電子の帝国

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第2章 技術導入

2.6章 電探と計算機搭載実験

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 私と真田大佐が横須賀で巡洋艦に電探を装備すべく右往左往している間に、計算機課の望月少佐は、別の大きな仕事に取り組んでいた。

 艦載型の計算機の開発である。もともと、弾道計算は計算機開発の主目的の一つだった。この時点での弾道計算は、砲撃時に使用する射表を事前に作成することが目的だった。艦に搭載した場合には、従来の九四式などの射撃盤が歯車を利用して機械的に行っていた弾道計算をパラメトロン計算機で置き換えることが目標になる。計算能力に優れる電子式の計算機を使用すれば、主砲の命中率を向上できるだろうとの目論見である。

 艦政本部からの要求を受けて、望月少佐は艦載計算機に対する開発方針を早々に決めた。射撃管制の計算に限れば、演算内容はかなり限定できる。処理内容が限られるので、記憶部の容量も弾道計算が可能な量に削減する。浮動小数点演算の桁数も2進数で24桁(24bit)まで縮小した。これでも計算精度としては十分なはずだ。桁数の削減に応じて記憶部の容量も更に縮小できる。

 少佐は計算機の使い方を汎用から特定用途に限定すれば、かなり小型化できると考えた。演算の桁数は縮小したが、逆に弾道計算時に多用する偏微分計算については、素早く答えを出すために式に合わせた専用の演算回路を追加した。微分演算回路の入出力はプログラムから可能なので、演算結果を直接利用できる。

 もう一つ追加された機能は、外部からの入力に対して即座に計算してその結果を出力するための工夫である。軍艦の射撃盤では、目標の測定値が更新されたら、それに基づいて即座に結果を出力する必要がある。異なる計算を行っている途中であっても、それを中断して答えを出さなければならない。

 海野少尉と相談して、計算の途中であっても外部からの信号により実行途中のプログラムに割り込む機構を追加することとした。外部からの割り込み(インタラプト)信号により通常処理を中断して、途中まで処理した情報を記憶部の所定の番地に一次退避させる。その後、優先度の高い処理を実行する仕掛けを考えたのだ。もちろん、退避した処理は、割り込んだ優先すべき処理が終了すれば再開する。

 この仕組みにより、外部で計算機の処理が必要な出来事(イベント)が発生した場合には、即座に対応した処理の実行が可能となり、実時間(リアルタイム)で処理することが可能となった。この機能は後に汎用計算機にも有用な機能として追加された。

 パラメトロン素子自身もフェライトの磁気特性を改善することにより、リングを小型化できた。しかもフェライトリングの磁気特性が改善されたことで、素子に印加する信号の周波数を高くできた。つまりそれだけ、パラメトロン素子の動作を高速化できたのだ。

 艦載の計算機として望月少佐が試作したのは、高さ2m、横2m程度の棚に収めた試験用の計算機だった。計算機本体の試作機ができたところで、実際にプログラムにより演算させて、射撃盤として必要な結果が所要時間内に得られるのか検証しなければならない。少佐は、新型戦艦に搭載予定の九八式射撃盤が採用していた微分を含む連立方程式と様々な修正値に対する計算式を入手してきた。この計算式に基づいて答えを出すプログラムをまずは作成した。

 射撃管制用の試験プログラムを研究所の試験機で動作させたところ、おおむね期待通りの計算結果が得られた。パラメトロン計算機は、計算時間の短さや、答えの有効桁数については機械式射撃盤よりも優れていた。しかし、数学的な方程式が同一なので入力値や修正値が同じであれば、計算結果も機械式と同一になる。

 計算の補正値として入力が必要な一部の項目について、頻繁には変更しない修正値については、電動タイプライターから数値情報として直接入力することとした。従来の方位盤のように金属製のハンドルを入力種類ごとに取り付けると、場所が必要で機器も大きくなる。しかも、機械式の指示器やハンドルの回転を計算機に入力するための機構の設計も必要になる。数値として直接入力ができれば、いちいち面倒な機構を取り付ける手間が省ける。

 入力値の読み取りに関しては、実時間で周期的に処理をするプログラムを計算機に追加した。計算機本体は周期的な測定に基づいて、結果を周期で出力することができる。但し、前述のとおり、演算周期を待たずに緊急で計算が必要な場合には、割り込み処理により即時に結果が出力できるようになった。

 計算結果を出力する機構は計算機本体とは独立して計算結果を記憶部から読み取って、指針として表示できるようにした。視覚により即座に認識できるメーターに直接計算結果を示せる様に出力回路を追加したのだ。表示を読み取った後の射撃指揮所への伝達については従来は人手介在で行っていたので、そのやり方から変更しなかった。艦橋上の射撃指揮所まで自動的に計算結果を伝送することもできるのだが、時間の制約からそこまでの改修は今回は行っていない。

 ……

 最新の九八式射撃盤とおおむね同様の結果が得られるようになったところで、望月少佐が私のところに相談にやってきた。
「今のところ、試作機の開発は以上のような状況だ。計算機の利点を生かして計算式をもっと高級にする案もあるだろうが、やみくもに計算式だけ複雑にしても目に見える効果があるとは思えない。計算機の特徴をもっと生かして、命中率を改善する方法はないだろうか?」

 私は「愛宕」での電探射撃時に最初の射撃で外した後に、電探に弾着の水柱が映ることを利用して、弾着位置と目標位置との誤差を直接観測して2射目、3射目と順次射撃を補正したことを説明した。

「この時は『愛宕』の砲術長が経験から補正量を割り出して、射撃を修正していったのですが、計算機で適切な補正量を求められませんかね? ベテラン砲術士官の経験に負けないような修正が可能であれば、あっという間に修正を行って命中弾が出せますよ」

「なるほど、迅速に命中させるために、照準の補正を自動化できないかということだね、少し考えてみよう。計算式そのものの改良については砲撃の専門家に聞いてみる必要があるな。既存の射撃盤では、計算量が多くなるために省略した演算や補正法があるかもしれない」

「計算機が自動で補正するならば、有効と無効を選択できないとだめですよ。複雑な計算よりも、砲術手が直接自分で照準をしたい局面が必ずあるはずです。何らかの攻撃を受けて計算機の動作が不正確になることもありますからね」

 結局、望月少佐は私の考えも取り入れて、観測した射撃誤差を方位と距離の2つの補正ダイヤルで簡単に入力できるように追加した。その入力を演算の補正項目として、次の計算に反映させるプログラムを作成した。計算式そのものの改良については、公算射撃の専門家である砲術学校の猪口中佐と藤田中佐を訪問して、情報をいくつか仕入れてきた。

 ……

 少佐は、射撃盤のプログラムを最終的に甲案、乙案、丙案の3種類にまとめた。3案からの絞り込みは、机上で判断せず、実際に射撃試験を行って決めることにしたのだ。プログラムさえ入れ替えれば、艦上でも計算式を変更できるというのは計算機の大きな利点の一つだ。

 電探の評価がほぼ終わった昭和14年(1939年)11月末になって、「愛宕」に試作計算機の搭載が行われた。まだ連合艦隊には配備前で、しかも最新の電探を搭載済みの巡洋艦は計算機の実験にも好都合だった。

 12月の試験当日は、我々技術研究所の士官も、実験時の調整のために乗船を命じられた。しかも第2艦隊の古賀峯一中将が前回の電探試験の結果が好評だったことを聞きつけて、見学にやってきた。
「今日は新型の電探と射撃盤の開発成果を見せてもらいにやってきた。研究所の成果が、どこまで使えるものなのかこの目で確かめさせてくれ」

 実験項目は前回との比較が可能なように、電探試験時と同一の条件にそろえた。

 従来の光学測距儀による計測を前提として、機械式の九四式射撃盤とパラメトロン計算機の比較では、初弾の誤差についてはわずかに計算機が小さいが、大きな差異ではないとの判定だった。続けて射撃した時の夾叉までに要する時間は、パラメトロン計算機が短いとの結論だったが、測距儀の操作員の技量に大きく依存するとの結果が出た。そもそもの測距精度が高くなければ、計算機でも誤差が大きいという当たり前の結果だ。

 一方、6m測距儀を精密測定用の電探に切り替えた後は、初弾誤差については相変わらずで、あまり差異はなかったが、次弾以降の射撃については、パラメトロン計算機がかなり早く夾叉するようになった。これは射撃諸元の補正が適正にできていることを意味する。しかも、標的が変針した時の命中率については、更に差が拡大した。

 計算機が、それまでの射撃で生じた誤差から求めた補正値を記憶していて、目標の変針後の射撃にもその補正値を新たな測定値と組み合わせて計算するのに比べて、機械式の射撃盤では照準のやり直しとなって、射撃補正は砲術長の経験に頼ることになる。標的が進路を変更してもそれを追いかけるようにすぐに射撃を開始できるのは、電探と計算機の組み合わせの大きな利点だとわかった。

 実験が一段落したところで、「愛宕」艦長の河野大佐が、古賀長官一行を引き連れて、計算機を新たに設置した主砲発令所にやってきた。計算機を追加したおかげで、全員が立っていても肩が触れ合うほどに狭い。

 古賀中将がさっそく質問する。
「部屋の端に立っている棚のような電子機器がパラメトロン計算機とやらかな? 思っていたより小柄だな」

 望月少佐が進み出て説明した。
「ええそうです。あの2つの棚の中にパラメトロン素子と呼ばれる、小さな部品がたくさん入っています。その素子が計算を実行するのです。この机も計算機の一部分で、計算のための入力と結果の出力を行います」

「小型の部品と聞くとかなり精密に加工されていると想像してしまう。そんな小さな部品を使っていて故障はしないのかね? そもそも巡洋艦や戦艦は、主砲射撃で振動が発生する。衝撃を受けて小さな部品が壊れないか心配だ。いくら性能が良くても、肝心の戦いのときに故障してしまっては困るからな」

「まずこの部屋の床を持ち上げて、ばねで支えて衝撃を低減しています。しかもパラメトロン素子は、リング状の磁石と電線を巻きつけたコイルからできています。それ以外の部品は抵抗やコンデンサがほとんどです。これらの部品は真空管のように衝撃で壊れることはまずないでしょう。入力と出力を行う部分や記憶部には真空管が一部で使われていますが、通信機などに比べれば大幅に少ない数です」

 真田大佐が説明を続けた。
「真空管は切れることがありますが、重要な部分は回路を2系統にしていますので、偶発的な故障であれば生き残った系統で射撃は継続できますよ。パラメトロン素子自身は真空管と違ってヒーターや陰極、陽極というような壊れやすい部分が少ないので、通常はほとんど故障しないと思います」

 古賀中将は回答に満足したようだ。
「どうやら、武人が蛮用しても耐えられそうだな。精密機器は信頼性が不安なので質問させてもらった。2、3日の実験では故障しやすいかどうかまでは、わからないからね。性能については文句がない。変針してもすぐに照準ができて命中させられるのだから、我々の作戦も柔軟に変えられるだろう」

 古賀中将一行は、計算機の実物をしばらく見学した後に満足したらしく、午後の試験も頑張ってくれと言い残して、艦橋に戻っていった。

 午後になると徐々に天候が悪化してきたが、中将の指示で射撃試験は続けることになった。
「荒天での射撃結果がどのようになるのか、ぜひこの機会に見てみたい。悪天候でも戦いは待ってくれないからな」

 強風や気圧の変化により、射撃目標を外す確率は高まる。加えて光学測定は、視界が悪化すると計測そのものがやりづらくなる。それを裏付けるように、光学測定と機械式射撃盤の組み合わせが最も悪い結果となった。一方、電探と計算機の組み合わせは悪天候をものともせずに、好天時とそれほど変わらない結果を出した。

 海上に霧が発生してくると、電探と電子計算機による射撃照準の独壇場となった。そもそも光学機器では霧の発生した海上での照準は不可能だ。それが、電探と計算機では、かなりの精度で射撃が可能となる。相手が射撃照準可能な電探を装備していない限り、一方的に射撃できるのだ。

 さすがに霧の中でも命中することに、古賀長官も舌を巻いた。
「相手が見えなくても照準できるとは、これはすごいな。夜間戦闘でも大いに役立ちそうだ。暗闇で戦うことになれば、相手に同じ装備がない限り一方的な戦闘になるぞ。私が指揮官であるならば、積極的に荒天や夜間を選んで戦闘を仕掛けるだろう」

 古賀長官の総括で実験は終わった。
「今日は良いものを見せてもらった。新たに開発した機器が非常に有効だということを痛感したよ。かくなる上は、これらの機器の搭載を、一刻も早く進めるように私からも要望を提出することになるだろう。ところで、電探も計算機もまだ試作機だと聞いた。諸君には早く制式となるように仕上げてもらいたい。可能ならばもう少し小さくできないだろうか。電探と計算機の双方を既存の艦艇に搭載するとなると、駆逐艦などでは場所の確保が問題になる場合があると思う。『愛宕』は幸いにして艦橋が大きいので何とか搭載できたが、ここまでの余裕がない艦艇が大多数だろう」

 真田大佐が直ぐに答える。
「技研ではシリコンを利用した新しい電子部品を開発しています。それを利用すれば、電探も計算機も性能を向上させたうえで小型化が可能ですよ」

「そんな夢のようなことが本当に実現するのかね。まあ、将来の夢として待つことにしよう」

 ……

 実験結果を知って、異なる要求をした人物がいた。連合艦隊司令長官に就任したばかりの山本五十六である。

 参謀長の福留少将を呼んで指示した。
「直ちに連合艦隊の主要艦艇に電探と計算機を搭載するように指示してくれ。命中率が改善すれば実質的に戦力増につながる。主力艦の数が米英に劣る我が国にとってこれは非常に重要なことだ。それと、これからは航空機が艦隊の大きな脅威になるはずだ。この電探と計算機の組み合わせを、航空機を要撃する対空射撃に応用できないだろうか? 高速で立体的な動作をする航空機への攻撃は目視照準ではかなり難しい。現状の九四式高射機と射撃盤を電探と計算機に変更すれば、命中率が改善できると思える。技研に対空射撃用装置を実現するように要求すべきだ」

「了解です。艦艇への機器の装備は艦政本部に要求します。対空電探と計算機の開発は技術研究所に要望を出しますが、海軍省には事前に長官から話を通してください。なかなか古いやり方を変えたがらない人間が、霞ヶ関の赤レンガにはたくさんいるので、横やりが入らないように調整をお願いします」

「わかった。少しけんかになるかもしれんが話はつけるよ。技研の方はいつも想像以上の結果を出してくれるから、事前調整は不要だろう」

 まもなく、航空機に対する測定専用の小型電探と対空砲射撃を管制できる計算機の開発要求が、技術研究所に発出された。もちろん真田大佐はそれを快諾した。但し、優先で取り組む項目が増えたので金がかかるという理屈で、予算の増額を要求することを忘れなかった。

 真田大佐も望月少佐もこれから本格化する艦艇への電探と計算機の搭載に対して、今回の試作機をそのまま搭載するつもりはなかった。実証実験に使用した機器は、限定した艦艇に搭載する。海上での実験を進めるためだ。しかし、本格的に搭載するのは、次世代の性能が向上して半導体の活用により小型化された電探と計算機にするつもりだった。
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