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第2章 技術導入
2.2章 航空技術の導入
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今回のドイツ訪問には、火砲や航空関係の技術者も数多く参加していた。航空廠から遣独団に参加した永野大尉にとって第一の目的は、ダイムラーベンツ社の航空機エンジンのライセンス交渉をまとめることだった。日本海軍は、陸軍と共同で1938年からDB601エンジンを日本国内で生産可能とすべく、交渉を開始していた。
渡独直前の昭和14年(1939年)初旬には、いよいよ交渉は詰めの段階になっていた。最後まで残っていた最大の課題は、ライセンス料の問題である。ダイムラーベンツ社は日本側が想定したよりも、格段に大きな金額を提示してきたのだ。日本国内でも1,000馬力級のエンジンが開発されつつある。このため、一時期は支払い料金の折り合いがつかないことから、交渉の打ち切りを内々に打診したほどだった。この状況を聞いてにわかに調整に動き出したのが、ドイツ政府だった。当時のドイツには、大幅に外貨が不足しているという弱みがあった。たとえ金額を下げても外貨の獲得を優先するという政府の判断で、ダイムラーベンツ社に圧力をかけてきたのだ。
昭和14年(1939年)4月末に行われたDB601の国内製造のための交渉には、海軍側からエンジン技術担当の永野大尉に加えて、航空廠発動機部の大友中佐が参加していた。
値下げが受け入れられる方向となって、大友中佐も安堵していた。
「なんとか、これで価格交渉も妥結できそうだな。ドイツから値下げに応じるとの回答により、我々が想定していた範囲に収まってきた。これで私も永野君もドイツまでやってきたことが無駄足にならずに済みそうだ」
「山名さんを中心とする十三試艦爆の開発部隊では、既にこのエンジンを前提として基本設計を開始しています。エンジン入手が不可能になったから、三菱や中島のエンジンに変更してくれと言ったら、開発が振出しに戻ってしまいます。私も本当にほっとしていますよ」
そんな会話をしているとドイツ訪問団の中でも、航空分野の将官では最上位の酒巻少将からお呼びがかかった。酒巻少将は、航空本部出仕前には航空廠飛行実験部長だった。そのため、大友少佐や永野大尉から見れば、かっての上官にあたる。
永野大尉たちが打ち合わせに行ってみると、陸軍から訪問団に参加していた2名の士官も出席していた。今回のDB601国産化は陸海共同の計画となっていたから、陸軍航空本部からも有森中佐と飯島中佐が訪独していた。
出席者がそろったのを見計らって、酒巻少将が口を開いた。
「この打ち合わせで、我が国としてライセンス料を払って、DB601国産化を進めるかどうかの最終的な判断をしたい。今までの交渉に対して現状の提示額で妥結して、次の段階に進むか否かの決断だ。まずは諸君の意見を聞かせてほしい」
最初に大友中佐が軽く手を挙げて話し始めた。
「ドイツ側が我々に提示した額は、日本の減額要求に対して完全に満足する額ではありませんが、想定していた範疇には入ってきています。ここで妥結しても良いかと思います」
酒巻少将が軽くうなずいた。
「永野君、技術の視点で補足すべき事項はあるかね?」
「ドイツ空軍を視察した結果、DB601は戦闘機や爆撃機への搭載が進んでいることがわかりました。つまり同種のエンジンをドイツ空軍は実戦部隊で使用しています。私が見聞した範囲では、このエンジンに対しては、特段の欠陥や不備があるといった情報はありませんでした」
海軍士官の話が終わるのを待って、陸軍の有森中佐が発言する。
「我々も大友中佐や永野大尉と同意見です。ライセンス料は高額ですが支払い可能な範囲に収まってきて、性能も大きな問題はないようです。これ以上交渉が長引けば日本での配備がそれだけ遅れるという考え方もありますから、ここは速やかに駒を前に進めるべきだと考えます」
最後に酒巻少将が会議をまとめた。
「みんなの意見と私も同じだ。至急、本国にこの打ち合わせの結論を打診する。陸軍省への連絡もよろしく頼む。今の状況では、反対意見が日本から返信されることはまずないだろう。想定外の返事がなければ、今週末にはドイツ側と合意する予定としたい」
内部打ち合わせの開催を聞いて、由利中佐も参加していた。
「ダイムラーベンツ社はDB601のほかにも、複数のエンジン開発に着手しています。私がつかんだ情報では、DB601エンジンを2基合わせて2,000馬力級とするものや、倒立V型12気筒の基本形を変えずに一回りエンジン全体を大型としたものが開発されています。とりわけ、DB601とほとんど外形を変えずにシリンダの径をぎりぎりまで拡大して排気量を増加させたエンジンは、実現時期が早く、成功する可能性も高いと思われます。お金を払うならば、このような将来の発展型も日本で製造ができるような条件を追加すべきです。早ければ、来年あたりに1,500馬力や2,000馬力エンジンの試作が始まりそうです。いつまでもDB601だけを生産していると置いてけぼりを食らうことになります」
この見解に永野大尉と大友中佐は激しく同意した。
「確かに量産が開始されたら、開発者はすぐにでも次のエンジンに取り掛かるでしょうね。契約書にDB601から進化したエンジンについても生産可能とする条項を追加しましょう」
永野大尉たちはさっそく酒巻少将に変更案についての要求をドイツ側に行った。当然ドイツ側は、DB601シリーズでなくなれば、それは別のエンジンだとして新たなライセンス契約が必要になると主張した。日本側は、ダイムラーベンツ社が開発中の2,000馬力や1,500馬力の次期エンジンについての情報を明らかにして、同一系統の派生型が存在すると主張した。こんな情報まで、日本が知っているのは、ドイツにとって想定外だった。防戦一方となったドイツは、日本の要求をある程度飲まざるを得なくなった。結果的にDB601からの直系となる派生型については、ライセンス範囲に含んで、ドイツから技術供与を行うとの内容で落着した。この追加条項は1年ほど後に、DB601の性能向上版として、DB605系エンジンの開発が始まると効力を発揮することになる。
正式にライセンス料が妥結するとと、DB601の国産化は一気に前進し始めた。日本国内で生産するのは、海軍向けには愛知時計、陸軍には川崎航空機と決定していた。交渉途中であったが、既に技術者をダイムラーベンツ社に派遣して、技術の習得を開始していた。
軍人よりも先にドイツに来ていた愛知の宮地技師と川崎の山崎技師が、永野大尉たちにあいさつに来た。
「契約が完了したおかげで、我々に対するダイムラーベンツ社の垣根がなくなりました。今までは概要程度の資料で説明を受けていましたが、かなり本格的なものづくりのための資料が提供されるようになりました。これで国内の生産はかなり前進しますよ」
「これからの皆さんの予定はどうなりますか? 我々はまだ航空機の視察が残っているのでしばらくドイツに滞在します」
「実は、生産時に必要になるであろうドイツの工作機械や治具をいろいろ見繕っています。先々はこれらの機器も国内生産することになりますが、当初は完成したエンジンの輸入です。DB601に関する資料も一緒に輸送船で日本に送ります。我々は工場立ち上げする人員は先に帰りますが、一部の技師はまだしばらくここに残ってエンジン生産技術の習得を続けます。しばらくして第2陣として日本に戻ることになるでしょうね」
……
エンジンの交渉は終わったが、航空分野の軍人にはもう一つ仕事が残っていた。1938年に初飛行したHe100という戦闘機は、ハインケル博士の懸命な売り込みにもかかわらず、ドイツ空軍では不採用が決まっていた。既に量産しているMe109に比べて、それをひっくり返すほどの大きな優位点がないということが理由だ。ドイツ空軍は戦闘機の数をそろえることを優先していた。機種をいたずらに増やしたことにより、生産が滞ることを懸念したのだ。
それで、ハインケル博士は、高速戦闘機とのうたい文句でHe100を日本に売り込もうとしていた。ドイツ航空省も輸出を増やすためにハイケルの提案を支援していた。
酒巻少将が永野大尉と大友中佐にメモをよこした。
「ハインケル社の見学日程が来週金曜日に決まりました。工場の見学とHe100戦闘機の実物の展示があります。実際に飛行場の周りを飛んでみせるようです」
「永野君、小林中佐にも知らせるように。戦闘機の見学ならば、ぜひ参加したいと言っていたのでね」
「わかりました。横空飛行隊長を経験した小林中佐ならば、自分で操縦すると言い出しかねませんよ」
……
翌週になって陸軍と海軍の航空関係者は、ドイツの北側、バルト海沿岸に位置するロストックにやってきていた。この街にはハインケルとアラドという2つの航空機会社が存在する。日本人たちの訪問先はハインケル社の工場だった。到着して一行は、最初に航空機の格納庫に案内された。内部には黒く塗られて胴体側面にイナヅマが書かれた2機のHe100の試作機が並べられていた。
戦闘機パイロットの小林中佐がつぶやく。
「思ったよりも小柄な機体だな。翼幅が10メートルもないぞ。紡錘形の機首や突起のない外形からはかなり先進的な航空機に見える」
当時の軍人から見れば、流線型の機首に単葉の主翼で引き込み脚の戦闘機はかなり先進的に見えたのだ。さすがに永野大尉は技術士官なのでもう少し専門的な見方をする。
「機体の大きさは九六式艦戦並みですね。その機体に1,000馬力のエンジンをつけて引っ張るので、結構な速度が出そうです。しかも空気抵抗については、相当気にしているようです」
大友中佐も専門は発動機だとはいえ、技術者として機体の外見から分析をしている。
「引き込み脚にして機体表面の突起を極力減らそうとしているね。それに加えて水冷の水を冷やすためには大きなラジエーターを使わず、機体表面でエンジンの冷却を行うようだな。こんな機構を採用してまで徹底して空気抵抗を削減しようとする意思が伝わってくるな」
エンジン冷却については永野大尉も疑問を持った。
「脚を収納するのはいいのですが、表面冷却などという方法でエンジンが満足に冷えるのでしょうか。どうも競争機のような性能最優先のつくりで、いわゆる武人の蛮用に耐えられるかどうか疑問に思われます。しかも戦闘機としての装備が未搭載です。機銃などの装備により、重量がこれからどれだけ増えてゆくのかも気になります」
「永野君の言うとおり、性能優先の繊細な機体かもしれないな。主翼の表面冷却器は機銃弾がそこに命中したら、水が漏れてエンジンがすぐに停止するぞ。しかも重量増加により性能がどれくらい変化するかも確認する必要があるな」
格納庫での見学が終わると日本人はハイケルの技師から説明を受けた。具体的な性能の説明を受けると、一同は度肝を抜かれた。He100は最大速度が670km/hだと解説されたのだ。
日本人たちが滑走路脇のエプロンに案内されると、1機の試作機が引き出されていた。既にエンジンの暖機運転をしている。軽やかに離陸すると、ゆるく旋回して加速しながら戻ってきた。かなりの高速で滑走路上を通過すると飛行場の端で急上昇に移る。上空で鮮やかなインメルマンターンにより方向転換すると、高速飛行で頭上を通過した。更に遠方で旋回して滑走路に戻ってくると今度は滑走路の中央部を目指して急降下してから低空で引き起こした。機首を引き起こして低空を通過すると再び高度をとった。飛行場外で旋回すると、脚を出して飛行場に降りてきた。
技術者たちから様々な意見が出る中で、酒巻少将はこの飛行を見てHe100に対して好意的な印象を持ったようだ。
「いろいろ懸念点は聞かされてきたが、実際に見てみると高性能の機体だと思える。この機体が気に入ったぞ。速度優先という思想がはっきりしている。機体全体が余計なぜい肉を全部そぎ落としたようだ」
既に日本を出る時から、海軍内では局地戦闘機の候補としてHe100を購入する案が出ていた。ハインケル社が日本側に説明してきた性能に大きな齟齬がなければ、完成品の機体を購入することは許可されていた。
「実際に飛行している様子を見た限り、性能について誇張があるようには思われない。速度に加えて上昇と降下性能もそこそこの性能があるように見えたぞ。諸君の意見はどうか?」
戦闘機操縦の経験を有する小林中佐が真っ先に意見を述べた。
「見た感じでは、速度はわが国の全ての戦闘機を上回っているでしょう。降下時の加速も良かったように思います。但し、670km/hの速度は少しばかり誇張していると思います。1割くらいは割引いて考える必要があります。一方、旋回については、操縦者が急激な操作をしていないので判然としませんが、小さい主翼からはあまり期待できないと思います。戦闘機同士の空戦を行うよりも、敵戦闘を速度と急降下でかわして、偵察機や爆撃機を攻撃することになるでしょう。しかも書類を読む限り航続距離がかなり短くなっています。まあ、拠点などの防空戦闘であれば使い道がありそうです」
酒巻少将にとっては、期待通りの回答だったようだ。
「うむ。私も似たような意見だ。防空戦では、速度を生かした戦い方ができると思う。つまり使い道があるということだ。この戦闘機の購入手続きを進めることにする。まずは2機の完成機を我が国に輸入して、評価を行う。今回の契約はそこまでだ。その後にどうするかは、国内での評価結果次第だ」
……
酒巻少将たちが一連の見学を終えて、帰りかけると滑走路の方から発動機の音と甲高い音が混ざりあって聞こえてきた。プロペラを回転させる航空機のエンジンとは全く違う今まで聞いたことのない高音だ。
音の方を振り向くと、単発であるにもかかわらず、艦攻のような翼の大きな航空機が滑走を開始していた。風防の形から複座か三座であることがわかる。永野大尉は、この機体に見覚えがあった。昭和12年(1937年)に海軍が急降下爆撃機の候補として購入した機材に含まれていたのだ。
「あれは、He118という爆撃機です。我が軍でも評価したことがあります。しかし、性能や操縦性が不満足だったために採用にはなりませんでした。それよりも、胴体の下に何か搭載していますね」
大友中佐が自分の見立てを酒巻少将に解説した
「どうやら、甲高い音を発しているのは、増槽のような装置ですね。新型エンジンをぶら下げて試験しているようです。あれは、プロペラのない噴進型エンジンではないでしょうか」
発動機関係の海外論文にも目を通している永野大尉には、胴体下のポッド状のエンジンが、タービンロケットと呼ばれている噴進型エンジンだと推定できた。
「胴体下の円筒状の機器はタービンロケットという新型エンジンですよ。おそらくハインケル社が開発した新エンジンを搭載して、これから試験飛行をするのでしょう。こんな光景を目撃することができて、我々はとても幸運ですよ。あの先進的なエンジンをぜひとも日本に持ち帰りたいと思います。もう少しハインケル社にとどまって、購入交渉をしませんか」
酒巻少将は、新型エンジンに関する知識は何も持ち合わせていなかったが、熱心な技術士官の言葉を信じてみようと思った。海のものとも山のものともわからないが、一つくらい賭けをしてみるのも悪くないだろう。日本で決めてきたことだけを交渉して帰るのは、少将としてもおもしろくない。
「新型エンジンが私たちの目の前に現れたということだね。これも何かのめぐり合わせかもしれん。よかろう。君がそれほど新型エンジンに執着するならば、購入について持ちかけてみよう」
ハインケル航空機のビルに戻って交渉してみると、意外にも金さえ出せば日本に引き渡せるという。He100の購入意思を伝えたために、エルンスト・ハインケル博士は気前が良かった。
飛行場で見たのはHeS3というジェットエンジンで、性能を改善したHeS3bが地上試験中とのことだ。このエンジンは、ハインケル社が自社負担で開発しており、航空省からの要求で開発したわけではない。従って、政府や軍からの許可も特に必要ないと説明を受けた。ハインケル社としては、今後の開発を進めるために資金が必要なので、日本が金を払ってくれるならば、要求に応えるとの回答だった。まもなくハイケル社から、日本側で想定したよりも低額で1基のエンジンとその資料を売却するという通知が来た。資金を投入したHe100のドイツ空軍への採用の可能性がほぼなくなって、ハインケルは困窮していたのだ。
……
航空廠の大友中佐と永野大尉、小林中佐たちが、これで自分たちの仕事もほとんど終わったとほっとしていると、艦政本部から参加している松尾大佐から呼び出しがかかった。何事かと思って出向いてみると2名の陸軍士官と陸軍航空本部員の有森中佐が同席していた。
呼び出した松尾大佐が陸軍士官を紹介した。
「こちらは、火砲の専門家の舘中佐と陸軍航空総監の原田大佐だ。有森中佐は既に知っているだろう。君たちを呼んだ理由は、この機銃について君たちの意見を聞かせてもらいたかったのだ」
目の前の写真にはやや大型の機銃が写っている。まず、永野大尉が写真を見て推測できたことを話す。
「7.7mmよりも大口径で、航空機に搭載する固定式の機銃のようですね。ドイツで開発している新型機銃というところでしょうか?」
「ご明察だ。これはラインメタル社が今年になって開発した13mm機銃だ。彼らはMG131と呼んでいる」
舘中佐が引き継いで説明する。
「皆さんもおおむね知っていると思いますが、私のような大砲屋の今回の仕事は、ドイツの88mm高射砲と37mm機関砲を日本国内で生産するための情報入手と交渉でした。これらに対する折衝については、昨年から既に話し合いを始めていたおかげでうまくまとまっています。ところが、今まで全く聞いていなかった新しい機関砲の購入についてドイツ側から持ちかけられたのです。この航空機搭載の13mm機関砲を今の時点で我々が購入すべきかどうか、専門外かもしれませんが航空関係の士官としての意見を聞かせていただきたい」
戦闘機パイロットでもある小林中佐が真っ先に答えた。
「単座の戦闘機同士の戦いであれば、現状の7.7mm機銃で十分でしょう。ところが目標が双発以上の爆撃機となると、それでは威力が不足します。炸裂弾が使える大口径の機銃であれば爆撃機を一撃で撃墜することも可能だと思います。但し、弾薬も含めて重量が増えるので、要撃を主任務とする戦闘機のみに搭載するようなことも考えられますね」
続けて永野大尉が発言した。
「アメリカでは、B-17という4発の爆撃機が既に飛行しています。アメリカ以外でも遠からず超大型の4発の爆撃機が登場するでしょう。陸軍でも九二式重爆撃機として4発の大型機を採用しましたよね。そのような大型機が編隊で攻撃して来た時には、7.7mmだけでは戦えません。今後の爆撃機の動向を考えると間違いなく大口径の機銃が必要ですよ」
大友中佐も似たような意見だ。
「海軍では航空本部が主導して、スイス製の20mm機銃の国産化が1年以上前から始まっています。但し、単発の単座戦闘機には、20mm機銃を簡単には搭載できない場合も考えられますから、それよりも軽量の13mm機銃があれば好都合でしょうね」
有森中佐が懸念を述べる
「陸軍では明野学校を中心として、大口径の機関砲は無用との意見がかなり強いのです。重量のある機関砲を積むくらいならば、もっと機体を軽くして空戦性能を強化しろというわけです。しかし、今から準備をしておかなければ、7.7mmより大型機銃が必要になっても間に合いません。急いでも、2年くらいはかかりますからね。私は陸軍も、13mmと言わず20mmも国内生産をするべきだと思います」
関係者の意見を聞いていた舘中佐も納得したようだ。
「確かに、陸軍内では戦闘機の機銃は7.7mmで十分だとの意見が根強いのですが、操縦員の意見を聞いているだけでは間に合わなくなる可能性がありますね。私も7.7mmで十分だとは思っていません。今後登場するであろう大型機への対抗を考えれば、機銃の大口径化が必要だという意見に賛成です。幸いにもこの機関砲は、同級のアメリカのブローニングよりも3割以上軽量だと聞いています。それでいて毎分900発の発射が可能です。資料に書いてある額面値を信じるならば、なかなかの高性能な機銃だと思いますよ」
最後まで黙っていた原田大佐が口を開いた。
「この機関砲は弾丸の雷管を電気発火式にするなど、我が国では未経験の先進的な機構を採用している。しかも、まだ試作段階でドイツ空軍への配備も始まっていない。おそらく日本で生産を立ち上げるためには、苦労して解決しないといけない問題がこれから出てくるだろう。私としては陸海軍共同でそれに対処することとしたい。つまり、88mm高射砲や37mm機銃と同様に、陸軍も海軍も双方が使用することを前提としたい」
それには松尾大佐が答えた。
「海軍で評価用に購入するということに関しては、私から海軍側の団長である野村中将の了解を得る。しかし、海軍が制式化するのはラインメタル社が主張している性能がおおむね達成できた場合だ。陸軍も同様だと思うが、何らかの欠陥がある場合には海軍で使うことはないよ」
……
昭和14年(1939年)10月になって、日本に戻った永野大尉のところに、13mm機銃の交渉状況に関して連絡があった。ラインメタル社に対してドイツ空軍から圧力がかかったらしい。日本側からの提示価格ですんなりと、13mm機銃の導入に対する話がまとまった。裏には日本からドイツに提供するマグネトロンの製造法との交換を条件としてドイツ空軍が飲んだという背景があるようだ。
どうやら、日本に向けてドイツのUボートが、出港することになっているがそれに、13mm機銃本体と関係資料が積み込まれるらしい。
渡独直前の昭和14年(1939年)初旬には、いよいよ交渉は詰めの段階になっていた。最後まで残っていた最大の課題は、ライセンス料の問題である。ダイムラーベンツ社は日本側が想定したよりも、格段に大きな金額を提示してきたのだ。日本国内でも1,000馬力級のエンジンが開発されつつある。このため、一時期は支払い料金の折り合いがつかないことから、交渉の打ち切りを内々に打診したほどだった。この状況を聞いてにわかに調整に動き出したのが、ドイツ政府だった。当時のドイツには、大幅に外貨が不足しているという弱みがあった。たとえ金額を下げても外貨の獲得を優先するという政府の判断で、ダイムラーベンツ社に圧力をかけてきたのだ。
昭和14年(1939年)4月末に行われたDB601の国内製造のための交渉には、海軍側からエンジン技術担当の永野大尉に加えて、航空廠発動機部の大友中佐が参加していた。
値下げが受け入れられる方向となって、大友中佐も安堵していた。
「なんとか、これで価格交渉も妥結できそうだな。ドイツから値下げに応じるとの回答により、我々が想定していた範囲に収まってきた。これで私も永野君もドイツまでやってきたことが無駄足にならずに済みそうだ」
「山名さんを中心とする十三試艦爆の開発部隊では、既にこのエンジンを前提として基本設計を開始しています。エンジン入手が不可能になったから、三菱や中島のエンジンに変更してくれと言ったら、開発が振出しに戻ってしまいます。私も本当にほっとしていますよ」
そんな会話をしているとドイツ訪問団の中でも、航空分野の将官では最上位の酒巻少将からお呼びがかかった。酒巻少将は、航空本部出仕前には航空廠飛行実験部長だった。そのため、大友少佐や永野大尉から見れば、かっての上官にあたる。
永野大尉たちが打ち合わせに行ってみると、陸軍から訪問団に参加していた2名の士官も出席していた。今回のDB601国産化は陸海共同の計画となっていたから、陸軍航空本部からも有森中佐と飯島中佐が訪独していた。
出席者がそろったのを見計らって、酒巻少将が口を開いた。
「この打ち合わせで、我が国としてライセンス料を払って、DB601国産化を進めるかどうかの最終的な判断をしたい。今までの交渉に対して現状の提示額で妥結して、次の段階に進むか否かの決断だ。まずは諸君の意見を聞かせてほしい」
最初に大友中佐が軽く手を挙げて話し始めた。
「ドイツ側が我々に提示した額は、日本の減額要求に対して完全に満足する額ではありませんが、想定していた範疇には入ってきています。ここで妥結しても良いかと思います」
酒巻少将が軽くうなずいた。
「永野君、技術の視点で補足すべき事項はあるかね?」
「ドイツ空軍を視察した結果、DB601は戦闘機や爆撃機への搭載が進んでいることがわかりました。つまり同種のエンジンをドイツ空軍は実戦部隊で使用しています。私が見聞した範囲では、このエンジンに対しては、特段の欠陥や不備があるといった情報はありませんでした」
海軍士官の話が終わるのを待って、陸軍の有森中佐が発言する。
「我々も大友中佐や永野大尉と同意見です。ライセンス料は高額ですが支払い可能な範囲に収まってきて、性能も大きな問題はないようです。これ以上交渉が長引けば日本での配備がそれだけ遅れるという考え方もありますから、ここは速やかに駒を前に進めるべきだと考えます」
最後に酒巻少将が会議をまとめた。
「みんなの意見と私も同じだ。至急、本国にこの打ち合わせの結論を打診する。陸軍省への連絡もよろしく頼む。今の状況では、反対意見が日本から返信されることはまずないだろう。想定外の返事がなければ、今週末にはドイツ側と合意する予定としたい」
内部打ち合わせの開催を聞いて、由利中佐も参加していた。
「ダイムラーベンツ社はDB601のほかにも、複数のエンジン開発に着手しています。私がつかんだ情報では、DB601エンジンを2基合わせて2,000馬力級とするものや、倒立V型12気筒の基本形を変えずに一回りエンジン全体を大型としたものが開発されています。とりわけ、DB601とほとんど外形を変えずにシリンダの径をぎりぎりまで拡大して排気量を増加させたエンジンは、実現時期が早く、成功する可能性も高いと思われます。お金を払うならば、このような将来の発展型も日本で製造ができるような条件を追加すべきです。早ければ、来年あたりに1,500馬力や2,000馬力エンジンの試作が始まりそうです。いつまでもDB601だけを生産していると置いてけぼりを食らうことになります」
この見解に永野大尉と大友中佐は激しく同意した。
「確かに量産が開始されたら、開発者はすぐにでも次のエンジンに取り掛かるでしょうね。契約書にDB601から進化したエンジンについても生産可能とする条項を追加しましょう」
永野大尉たちはさっそく酒巻少将に変更案についての要求をドイツ側に行った。当然ドイツ側は、DB601シリーズでなくなれば、それは別のエンジンだとして新たなライセンス契約が必要になると主張した。日本側は、ダイムラーベンツ社が開発中の2,000馬力や1,500馬力の次期エンジンについての情報を明らかにして、同一系統の派生型が存在すると主張した。こんな情報まで、日本が知っているのは、ドイツにとって想定外だった。防戦一方となったドイツは、日本の要求をある程度飲まざるを得なくなった。結果的にDB601からの直系となる派生型については、ライセンス範囲に含んで、ドイツから技術供与を行うとの内容で落着した。この追加条項は1年ほど後に、DB601の性能向上版として、DB605系エンジンの開発が始まると効力を発揮することになる。
正式にライセンス料が妥結するとと、DB601の国産化は一気に前進し始めた。日本国内で生産するのは、海軍向けには愛知時計、陸軍には川崎航空機と決定していた。交渉途中であったが、既に技術者をダイムラーベンツ社に派遣して、技術の習得を開始していた。
軍人よりも先にドイツに来ていた愛知の宮地技師と川崎の山崎技師が、永野大尉たちにあいさつに来た。
「契約が完了したおかげで、我々に対するダイムラーベンツ社の垣根がなくなりました。今までは概要程度の資料で説明を受けていましたが、かなり本格的なものづくりのための資料が提供されるようになりました。これで国内の生産はかなり前進しますよ」
「これからの皆さんの予定はどうなりますか? 我々はまだ航空機の視察が残っているのでしばらくドイツに滞在します」
「実は、生産時に必要になるであろうドイツの工作機械や治具をいろいろ見繕っています。先々はこれらの機器も国内生産することになりますが、当初は完成したエンジンの輸入です。DB601に関する資料も一緒に輸送船で日本に送ります。我々は工場立ち上げする人員は先に帰りますが、一部の技師はまだしばらくここに残ってエンジン生産技術の習得を続けます。しばらくして第2陣として日本に戻ることになるでしょうね」
……
エンジンの交渉は終わったが、航空分野の軍人にはもう一つ仕事が残っていた。1938年に初飛行したHe100という戦闘機は、ハインケル博士の懸命な売り込みにもかかわらず、ドイツ空軍では不採用が決まっていた。既に量産しているMe109に比べて、それをひっくり返すほどの大きな優位点がないということが理由だ。ドイツ空軍は戦闘機の数をそろえることを優先していた。機種をいたずらに増やしたことにより、生産が滞ることを懸念したのだ。
それで、ハインケル博士は、高速戦闘機とのうたい文句でHe100を日本に売り込もうとしていた。ドイツ航空省も輸出を増やすためにハイケルの提案を支援していた。
酒巻少将が永野大尉と大友中佐にメモをよこした。
「ハインケル社の見学日程が来週金曜日に決まりました。工場の見学とHe100戦闘機の実物の展示があります。実際に飛行場の周りを飛んでみせるようです」
「永野君、小林中佐にも知らせるように。戦闘機の見学ならば、ぜひ参加したいと言っていたのでね」
「わかりました。横空飛行隊長を経験した小林中佐ならば、自分で操縦すると言い出しかねませんよ」
……
翌週になって陸軍と海軍の航空関係者は、ドイツの北側、バルト海沿岸に位置するロストックにやってきていた。この街にはハインケルとアラドという2つの航空機会社が存在する。日本人たちの訪問先はハインケル社の工場だった。到着して一行は、最初に航空機の格納庫に案内された。内部には黒く塗られて胴体側面にイナヅマが書かれた2機のHe100の試作機が並べられていた。
戦闘機パイロットの小林中佐がつぶやく。
「思ったよりも小柄な機体だな。翼幅が10メートルもないぞ。紡錘形の機首や突起のない外形からはかなり先進的な航空機に見える」
当時の軍人から見れば、流線型の機首に単葉の主翼で引き込み脚の戦闘機はかなり先進的に見えたのだ。さすがに永野大尉は技術士官なのでもう少し専門的な見方をする。
「機体の大きさは九六式艦戦並みですね。その機体に1,000馬力のエンジンをつけて引っ張るので、結構な速度が出そうです。しかも空気抵抗については、相当気にしているようです」
大友中佐も専門は発動機だとはいえ、技術者として機体の外見から分析をしている。
「引き込み脚にして機体表面の突起を極力減らそうとしているね。それに加えて水冷の水を冷やすためには大きなラジエーターを使わず、機体表面でエンジンの冷却を行うようだな。こんな機構を採用してまで徹底して空気抵抗を削減しようとする意思が伝わってくるな」
エンジン冷却については永野大尉も疑問を持った。
「脚を収納するのはいいのですが、表面冷却などという方法でエンジンが満足に冷えるのでしょうか。どうも競争機のような性能最優先のつくりで、いわゆる武人の蛮用に耐えられるかどうか疑問に思われます。しかも戦闘機としての装備が未搭載です。機銃などの装備により、重量がこれからどれだけ増えてゆくのかも気になります」
「永野君の言うとおり、性能優先の繊細な機体かもしれないな。主翼の表面冷却器は機銃弾がそこに命中したら、水が漏れてエンジンがすぐに停止するぞ。しかも重量増加により性能がどれくらい変化するかも確認する必要があるな」
格納庫での見学が終わると日本人はハイケルの技師から説明を受けた。具体的な性能の説明を受けると、一同は度肝を抜かれた。He100は最大速度が670km/hだと解説されたのだ。
日本人たちが滑走路脇のエプロンに案内されると、1機の試作機が引き出されていた。既にエンジンの暖機運転をしている。軽やかに離陸すると、ゆるく旋回して加速しながら戻ってきた。かなりの高速で滑走路上を通過すると飛行場の端で急上昇に移る。上空で鮮やかなインメルマンターンにより方向転換すると、高速飛行で頭上を通過した。更に遠方で旋回して滑走路に戻ってくると今度は滑走路の中央部を目指して急降下してから低空で引き起こした。機首を引き起こして低空を通過すると再び高度をとった。飛行場外で旋回すると、脚を出して飛行場に降りてきた。
技術者たちから様々な意見が出る中で、酒巻少将はこの飛行を見てHe100に対して好意的な印象を持ったようだ。
「いろいろ懸念点は聞かされてきたが、実際に見てみると高性能の機体だと思える。この機体が気に入ったぞ。速度優先という思想がはっきりしている。機体全体が余計なぜい肉を全部そぎ落としたようだ」
既に日本を出る時から、海軍内では局地戦闘機の候補としてHe100を購入する案が出ていた。ハインケル社が日本側に説明してきた性能に大きな齟齬がなければ、完成品の機体を購入することは許可されていた。
「実際に飛行している様子を見た限り、性能について誇張があるようには思われない。速度に加えて上昇と降下性能もそこそこの性能があるように見えたぞ。諸君の意見はどうか?」
戦闘機操縦の経験を有する小林中佐が真っ先に意見を述べた。
「見た感じでは、速度はわが国の全ての戦闘機を上回っているでしょう。降下時の加速も良かったように思います。但し、670km/hの速度は少しばかり誇張していると思います。1割くらいは割引いて考える必要があります。一方、旋回については、操縦者が急激な操作をしていないので判然としませんが、小さい主翼からはあまり期待できないと思います。戦闘機同士の空戦を行うよりも、敵戦闘を速度と急降下でかわして、偵察機や爆撃機を攻撃することになるでしょう。しかも書類を読む限り航続距離がかなり短くなっています。まあ、拠点などの防空戦闘であれば使い道がありそうです」
酒巻少将にとっては、期待通りの回答だったようだ。
「うむ。私も似たような意見だ。防空戦では、速度を生かした戦い方ができると思う。つまり使い道があるということだ。この戦闘機の購入手続きを進めることにする。まずは2機の完成機を我が国に輸入して、評価を行う。今回の契約はそこまでだ。その後にどうするかは、国内での評価結果次第だ」
……
酒巻少将たちが一連の見学を終えて、帰りかけると滑走路の方から発動機の音と甲高い音が混ざりあって聞こえてきた。プロペラを回転させる航空機のエンジンとは全く違う今まで聞いたことのない高音だ。
音の方を振り向くと、単発であるにもかかわらず、艦攻のような翼の大きな航空機が滑走を開始していた。風防の形から複座か三座であることがわかる。永野大尉は、この機体に見覚えがあった。昭和12年(1937年)に海軍が急降下爆撃機の候補として購入した機材に含まれていたのだ。
「あれは、He118という爆撃機です。我が軍でも評価したことがあります。しかし、性能や操縦性が不満足だったために採用にはなりませんでした。それよりも、胴体の下に何か搭載していますね」
大友中佐が自分の見立てを酒巻少将に解説した
「どうやら、甲高い音を発しているのは、増槽のような装置ですね。新型エンジンをぶら下げて試験しているようです。あれは、プロペラのない噴進型エンジンではないでしょうか」
発動機関係の海外論文にも目を通している永野大尉には、胴体下のポッド状のエンジンが、タービンロケットと呼ばれている噴進型エンジンだと推定できた。
「胴体下の円筒状の機器はタービンロケットという新型エンジンですよ。おそらくハインケル社が開発した新エンジンを搭載して、これから試験飛行をするのでしょう。こんな光景を目撃することができて、我々はとても幸運ですよ。あの先進的なエンジンをぜひとも日本に持ち帰りたいと思います。もう少しハインケル社にとどまって、購入交渉をしませんか」
酒巻少将は、新型エンジンに関する知識は何も持ち合わせていなかったが、熱心な技術士官の言葉を信じてみようと思った。海のものとも山のものともわからないが、一つくらい賭けをしてみるのも悪くないだろう。日本で決めてきたことだけを交渉して帰るのは、少将としてもおもしろくない。
「新型エンジンが私たちの目の前に現れたということだね。これも何かのめぐり合わせかもしれん。よかろう。君がそれほど新型エンジンに執着するならば、購入について持ちかけてみよう」
ハインケル航空機のビルに戻って交渉してみると、意外にも金さえ出せば日本に引き渡せるという。He100の購入意思を伝えたために、エルンスト・ハインケル博士は気前が良かった。
飛行場で見たのはHeS3というジェットエンジンで、性能を改善したHeS3bが地上試験中とのことだ。このエンジンは、ハインケル社が自社負担で開発しており、航空省からの要求で開発したわけではない。従って、政府や軍からの許可も特に必要ないと説明を受けた。ハインケル社としては、今後の開発を進めるために資金が必要なので、日本が金を払ってくれるならば、要求に応えるとの回答だった。まもなくハイケル社から、日本側で想定したよりも低額で1基のエンジンとその資料を売却するという通知が来た。資金を投入したHe100のドイツ空軍への採用の可能性がほぼなくなって、ハインケルは困窮していたのだ。
……
航空廠の大友中佐と永野大尉、小林中佐たちが、これで自分たちの仕事もほとんど終わったとほっとしていると、艦政本部から参加している松尾大佐から呼び出しがかかった。何事かと思って出向いてみると2名の陸軍士官と陸軍航空本部員の有森中佐が同席していた。
呼び出した松尾大佐が陸軍士官を紹介した。
「こちらは、火砲の専門家の舘中佐と陸軍航空総監の原田大佐だ。有森中佐は既に知っているだろう。君たちを呼んだ理由は、この機銃について君たちの意見を聞かせてもらいたかったのだ」
目の前の写真にはやや大型の機銃が写っている。まず、永野大尉が写真を見て推測できたことを話す。
「7.7mmよりも大口径で、航空機に搭載する固定式の機銃のようですね。ドイツで開発している新型機銃というところでしょうか?」
「ご明察だ。これはラインメタル社が今年になって開発した13mm機銃だ。彼らはMG131と呼んでいる」
舘中佐が引き継いで説明する。
「皆さんもおおむね知っていると思いますが、私のような大砲屋の今回の仕事は、ドイツの88mm高射砲と37mm機関砲を日本国内で生産するための情報入手と交渉でした。これらに対する折衝については、昨年から既に話し合いを始めていたおかげでうまくまとまっています。ところが、今まで全く聞いていなかった新しい機関砲の購入についてドイツ側から持ちかけられたのです。この航空機搭載の13mm機関砲を今の時点で我々が購入すべきかどうか、専門外かもしれませんが航空関係の士官としての意見を聞かせていただきたい」
戦闘機パイロットでもある小林中佐が真っ先に答えた。
「単座の戦闘機同士の戦いであれば、現状の7.7mm機銃で十分でしょう。ところが目標が双発以上の爆撃機となると、それでは威力が不足します。炸裂弾が使える大口径の機銃であれば爆撃機を一撃で撃墜することも可能だと思います。但し、弾薬も含めて重量が増えるので、要撃を主任務とする戦闘機のみに搭載するようなことも考えられますね」
続けて永野大尉が発言した。
「アメリカでは、B-17という4発の爆撃機が既に飛行しています。アメリカ以外でも遠からず超大型の4発の爆撃機が登場するでしょう。陸軍でも九二式重爆撃機として4発の大型機を採用しましたよね。そのような大型機が編隊で攻撃して来た時には、7.7mmだけでは戦えません。今後の爆撃機の動向を考えると間違いなく大口径の機銃が必要ですよ」
大友中佐も似たような意見だ。
「海軍では航空本部が主導して、スイス製の20mm機銃の国産化が1年以上前から始まっています。但し、単発の単座戦闘機には、20mm機銃を簡単には搭載できない場合も考えられますから、それよりも軽量の13mm機銃があれば好都合でしょうね」
有森中佐が懸念を述べる
「陸軍では明野学校を中心として、大口径の機関砲は無用との意見がかなり強いのです。重量のある機関砲を積むくらいならば、もっと機体を軽くして空戦性能を強化しろというわけです。しかし、今から準備をしておかなければ、7.7mmより大型機銃が必要になっても間に合いません。急いでも、2年くらいはかかりますからね。私は陸軍も、13mmと言わず20mmも国内生産をするべきだと思います」
関係者の意見を聞いていた舘中佐も納得したようだ。
「確かに、陸軍内では戦闘機の機銃は7.7mmで十分だとの意見が根強いのですが、操縦員の意見を聞いているだけでは間に合わなくなる可能性がありますね。私も7.7mmで十分だとは思っていません。今後登場するであろう大型機への対抗を考えれば、機銃の大口径化が必要だという意見に賛成です。幸いにもこの機関砲は、同級のアメリカのブローニングよりも3割以上軽量だと聞いています。それでいて毎分900発の発射が可能です。資料に書いてある額面値を信じるならば、なかなかの高性能な機銃だと思いますよ」
最後まで黙っていた原田大佐が口を開いた。
「この機関砲は弾丸の雷管を電気発火式にするなど、我が国では未経験の先進的な機構を採用している。しかも、まだ試作段階でドイツ空軍への配備も始まっていない。おそらく日本で生産を立ち上げるためには、苦労して解決しないといけない問題がこれから出てくるだろう。私としては陸海軍共同でそれに対処することとしたい。つまり、88mm高射砲や37mm機銃と同様に、陸軍も海軍も双方が使用することを前提としたい」
それには松尾大佐が答えた。
「海軍で評価用に購入するということに関しては、私から海軍側の団長である野村中将の了解を得る。しかし、海軍が制式化するのはラインメタル社が主張している性能がおおむね達成できた場合だ。陸軍も同様だと思うが、何らかの欠陥がある場合には海軍で使うことはないよ」
……
昭和14年(1939年)10月になって、日本に戻った永野大尉のところに、13mm機銃の交渉状況に関して連絡があった。ラインメタル社に対してドイツ空軍から圧力がかかったらしい。日本側からの提示価格ですんなりと、13mm機銃の導入に対する話がまとまった。裏には日本からドイツに提供するマグネトロンの製造法との交換を条件としてドイツ空軍が飲んだという背景があるようだ。
どうやら、日本に向けてドイツのUボートが、出港することになっているがそれに、13mm機銃本体と関係資料が積み込まれるらしい。
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