電子の帝国

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第25章 ドイツ本国攻撃作戦

25.6章 ジェット戦闘機の戦い

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 日本陸軍の部隊が基地を離陸してから30分ほど経過してから、ノーフォーク州ノリッジ東方の基地からプロペラのない軍用機が離陸した。イギリス東海岸に近い基地に一旦移動してから発進したのは、オランダまでの距離が近いからだ。航続距離が決して長くない機体の出撃に際して、少しでもドイツ領土内までの飛行距離を短縮しようとの配慮だった。

 出撃したのは、P-80と命名されたアメリカロッキード社が開発した単発のジェット戦闘機だった。最新型の戦闘機がこれほど早く欧州の戦いに参戦できたのは、多少強引な手段でアメリカ本土からイギリスに輸送したからだ。アメリカ軍は輸送船の代わりに30ノット以上で航行できる空母を使って、完成したばかりのジェット戦闘機をアメリカ本土から一気に輸送してきたのだ。

 インディペンデンス級空母の「モンテレー」と「カボット」は、ニューポート・ニューズ海軍基地で格納庫と飛行甲板にジェット戦闘機を満載すると、そのまま一気に大西洋を横断した。アメリカ大陸からイギリスのリバプールまでは、直線的な航路を選べば、約3,000マイル(4,830km)余りだ。燃費が悪化するのもかまわず高速航行すれば、巡洋艦の船体を利用した空母は数日でイギリスに到着可能だった。

 今回の作戦では、コンピュータによる欺瞞情報の拡散により、実体のない攻撃隊をドイツ領内に出現させる予定になっていた。連合軍司令部は、短時間で航空機が実際に飛行していない偽物だと見破られないためには、一部には航空機によるおとりを飛行させることが必要だとの判断に至った。ドイツ中央部上空を飛行して敵戦闘機を誘引するという危険な任務のために選ばれたのが、ジェット戦闘機だった。

 P-80の両翼端にはヨーロッパでの侵攻作戦のために、ロッキード社が急遽作成した265gal(1,003リットル)の大型増槽が取り付けられた。このおかげで、従来型増槽の装備から空気抵抗を増加することなく、航続距離が1,400マイル(2,253km)まで増加した。飛行可能な距離を延伸させることは、今回の作戦では絶対に必要な処置だった。

 ノーフォーク州の基地に展開したアメリカ軍のジェット戦闘機隊は、現地で10日間程度の訓練を実施した後に早くも実戦参加することになった。今回の攻撃作戦に参加できたのは、整備中の機体を除く44機のジェット戦闘機だった。

 ゴードン少佐は、今までP-51Bに登場してヨーロッパの空で戦ってきた戦歴を買われて、部隊の指揮官に任命されていた。彼が率いるP-80の部隊は、まずはオランダ上空に侵入してから東に飛行しようとしていた。引き続き東へとドイツの支配領域を横断して、最も短距離でベルリン方面に向かう予定だった。

 ジェット戦闘機が離陸したイングランドの東岸基地からベルリンまでは直線距離で500マイル(805km)余りだった。この距離は大型増槽装備のP-80でも航続距離はぎりぎりだ。それが、この戦闘機隊が一直線にベルリン方面に向けて飛行している理由だった。部隊は単座戦闘機だけで編制され、電探搭載の警戒機や爆撃機は同行していない。410マイル/時(660km/h)で巡航すれば、最良の航続距離を得られるジェット戦闘機に対して足枷になるのを避けるためだ。しかし、飛行途中で戦闘が発生すれば、それだけ燃料消費は大きくなって航続距離は短くなる。たとえ途中で引き返すことになっても、ドイツ軍戦闘機を誘引すれば、それで任務が達成できるとの考えだった。

 ……

 北海上を東に飛行している日本陸軍の編隊に続いて、オランダ海岸を目指して南下しているP-80の編隊もヒンメルベット防空システムのフライヤレーダーに探知された。その情報はコンピュータ間を結ぶ回線を経由して、オランダの防空基地からベルリンの帝国航空艦隊司令部に瞬時ともいえる時間で伝達された。

 ベルリンの防空司令部では、ケッセル中佐がレーダー基地からの報告を持ってやってきた。
「北海上をユトランド半島に向かって飛行している第1の編隊に続いて、第2の編隊が探知されました。アムステルダム東方のオランダ海岸から東南東に進んでいます。このまま直進すれば、オランダを通過してドイツ中央部を西から東に横断します。レーダーの探知位置が短時間で変化していることからかなりの高速機だと思われます」

 コンピュータが打ち出した探知情報と壁に掲げられた巨大な欧州の地図をしばらく眺めてから、シュトゥンプフ上級大将は目標を迎撃すべきだと判断した。
「オランダ上空から東南東に侵攻する部隊を迎撃せよ。このままドイツ本土内を直進すれば、ベルリンに到達する可能性があるぞ。ベルリンへの攻撃は何としても阻止しなければならん」

「ベルリンに向けて飛行する部隊を優先の要撃対象とするのには賛成です。高速機であることも考慮して、JG2とJG7に迎撃させますがよろしいですね?」

「問題ない。北海上空の編隊よりもドイツ本土に侵攻してくる編隊の方が脅威度が高い。第2の目標により大きな兵力を向けるべきだ」

 司令部の幕僚たちが迎撃命令を発出してしばらくすると、次の報告が入ってきた。
「第3の編隊探知の報告です。ベルギー中央部からケルンに向けて飛行中です。ケルンあるいはドレスデンが目標の可能性があります。続いて、第4の編隊の報告。ベルギー南部からルクセンブルク北端を目指して飛行しています。おそらくフランクフルトまたはシュバインフルトを目標としています。更に第5の目標、第2の目標の南側をルール地方に向かっています」

 さすがに、シュトゥンプフ上級大将もこれほど多くの探知情報が集まると疑い始めた。
「こんなにバラバラな編隊が多方面への攻撃を行うのは、いったいどんな作戦目的なのか。これは、さすがに無理があるぞ。連合軍が何らかの方法で欺瞞しているのではないか?」

 これには参謀長のファルケンシュタイン少将が答えた。
「そうとも言い切れません。JG11が向かった北海上の目標は、実際に連合軍の攻撃隊が飛行しているのを確認しています。おそらく今頃は戦闘が始まっているはずです。全てが偽物だとは言い切れません。しかも北海上の目標は日本軍機との報告がありました。つまり、アメリカ軍とイギリス軍の行動は依然として不明です。前回のイギリス本土防空戦では3カ国が共同して迎撃作戦を展開しました。日本軍単独ではなく、多国軍による同時攻撃の可能性は非常に高いと考えます」

「それでは、これほど多くの目標に対して、実際に飛行していって人間の目で確かめることが必要ということか?」

「我々がイギリス本土を攻撃した時も、3群の編隊を編制しました。連合軍がそれ以上の部隊を準備したとしても私は驚きません。兵力の分散になりますが、手遅れにならないうちに発見した目標への対応は必要です」

 上級大将は、参謀長の正論を認めるしかなかった。
「わかった。各目標に向けて迎撃隊を出撃させよ。但し、全てを出撃させずに手元にある程度兵力を残す。優先して攻撃すべき目標が判明した時の予備兵力だ」

 ファルケンシュタイン少将も上司のこの判断はもっともだと考えて、素直にうなずいた。

 ……

 P-80編隊を率いていたゴードン少佐はオランダ国内に入って、しばらくすればドイツ軍戦闘機がやって来るだろうと覚悟していた。
「ゴードンだ。我々は間もなくアムステルダム南方を通過する。みんな、周囲をよく注意していてくれ。そろそろドイツ軍が現れてもおかしくない」

 東方から飛行してくるドイツ軍の編隊を最初に発見したのは、中隊でもベテランのシラーレフ大尉だった。
「方位100度、我々よりも上に編隊を発見。南に向けて飛行している」

 すぐにゴードン少佐も目標を視認できた。
「約30機の編隊、単発の戦闘機だ。1時方向から南方に旋回しているようだ」

 ……

 Ⅰ/JG2のルドルファー少佐は編隊を率いてドイツ上空を、オランダとの国境付近を目指して北西に飛行していた。Ⅰ/JG2もイングランドへの攻撃作戦で消耗したために稼働できる機体が減少していた。迎撃戦力として投入できたのは、33機になってしまった。今までのJG2の戦力であれば、この3倍近くを出撃させられたであろう。

 しかし悪い話ばかりではない。部隊の機材が更新されたのだ。乗機がMe309CになってエンジンがDB603Lから新型のDB603Mに更新されていた。DB603Mは2段過給付きという構成は変わらないが、オクタン価100以上のガソリンを前提としてチューニングを行った結果、出力は離昇で2,400馬力に到達した。出力が増加の効果で、Me309Cは高度9,000mで735km/hを記録した。

 ハイオクタンガソリンが十分供給されるようになったのは、もちろん東部戦線でのコーカサスの油田占領の効果だ。

 新型機に搭乗するとルドルファー少佐は、エンジンの出力増加の効果をすぐに実感できた。速度増加は、20km/h程度だったが上昇力が大きく向上していた。この性能向上を空戦で生かせれば、連合国の戦闘機に対しても有利に戦えるだろう。

 慎重な少佐は、真正面から敵編隊に接近するのを避けた。まず、有利に戦うために相手よりも高い位置に上昇してから南側を迂回して、敵編隊の後方へと回り込もうと考えた。
(まずは、ミサイルの発射が優先だ。我々の赤外線誘導ミサイルは、排気炎が見える後方から発射しなければ、命中は期待できない。全力で敵編隊の背後に取りくぞ)

 しかし、接近するにつれ、飛行しているのが、プロペラのない胴体全体がのっぺりとした新型機だとわかった。
(あれはジェット戦闘機じゃないか。メッサーシュミットとハインケルのジェット戦闘機の飛行を2、3回見たことがあるが、とんでもない性能だった。あれが、同程度の性能だとすると、この機体でもまともに戦闘したら勝てないぞ)

「全員、よく聞け。相手はジェット戦闘機だ。我々よりも100km/h以上は速いだろう。後方からミサイルを撃ったら、そのまま退避せよ。後ろにつかれたら逃げられないと思え」

 Me309Cは、連合軍編隊の4時方向から降下しながら接近を開始した。MW50による水メタノールも噴射してエンジン全開だ。降下による加速も合わせてルドルファー少佐の乗機は800km/hを超えてていた。これだけ速度を出したおかげで、連合軍機との距離は一時的に詰まっていた。

しかし、ここで目標とした連合軍のジェット機が加速を始めた。
(ジェット戦闘機が増速している。やはり、我々よりも速いようだ。このままでは、距離が開いてゆくに違いない。本来、後方からもっと距離を詰めて発射すべきだが、この状況ではやむを得ない)

「ルドルファーだ。ミサイルを発射せよ。繰り返す。直ちにミサイル全弾発射だ。その後は急降下で退避だ。撃墜されたくなかったら、間違ってもジェット戦闘機を深追いするな」

 Me309Cの両翼下から66発のX-4赤外線誘導ミサイルがジェット戦闘機の斜め後方から発射された。白煙を引きながら一斉に連合軍編隊に向けて飛んでいった。

 ……

 ゴードン少佐は、ドイツ軍機の編隊が南方から回り込もうとしている理由がわかった。
「ドイツ軍編隊は、我々の後方に回り込んで攻撃するつもりだ。一旦、加速して引き離すぞ」

 この時点で少佐はスロットルを押し込んだが、この時代のジェットエンジンは推力が増加してくるまでに時間がかかる。機体が加速を開始するのは、更に推力が増加した後だ。しばらくして速度が徐々に増加してきたが、その頃には液冷のドイツ軍編隊は、16時方向から降下を開始していた。

 少佐が後方を振り返ると、突然ドイツ軍機の主翼の下から白煙が発生した。
「敵編隊がミサイルを発射したぞ! ミサイルに追尾されている部隊は、欺瞞弾を投射せよ。続いて北側に急旋回だ」

 P-80の部隊には、出撃直前に新しい装備が届いていた。緊急作業で2基の欺瞞弾投射器が後部の国籍マーク後ろに取り付けられた。

 少佐からの命令で、編隊後方の機体から左右合わせて60発の欺瞞弾が射出された。空中に扇形に広がると、激しく光を発し始めた。光と同時に赤外線も放射している。

 編隊の斜め後方から1,000km/h以上に加速された60発以上のミサイルがジェット戦闘機に迫っていた。しかし、遠方から斜めに発射されたミサイルは、約半数が赤外線源を捕捉できず、何もない空中に向けて飛翔していった。赤外線を捉えて、ジェット戦闘機に向かったミサイルも過半数が、燃焼するマグネシウムが発する赤外線に欺瞞された。

 しかし、12発のX-4ミサイルはジェット排気の赤外線を捉えて、P-80に向かっていった。そのうちの5発は急旋回するP-80に追随できず、大回りで狙いを外した。それでも7発がP-80の後部胴体付近で近接信管を作動させた。

 単発の小型戦闘機は、1発の至近弾でも爆発に耐えることはできなかった。5機ががくんと機首を下げて煙や炎を噴き出しながら墜落してゆく。

 ……

 ルドルファー少佐は、遠ざかってゆくジェット戦闘機の編隊をやや低い位置から見ていた。
(青にょうすならば、連合軍のジェット戦闘機は水平飛行でも800km/hを超えているだろう。今から上昇して追いかけても距離を詰めるのは不可能だろう)

 しばらくして、少佐は基地を呼び出した。
「アメリカ軍のジェット戦闘機と交戦した。5機を撃墜したが、残った機体はドイツ中部を東に飛行している。約20機の編隊を攻撃したが、それ以外に同数程度の別の編隊が飛行しているようだ。繰り返す。相手は新型のジェット戦闘機だ。プロペラ機では、この新型機に追いつけない」

 ……

 第7戦闘航空団(JG7)司令部は、ベルリンからの要請を聞いてMe262の出撃を決定した。直ちにシュタインホフ少佐がⅢ/JG7のMe262を率いて離陸した。

「シュタインホフだ。連合軍戦闘機隊はドイツ中部から東に侵入してくるはずだ。我々はハノーファーの西方で迎撃する」

 帝国航空艦隊司令部からの指示は相変わらず混乱していたが、シュタインホフ少佐は今まで得られた情報を基にして、連合軍のジェット機部隊が直線的にベルリンに向かっていると想定していた。飛行している間に、基地から相手がジェット戦闘機だとの連絡が入ってきた。最短でハノーファーの西付近で会敵できるだろう。

 ……

 P-80の編隊は5機が撃墜されて39機に減少していたが、もちろんこの程度の被害でゴードン少佐は任務を中断するつもりはなかった。自分たちの編隊が引き続きドイツ空軍の戦闘機を引き付けなければ、友軍の爆撃隊に大きな被害が出るだろう。

 やがて、飛行方向の北側に飛行機雲が現れた。シラーレフ大尉が真っ先に発見した。
「1時方向に飛行機雲だ。急速に接近してくる」

 ゴードン少佐は、小さなシルエットの両翼下にふくらみが見えることから、相手が双発機だとわかった。しかも、高速で飛行できるドイツ空軍の機体という条件から導き出される答えは一つだ。
「全員よく聞け。相手は双発ジェット戦闘機だ。今まで多数の機体を撃墜してきたメッサーシュミットのジェット戦闘機に間違いない。今回もミサイルを搭載している可能性が極めて高い」

 少佐は、P-80の速度と運動性能はドイツ軍のジェット戦闘機よりも優れていると信じていた。そもそも機体の開発時期が、ドイツよりも後発のはずだ。
(ドイツの戦闘機は30機程度のようだ。同数ならば、性能に優れる我々が有利だ)

「シラーレフ大尉、第2中隊を率いて南に進んで、一旦、遠ざかって南東からから回り込んでくれ」

 もともと2つの編隊で飛行していたP-80の部隊は、少佐の命令によりそれぞれの進行方向を変えた。直進する18機の部隊と、南方へとドイツ軍から遠ざかる21機の編隊だ。シラーレフ大尉の部隊は先の戦闘で、赤外線欺瞞弾を使っている。ゴードン少佐は、まだ欺瞞弾を残している自分たちを直進させると決断したのだ。

 北方から接近してきたMe262の編隊は、アメリカ軍戦闘機の後方へと旋回していた。シュタインホフ少佐は、もちろんミサイルの有効性を信じていたが、大きな欠点の一つが空気抵抗だ。2つの荷物のおかげで、Me262の最大速度は50km/h程度は低下していた。
(まずはミサイル発射が先決だ。こんな荷物をぶら下げていては、まともな空中戦は不可能だ。空気抵抗の観点からは、R4Mの方がよかったな)

 大尉は、後方から接近してゆくと、目標がアメリカ軍の戦闘機だというのがわかった。
(アメリカ軍の星のマークがついている。しかも胴体内にエンジンを搭載している。なかなか速そうな機体だぞ)

 大尉が懸念した通り、アメリカ軍戦闘機の速度が速いために、なかなか距離が縮まらない。やや遠いと思ったが、時間が惜しい。少佐はミサイル発射を命じた。
「全機、ミサイル発射!」

 29機のMe262から58発のX-4空対空ミサイルが発射された。

 ゴードン少佐も1時方向から接近してきたジェット戦闘機が後方に回り込もうと旋回したのを認識していた。しかし、真っすぐ飛んでいたのは、分離した編隊がドイツ軍の南方から後方へと回り込むのを待っていたからだった。しかも、少佐が率いていた18機は、Me309Cからミサイル攻撃を受けなかったので、胴体後部の欺瞞弾をまだ使っていなかった。

 ゴードン少佐はドイツ軍機の下面の発射煙をすぐに発見した。
「ドイツ軍戦闘機が対空ミサイルを発射したぞ。欺瞞弾を射出せよ。その後は急旋回で回避」

 58発のX-4ミサイルがP-80の編隊を目指して飛んでいった。P-80の胴体後部から一斉にオレンジ色に輝く赤外線欺瞞弾が射出された。遠方から見ると、航空機の尾部から花火が広がってゆくようだ。

 約4割のミサイルは遠距離からの発射だったために、的確に赤外線目標を捉えられずに地上へと落下していった。P-80の編隊に向かったミサイルも、20発以上が燃焼するマグネシウムが発する偽の赤外線に吸い寄せられた。

 最終的に15発の赤外線誘導ミサイルがアメリカ軍のジェット戦闘機を追いかけていった。P-80を捕捉したミサイルは後部胴体の至近で爆発した。6機のP-80が黒煙を噴き出しながら墜落していった。

 ゴードン少佐と列機のP-80は後方からミサイルに追われていた。2発は光を発する欺瞞弾に引き寄せられたが、残った2発はジェット排気口の赤外線を捉えて飛行してきた。少佐は出撃前に欺瞞弾の投射器を取り付けていた整備部隊の中尉と交わした雑談を思い出した。大学で物理学を専攻していたその中尉は、興味深い事実を教えてくれた。

「この欺瞞弾よりも強力な赤外線を放射している物体が、我々のよく目にするところに存在しているのを知っていますか?」

「いったいそれはなんなのだ? 私の知っている物体なのか?」

「それは、太陽ですよ。強烈な光を発している太陽は、同時に強い赤外線も放射しています。マグネシウムの燃焼よりもけた違いに強い赤外線です」

 あの時は単なる雑談だったが、今は中尉の言葉を信じるしかない。列機に向けて大声で命令した。
「南南東に向けて上昇する。機首を太陽の方向に向けよ」

 少佐機とそれに続く機体は、全力で上昇を開始した。既に、後方のミサイルは弾体と主翼が判別できるほどに接近している。ゴードン少佐は首が痛くなるほど真後ろを振り返って、どんどん近づいてくるミサイルと自機の距離を測っていた。

「機体を思いきり右翼側に滑らせろ。その後は急降下だ」

 2機のP-80が機体を右側に滑らせると、2発のミサイルは左翼側をまっすぐ太陽に向かって飛んでいった。

 ……

 シュタインホフ少佐は、発射したミサイルの半数以上が狙いを外してゆくのを観察していた。しかし、6発は命中したようだ。
(6発でも十分だ。これで十数機の敵編隊は半減した。大きく数で優る我々が圧倒できる)

 Me262は前方のアメリカ軍戦闘機に向けて旋回を開始した。しかし、突然少佐の右側を飛行していたMe262が空中で炎を噴き出して機首を下げた。後方から接近していたシラーレフ大尉の部隊が奇襲に成功したのだ。

 双発で高翼面荷重のMe262に比べてP-80は40km/h近く速い。しかも、小型の単発機の特性を生かして、運動性能で優っていた。Me262が激しく機動しても、後方から迫ってくるアメリカ軍のジェット戦闘機を振りきることができない。21機のクラーク大尉のP-80編隊は、Me262に狙いを定めると、次々と5機を撃墜した。

 混乱したMe262の編隊に、ゴードン少佐の編隊も北側から旋回して突っ込んできた。機数で圧倒的にP-80が有利になる。双発で翼面荷重の大きなMe262は、旋回戦になると意外にもろかった。空中戦になって、更に6機が黒煙を噴き出して墜落していくと、Me262は一斉に急降下で退避を始めた。

 突然、有利に戦いを進めているゴードン少佐のもとにシラーレフ大尉の無線が入ってきた。
「南東方向から未確認機が接近している。おそらくジェット戦闘機だ」

 大尉から言われたの方向をみると、まるでブーメランを巨大化したような航空機が飛行していた。
「ゴードンだ。双発のジェット戦闘機を深追いするな。南東から接近する新たなドイツ軍機が攻撃してくるぞ」

 ……

 もともと東部戦線の第52戦闘航空団(JG52)で戦ってきたギュンター・ラル少佐は、ジェット戦闘機への機種転換訓練のために、4カ月前にドイツ本国に戻ってきた。彼が配属されたのは第2訓練戦闘航空団第Ⅲ飛行隊(Ⅲ/EJG2)だった。各種のジェット機への転換訓練を実施している部隊だ。

 彼が何よりも驚いたのは、基地に駐機されていた戦闘機が2基のジェットエンジンを装備した奇妙な外形の全翼機だったことだ。1942年7月から試験飛行を開始していたHo229Aは、試験もほとんど終了して1943年7月にはゴータ社の工場で先行量産型の生産が始まっていた。工場で完成した機体の最初の配備先はEJG2だった。

 そんなⅢ/EJG2のラル少佐の部隊に出撃命令が下りてきたのは、多くのパイロットが東部戦線からの配置変え組で、ジェット機への経験は少ないけれど実戦経験は豊富だったことだ。連合軍のジェット戦闘機の登場により、対抗できる機体を少しでも多く出撃させたいという司令部側の都合もある.

 EJG2のラル少佐のところにも、ベルリンの司令部からの出撃要請が届いた。Ⅲ/EJG2のHo229部隊は、まだ訓練部隊として編制されたばかりだったが、すぐに出撃を決断した。
「連合軍のジェット戦闘機が相手だ。Me262では苦戦するかもしれない。我々も応援のために出撃する」

 転換訓練がほぼ終わっている実戦経験のあるパイロットと、工場から送られた機体で整備が終わっているHo229の双方の条件を照らし合わせた結果、出撃可能な全翼のジェット戦闘機は14機だった。命令を受けて、14機のジェット戦闘機は、すぐさま離陸した。

 しばらく飛行すると、遠方でいくつかの爆発炎が見えた。
「11時方向でミサイルが爆発している。Me262の編隊が戦闘中だ。我々も参戦する」

 ラル少佐はあっという間にP-80の後方につけると、1機を撃墜した。左翼側でもHo226が2機を撃墜した。
(大丈夫だ。連合軍のジェット機よりもHo229の方が優速だ)

 もちろん、ラル少佐はこんな状況で旋回戦を挑むつもりはなかった。乱戦になれば、数の多い連合軍機が有利になる。速度を生かして一撃離脱に徹するのだ。
「もう一度回り込んで敵機を攻撃する。我々は速度で優っている。冷静に対処すればやられることはない」

 14機のHo229は水平旋回で戻ってくると、再びP-80編隊の後方から攻撃を開始した。相手がジェット機であっても、速度で優るHo229は、一気にP-80の後ろにつけると、距離を詰めて30mm機銃を一連射した。P-80は2、3発の30mm弾が命中しただけでバラバラになった。

 シラーレフ大尉は、大柄の全翼機を見て直感的に垂直面の機動ならば小型のP-80が優れているのではないかと思った。後方の全翼機を引き離すために急上昇してから、頂部で機体を反転させた。そのまま全速で、強烈なGに耐えながら、機体を引き起こすと追尾していた全翼機の後方に回り込んで、機銃を連射した。命中弾を受けた全翼機は、黒煙を噴き出して墜落していった。

 しかし、他のP-80のパイロットは、シラーレフ大尉ほど巧妙に戦えなかった。水平旋回と降下の組み合わせやロールで振り切ろうとするが、逃げられない。2度目のHo229の攻撃で更に4機のP-80が犠牲になった。一方、撃墜されたのはシラーレフ大尉による1機に留まっていた。他に、機銃弾を受けて片肺になった1機のHo229が緊急着陸のために高度を下げていった。

 しばらくして、ラル少佐は帰投を決断した。
「我々は十分な戦果をえた。JG7のMe262に対する支援も成功しただろう。しかも、相手の編隊は戦闘機だけだ。おそらく爆撃隊は別の空域を飛行している。基地に戻るぞ」

 一方、P-80も複数回の空中戦によりエンジンを全力運転させていた。ジェットエンジンは推力を増すとどんどん燃料消費が増えてゆく。ドイツ軍機が引き返したのを見て、ゴードン少佐も帰投を決めた。ドイツ軍の戦闘機を自分たちの部隊に誘引するという役割も果たしただろう。そして何よりも、これ以上ドイツのジェット戦闘機から攻撃を受ければ、P-80の被害が拡大するだろう。

「全員によく聞け。みんなよくやった。我々の任務はここまでだ。これからイギリスに引き返す」

 P-80の編隊は180度旋回するともと来た方向に戻り始めた。最終的にゴードン少佐と共に編隊を組んだのは、24機のP-80だった。イギリス本土を出撃した44機から20機が失われるか脱落したことになる。情けないが、ドイツ軍のミサイルと全翼型のジェット戦闘機が被害を拡大したと考えて間違いない。ゴードン少佐はできる限り正確に戦いの状況を報告するために、頭の中で整理していた。
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歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。 そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく… こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!

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