引き付けることができます。コンピュータの作戦が効果的ならば、偽物と本物のおとりが混在することでドイツ軍は更に混乱するはずです」
「しかし、それだとコンピュータの欺瞞が効果を出せばドイツ軍が分散するが、そうでない場合にはおとりの部隊は多数のドイツ軍機の迎撃を引き受けることになるな」
「おとりの候補としては、1番目は、対空ミサイルを保有している日本軍の活用です。大きな戦果を挙げているミサイルを利用しない手はありません。2番目は、ジェット戦闘機です。我が軍のP-80は、ドイツ軍のジェット戦闘機が相手でも有利に戦えるはずです。しかも大型増槽の配備が間に合ったのでドイツ領内にもある程度侵攻可能なはずです」
旧来の方法によるおとり部隊と最新技術を駆使した欺瞞を混ぜ合わせる方法は、中将にも悪くないように思えた。
「その案を採用しよう。攻撃目標の割り振りは従来案から変更しない。それに加えておとりの部隊は、日本軍と我が軍のジェット戦闘機だ」
「もう一つ、キング大将の司令部からの連絡事項です。ドイツ軍の新型ミサイルとそれへの対処に関する情報です」
ハル大佐の差し出した書類を読んだドーリットル中将は、キャッスル少佐を呼んだ。
「作戦参加機の緊急工事が必要だ。ちょっとした小箱を機体に設置する必要があるぞ」
……
イギリス本土に駐留している海軍第六航空艦隊の高須中将と陸軍第4航空団の寺本中将にはほぼ同時にドーリットル司令部の意向と攻撃目標に関する情報が伝えられた。
陸軍の寺本中将と司令部要員が六航艦の司令部を訪れていた。ドーリットルは、日本軍に要求する任務を示したが、陸軍と海軍の分担までは明示していない。日本軍内で決めてくれということだ。
作戦参加が伝えられると、最初に司令官の高須中将が説明を始めた。
「第8航空軍司令部からの要求は、北海をユトランド半島の方向に進んでおとりになる部隊と、ドイツ南西部に存在する核研究施設への攻撃だ。ちなみに攻撃目標の核施設は近距離に存在する2つの都市に分かれている。ハイガーロッホとヘッヒンゲンという地方都市だ」
六航艦参謀長の松永少将はドーリットル司令部との連絡により、他国の攻撃目標についての情報を入手していた。
「ドーリットル中将の司令部から入手した情報ですが、今回の作戦では、アメリカ軍はベルリンの物理学研究所とドイツ首都北側のオラニエンブルクという都市の工場を攻撃予定です。更にノルウェー南部のリューカンという都市の水力発電所の近くに建設された工場も対象になっています。こちらはイギリス空軍が攻撃するとのことです。まあドイツ本土に比べれば、ノルウェーの迎撃は小規模でしょうね」
寺本中将が説明を続けた。
「ハイガーロッホの目標は洞窟内に建設されているようだ。洞窟の上部は分厚い岩盤で覆われているようだ。つまり、かなり貫通力のある重量級の徹甲爆弾を多数使用しなければ破壊できないだろう。あるいは地下施設の開口部から爆弾を放り込むような特殊な爆撃法が要求される。大型爆弾が必要ならば、海軍の深山または同等の機体の参加は必須だ」
高須中将は黙って寺本中将の発言を聞いていた。
「つまり、必然的に陸軍の部隊が北海を東に進むおとり役ということになる。但し、何もしないで引き返すのはお断りする。ユトランド半島近辺まで侵攻するならば重要目標を我々も攻撃したい」
「それは、いったいどこを考えているのですか?」
松永少将の質問に対して、寺本中将が指さしたのは、ユトランド半島からポーランドとの国境近くまで進んだペーネミュンデだった。
「ここには、ドイツ軍の新兵器実験施設が存在している。新型の航空機だけでなく、実験中の大型誘導弾も偵察機が捉えている。攻撃によって新兵器開発が遅れることになれば、我々にとって大きな意味があるだろう。私は規模の大きな地上発射型誘導弾が完成すれば、遠からず核分裂を利用した弾頭を搭載する可能性が高いと考えている。音速を超える速度で落下してくる誘導弾の迎撃は不可能に近いぞ。しかも1発で都市が壊滅するような威力の弾頭が搭載されているのだ」
高須中将も陸軍の司令官の意向に同意した。
「アメリカ軍が望む役割を遂行するのであれば、基地に戻る前に爆弾を落としてきても支障はないだろう。ペーネミュンデを攻撃する過程で敵機を誘引できれば好都合だ」
陸軍と海軍の間の分担が決まった。
高須中将は、今までのアメリカ軍の損害から考えて、ドイツ軍の戦闘機だけでなく、対空誘導弾や高角砲の能力も決して侮れないと考えていた。
「実際に攻撃を実行するとなると、今まで連合軍が撮影してきた航空写真を参考にするだけでは、不十分だろう。研究施設や工場の配置だけでなく、我々の前に立ちふさがる対空砲と誘導弾陣地の位置を知る必要がある。対空陣地を放置したままで、うかつに踏み込めば大きな被害を受ける可能性があるぞ」
「作戦実施に先立ち、偵察装備の銀河により偵察させます」
「陸軍も同意見だ。我々も目標周辺の偵察を実施するぞ。いずれにしても攻撃目標の建物の配置がわかるような精密な写真がなければ効果的な爆撃作戦は不可能だからな」
それぞれの司令部の決定に従って、レーダーに探知されにくい全翼機による偵察が実行された。
六航艦に配備された銀河は22型になって、機体とエンジンの双方が改良されていた。まずエンジンが2段過給機付きのアツタ32型になって、出力が1,720馬力に向上するとともに高高度での性能も大きく改善していた。陸軍のキ66と同様に翼内に2門の20mm機銃も追加されていた。
当たり前だが、偵察装備の銀河は、爆弾倉に複数の焦点距離の偵察用カメラを搭載していた。偵察対象の大きさや撮影範囲に応じてカメラを選択して、撮影操作は後席の偵察員が行う。
偵察装備の銀河22型は、ハイオク燃料への変更によるエンジンの出力増加の効果もあって、軽負荷ならば高度9,000mで350ノット(648km/h)で飛行することができた。これだけ速度が出れば、電探に写りにくいという特性と合わせて、単独偵察でも簡単には撃墜されない。
「次回の作戦で、君たちの作成したプログラムを使うことが決まった。ドイツ軍で使用されているコンピュータから偽情報を流す。アメリカとイギリスの情報部が検討した結果、実際には存在しない攻撃隊が侵入してきたように見せかける情報をコンピュータから出力させる」
質問を気にして、レイトン大佐が一旦言葉を切った。イギリスのチューリングが片手を上げた。
「我々が作成したプログラムには、自動的にメッセージを作成する機能はありませんよ。誰かが、ドイツ軍をだますための基となる偽情報を作成して、フランスやデンマークの諜報部隊に伝えてやる必要があります」
「メッセージはレーダーを備えた基地局から司令部に伝達される探知情報の形式となるだろう。欺瞞のための情報は、アメリカ戦略情報局(OSS)とイギリス秘密情報部(MI6)が共同で作成してから、潜入中の諜報部隊に送信する手はずになっている。ドイツ軍が普段使用しているフォーマットを使って、本物のように擬装する。但し、一部の技術者が指摘しているように、コンピュータの出力が間違っていれば、ドイツ側もやがて気づくだろう。つまり、実行すると決めたら偽情報の出力は短期間で集中的に活用しなければ、対策をされるだろう」
私はそれに関連して気になっていることがあった。
「ドイツ軍が我々の仕掛けたプログラムに遠からず気づくという見解は同じです。その後の対応ですが、我々のプログラムを検出すれば、それを参考にしてドイツ側も同じ手段を仕掛けてくる可能性がありますよ。ドイツ側の技術力は、我々とそれほど変わらないはずです。こちら側でできることは、彼らも可能だと考えるべきです」
「確かに、ドイツ人も我々と同様にコンピュータの動作を異常にするプログラムを仕掛けてくる可能性は無視できないな。その推定が正しいと仮定して、有効な対策はあるのかね?」
海野中尉は既に対策についても考えていた。
「計算機内でおかしな挙動をするプログラムが仕込まれていないか否かを監視するプログラムの開発です。周期的に動作させて、警察官のように計算機内をパトロールさせるのです。我々は既に、開発に着手しています。規模の小さなプログラムなので、それほど時間をかけずに完成できます。加えて、定期的に計算機内の情報を外部記憶に退避させます。万が一、潜入プログラムが仕込まれて、動作が異常になっても最終的な手段として、外部記憶からそれが発生する前の状態を回復させられます」
レイトン大佐も対策の必要性についてはすぐに納得した。ドイツ軍から、同じ作戦を仕掛けられたらシャレにならない。自分たちがやろうとしていることは、間違いなくドイツ軍でも実行可能だろう。
「すぐにその対策プログラムを投入してくれ。申し訳ないが、外部記憶についてはそれぞれの国から持ち込んだ予備装置を使うしかない。アメリカ国内では、ENIACを除いて予備機材の入手は困難だ。その代わり輸送手段の提供については協力する」
議論が一段落したようだ。私はドイツ軍の情報の中から最近になって発見した別の兵器開発について報告しなければならない。
「我々は、ドイツ軍の計算機から集めた情報の分析を続けています。最近になって、複数の空軍基地において、新型誘導弾を配備して、戦闘機に搭載するとの情報が流れています。戦闘機への搭載ですから用途は限定されます。我軍の三式対空誘導弾と同じ用途だと推定されます」
「それは日本軍のミサイルと同じ電波による誘導なのかね? それとも新たな誘導方式なのか?」
「インフラロットという単語が何度か出てきますよ」
「それはドイツ語で赤外線という意味だぞ。赤外線誘導によるミサイルが配備されたら、今までのウィンドウは全く役に立たなくなる。攻撃を受ける前に対策しなければならないな」
レイトン大佐は、すぐにイングランドの航空隊に通知するために会議室から飛び出していった。我々にとっても、アメリカ軍経由で通知されるまでの時間が惜しい。イギリスに展開している六航艦と第4航空軍に直接連絡すべく、「古鷹」の司令部を呼び出した。遣欧艦隊司令部に新兵器の説明をしなければならない。
欺瞞作戦と並行して新兵器に対する、対抗策の準備が始まった。
……
ノーフォークの共同研究部隊が解読した赤外線誘導弾に関する情報は、同じ基地内の遣欧艦隊司令部に通知された。小沢中将は、すぐさま赤外線誘導弾への対策検討を指示した。
小沢中将は、過去に日本海軍が赤外線誘導弾により攻撃を受けたことを記憶していた。
「我々の艦隊はマリアナ沖の海戦でアメリカ海軍の赤外線誘導弾により攻撃を受けたはずだ。海戦終了後には誘導弾の不発弾を回収したと記憶している。その後は赤外線誘導弾の回避策を研究していたのではないか?」
航空参謀の樋端中佐は、海戦後に行った実験についての資料を読んでいた。
「以前、航空技術廠の兵器部で行った実験報告を読んだことがあります。回避方法も実験済みだったと思います」
「赤外線誘導の回避方法が既に存在するのか? いったいそれは何を利用するのだ?」
「吊光弾です。夜空を照らす発光弾ですよ。発光のために燃焼するのは、マグネシウムやアルミニウムの粉末です。それが可視光とともに強い赤外線を発するのです。実際に放射される赤外線を測定したとありました。しかも、吊光弾を小型化して多数を散布してから、発生する赤外線を測定して有効性を確認したはずです。航空戦においても、空中にたくさんの小型化した発光弾ばらまけば、赤外線誘導弾は欺瞞されると思われます」
「実験はしたが、実戦配備されていないのはやはり太平洋の戦闘が終結したからだろうな。喉元過ぎればなんとかということか。対策がわかったとして、アメリカのこの地で小型化した照明弾を極めて短期間で大量に入手する方法はあるのだろうか?」
「長官、ここはノーフォークですよ。世界最大の海軍工廠が存在しているのです。本気になれば吊光弾くらいすぐに作れます。しかも、この装備はアメリカ軍自身も緊急で必要としています。今からでも交渉しましょう。空技廠の研究成果を提供しても良いでしょう」
小沢中将も早急に要求すればそれだけ早く入手できるという当然のことを理解していたので、その日のうちにアメリカ海軍に照明弾の小型化設計と大量生産を要求した。
日本の司令部からの要求はキング大将付きの参謀となっていたクック少将に伝達され、海軍工廠で小型化照明弾の製造が始まった。もちろん、試作弾の効果も赤外線測定で確認された。
大量生産に移行するとアメリカの海軍工廠は直径約1.5インチ(38mm)の円筒形の燃焼弾だけでなく、それを30発格納できる長方形のケースも設計して作ってくれた。
このケースを胴体後方の邪魔にならないところに取り付けて、配線をつなげば機内操作により小型照明弾を散布できるはずだ。
海軍工廠で生産された欺瞞用の照明弾は、C-46などの輸送機でイギリスの現地部隊に運ばれた。日本軍は、遣欧艦隊がアメリカに持ち込んでいた輸送型深山を使用した。深山の航続距離ならば、ノーフォーク近郊の飛行場を離陸してからニューファンドランド島の基地で1度給油するだけで、イギリスの航空基地に直行できた。
……
ドーリットルの司令部にもアメリカ戦略情報局(OSS)とイギリス秘密情報部(MI6)の考えた欺瞞情報による作戦案が伝達された。
「なるほどドイツ軍のコンピュータを操って、偽の攻撃部隊を作り出そうということか。上手くいけば多数の攻撃隊が突然出現して、ドイツの防空部隊も大混乱しそうだな」
「発想としては面白いですが、どこまで実効的な効果があるのかわかりませんよ。史上初めての方法なのですから」
ドーリットル中将もハル大佐の懸念をもっともだと思った。
「効果がはっきりとしていないならば、どうすればいいのだ? 別の対策が必要だということか?」
「コンピュータが出力する実体のない攻撃隊に加えて、本物のおとり部隊を飛行させるのです。コンピュータによる誘引作戦の効果は証明されていません。それが上手くいかない場合でも、その中に現実のおとり編隊が存在すれば、最低限はドイツ空軍を引き付けることができます。コンピュータの作戦が効果的ならば、偽物と本物のおとりが混在することでドイツ軍は更に混乱するはずです」
「しかし、それだとコンピュータの欺瞞が効果を出せばドイツ軍が分散するが、そうでない場合にはおとりの部隊は多数のドイツ軍機の迎撃を引き受けることになるな」
「おとりの候補としては、1番目は、対空ミサイルを保有している日本軍の活用です。大きな戦果を挙げているミサイルを利用しない手はありません。2番目は、ジェット戦闘機です。我が軍のP-80は、ドイツ軍のジェット戦闘機が相手でも有利に戦えるはずです。しかも大型増槽の配備が間に合ったのでドイツ領内にもある程度侵攻可能なはずです」
旧来の方法によるおとり部隊と最新技術を駆使した欺瞞を混ぜ合わせる方法は、中将にも悪くないように思えた。
「その案を採用しよう。攻撃目標の割り振りは従来案から変更しない。それに加えておとりの部隊は、日本軍と我が軍のジェット戦闘機だ」
「もう一つ、キング大将の司令部からの連絡事項です。ドイツ軍の新型ミサイルとそれへの対処に関する情報です」
ハル大佐の差し出した書類を読んだドーリットル中将は、キャッスル少佐を呼んだ。
「作戦参加機の緊急工事が必要だ。ちょっとした小箱を機体に設置する必要があるぞ」
……
イギリス本土に駐留している海軍第六航空艦隊の高須中将と陸軍第4航空団の寺本中将にはほぼ同時にドーリットル司令部の意向と攻撃目標に関する情報が伝えられた。
陸軍の寺本中将と司令部要員が六航艦の司令部を訪れていた。ドーリットルは、日本軍に要求する任務を示したが、陸軍と海軍の分担までは明示していない。日本軍内で決めてくれということだ。
作戦参加が伝えられると、最初に司令官の高須中将が説明を始めた。
「第8航空軍司令部からの要求は、北海をユトランド半島の方向に進んでおとりになる部隊と、ドイツ南西部に存在する核研究施設への攻撃だ。ちなみに攻撃目標の核施設は近距離に存在する2つの都市に分かれている。ハイガーロッホとヘッヒンゲンという地方都市だ」
六航艦参謀長の松永少将はドーリットル司令部との連絡により、他国の攻撃目標についての情報を入手していた。
「ドーリットル中将の司令部から入手した情報ですが、今回の作戦では、アメリカ軍はベルリンの物理学研究所とドイツ首都北側のオラニエンブルクという都市の工場を攻撃予定です。更にノルウェー南部のリューカンという都市の水力発電所の近くに建設された工場も対象になっています。こちらはイギリス空軍が攻撃するとのことです。まあドイツ本土に比べれば、ノルウェーの迎撃は小規模でしょうね」
寺本中将が説明を続けた。
「ハイガーロッホの目標は洞窟内に建設されているようだ。洞窟の上部は分厚い岩盤で覆われているようだ。つまり、かなり貫通力のある重量級の徹甲爆弾を多数使用しなければ破壊できないだろう。あるいは地下施設の開口部から爆弾を放り込むような特殊な爆撃法が要求される。大型爆弾が必要ならば、海軍の深山または同等の機体の参加は必須だ」
高須中将は黙って寺本中将の発言を聞いていた。
「つまり、必然的に陸軍の部隊が北海を東に進むおとり役ということになる。但し、何もしないで引き返すのはお断りする。ユトランド半島近辺まで侵攻するならば重要目標を我々も攻撃したい」
「それは、いったいどこを考えているのですか?」
松永少将の質問に対して、寺本中将が指さしたのは、ユトランド半島からポーランドとの国境近くまで進んだペーネミュンデだった。
「ここには、ドイツ軍の新兵器実験施設が存在している。新型の航空機だけでなく、実験中の大型誘導弾も偵察機が捉えている。攻撃によって新兵器開発が遅れることになれば、我々にとって大きな意味があるだろう。私は規模の大きな地上発射型誘導弾が完成すれば、遠からず核分裂を利用した弾頭を搭載する可能性が高いと考えている。音速を超える速度で落下してくる誘導弾の迎撃は不可能に近いぞ。しかも1発で都市が壊滅するような威力の弾頭が搭載されているのだ」
高須中将も陸軍の司令官の意向に同意した。
「アメリカ軍が望む役割を遂行するのであれば、基地に戻る前に爆弾を落としてきても支障はないだろう。ペーネミュンデを攻撃する過程で敵機を誘引できれば好都合だ」
陸軍と海軍の間の分担が決まった。
高須中将は、今までのアメリカ軍の損害から考えて、ドイツ軍の戦闘機だけでなく、対空誘導弾や高角砲の能力も決して侮れないと考えていた。
「実際に攻撃を実行するとなると、今まで連合軍が撮影してきた航空写真を参考にするだけでは、不十分だろう。研究施設や工場の配置だけでなく、我々の前に立ちふさがる対空砲と誘導弾陣地の位置を知る必要がある。対空陣地を放置したままで、うかつに踏み込めば大きな被害を受ける可能性があるぞ」
「作戦実施に先立ち、偵察装備の銀河により偵察させます」
「陸軍も同意見だ。我々も目標周辺の偵察を実施するぞ。いずれにしても攻撃目標の建物の配置がわかるような精密な写真がなければ効果的な爆撃作戦は不可能だからな」
それぞれの司令部の決定に従って、レーダーに探知されにくい全翼機による偵察が実行された。
六航艦に配備された銀河は22型になって、機体とエンジンの双方が改良されていた。まずエンジンが2段過給機付きのアツタ32型になって、出力が1,720馬力に向上するとともに高高度での性能も大きく改善していた。陸軍のキ66と同様に翼内に2門の20mm機銃も追加されていた。
当たり前だが、偵察装備の銀河は、爆弾倉に複数の焦点距離の偵察用カメラを搭載していた。偵察対象の大きさや撮影範囲に応じてカメラを選択して、撮影操作は後席の偵察員が行う。
偵察装備の銀河22型は、ハイオク燃料への変更によるエンジンの出力増加の効果もあって、軽負荷ならば高度9,000mで350ノット(648km/h)で飛行することができた。これだけ速度が出れば、電探に写りにくいという特性と合わせて、単独偵察でも簡単には撃墜されない。
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歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。
そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく…
こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!
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