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第3章 計算機応用
3.4章 電子機器への半導体の適用
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昭和15年(1940年)が明けて、半導体増幅器の開発にめどが立つと、実際の電子機器への適用検討が始まった。やっとのことで、シリコンから生成した小さな試験体が増幅機能を有することが実証されたのだ。この成果が出てからは、研究所内にも残っていた半導体の将来性に疑念を有する人間は一掃された。
実験の成功を聞いて、ほぼ同時に各種の電子機器に使用している真空管を半導体に置き換えるための検討が始まった。新設された電子研究部の技術者にとっては同じ部内で半導体の研究をしていることになるので、研究の推移はよくわかっていた。作成できたトランジスタの性能もすぐに情報を入手できた。
このため、電探の開発部隊は、かなり早い時期から半導体の使用検討を開始していた。電探開発部隊では、もともと真田少将を補佐していた博士号を有する高原中佐が、副主任として装置開発の実務を取り仕切っていた。私自身も電探開発課に所属しており、その一員として開発に従事していた。
半導体への置き換え設計を開始するにあたり、高原中佐は主要な技術者を集めた。
「君達にもある程度情報が入っていると思うが、半導体研究部隊でついに増幅機能を有するシリコン半導体ができた。実験室で作成した半導体の性能もかなりの速度で改善している。この調子ならばすぐにも、真空管を置換できる性能の半導体が完成するだろう。今までの真空管に代わって指の爪くらいの素子が実用可能になるわけだ。これをうまく活用すれば間違いなく電探の小型化と高性能化が両立できると考えられる。本日から、電探への半導体の適用について本格的に研究を開始することとしたい。筧君、君は根津大尉と親しくしていて半導体実験室にも顔を出しているだろう。半導体について補足することがあれば解説してくれ」
名指しされたので、立ち上がって私の知っていることを説明した。
「既に実験室ではダイオードと信号増幅可能なトランジスタがいくつか完成しています。まだ性能の改善を行っているようですが、半導体部隊からは複数種類の半導体の説明書類が提示されています。我々は、その書類をよく勉強して半導体への置き換えを検討することになります。半導体の生産準備に関しては、既に複数の企業が半導体の生産準備を始めています。用途に応じて複数種類の半導体の工場生産が間もなく始まりますよ」
中島技師は以前から半導体について気にしていたことがあったらしい。私の説明が終わりに近づくと、先回りするように片手を上げた。
「私は半導体素子が万能ではないと思っています。どこまで使えるのかは、確認してゆく必要があります。特に半導体の高周波における特性と高電圧の耐力については注意が必要だと考えています」
もっともな疑問だ。私も気になって根津大尉に同じようなことを、しばらく前に問い合わせていた。
「電探が扱っているような、波長が10m以下に相当する高周波信号を半導体で直接処理するのは、しばらくの間は困難です。もっと時間がたてば半導体の性能が向上して、処理可能になるでしょうが、現状の半導体は、この周波数帯域では性能が低下して使えないはずです。電探ではもっと周波数を落とした回路で使用することになります。同様に、送信管やマグネトロンの回路で使用している数百ボルトを超える電圧も半導体に加えることは不可能です。微細な加工を施した半導体にそんな電圧を印加したら、間違いなく素子そのものが破壊されるでしょう」
……
電探開発課は昭和14年下旬に人員を大幅に増加していたおかげで、一度完成した装置の改設計くらいは短時間に終わらせられる人数の技術者を抱えていた。そのため、実験用の電探への半導体素子の置き換えは短時間で進んだ。
実験機において半導体の活用ができたのは、送信回路については、送信管のマグネトロンよりも前段の周波数の低い範囲だった。同様に、受信回路で半導体の適用が可能な部分は、受信した信号をスーパーヘテロダイン方式で中間周波数まで低下させた後段の回路になった。しかも、電波の反射波を表示するためのブラウン管は高電圧で動作させる必要がある。半導体で処理した信号を画面で表示するためには、追加回路により信号を昇圧する必要があった。つまり回路が増えるのだ。高電圧回路は、動作周波数は低くても真空管を使わざるを得なかった。
そのような事情もあって、装置全体では3割程度の回路は真空管として残る見込みとなった。それでも受信回路の低周波部で信号処理部が半導体となったおかげで、真空管回路では回路規模の観点であきらめていた受信信号に対するフィルタ回路を追加することが可能となった。追加したフィルタにより、地面や海面からの反射雑音を今まで以上に低減できるので、わかりやすく表示することが可能となった。表示管のノイズを低減して、目標の判別がしやすくなるはずだ。
半導体適用の結果として、装置自身の大きさは半減した。しかも真空管が切れるという故障が減って、装置としての信頼度が格段に向上した。
……
電探と並行して、計算機に半導体を適用するための検討も始まった。電探開発課と同様に、望月少佐が計算機開発課の技術者を招集した。
検討会の冒頭では、望月少佐がまずは自分の意見を述べた。
「我々のパラメトロン計算機の弱点の一つが、電子回路としての動作周波数の低さだ。これは、パラメトロンの共振機能を実現するためには、磁気コイルが必須であることから、多少の改善はできても根本的な解決は難しい。コイルのインダクタンスが周波数の向上を阻害する。半導体であればこの制約はないはずなので、おそらく百倍程度は動作周波数を向上できるだろう。我々にとって半導体は電算機の性能向上の鍵となるはずだ」
望月少佐は周りを見回して、この点については、誰もが納得していることを確認した。
「次に、半導体の計算機での使い方について説明する。パラメトロンの基本機能である多数決演算をトランジスタとダイオードの回路に置き換えることは間違いなく可能だ。現状の計算機の演算部分はパラメトロンの組み合わせで構成している。従って、個々のパラメトロンと同等機能が半導体で実現できれば、ほぼ機械的な置き換えとなり、新たな回路設計の手間はかなり少ないと推定できる。私はこの方法でやりたいが何か意見はあるか?」
私は少し違う意見を持っていた。
「そもそも、計算機の演算回路では2進数表現した論理式を回路的に実現する方法で設計しています。つまり論理積(AND)や論理和(OR)、否定(NOT)といった2進数の論理演算を基本にして、その組み合わせで演算回路を実現しているわけです。これらの論理積や論理和を半導体に置き換える場合には、トランジスタが数個もあれば実現できます。一方、パラメトロンが有する多数決と情報の保持機能を実現しようとすると、トランジスタやダイオードの数はその3倍程度は必要でしょう。つまり、トランジスタの組み合わせで論理積や論理和の回路を直接構築すれば、パラメトロン相当の機能を半導体化するという回り道よりもかなり回路量を減らせます」
幸いにも同席していた海野少尉が、私の意見に同意してくれた。
「私も、2進数の論理式において基本の構成要素となる機能をいくつか半導体回路により直接構成しておいて、それらの機能的な基本要素の組み合わせにより、演算部を実現する方法が合理的だと考えます。計算機の処理部は基本的な論理演算と情報の保持という機能を組み合わせることにより表現できますから、それらの機能を半導体によりあらかじめ設計すれば、後はそれらの基本機能の組み合わせになります。一方、計算機の演算回路を論理演算や情報保持機能などの組み合わせで表現した回路は、既存の計算機では設計済みですから、最初から回路を設計する必要はないはずです」
望月少佐は目を閉じて議論を聞いていた。頭の中でいろいろ考えているのだ。
「なるほど。君たちの考えは理解した。パラメトロンの機能に縛られることなく、2進数の論理を実現する回路を直接トランジスタで構成した方がはるかに小型化できそうだな。君たちの意見を採用すると、半導体により複数の種類の基本的な論理演算機能を選択して、トランジスタやダイオードで作ることになる。計算機を実現するためには、これらの選んだ機能を組み合わせるということだな。どのような論理演算機能を基本要素として選択するのかを教えてほしい。むやみに種類を増やせば設計量が増加する。しかし種類が少なければ、計算機の処理部を実現するのが困難になるはずだ」
海野少尉にとってはあらかじめ想定していた質問のようだ。
「トランジスタによる実現しやすさと必要性を考慮すると、論理積の否定型(NAND)と論理和の否定(NOR)、信号の否定(NOT)が基本になります。数値情報を一時的に保持する機能(フリップフロップ)も必須ですね。更に論理和(AND)や論理積(OR)、排他的論理和(EXOR)なども必要ですね。正確には検討が必要ですが、基本素子の種類は20もあれば足りると思います。但し、回路構成上はいくつかの類型に整理できますので見かけほどは設計量が膨らむことはないはずです」
望月少佐は答えを聞いて、二つ返事で了解した。
「それでいこう」
……
すぐに、半導体を利用した基本論理回路の設計が始まった。私は計算機の基本回路設計について、あらかじめ根津大尉に我々の計画を説明しておいた。
しばらくして、三好中尉が新しいトランジスタの試作品をもって訪問してきた。
「筧さん、計算機向けに開発したトランジスタの試作品です。電探や通信機に使用する場合には、信号の増幅性能や雑音特性が重要ですが、2進信号を扱う計算機のトランジスタではこれら特性よりも小型化と省電力、動作速度を優先しています。しかも複数を同時に使用することが前提になりますので、動作電圧を下げて一つの封止部材に複数のトランジスタを封入しています」
「実は、半導体では動作電圧が小さくできることから現状の計算機から低下させることを検討中です。現状では、計算機の回路としては5ボルトを標準電圧に採用するつもりです。トランジスタとダイオードもこの電圧で考えてください」
「動作電圧を下げられれば、もっと小型化が可能になります。消費電力も減少するので、シリコン部材上にもっと多くのトランジスタを生成できますよ」
私は、三宅中尉の発言を聞いて、もっと小型化ができる方法を思いついた。
「多数のトランジスタやダイオードをシリコン材上に生成できるのであれば、シリコン上に直接金属線を配線して相互に接続可能にできませんか? シリコン材を使って抵抗を構成することは可能なはずですから、一つのシリコン上にNANDやNORの論理回路を完成形として構成可能になります。いや、NANDやNORと言わず、計算機の演算回路全体を一つのシリコン材上に構築することも可能なはずです。これができれば演算回路が手のひらに乗るくらい小型化できるはずです」
「配線までするとなると、金属の細線をシリコン上で作り上げる技術が必要になります。これは、全く新しい工程です。実現方法について少し検討させてください。それでもNANDやNORは可能になるでしょうが、演算回路全体をシリコン上に実現するのはもっと時間がかかりますよ。どの程度の時間を要するのか私には想像できません」
私との対話から出てきた、シリコン上に計算機の論理回路を構築するという考えを実現するために、三好兄弟はこの後かなりの努力をすることになる。
もちろん、我々はそれを待つまでもなくトランジスタを封止した素子を使って計算機の開発を進めた。この素子を使っても従来のパラメトロン計算機からは大きな進歩になるはずだ。
……
電探と計算機が半導体を使用した試作機の設計を進めている間に、無線通信機も半導体を使用した装置の開発を進めていた。技術研究所電気研究部の無線機班主任の浜野大佐とその部下たちが私のところにやってきた。
「我々の部隊では、根津大尉から提供されたダイオードとトランジスタを真空管の代わりに無線通信機で利用する研究を行っている。現状で開発を優先させているのは、重量を軽減したい航空機に搭載する無線機だ。今日は、参考のために計算機や電探でどのように開発しているのか教えていただきたい」
「もちろん、私が知っていることは説明しますよ」
浜野大佐は無線機の構成と半導体を適用しようと考えている回路の候補を教えてくれた。説明を聞いて、無線通信機の分野では、置き換え設計は比較的容易だろうと推測できた。電探などに比べて圧倒的に回路規模が小さくて、動作周波数が低いのだ。
「なるほど、全体の回路規模がその程度ならば、半導体に置き換えた回路の設計も短期間で可能でしょう。電探では送信管の半導体化は、当面不可能だと断念しています。また、受信側でも高周波を扱う回路へのトランジスタの使用は現状の性能では無理だと判断していますが、一桁か二桁周波数の低い短波通信機であれば受信回路は全て半導体に置き換えられる可能性がありますね」
「半導体の適用範囲は、我々も同じ見解だ。真空管を半導体に置き換えることにより、装置の大きさは三分の一以下にできると考えている。それに加えて、抵抗やコンデンサも真空管向けの耐圧の高い部品から、半導体に合わせて電圧の低い小型部品に置き換えることが可能になれば、更に小さくなって重箱程度の大きさの無線器も可能になるだろう。まあ、小型の抵抗やコンデンサを使うことが前提となるがね」
「私たちは、計算機にトランジスタとダイオードを使用するための設計を進めていますが、5Vを前提としています。その電圧に合わせて、抵抗やコンデンサも小型化した部品を使う予定で民間企業に生産を依頼をしています。同じ部品を使用できるのは一部分でしょうが効果はあるはずです。小型部品の利用について、一緒に進めませんか? 試作品は既に手元にありますよ」
「それは助かる。低電圧部品の利用に関しては、我々も参加させてくれ。ところで計算機に使う試作品を見せてくれないかね? ぜひとも参考にさせてほしい」
私は、浜野大佐一行を計算機向けの基本回路を試作している実験室に連れていった。
「これが電算機の演算回路の最も基本的な論理和や論理積の計算を行って結果を保持する回路です。全て計算機向けのトランジスタとダイオードを使っています。抵抗やダイオードも民間から小型版を納入してもらって使用しています」
手帳の半分くらいの基板上にソラマメくらいの部品と大豆程度の素子が20個近く実装されている。
「思ったよりも随分小さいのだね。この指先の部品が最新の小型トランジスタだな、それ以外の豆粒は抵抗とコンデンサということになるな。この基板上にどれほどの機能が乗っているのかね?」
「計算機の機能なので無線機と直接的な比較は困難ですが、論理積の否定(NAND)が4素子と2つの2進情報の保持機能(2ビットフリップフロップ)です。開発番号74系統として設計した論理回路群です。論理積の否定(NAND)は74型00回路、2進情報の保持機能(フリップフロップ)は74型74回路となります。ほかに論理積(AND)が74型08回路等いくつもの基本回路が論理回路の同族群(ファミリー)になっています。ちなみにこの素子のトランジスタは計算機向けの特性にしているので、無線機の増幅器には使えません」
浜野大佐はかなり勇気づけられたようだ。
「我々の装置もかなり小型軽量化ができそうだとわかった。無線機については、回路構成自体は計算機よりもかなり小規模なので、徹底して小型化すればかなり小さくできそうだ。いや、半導体を使用した回路がここまで小型になるとは想像以上だ」
実験の成功を聞いて、ほぼ同時に各種の電子機器に使用している真空管を半導体に置き換えるための検討が始まった。新設された電子研究部の技術者にとっては同じ部内で半導体の研究をしていることになるので、研究の推移はよくわかっていた。作成できたトランジスタの性能もすぐに情報を入手できた。
このため、電探の開発部隊は、かなり早い時期から半導体の使用検討を開始していた。電探開発部隊では、もともと真田少将を補佐していた博士号を有する高原中佐が、副主任として装置開発の実務を取り仕切っていた。私自身も電探開発課に所属しており、その一員として開発に従事していた。
半導体への置き換え設計を開始するにあたり、高原中佐は主要な技術者を集めた。
「君達にもある程度情報が入っていると思うが、半導体研究部隊でついに増幅機能を有するシリコン半導体ができた。実験室で作成した半導体の性能もかなりの速度で改善している。この調子ならばすぐにも、真空管を置換できる性能の半導体が完成するだろう。今までの真空管に代わって指の爪くらいの素子が実用可能になるわけだ。これをうまく活用すれば間違いなく電探の小型化と高性能化が両立できると考えられる。本日から、電探への半導体の適用について本格的に研究を開始することとしたい。筧君、君は根津大尉と親しくしていて半導体実験室にも顔を出しているだろう。半導体について補足することがあれば解説してくれ」
名指しされたので、立ち上がって私の知っていることを説明した。
「既に実験室ではダイオードと信号増幅可能なトランジスタがいくつか完成しています。まだ性能の改善を行っているようですが、半導体部隊からは複数種類の半導体の説明書類が提示されています。我々は、その書類をよく勉強して半導体への置き換えを検討することになります。半導体の生産準備に関しては、既に複数の企業が半導体の生産準備を始めています。用途に応じて複数種類の半導体の工場生産が間もなく始まりますよ」
中島技師は以前から半導体について気にしていたことがあったらしい。私の説明が終わりに近づくと、先回りするように片手を上げた。
「私は半導体素子が万能ではないと思っています。どこまで使えるのかは、確認してゆく必要があります。特に半導体の高周波における特性と高電圧の耐力については注意が必要だと考えています」
もっともな疑問だ。私も気になって根津大尉に同じようなことを、しばらく前に問い合わせていた。
「電探が扱っているような、波長が10m以下に相当する高周波信号を半導体で直接処理するのは、しばらくの間は困難です。もっと時間がたてば半導体の性能が向上して、処理可能になるでしょうが、現状の半導体は、この周波数帯域では性能が低下して使えないはずです。電探ではもっと周波数を落とした回路で使用することになります。同様に、送信管やマグネトロンの回路で使用している数百ボルトを超える電圧も半導体に加えることは不可能です。微細な加工を施した半導体にそんな電圧を印加したら、間違いなく素子そのものが破壊されるでしょう」
……
電探開発課は昭和14年下旬に人員を大幅に増加していたおかげで、一度完成した装置の改設計くらいは短時間に終わらせられる人数の技術者を抱えていた。そのため、実験用の電探への半導体素子の置き換えは短時間で進んだ。
実験機において半導体の活用ができたのは、送信回路については、送信管のマグネトロンよりも前段の周波数の低い範囲だった。同様に、受信回路で半導体の適用が可能な部分は、受信した信号をスーパーヘテロダイン方式で中間周波数まで低下させた後段の回路になった。しかも、電波の反射波を表示するためのブラウン管は高電圧で動作させる必要がある。半導体で処理した信号を画面で表示するためには、追加回路により信号を昇圧する必要があった。つまり回路が増えるのだ。高電圧回路は、動作周波数は低くても真空管を使わざるを得なかった。
そのような事情もあって、装置全体では3割程度の回路は真空管として残る見込みとなった。それでも受信回路の低周波部で信号処理部が半導体となったおかげで、真空管回路では回路規模の観点であきらめていた受信信号に対するフィルタ回路を追加することが可能となった。追加したフィルタにより、地面や海面からの反射雑音を今まで以上に低減できるので、わかりやすく表示することが可能となった。表示管のノイズを低減して、目標の判別がしやすくなるはずだ。
半導体適用の結果として、装置自身の大きさは半減した。しかも真空管が切れるという故障が減って、装置としての信頼度が格段に向上した。
……
電探と並行して、計算機に半導体を適用するための検討も始まった。電探開発課と同様に、望月少佐が計算機開発課の技術者を招集した。
検討会の冒頭では、望月少佐がまずは自分の意見を述べた。
「我々のパラメトロン計算機の弱点の一つが、電子回路としての動作周波数の低さだ。これは、パラメトロンの共振機能を実現するためには、磁気コイルが必須であることから、多少の改善はできても根本的な解決は難しい。コイルのインダクタンスが周波数の向上を阻害する。半導体であればこの制約はないはずなので、おそらく百倍程度は動作周波数を向上できるだろう。我々にとって半導体は電算機の性能向上の鍵となるはずだ」
望月少佐は周りを見回して、この点については、誰もが納得していることを確認した。
「次に、半導体の計算機での使い方について説明する。パラメトロンの基本機能である多数決演算をトランジスタとダイオードの回路に置き換えることは間違いなく可能だ。現状の計算機の演算部分はパラメトロンの組み合わせで構成している。従って、個々のパラメトロンと同等機能が半導体で実現できれば、ほぼ機械的な置き換えとなり、新たな回路設計の手間はかなり少ないと推定できる。私はこの方法でやりたいが何か意見はあるか?」
私は少し違う意見を持っていた。
「そもそも、計算機の演算回路では2進数表現した論理式を回路的に実現する方法で設計しています。つまり論理積(AND)や論理和(OR)、否定(NOT)といった2進数の論理演算を基本にして、その組み合わせで演算回路を実現しているわけです。これらの論理積や論理和を半導体に置き換える場合には、トランジスタが数個もあれば実現できます。一方、パラメトロンが有する多数決と情報の保持機能を実現しようとすると、トランジスタやダイオードの数はその3倍程度は必要でしょう。つまり、トランジスタの組み合わせで論理積や論理和の回路を直接構築すれば、パラメトロン相当の機能を半導体化するという回り道よりもかなり回路量を減らせます」
幸いにも同席していた海野少尉が、私の意見に同意してくれた。
「私も、2進数の論理式において基本の構成要素となる機能をいくつか半導体回路により直接構成しておいて、それらの機能的な基本要素の組み合わせにより、演算部を実現する方法が合理的だと考えます。計算機の処理部は基本的な論理演算と情報の保持という機能を組み合わせることにより表現できますから、それらの機能を半導体によりあらかじめ設計すれば、後はそれらの基本機能の組み合わせになります。一方、計算機の演算回路を論理演算や情報保持機能などの組み合わせで表現した回路は、既存の計算機では設計済みですから、最初から回路を設計する必要はないはずです」
望月少佐は目を閉じて議論を聞いていた。頭の中でいろいろ考えているのだ。
「なるほど。君たちの考えは理解した。パラメトロンの機能に縛られることなく、2進数の論理を実現する回路を直接トランジスタで構成した方がはるかに小型化できそうだな。君たちの意見を採用すると、半導体により複数の種類の基本的な論理演算機能を選択して、トランジスタやダイオードで作ることになる。計算機を実現するためには、これらの選んだ機能を組み合わせるということだな。どのような論理演算機能を基本要素として選択するのかを教えてほしい。むやみに種類を増やせば設計量が増加する。しかし種類が少なければ、計算機の処理部を実現するのが困難になるはずだ」
海野少尉にとってはあらかじめ想定していた質問のようだ。
「トランジスタによる実現しやすさと必要性を考慮すると、論理積の否定型(NAND)と論理和の否定(NOR)、信号の否定(NOT)が基本になります。数値情報を一時的に保持する機能(フリップフロップ)も必須ですね。更に論理和(AND)や論理積(OR)、排他的論理和(EXOR)なども必要ですね。正確には検討が必要ですが、基本素子の種類は20もあれば足りると思います。但し、回路構成上はいくつかの類型に整理できますので見かけほどは設計量が膨らむことはないはずです」
望月少佐は答えを聞いて、二つ返事で了解した。
「それでいこう」
……
すぐに、半導体を利用した基本論理回路の設計が始まった。私は計算機の基本回路設計について、あらかじめ根津大尉に我々の計画を説明しておいた。
しばらくして、三好中尉が新しいトランジスタの試作品をもって訪問してきた。
「筧さん、計算機向けに開発したトランジスタの試作品です。電探や通信機に使用する場合には、信号の増幅性能や雑音特性が重要ですが、2進信号を扱う計算機のトランジスタではこれら特性よりも小型化と省電力、動作速度を優先しています。しかも複数を同時に使用することが前提になりますので、動作電圧を下げて一つの封止部材に複数のトランジスタを封入しています」
「実は、半導体では動作電圧が小さくできることから現状の計算機から低下させることを検討中です。現状では、計算機の回路としては5ボルトを標準電圧に採用するつもりです。トランジスタとダイオードもこの電圧で考えてください」
「動作電圧を下げられれば、もっと小型化が可能になります。消費電力も減少するので、シリコン部材上にもっと多くのトランジスタを生成できますよ」
私は、三宅中尉の発言を聞いて、もっと小型化ができる方法を思いついた。
「多数のトランジスタやダイオードをシリコン材上に生成できるのであれば、シリコン上に直接金属線を配線して相互に接続可能にできませんか? シリコン材を使って抵抗を構成することは可能なはずですから、一つのシリコン上にNANDやNORの論理回路を完成形として構成可能になります。いや、NANDやNORと言わず、計算機の演算回路全体を一つのシリコン材上に構築することも可能なはずです。これができれば演算回路が手のひらに乗るくらい小型化できるはずです」
「配線までするとなると、金属の細線をシリコン上で作り上げる技術が必要になります。これは、全く新しい工程です。実現方法について少し検討させてください。それでもNANDやNORは可能になるでしょうが、演算回路全体をシリコン上に実現するのはもっと時間がかかりますよ。どの程度の時間を要するのか私には想像できません」
私との対話から出てきた、シリコン上に計算機の論理回路を構築するという考えを実現するために、三好兄弟はこの後かなりの努力をすることになる。
もちろん、我々はそれを待つまでもなくトランジスタを封止した素子を使って計算機の開発を進めた。この素子を使っても従来のパラメトロン計算機からは大きな進歩になるはずだ。
……
電探と計算機が半導体を使用した試作機の設計を進めている間に、無線通信機も半導体を使用した装置の開発を進めていた。技術研究所電気研究部の無線機班主任の浜野大佐とその部下たちが私のところにやってきた。
「我々の部隊では、根津大尉から提供されたダイオードとトランジスタを真空管の代わりに無線通信機で利用する研究を行っている。現状で開発を優先させているのは、重量を軽減したい航空機に搭載する無線機だ。今日は、参考のために計算機や電探でどのように開発しているのか教えていただきたい」
「もちろん、私が知っていることは説明しますよ」
浜野大佐は無線機の構成と半導体を適用しようと考えている回路の候補を教えてくれた。説明を聞いて、無線通信機の分野では、置き換え設計は比較的容易だろうと推測できた。電探などに比べて圧倒的に回路規模が小さくて、動作周波数が低いのだ。
「なるほど、全体の回路規模がその程度ならば、半導体に置き換えた回路の設計も短期間で可能でしょう。電探では送信管の半導体化は、当面不可能だと断念しています。また、受信側でも高周波を扱う回路へのトランジスタの使用は現状の性能では無理だと判断していますが、一桁か二桁周波数の低い短波通信機であれば受信回路は全て半導体に置き換えられる可能性がありますね」
「半導体の適用範囲は、我々も同じ見解だ。真空管を半導体に置き換えることにより、装置の大きさは三分の一以下にできると考えている。それに加えて、抵抗やコンデンサも真空管向けの耐圧の高い部品から、半導体に合わせて電圧の低い小型部品に置き換えることが可能になれば、更に小さくなって重箱程度の大きさの無線器も可能になるだろう。まあ、小型の抵抗やコンデンサを使うことが前提となるがね」
「私たちは、計算機にトランジスタとダイオードを使用するための設計を進めていますが、5Vを前提としています。その電圧に合わせて、抵抗やコンデンサも小型化した部品を使う予定で民間企業に生産を依頼をしています。同じ部品を使用できるのは一部分でしょうが効果はあるはずです。小型部品の利用について、一緒に進めませんか? 試作品は既に手元にありますよ」
「それは助かる。低電圧部品の利用に関しては、我々も参加させてくれ。ところで計算機に使う試作品を見せてくれないかね? ぜひとも参考にさせてほしい」
私は、浜野大佐一行を計算機向けの基本回路を試作している実験室に連れていった。
「これが電算機の演算回路の最も基本的な論理和や論理積の計算を行って結果を保持する回路です。全て計算機向けのトランジスタとダイオードを使っています。抵抗やダイオードも民間から小型版を納入してもらって使用しています」
手帳の半分くらいの基板上にソラマメくらいの部品と大豆程度の素子が20個近く実装されている。
「思ったよりも随分小さいのだね。この指先の部品が最新の小型トランジスタだな、それ以外の豆粒は抵抗とコンデンサということになるな。この基板上にどれほどの機能が乗っているのかね?」
「計算機の機能なので無線機と直接的な比較は困難ですが、論理積の否定(NAND)が4素子と2つの2進情報の保持機能(2ビットフリップフロップ)です。開発番号74系統として設計した論理回路群です。論理積の否定(NAND)は74型00回路、2進情報の保持機能(フリップフロップ)は74型74回路となります。ほかに論理積(AND)が74型08回路等いくつもの基本回路が論理回路の同族群(ファミリー)になっています。ちなみにこの素子のトランジスタは計算機向けの特性にしているので、無線機の増幅器には使えません」
浜野大佐はかなり勇気づけられたようだ。
「我々の装置もかなり小型軽量化ができそうだとわかった。無線機については、回路構成自体は計算機よりもかなり小規模なので、徹底して小型化すればかなり小さくできそうだ。いや、半導体を使用した回路がここまで小型になるとは想像以上だ」
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科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
超量産艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。
そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく…
こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!
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