電子の帝国

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プロローグ

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 新たに連合艦隊旗艦となった「大和」は、柱島に錨を下ろしていた。

 通信参謀の和田中佐が、小走りに司令長官室に入ってきた。
「山本長官、海軍省から緊急の連絡が入っております」

「わかった。つないでくれ」

 受話器を取ると、すぐに海軍省につながった。
「海軍大臣の米内だ。先程、軍令部から報告があった。米国大統領が、我が国に対して宣戦布告を計画しているとのことだ。諜報活動の結果、それを実行に移す時期はかなり近いと予想されている。開戦となれば、我が国のどこが攻撃されても不思議ではない。米軍からの攻撃に備えてくれ。しかし、これはまだ確定情報ではない。あくまで予測だ」

 山本長官はあえて確認しなかったが、この情報は軍令部による計算機を活用した暗号解読の結果に違いないと感じた。そうだとすれば、かなり確度は高いに違いない。
「了解です。直ちに麾下の艦隊に警戒するように命令を発出します。詳しい情報については、軍令部に私の方から問い合わせますがいいですね?」

 米内海軍大臣は、軍令部への問い合わせという山本長官の言葉から、彼が想像していることがわかった。それを肯定するように答えた。
「もちろんだ。軍令部は技術進歩のおかげもあって、アメリカ太平洋艦隊の詳しい状況を把握している。各地の鎮守府にも軍令部から通報が出ているはずだ。そちらとも連携をして欲しい」

 長官は、直ちに連合艦隊の参謀たちに集合を命じた。
「先月以来、米国との間はかなり雲行きが怪しくなっていたが、ルーズベルト大統領が我が国との戦争を決断したようだ。すぐに宣戦布告を発してもおかしくない状況となった。明日にでも米軍から攻撃を受ける可能性がある。緊急で各艦隊に伝達してくれ」

 山本長官の視線を感じて、宇垣参謀長がアメリカ海軍の状況を説明した。
「アメリカは5隻の空母を太平洋にそろえたとの情報があります。複数の40センチ砲装備の新型戦艦もパナマから太平洋に回航しています。我が国の領土を攻撃してくるならば、米艦隊を見つけることが先決です。本土の航空部隊と、空母を使って太平洋を偵察させます。佐世保、呉、横須賀からも艦艇を哨戒に出撃させますがよろしいですね」

「それでよい。わが艦隊も太平洋に出るぞ。宣戦布告が実際に行われたと確認ができたならば、出撃した艦隊は戦闘行動に切り替える」

 ……

 ルーズベルト大統領は夕食を終えると、執務室に戻ってきた。大統領からの要請に従って、ハル国務長官とノックス海軍長官が室内で待っていた。
「夜遅く、申し訳ないな。さっそくだが、日本の状況はどうか?」

「2時間前の報告から大きくは変わっていません。大統領の文書を日本の外務大臣に渡すためにグルー大使が、東京の駐日大使館を既に出発したはずです。今頃は外務大臣との面談が始まっていると思われます。大使が戻れば、何らかの報告があると思います」

「海軍の作戦も変わりはないのだな?」

「ええ、ハルゼー長官の機動部隊は日本近海に達しています。攻撃隊の準備に遅れはありません。予定の時刻になれば、空母が作戦を開始しますが、よろしいのですね?」

 大統領は、ゆっくりと首を縦に振ることにより自らの意思が変わっていないことを示した。
「グルー大使からの報告を、しばらく待つことにする」

 その場の全員が押し黙っていると、2件の暗号電が入ってきた。係官が大統領宛とハル長官へのメモを持ってきた。

 この部屋の全員が振り返る。メモを受け取ったハル長官が東京のアメリカ大使館からの報告を伝えた。
「しばらく前に合衆国の宣戦布告書類が日本側に渡りました。我々の計画から時刻の遅れはありません」

 続いて、ノックス長官宛の電文が届いた。海軍長官がメモを見せた。
「太平洋艦隊司令部のキンメル長官からです。ハルゼーの空母から攻撃隊の準備が完了したとの報告が上がってきたとのことです。我々が制止しない限り、日本に対する矢はすぐにも放たれます」

 大統領は、まるで神父のような厳かな口調で告げた。
「それでよい。これから我々の行動が変わることはない。今日のところはここまでにしよう。ノックス長官、明日の朝には戦果の報告を待っているぞ」

 ……

 ハルゼー中将は、日本本土に向かった攻撃隊が飛び去っていった西北の方向を「エンタープライズ」の艦橋から黙って見つめていた。既に、第一次攻撃隊はゴマ粒のようになってしまった。参謀長のブローニング大佐が傍らにやってきた。

「日本の哨戒艇に鉢合わせしたおかげで、計画よりも少し遠くなりましたが、攻撃隊は無事に発進できました。あとは、彼らの戦果を期待しましょう。必ずいい仕事をしてくれると思いますよ」

「そうだな。私も攻撃隊の活躍を信じている」

 しかし、司令官のハルゼーが考えていたことは、戦果ではなかった。彼の頭の中にあったのは、アメリカ合衆国が先制攻撃をしかけたこの戦争の正当性についてだ。無論、軍人である以上、大統領と議会の決定に従って、全力で戦うつもりだ。しかし、アメリカに向けて先に攻撃してきたわけでもない東洋の国家に対して、最初の引き金を引いたのは自分だという鉛のような思いが、いつまでも残っていた。自分はこの罪の意識を、これから一生の間、消し去ることはできないに違いない。

 5隻の空母を発艦した150機を超える第一次攻撃隊は、大きく2群に分かれて、それぞれの編隊が違うルートを飛行していた。第一群は、四国の南方沖合から北北西に進んでいた。そのまま飛行を続けると、四国の東側から日本本土上空に侵入して四国を縦断することになる。

 四国上空に達すれば日本軍機の迎撃が予想されるため、この編隊は戦闘機と急降下爆撃機のみから編成されていた。

 第二群の部隊は、四国の南方海上を西へと進んでいた。足摺岬の南方海上で方向転換して、四国の西側をかすめながら豊後水道を北上する飛行経路を予定していた。この編隊は四国の南を迂回することになるので、第一群よりも若干遅れることになる。もともと、先行する第一の編隊が日本軍機を引き付けるはずなので、こちらの編隊には相対的に護衛の戦闘機が少なかった。

 ……

 最初に米編隊を探知したのは、陸軍が室戸岬に設置したタチ6号電波警戒機だった。編隊の探知報告はすぐに陸軍参謀本部に通知された。

 参謀本部第一部の田中中将は、アメリカの宣戦布告により日米が交戦状態となったことを、参謀総長名の緊急通知により1時間前に知っていた。

「南方の米艦隊から発進した艦載機に間違いないだろう。おそらく高知県沿岸から侵入して、北上するつもりだ。直ちに中国、四国地方の戦闘機隊を発進させよ。豊田呉鎮守府長官にも通知が必要だ」

 電探によるアメリカ編隊の探知情報は、陸海の取り決めに従って、海軍の呉鎮守府にも通知された。鎮守府参謀長の中島少将がすぐに状況を豊田大将に報告した。

「室戸岬の南方、約50海里(93km)の地点を北北西に飛行中の大編隊を探知しました。四国の太平洋岸から呉に向かって北上すると考えて間違いないでしょう。おそらく、呉工廠と柱島の艦艇が攻撃目標になります」

 豊田大将が迎撃命令を出そうとしたところに、陸軍から呉に派遣されていた桃井少佐が走ってきた。
「追加情報です。高知北方の土佐山田の電探が、太平洋の沖合から北方に飛行中の大編隊を探知しました。室戸岬で探知した編隊が太平洋から接近したために探知されたと思われます」

 豊田長官が参謀に向けて命令した。
「米軍は開戦劈頭から、柱島の艦隊を潰しにきたということだ。戦闘機隊は全力で出撃せよ。空戦ができない機体は、九州方面に避難させろ。北九州などの周辺の基地にも迎撃を要請してくれ」

 桃井少佐が陸軍の状況を説明する。
「陸軍からは米子と高松、小月の航空隊に出撃命令が出ました。詳細な機数は不明ですが、数十機以上にはなるでしょう」

 豊田大将の指示を聞いた鎮守府主席参謀が、すぐに航空基地に出撃を命令するために走って出ていった。残っていた中島少将が、豊田大将に迎撃作戦を説明した。

「戦闘機隊が発進に要する時間も考慮すると、四国中央部の山地上空で敵編隊を迎撃します。遅れて離陸する戦闘機は、西条から松山上空あたりで交戦するように誘導します。最後の防衛線は、瀬戸内海上空となるでしょう」

 豊田司令官はすぐに同意した。
「その案しかないだろう。地上からの誘導を頼む。引き続き米編隊の飛行位置を通知してくれ」
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