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第8章 四国沖海戦
8.8章 五航戦の戦い2
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嵐のような日本軍機の攻撃が終わって、必死の応急処置で何とか沈没を免れた「エンタープライズ」は、8ノット程度の速度でのろのろと動き始めた。日本から一刻も早く遠ざかるために、護衛の艦艇と共に東南東に艦首を向けていた。
一方、「ホーネット」は、北西に向きを変えて航行していた。四国方面から帰投してくる攻撃隊を収容するためには、やみくもに東南東へと遠ざかるわけにはいかない。日本に近づけば、損傷を受けた機体でも収容できる可能性が高まる。
艦長のミッチャー大佐は、着艦させた機体を海上に投棄せざるを得ないと覚悟していた。「ホーネット」の格納庫と飛行甲板だけでは、5隻の空母から発進した機数を考えると、かなりの機体があふれるだろう。ところが戻ってきた機体は驚くほど少なかった。飛行甲板への駐機と格納庫への収容を合わせれば、空母からあふれるようなことは全く発生しなかった。
艦長の左側で飛行甲板の様子を見ていた副長のレナード少佐が話しかけた。
「時間を考えると、無事な機体はほとんど戻ってきたと思われます。これ以上は、長居は無用です」
「やむを得ないな。あと15分だけ帰投する機体を待つこととする。それで回収作業は終了だ。しかし、帰投できた機数がこの程度とするならば、攻撃隊の損失はとんでもなく大きいことになるが、本当なのか?」
「四国上空ではかなり激しい迎撃を受けたと聞いています。我々の艦隊が日本に接近した時に小型艦に発見されていますので、通報により多くの日本戦闘機が迎撃できたのでしょう。我が攻撃隊は、日本海軍に加えて陸軍の戦闘機の要撃も受けたようです」
……
ミッチャー大佐は顔を向けると、レナード少佐に気になっていたことを聞いた。
「司令官のハルゼー中将からは、何か言ってきているか?」
「少し前の日本空母を攻撃せよとの命令を変えるような指示はありません。なお、ハルゼー中将の司令部は、『エンタープライズ』から『ワシントン』に移乗したはずです」
「攻撃隊の準備はできているな?」
「問題ありません。索敵に出していた偵察機と帰還した攻撃隊から、再度出撃可能な機体に補給を済ませています。すぐに発艦を開始できます」
「日本艦隊の位置についてはわかっているのだな?」
「それも解決済みです。2機のSBDが帰ってゆく日本の攻撃隊を追跡しています。北北東の2隻の大型空母に向かっているようです。攻撃隊は日本空母に直行できるはずです」
「北北東の日本艦隊は、偵察機から2隻の『ショウカク』級から構成されていると報告があったな。相手にとって不足はない」
やがて、「ホーネット」の甲板から混成編制の約40機の攻撃隊が飛び立っていった。
「ホーネット」攻撃隊:SBDドーントレス24機、TBFアベンジャー8機、F4Fワイルドキャット8機
大佐は何も言わず飛び去ってゆく攻撃隊を見ていた。
(日本軍の防御力を侮るべきではない。おそらく、戻ってこられるのはわずかの数に違いない)
ミッチャー大佐は、振り返ると、新たに指示した。
「一刻も早く補給を済ませた戦闘機を上げてくれ。艦隊の上空にできる限り多くの戦闘機の傘をかぶせたい。次の攻撃隊が間違いなくやってくるぞ」
もちろんロバートソン中佐も、これについては異論はない。黙って、大きくうなずいた。
……
五航戦は準備ができた機体を急いで第一次攻撃隊として発進させたが、残った機体の準備は、まだ完了していなかった。結局、第一次攻撃隊から1時間以上遅れて、第二次攻撃隊が発進することになった。それでも悪いことばかりではない。先行した攻撃隊から目標の情報を得られたのだ。
第二次攻撃隊には、母艦から第一次攻撃隊の戦果が通知されていた。その結果、第一次攻撃隊が米空母に損害を与えたが、攻撃できなかった空母が残っていることも、おおむねわかっていた。
指示に従って、南下した攻撃隊が遭遇したのは、艦載機を発艦させるために一時的に北上していた「ホーネット」を中心とした艦隊だった。
「翔鶴」艦攻隊の偵察型天山が電探で艦隊を探知した。
「1時方向に大型艦を含む艦隊。20海里(37km)」
探知に従って、島崎少佐は編隊を左に向けた。米艦隊は、艦載機を発艦させるために一時的に北向きに航行していたが、作業を終えて進行方向を東方に変えていた。
……
接近してきた日本軍の攻撃隊を「ワシントン」の艦橋上のレーダーがいち早く探知した。この時までにミッチャー大佐が補給を急がせたおかげで、「ホーネット」は元々の直衛機と帰投してきた戦闘機を合わせて45機を発艦させることができた。帰ってきた攻撃隊の戦闘機だけでなく、「レキシントン」や「エンタープライズ」の直衛機も最後に残っていた「ホーネット」に着艦してきたのだ。必然的に戦闘機の数が多くなった。
ミッチャー大佐は寄せ集めのこの戦闘機を、単純に3つの部隊に分けた。それぞれを高高度、中高度、やや低い高度に配置して迎撃を命じた。
中高度に配備された12機のF4Fの編隊は、日本軍機を発見すると、零戦の上空から突入してきた。もちろん日本軍の戦闘機隊を爆撃機から引き離す魂胆だ。零戦隊を率いていた兼子大尉は、米戦闘機の思惑をわかっていたが、攻撃してくるF4Fとの戦闘を簡単には回避できない。米戦闘機は零戦よりも機数が多いため、戦闘機との空戦に巻き込まれれば、爆撃機の護衛に戻ることができない。
零戦を誘引した戦闘機隊よりも低高度を飛行してたF4Fの一群は、戦闘機隊の後方に抜けてから、後ろに続いていた艦爆や艦攻を狙った。
17機のF4Fが、彗星艦隊を迂回して後方から突っ込んでいくと機銃を乱射した。たちまち5機の彗星が炎を噴き出して墜落してゆく。F4Fも1機が彗星から射撃を浴びて錐もみになって墜ちてゆく。残りの彗星は、緩降下で最大速度まで一気に加速した。
どんどん速度を上げてゆく彗星をF4Fは深追いしない。再び旋回して日本編隊の後方を飛行していた艦攻隊に向かった。F4Fの編隊は、天山編隊とすれ違って後方に出ると水平旋回により、艦攻の部隊を追いかけ始めた。魚雷を胴体下に懸架している天山に可能な速度は、エンジンを全開にしても200ノット(370km/h)をやや上回る程度だった。
16機のF4Fは、後方から接近すると横に広がって艦攻隊を攻撃した。最初の一撃で8機が撃墜された。続けて、天山の編隊内に突進すると銃撃を続ける。炎に包まれた天山が次々に墜落してゆく。胴体から煙を噴き出してきりもみになった天山も見える。
上空の戦闘機同士の戦いを抜けて3機の零戦が降下してくると、F4Fは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。しかし、その時までにF4Fに撃たれっぱなしになっていた天山隊は更に7機が脱落していた。
彗星の編隊が上空から米艦隊に接近してゆくと、艦爆隊よりも高度をとって16機のF4Fが待ち構えていた。ホーネット戦闘機隊のゲイラー大尉は、日本軍の艦爆がF4Fよりも高速だということを、「エンタープライズ」の直衛パイロットから聞いていた。
大尉は、列機のパイロットに高速の日本爆撃機をしとめるための作戦をあらかじめ説明していた。
「艦爆隊よりも上空から急降下で加速して攻撃する。最低でも時速350マイル(563km/h)以上に加速しろ。我々の機体は、400マイル(644km/h)でも分解しないはずだ。諸君が搭乗する機体はグラマン鉄工所と呼ばれるくらい頑丈だから心配するな。速度を落としたら二度と追いつけないと考えろ。攻撃のチャンスは何度もないぞ」
彗星隊の上空から一斉に16機のF4Fが襲い掛かった。猛烈な速度で機銃を連射しながら艦爆の編隊を突っ切ってゆく。彗星も後部席の機銃で応戦するが、高速のF4Fに対してはほとんど命中しない。一瞬の攻撃で8機の彗星が火を噴いた。
想定を上回る数の戦闘機の迎撃を受けて、「ホーネット」を中心とした輪形陣に接近できたのは米戦闘機の攻撃を生き延びた11機の彗星と7機の天山だった。
護衛艦隊は間に合わせの編制で、きれいな輪形陣になっていなかったがホーネットの北側を航行していた防空巡洋艦の「ジュノー」と戦艦「ノースカロライナ」が対空射撃を仕掛けてきた。日本軍機がまだ遠いのに、構わず5インチ砲を猛烈に撃ち始めた。
やっとの思いでグラマン戦闘機の攻撃をかいくぐってきた彗星に搭乗した山口大尉は、航行する米艦隊を見下ろしていた。偵察員の中飛曹長は艦隊編制を観察していた。
「中心に、『ヨークタウン』級空母が1隻。北側に新型戦艦とおそらく防空巡洋艦が1隻。その他に重巡洋艦が5隻です。重巡は空母の前後を航行しています。このまま南下すると戦艦と防空巡洋艦の激しい対空砲に突っ込むことになります」
「そうだな。空母の後方に回り込むことにする」
大尉の彗星は艦隊の西方を目指して機首をわずかに右に向けた。もちろん後続の爆撃隊もそれに続く。
「ジュノー」艦長のスウェンドン大佐は、日本軍機の意図にすぐに気がついた。
「減速せよ。両舷後進。その後、面舵で前進だ。『ホーネット』の後ろにつけるぞ」
彗星隊が空母の後方に回り込んでいる間に、北の防空巡洋艦が進路を変えて割り込んできた。山口大尉はまずいと思ったが、米艦隊上空で再び進路を変えれば、うろうろしている間に被害が拡大するだろう。ここまで来たら、強引に突っ切って、空母の後方から急降下するしかない。艦爆隊は、5,000mまで高度をとってから急降下に入った。
「ジュノー」の8基の5インチ連装高角砲は全力で砲撃していた。Mk.4レーダーとMk.37射撃式装置により照準が順次正確になってくる。ついに、1機の彗星が煙を噴き出して墜落していった。それを追いかけるように2機が炎を引きながら墜ちてゆく。8機が急降下を始めたが、防空巡洋艦と「ホーネット」から猛烈に高角砲と機関銃に撃たれた。更に後方の「シカゴ」と「サンフランシスコ」も対空射撃に加わる。
激しい対空射撃を受けて、爆弾を投下する前に1機が撃墜された。猛烈な対空砲火の中を彗星隊は、7発の50番(500kg)爆弾を「ホーネット」めがけて投下した。船体前方から艦尾にかけて、連続して4発が命中した。機関部の上部に張られた1.5インチ(38mm)装甲板は日本軍の25番(250kg)までは耐えられる性能を有していたが、50番徹甲榴弾を防ぐことはできなかった。装甲板より下には防御鋼板は張られていないので、貫通した爆弾は機関室や缶室で爆発することになった。半数の機関が停止してあっと言う間に速度が落ち始める。
次に「ホーネット」の後方から南方に回った艦攻隊が攻撃を開始した。雷撃態勢に入った7機の天山は、空母の南側の「ミネアポリス」から対空射撃を受けた。空母後方の「ジュノー」も射撃に加わる。2機が対空砲火を受けて海上に突っ込んでいく。結果的に5本の魚雷が空母の右舷側から投下された。既に「ホーネット」は爆弾により速度が落ちていたので、低速での回頭しかできない。
1本が右舷側の船体前部に命中した。後方に外れた1本が航跡をたどって左舷側艦尾に命中した。更に後方の1本は2度航跡を横切って右舷側に戻ってきて命中した。
「ホーネット」は最初の魚雷の爆発を右舷側の3層の垂直隔壁で防いだ。艦尾側の命中では後部の機械室に浸水が発生した。最後の右舷への命中により、浸水が中央部から後部に拡大した。
半数の機関と後部電源を喪失した「ホーネット」は一時停止して、応急処置をせざるを得なくなった。しばらくすると排水ポンプも作動を開始したため、左舷への傾斜は徐々に回復してゆく。
……
「翔鶴」から第二次攻撃隊として参加していた荻原大尉の心は沈んでいた。思わずため息が出てくる。
その様子を察した操縦員の石川一飛曹が話しかけた。
「大尉、どうしたんですか? 我々は立派に戦って、『ヨークタウン』型空母を大破したじゃないですか」
「ああ、戦果はいい。それよりも犠牲が大きすぎた。我々の攻撃法がまずかったんだ」
天山隊は雷撃を終えた後も、帰るところを失ったF4Fから攻撃を受けた。荻原機はプロペラが海面をたたくほどに高度を下げて逃げ切ることができたが、後方の機体は逃げ遅れた。そのため、今や天山隊はわずか3機しか飛行していない。しかも1機は機首から煙を噴き出している。空母までたどり着く前に着水することになるだろう。
「明らかに戦闘機の護衛が少なすぎる。爆撃機と攻撃機の数を減らしても、戦闘機を増やすべきだ。護衛がしっかりしていれば、撃墜されずに敵艦上空まで到達できる機数は増えるはずだ。しかも我々の機体は、一撃を受けただけで発火する。もっと防弾対策をしっかりすべきだ。こんな損害を出していたら、搭乗員はあっと言う間に消耗するぞ」
「搭乗員をすりつぶすなということですか。確かに、こんなに墜とされたら連続攻撃は不可能ですね」
「そのとおりだ。私は、戻ったら今後の改善策としてすぐにも進言するつもりだ」
一方、「ホーネット」は、北西に向きを変えて航行していた。四国方面から帰投してくる攻撃隊を収容するためには、やみくもに東南東へと遠ざかるわけにはいかない。日本に近づけば、損傷を受けた機体でも収容できる可能性が高まる。
艦長のミッチャー大佐は、着艦させた機体を海上に投棄せざるを得ないと覚悟していた。「ホーネット」の格納庫と飛行甲板だけでは、5隻の空母から発進した機数を考えると、かなりの機体があふれるだろう。ところが戻ってきた機体は驚くほど少なかった。飛行甲板への駐機と格納庫への収容を合わせれば、空母からあふれるようなことは全く発生しなかった。
艦長の左側で飛行甲板の様子を見ていた副長のレナード少佐が話しかけた。
「時間を考えると、無事な機体はほとんど戻ってきたと思われます。これ以上は、長居は無用です」
「やむを得ないな。あと15分だけ帰投する機体を待つこととする。それで回収作業は終了だ。しかし、帰投できた機数がこの程度とするならば、攻撃隊の損失はとんでもなく大きいことになるが、本当なのか?」
「四国上空ではかなり激しい迎撃を受けたと聞いています。我々の艦隊が日本に接近した時に小型艦に発見されていますので、通報により多くの日本戦闘機が迎撃できたのでしょう。我が攻撃隊は、日本海軍に加えて陸軍の戦闘機の要撃も受けたようです」
……
ミッチャー大佐は顔を向けると、レナード少佐に気になっていたことを聞いた。
「司令官のハルゼー中将からは、何か言ってきているか?」
「少し前の日本空母を攻撃せよとの命令を変えるような指示はありません。なお、ハルゼー中将の司令部は、『エンタープライズ』から『ワシントン』に移乗したはずです」
「攻撃隊の準備はできているな?」
「問題ありません。索敵に出していた偵察機と帰還した攻撃隊から、再度出撃可能な機体に補給を済ませています。すぐに発艦を開始できます」
「日本艦隊の位置についてはわかっているのだな?」
「それも解決済みです。2機のSBDが帰ってゆく日本の攻撃隊を追跡しています。北北東の2隻の大型空母に向かっているようです。攻撃隊は日本空母に直行できるはずです」
「北北東の日本艦隊は、偵察機から2隻の『ショウカク』級から構成されていると報告があったな。相手にとって不足はない」
やがて、「ホーネット」の甲板から混成編制の約40機の攻撃隊が飛び立っていった。
「ホーネット」攻撃隊:SBDドーントレス24機、TBFアベンジャー8機、F4Fワイルドキャット8機
大佐は何も言わず飛び去ってゆく攻撃隊を見ていた。
(日本軍の防御力を侮るべきではない。おそらく、戻ってこられるのはわずかの数に違いない)
ミッチャー大佐は、振り返ると、新たに指示した。
「一刻も早く補給を済ませた戦闘機を上げてくれ。艦隊の上空にできる限り多くの戦闘機の傘をかぶせたい。次の攻撃隊が間違いなくやってくるぞ」
もちろんロバートソン中佐も、これについては異論はない。黙って、大きくうなずいた。
……
五航戦は準備ができた機体を急いで第一次攻撃隊として発進させたが、残った機体の準備は、まだ完了していなかった。結局、第一次攻撃隊から1時間以上遅れて、第二次攻撃隊が発進することになった。それでも悪いことばかりではない。先行した攻撃隊から目標の情報を得られたのだ。
第二次攻撃隊には、母艦から第一次攻撃隊の戦果が通知されていた。その結果、第一次攻撃隊が米空母に損害を与えたが、攻撃できなかった空母が残っていることも、おおむねわかっていた。
指示に従って、南下した攻撃隊が遭遇したのは、艦載機を発艦させるために一時的に北上していた「ホーネット」を中心とした艦隊だった。
「翔鶴」艦攻隊の偵察型天山が電探で艦隊を探知した。
「1時方向に大型艦を含む艦隊。20海里(37km)」
探知に従って、島崎少佐は編隊を左に向けた。米艦隊は、艦載機を発艦させるために一時的に北向きに航行していたが、作業を終えて進行方向を東方に変えていた。
……
接近してきた日本軍の攻撃隊を「ワシントン」の艦橋上のレーダーがいち早く探知した。この時までにミッチャー大佐が補給を急がせたおかげで、「ホーネット」は元々の直衛機と帰投してきた戦闘機を合わせて45機を発艦させることができた。帰ってきた攻撃隊の戦闘機だけでなく、「レキシントン」や「エンタープライズ」の直衛機も最後に残っていた「ホーネット」に着艦してきたのだ。必然的に戦闘機の数が多くなった。
ミッチャー大佐は寄せ集めのこの戦闘機を、単純に3つの部隊に分けた。それぞれを高高度、中高度、やや低い高度に配置して迎撃を命じた。
中高度に配備された12機のF4Fの編隊は、日本軍機を発見すると、零戦の上空から突入してきた。もちろん日本軍の戦闘機隊を爆撃機から引き離す魂胆だ。零戦隊を率いていた兼子大尉は、米戦闘機の思惑をわかっていたが、攻撃してくるF4Fとの戦闘を簡単には回避できない。米戦闘機は零戦よりも機数が多いため、戦闘機との空戦に巻き込まれれば、爆撃機の護衛に戻ることができない。
零戦を誘引した戦闘機隊よりも低高度を飛行してたF4Fの一群は、戦闘機隊の後方に抜けてから、後ろに続いていた艦爆や艦攻を狙った。
17機のF4Fが、彗星艦隊を迂回して後方から突っ込んでいくと機銃を乱射した。たちまち5機の彗星が炎を噴き出して墜落してゆく。F4Fも1機が彗星から射撃を浴びて錐もみになって墜ちてゆく。残りの彗星は、緩降下で最大速度まで一気に加速した。
どんどん速度を上げてゆく彗星をF4Fは深追いしない。再び旋回して日本編隊の後方を飛行していた艦攻隊に向かった。F4Fの編隊は、天山編隊とすれ違って後方に出ると水平旋回により、艦攻の部隊を追いかけ始めた。魚雷を胴体下に懸架している天山に可能な速度は、エンジンを全開にしても200ノット(370km/h)をやや上回る程度だった。
16機のF4Fは、後方から接近すると横に広がって艦攻隊を攻撃した。最初の一撃で8機が撃墜された。続けて、天山の編隊内に突進すると銃撃を続ける。炎に包まれた天山が次々に墜落してゆく。胴体から煙を噴き出してきりもみになった天山も見える。
上空の戦闘機同士の戦いを抜けて3機の零戦が降下してくると、F4Fは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。しかし、その時までにF4Fに撃たれっぱなしになっていた天山隊は更に7機が脱落していた。
彗星の編隊が上空から米艦隊に接近してゆくと、艦爆隊よりも高度をとって16機のF4Fが待ち構えていた。ホーネット戦闘機隊のゲイラー大尉は、日本軍の艦爆がF4Fよりも高速だということを、「エンタープライズ」の直衛パイロットから聞いていた。
大尉は、列機のパイロットに高速の日本爆撃機をしとめるための作戦をあらかじめ説明していた。
「艦爆隊よりも上空から急降下で加速して攻撃する。最低でも時速350マイル(563km/h)以上に加速しろ。我々の機体は、400マイル(644km/h)でも分解しないはずだ。諸君が搭乗する機体はグラマン鉄工所と呼ばれるくらい頑丈だから心配するな。速度を落としたら二度と追いつけないと考えろ。攻撃のチャンスは何度もないぞ」
彗星隊の上空から一斉に16機のF4Fが襲い掛かった。猛烈な速度で機銃を連射しながら艦爆の編隊を突っ切ってゆく。彗星も後部席の機銃で応戦するが、高速のF4Fに対してはほとんど命中しない。一瞬の攻撃で8機の彗星が火を噴いた。
想定を上回る数の戦闘機の迎撃を受けて、「ホーネット」を中心とした輪形陣に接近できたのは米戦闘機の攻撃を生き延びた11機の彗星と7機の天山だった。
護衛艦隊は間に合わせの編制で、きれいな輪形陣になっていなかったがホーネットの北側を航行していた防空巡洋艦の「ジュノー」と戦艦「ノースカロライナ」が対空射撃を仕掛けてきた。日本軍機がまだ遠いのに、構わず5インチ砲を猛烈に撃ち始めた。
やっとの思いでグラマン戦闘機の攻撃をかいくぐってきた彗星に搭乗した山口大尉は、航行する米艦隊を見下ろしていた。偵察員の中飛曹長は艦隊編制を観察していた。
「中心に、『ヨークタウン』級空母が1隻。北側に新型戦艦とおそらく防空巡洋艦が1隻。その他に重巡洋艦が5隻です。重巡は空母の前後を航行しています。このまま南下すると戦艦と防空巡洋艦の激しい対空砲に突っ込むことになります」
「そうだな。空母の後方に回り込むことにする」
大尉の彗星は艦隊の西方を目指して機首をわずかに右に向けた。もちろん後続の爆撃隊もそれに続く。
「ジュノー」艦長のスウェンドン大佐は、日本軍機の意図にすぐに気がついた。
「減速せよ。両舷後進。その後、面舵で前進だ。『ホーネット』の後ろにつけるぞ」
彗星隊が空母の後方に回り込んでいる間に、北の防空巡洋艦が進路を変えて割り込んできた。山口大尉はまずいと思ったが、米艦隊上空で再び進路を変えれば、うろうろしている間に被害が拡大するだろう。ここまで来たら、強引に突っ切って、空母の後方から急降下するしかない。艦爆隊は、5,000mまで高度をとってから急降下に入った。
「ジュノー」の8基の5インチ連装高角砲は全力で砲撃していた。Mk.4レーダーとMk.37射撃式装置により照準が順次正確になってくる。ついに、1機の彗星が煙を噴き出して墜落していった。それを追いかけるように2機が炎を引きながら墜ちてゆく。8機が急降下を始めたが、防空巡洋艦と「ホーネット」から猛烈に高角砲と機関銃に撃たれた。更に後方の「シカゴ」と「サンフランシスコ」も対空射撃に加わる。
激しい対空射撃を受けて、爆弾を投下する前に1機が撃墜された。猛烈な対空砲火の中を彗星隊は、7発の50番(500kg)爆弾を「ホーネット」めがけて投下した。船体前方から艦尾にかけて、連続して4発が命中した。機関部の上部に張られた1.5インチ(38mm)装甲板は日本軍の25番(250kg)までは耐えられる性能を有していたが、50番徹甲榴弾を防ぐことはできなかった。装甲板より下には防御鋼板は張られていないので、貫通した爆弾は機関室や缶室で爆発することになった。半数の機関が停止してあっと言う間に速度が落ち始める。
次に「ホーネット」の後方から南方に回った艦攻隊が攻撃を開始した。雷撃態勢に入った7機の天山は、空母の南側の「ミネアポリス」から対空射撃を受けた。空母後方の「ジュノー」も射撃に加わる。2機が対空砲火を受けて海上に突っ込んでいく。結果的に5本の魚雷が空母の右舷側から投下された。既に「ホーネット」は爆弾により速度が落ちていたので、低速での回頭しかできない。
1本が右舷側の船体前部に命中した。後方に外れた1本が航跡をたどって左舷側艦尾に命中した。更に後方の1本は2度航跡を横切って右舷側に戻ってきて命中した。
「ホーネット」は最初の魚雷の爆発を右舷側の3層の垂直隔壁で防いだ。艦尾側の命中では後部の機械室に浸水が発生した。最後の右舷への命中により、浸水が中央部から後部に拡大した。
半数の機関と後部電源を喪失した「ホーネット」は一時停止して、応急処置をせざるを得なくなった。しばらくすると排水ポンプも作動を開始したため、左舷への傾斜は徐々に回復してゆく。
……
「翔鶴」から第二次攻撃隊として参加していた荻原大尉の心は沈んでいた。思わずため息が出てくる。
その様子を察した操縦員の石川一飛曹が話しかけた。
「大尉、どうしたんですか? 我々は立派に戦って、『ヨークタウン』型空母を大破したじゃないですか」
「ああ、戦果はいい。それよりも犠牲が大きすぎた。我々の攻撃法がまずかったんだ」
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「明らかに戦闘機の護衛が少なすぎる。爆撃機と攻撃機の数を減らしても、戦闘機を増やすべきだ。護衛がしっかりしていれば、撃墜されずに敵艦上空まで到達できる機数は増えるはずだ。しかも我々の機体は、一撃を受けただけで発火する。もっと防弾対策をしっかりすべきだ。こんな損害を出していたら、搭乗員はあっと言う間に消耗するぞ」
「搭乗員をすりつぶすなということですか。確かに、こんなに墜とされたら連続攻撃は不可能ですね」
「そのとおりだ。私は、戻ったら今後の改善策としてすぐにも進言するつもりだ」
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【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
超量産艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
海軍内では八八艦隊の議論が熱を帯びていた頃、ある一人の天才によって地味ではあるが大きく日本の未来を変えるシステムが考案された。そのシステムとは、軍艦を一種の”箱”と捉えそこに何を詰めるかによって艦種を変えるという物である。海軍首脳部は直ちにこのシステムの有用性を認め次から建造される軍艦からこのシステムを導入することとした。
そうして、日本海軍は他国を圧倒する量産性を確保し戦雲渦巻く世界に漕ぎ出していく…
こういうの書く予定がある…程度に考えてもらうと幸いです!
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