電子の帝国

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第9章 小笠原沖追撃戦

9.1章 小笠原沖追撃戦1

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 五航戦からの攻撃隊が母艦に向かって帰投した後も、東に向かっている米艦隊を遠回しに観察している機影があった。

 盛んに米艦隊の情報を打電していたのは、「翔鶴」を発艦した最新型の電子機器を搭載した偵察型天山だ。この機体は、過過重で1,800海里(3,333km)の航続距離を有するので、当面の間は飛行可能だった。既に、3隻の空母が沈没したことも報告済みだ。

 この時も、攻撃隊が引き上げた後に米艦隊が東方に向かっていることと、位置を報告していた。しかも通報には、大破した2隻の空母は応急処置の後に航行可能となって、沈没せずにのろのろと東方に向けて進んでいるという情報も含まれていた。

 操縦員の石川一飛曹は、米軍の艦艇が隊形を変えながら航行していることに気がついた。
「どうやら米艦隊は艦隊の再編をしながら東進しているようです」

 海面をじっと見ていた機長の萩原大尉も同意した。
「なるほど、艦隊編制を変更しながら進んでいるようだな。まあ当然だろう。単艦がばらばらになって米国まで航走してゆくなんてありえないからな。米艦隊の並び方がどんな形に変わるのか、おおむね様子がわかったので、連合艦隊司令部と鎮守府に情報を送るぞ。

 ……

 四航戦と五航戦の戦果とその後の偵察機の情報は、軍令部の情報研究所にも通知された。

 我々が、計算機に新たな情報を入力している間に、今回の攻撃戦果を小倉少佐は状況を説明していた。
「撃沈したのは『レキシントン』型の2隻と『ヨークタウン』型の1隻です。おそらく、被弾した『ヨークタウン』型は、低速で退避しています。真珠湾まで回航できれば修理することも可能でしょう」

 座って状況を聞いていた富岡大佐が私たちの方に向き直った。
「現在までの戦闘状況は入力できただろう。その結果、計算機はこれからどんな作戦を実行すると言ってきているのかね?」

「計算機は、あたり前のような赤軍の作戦案を提示していますよ。傷ついた空母の護衛を残して、無傷の艦戦はハワイに向けて迅速に退避します。航路はなるべく短くなるように選択しています。なお空母の護衛については、2案を提示しています。駆逐艦等の最小の護衛だけで、万が一、青軍から攻撃されて、空母が更に被害を受けたら、空母を自ら沈めて退避するのが第一案です。第二案は、空母に厳重な護衛をつけて、青軍の多少の攻撃には反撃して、空母が帰投できる確率を上げる案です」

「なるほどな。艦隊の参謀が考えても同様の作戦になるだろう。それで青軍の攻撃案はどんな調子なのか?」

「複数の偵察機を飛ばして、退避する赤軍艦隊をすぐに発見します。2群の艦隊をほぼ同時に発見して、航空機を総動員して、2つの艦隊に向けて攻撃隊を差し向けています。逃げ足の速い艦艇から構成された艦隊に対しては、高速の機動部隊を活用して追撃します。被害を受けて遅い艦隊には、本土の基地を主体とした攻撃隊を差し向けます」

 説明している間に軍令部第十課が解読した電文を持って小倉少佐がやってきた。
「米艦艇からの暗号文を解読した結果です。艦隊指揮官はハルゼー中将が健在です。既に全力でハワイに戻る命令が出ています」

 前田少将が補足した。
「航空兵力重視のハルゼー中将が指揮しているとなると、空母を簡単に見捨てるような判断はしないと思える。第一案のように空母の護衛を少数の駆逐艦だけにするというのは考えづらい」

「前田さん、もっともな意見だが、空母の護衛がどの程度なのか確定できる情報はまだない。そうであるなら計算機が想定した2つの可能性がどちらになるのかは決められないいよ」

 時計を見ていた望月少佐が発言した。
「そろそろ本土の基地を離陸した陸攻隊が、米艦隊の想定位置に接近しています」

「小倉少佐、陸攻隊を発進させた基地に米艦隊の状況を伝えてくれ。現状の米艦隊の位置も念のために忘れるな。ちなみに米軍は複数の艦隊に分割している可能性が高いが、攻撃対象の選択は現場の判断で良い。我々にはハルゼー中将の真意はわからないからな。連合艦隊司令部にも通知してくれ。計算機の青軍のように我々も全力で攻撃して米軍を殲滅しなければならない」

 前田少将が首を縦に振った。
「この戦いでできる限り米国に損害を与えなければならない。緒戦で太平洋艦隊が壊滅的な被害を受ければ、さすがのルーズベルト大統領も我が国との停戦を考える可能性がある」

 富岡大佐は、戦争を始めた張本人が、すぐに考えを変えることなどあり得ないだろうと思ったけれども、さすがに口にしなかった。

 ……

「ワシントン」の艦上にはハルゼー中将の怒鳴り声が響いていた。
「だめだ、だめだ。私は何としても残っている空母をハワイまで連れて帰るぞ。諸君も目の当たりにしただろう。航空機の攻撃力は絶大だ。ここで生き残っている空母を失えば、太平洋上の戦力バランスは大きく崩れることになる。そんなことは私には容認できない」

 参謀のブローニング大佐は、空母の護衛はできる限り軽微にして、損害のない艦艇は速やかに合衆国に戻るべきだと進言していた。それに対して猛烈に腹を立てたのだ。

 中将にもブローニング大佐の意見は、一理あるとわかっていた。しかし、その案を採用すれば、ここで空母を見捨てると言うに等しい。中将には、そんな非情な判断はできなかった。

 ブローニング大佐も中将に対してついに折れた。日本軍が攻撃の手を緩めれば、残っているほとんどの艦艇がハワイに帰ることができるかもしれない。日本の艦載機には大きな被害を与えたとの意見も出ている。攻撃隊の想定外の被害に驚けば、再攻撃をあきらめる可能性も皆無ではないだろう。

「わかりました。空母の護衛は、効果的な護衛戦闘を行った2隻の戦艦と防空巡洋艦、軽巡、駆逐艦から編制します。この『ワシントン』も護衛の艦艇に含めますがよろしいですね? 残った重巡洋艦と駆逐艦は先行して本国に急がせます」

 ハルゼー中将が返事をする前に、横にいたバローズ少佐が口を開いた。彼もここで司令官の許可を得なければならないことがあった。
「攻撃により大破した『インディアナポリス』と『クインシー』は現海域で処分します。空母以上に速度の遅い艦艇を連れ帰ることは禁止的と考えます」

 ハルゼー中将もこれにはさすがに首を縦に振った。ブローニング大佐に向けてうなずくと、バローズ少佐の方に向き直って同じ動作を繰り返した。

 ……

 軍令部からの情報がなくとも、鹿屋基地を離陸した一式陸攻の編隊は正確に米艦隊を目指していた。米艦隊の周囲を飛行している偵察型天山が発する誘導電波を受信していたのだ。

 27機の一式陸攻は迷うことなく東南東に飛行していた。隊長の宮内少佐が搭乗した機体では、海上を注視していた偵察員の柳沢飛曹長が叫んだ。
「前方11時方向に艦隊を発見。おそらく戦艦の艦橋です」

 宮内少佐が言われた方向を双眼鏡で見ると、なるほど戦艦の艦橋と煙突が水平線上に見えてきた。

 米軍の空母の上空には、燃料を節約した護衛のF4Fがまだ滞空していた。戦艦のレーダーは、かなり前から双発の陸攻の接近を探知していた。上空のF4Fワイルドキャットは、南側から西に飛行して陸攻編隊の後方へとまわり込んだ。

 周囲を警戒していた柳沢飛曹長が最初に米軍戦闘機を発見した。
「7時方向、同高度に米戦闘機。4機程度」

 宮内少佐はすぐに反応した。
「編隊に告げる。7時方向に敵機だ。射程距離に入ったら反撃しろ」

 編隊後方の一式陸攻が、13mm機銃の射撃を開始した。F4Fも12.7mmを撃ち始めたので、曳光弾が空中で交差するのがわかる。編隊後方を飛行していた陸攻が右翼付け根から黒い煙を噴き出す。黒煙はすぐに炎に変わった。

 F4Fは銃撃をしながら急降下で陸攻の編隊を突き抜けていった。炎の尾を生きながら2機の陸攻が墜落して行く。すぐに2機のF4Fが戻ってきた。機銃を乱射しながら編隊下方から上昇してくると、そのまま上空から北方に飛行していった。更に1機の陸攻が炎に包まれて、墜落してゆく。

「どうやら、これ以上は攻撃してこないようだな」

「おそらく長時間の飛行で燃料がなくなったか、弾丸を撃ち尽くしたかのどちらかでしょう」

 戦闘の間にも陸攻隊は米艦隊に接近していた。双眼鏡を使っていた柳沢飛曹長は護衛の艦艇まで含めて編制を確認していた。
「隊長、戦艦2、空母2、巡洋艦2ないし4、駆逐艦多数から輪形陣を構成しています」

 宮内少佐は、一瞬、驚くがもちろん口には出さない。
(戦艦2と空母2に加えて多数の巡洋艦か。大艦隊じゃないか。被害を受けていない艦は、先に戻るのじゃないのか)

「了解。高村一飛曹、艦隊編制を直ちに基地に打電。各機に通達。11時方向の米艦隊をこれより攻撃する」

 電信員の高村一飛曹が報告に来た。
「基地から転電された海軍軍令部からの情報です。新型戦艦の多数の高角砲に注意せよ。新型の防空巡洋艦も主砲全てが高角砲につき、注意されたし」

 横で聞いていた柳沢飛曹長が補足した。
「なるほど、戦艦も巡洋艦も対空射撃に優れた艦が選ばれて、空母の護衛についているということですね」

「対空火力が強いのは、全くうれしくないぞ。事前に指示した射法で攻撃する。各機に通達せよ」

 米軍艦隊は、縦列になった2隻の空母を取り囲むように北側と南側を戦艦が航行していた。しかも巡洋艦がそれぞれの戦艦の後方につけていた。更にこの他にも先頭に2隻の巡洋艦、最後尾に1隻の巡洋艦が航行してその間を駆逐艦が埋めていた。

 一式陸攻は、東に向かって航行している米艦隊の後方から接近していった。宮内少佐は、単一の方向から敵艦隊に接近しようと決めていた。多数の機体であっても、一方向から接近すれば、その方向に指向できる対空砲は限られるはずだと考えていた。一式陸攻という大型の機体で雷撃する以上、対空砲火にさらされる面積は必然的に大きくなる。攻撃法により被害をできる限り減らそうとの考えだ。

 それに加えて、被害を減らすための二つ目の方策が基地の陸攻隊に優先して配備された新型魚雷だった。九一式改四となった魚雷は従来の航空機搭載魚雷から航続距離を大幅に増加させていた。それまでの九一式魚雷の雷撃距離が約2,000mであったのに対して、圧縮空気と燃料を増加して3倍まで延伸させた。もちろん、航跡誘導の実用化に伴って、遠距離から魚雷を投下しても命中が期待できるようになったことが理由だ。接敵途中で撃墜されるくらいなら、その前に遠距離で雷撃しようとの作戦だ。特に、対空砲火に対しての被弾面積の大きな一式陸攻にとっては生死にかかわる。

 鹿屋空の23機の一式陸攻は、前方の空母を中心とした輪形陣を攻撃するために9機が南南東に旋回した。逆に9機が後方の空母と艦艇を狙って南南西側に方位を変えた。残りの5機は艦隊から離れた位置を飛行していた。

 南南東を進んでいた9機の一式陸攻は、艦隊の東側から魚雷を投下することになった。艦隊の先頭を航行していた軽巡「セント・ルイス」は防空巡洋艦ではなかったが、38口径の5インチ連装砲を4基装備していた。右側に指向できる2基が猛然と射撃を始める。その後方の「ノースカロライナ」も同時に右舷側の5基の5インチ砲の射撃を開始した。雷撃する前に2機が撃墜されたが、7本の魚雷を輪形陣の南側から投下した。

 空母の南を航行していた戦艦「ノースカロライナ」の中央部右舷側に1本が直撃した。船体幅の大きな位置に命中したために、バルジを破って爆発した弾頭により、内側の2層の水雷防御区画は破られたが、缶室を隔てる3層目の隔壁は爆圧と飛散したスプリンターにも耐えた。

 一方、戦艦の後方を通過した3本の魚雷のうちの2本は航跡を感知して、一旦左舷側に抜けた後に方向転換して戻ってきた。

「ノースカロライナ」の後部左舷側で2本の魚雷が爆発した。2つの弾頭の爆発には、さすがに新型戦艦の水雷防御も耐えられない。3層の水雷防御区画が破られて3番砲塔直前の機関室への浸水が始まった。強固な防御のおかげで後部主砲の弾薬庫は守られたが、1軸が停止した。もともと被害を受けた空母に合わせて低速で航行していたので、艦隊から遅れることはない。

 更に、戦艦から離れた所を通り過ぎた1本は「エンタープライズ」の後方を横切った。被害を受けていた空母は低速だったが、艦尾の至近を通過した魚雷は航跡を感知できた。航跡をとらえて、方向転換した後に右舷側に命中した。過去に魚雷が命中した位置の近くに再び命中したため、急速に艦尾の浸水が増大して行く。かろうじて浸水を防いでいた右舷の隔壁と防水扉が次々と破れて、内部への浸水が再び始まった。

 続いて、対空砲火の射程外を飛行していた5機の陸攻が雷撃態勢に入った。速度が落ちた戦艦と今にも沈みそうな「エンタープライズ」を狙って、西南西から接近していった。

 航跡追尾の弱点の一つが、低速でほとんど航跡が出ていない艦艇には誘導が有効でない点だ。そのため、先行の攻撃隊よりも近づいて雷撃したものの、空母には1本が命中しただけだった。空母に合わせて速度を落としていた戦艦にも1本を直接命中させた。

 既に限界近くまで被害を受けていた「エンタープライズ」は、再び右舷で弾頭が爆発したために、大量の浸水で急速に傾いていった。艦長のマーレー大佐は、すぐに総員退去を命令した。せめてもの慰めだったのは、日本の双発機が襲ってくる前に、艦を航行させるのに必須の乗組員以外は駆逐艦に移乗できたことだ。

 ……

 9機の陸攻編隊は、わずかに機首を左翼側に振って、後方の「ホーネット」を中心とした艦隊に向かっていった。この時、ホーネットの北側には防空巡洋艦の「ジュノー」が航行し、南側には軽巡「アトランタ」が航行していた。そのために、陸攻隊は「アトランタ」の南側から接近して行くことになった。防空巡洋艦の連装砲塔が右舷を向いて、猛然と14門の5インチ砲を撃ってきた。後方の「フェニックス」も対空射撃を始めるが、旧式の5インチ砲が4門であり、あまり効果がない。むしろ最後尾を航行している駆逐艦「ラッセル」と「アンダーソン」の5インチ砲の威力の方が大きい。

 一斉に発砲を開始した高射砲弾を浴びて、2機がオレンジ色の炎を噴き出しながら海面に墜落して行く。それでも、7本の魚雷を投下することに成功した。

 1本が「アトランタ」の航跡を感知して航跡を横切りながら艦尾に接近すると、右舷後方に命中した。たちまち防空巡洋艦は、速度を急速に落としながら、艦尾から沈んでゆく。

 4本の魚雷は「アトランタ」後方の離れた位置を北に進んでから「フェニックス」の前方を横切った。1本が「フェニックス」の船体前方に命中したが不発だった。1本が「ホーネット」の右舷中央部に命中した。残りの2本が「ホーネット」の後方で航跡を感知した。空母の航跡を抜け出ると北側で方向転換して、船体左舷の後部に相次いで命中した。これで「ホーネット」に命中した魚雷は5本になった。さすがに船体各部からの激しい浸水をこれ以上防ぐ手段は残っていない。海上に停止するとともに、急激に喫水を増して沈んでいった。

 ……

 ハルゼー中将は、「ワシントン」の艦上から戦いの様子を見ていた。
「やはり、日本軍機は見逃してくれなかったな。まずは空母と巡洋艦の乗組員の救助だ。終わり次第、できる限り早くハワイに帰るぞ」

 ブローニング参謀長もすぐに帰ることに異論はない。
「このような結果となった以上は、できる限り多くの艦艇をハワイまで連れて帰らなければなりません。しかし、我々は『アカギ』『カガ』『ソウリュウ』『ヒリュウ』を中心とした空母の所在をつかめていません。追撃される可能性は十分あります」

「この海域に留まるのは10分だ。それまでに救助を終わらせろ。その時点で『エンタープライズ』が浮いていたら魚雷で処分だ。魚雷を受けた『ノースカロライナ』には『ラッセル』を護衛につけるので単独で帰投してもらう。10後には我々は全速でハワイに向かう」

 ……

 ホーネットが最後に発艦させた攻撃隊は、五航戦に接近しつつあった。偵察装備のSBDドーントレスが「ヨークタウン」を攻撃した部隊の後ろを追いかけたので、迷うことなく日本艦隊にたどり着くことができた。

 この時、五航戦には護衛艦艇として、「妙高」と「羽黒」、第二七駆逐隊が随伴していた。

 艦隊の南方を航行していた「妙高」の電探が、編隊の接近を発見した。通報を受けた五航戦の司令部では一時的に混乱が生じていた。
「電探でとらえた南方の編隊は、友軍の攻撃隊が帰還してきたのではないか?」

 原司令官の問いに先任参謀の大橋中佐が答えた。
「第一次攻撃隊は既に収容済みです。第二次攻撃隊が戻ってきたにしては、早すぎます」

「加えて、探知した編隊からは我が軍の機体を示す電波が、発信されていません。最近の機体には、全て味方識別用の無線発信器が取り付けられています。間違いなく我が攻撃隊に対して、送り狼でやってきたアメリカの攻撃隊です」

 そこまで話を聞いて原少将も納得した。
「上空の戦闘機は、全力で南南西から接近する編隊を迎撃せよ。護衛の艦艇は航空攻撃に備えよ」

 上空の零戦隊が南南西に向けて飛行して行く。「翔鶴」と「瑞鶴」の飛行甲板には、帰投した攻撃隊の中から補給が完了した数機の零戦が待機していた。これらの戦闘機も加勢のためにすぐに発艦して行く。

 米攻撃隊を最初に迎撃したのは、上空で警戒していた8機の直衛機だった。SBDドーントレスの後方から追いついて、3機を撃墜した。ところが次の瞬間には、攻撃隊を護衛していたF4Fが攻撃に夢中になっている零戦の上空から接近すると、1機を撃墜した。直衛機はF4Fとの空戦に巻き込まれて、爆撃隊への攻撃ができなくなる。

 その間に高度を下げて飛行していた5機の零戦が、低空のTBFアベンジャーの編隊を見つけて攻撃を仕掛ける。3機の雷撃機が墜とされて編隊がバラバラになってしまう。

 直衛機が米戦闘機と空戦をしている間に、新たに「瑞鶴」を発艦した零戦が迎撃戦に加わった。岩本一飛曹の率いる3機の零戦は、東西に広がったSBD編隊の上空まで上昇すると、急降下攻撃でたちまち2機を撃墜した。そのまま急降下を続けて下方のTBF編隊に襲い掛かると立て続けて3機を撃墜した。

 やや遅れて、「翔鶴」を発艦してきた零戦も米軍機の攻撃に加わった。6機の零戦が残っていたSBDの編隊に切り込んでゆく。2機のSBDが撃墜された。

 SBD編隊を率いてきたハミルトン少佐の前に、日本海軍の空母が見えてきた。随伴している駆逐艦と比較すると長さが800フィート(244m)を軽く超える大型空母であることが、遠方からでもわかった。

 少佐は今日の戦いでは2度目の出撃だったが、2度目の出撃でも、戦闘機に墜とされることなく、ここまでたどり着くことができた。「レキシントン」は運がなかったが、自分はまだ幸運の女神から見放されていないらしい。

 軽く機体をバンクさせて、急降下態勢に入ることを後方に続く僚機に知らせた。10機のSBDドーントレスが空母めがけて降下してゆく。既にSBD編隊の周囲では、激しく高射砲弾が爆発していた。急速に米軍機に爆炎が接近してきて、編隊の内部で砲弾が爆発した。1機のSBDが煙の尾を引きながら海面へと墜ちてゆく。

 ハミルトン少佐は、接近したおかげで空母の艦橋上に、長方形やおわん型のアンテナが設置されていることに気がついた。しかもおわん型アンテナはこちらを向いている。
(間違いない。日本軍の対空砲はレーダーが目標を測定している。命中率もばかにならないぞ)

 降下の途中で2機が高角砲の至近弾を浴びて墜ちてゆく。後方では、大口径の機関銃弾が直撃した1機が空中で飛散した。

「翔鶴」艦長の有馬大佐は、艦橋最上部の防空指揮所に上がっていた。彼は、米軍の爆撃機が右舷側の5時方向から急降下を開始したのを見逃さなかった。

 米爆撃機が降下を始めてから照準を外すために、取り舵を命じた。「翔鶴」は急速に右舷側に回頭して行く。ハミルトン少佐機の降下方向とは差が広がったが、急降下を始めてから方向を修正した。

 最終的に、SBDの編隊は6機が南方に向けて航行する空母めがけて爆弾を投下した。編隊の後方の3機が降下中に方位の修正を行って、1,000ポンド(454kg)爆弾を命中させた。

 中央エレベーターと後部エレベーターの中間あたりに1弾が命中した。命中した爆弾は、簡単に飛行甲板と2段の格納庫を貫通して、下甲板の25mm装甲も破った。しかし、弾薬庫上面を防御していた戦艦並の132mm装甲板に阻まれて、その上部で爆発した。爆圧により飛行甲板が盛り上がって着艦不可能になったが、機関部への被害は免れた。

 更に1弾が中央エレベータ前方に命中して、飛行甲板と格納庫を抜けて、25mmと65mmを合わせた水平装甲板を貫通した。後部の缶室での爆発により、右舷側の2基のボイラーが破壊された。30ノットを超えていた速度が一気に低下して行く。

 ほぼ同時刻、後方の「瑞鶴」には4機のSBDと2機のTBFが攻撃を仕掛けていた。「瑞鶴」は対空砲の強化改修が終わったばかりだった。そのおかげで12.7cm高角砲を降ろして、8.8cm連装高角砲を右舷と左舷にそれぞれ8基ずつ、合計で16基装備していた。しかも九四式高射装置に変わってマイクロ波電探と計算機を備えた新型高射装置を備えていた。

 たちまち低空を飛行してきた1機のTBFが高射砲弾の爆発により、炎を噴き出して墜落すると、残った機は遠方から魚雷を投下した。遠距離から狙いが不正確な雷撃をしても、もちろん命中しない。

 急降下を開始した4機のSBDも激しい対空砲火にさらされると2機が墜ちてゆく。残った2機が爆弾を投下したが、「瑞鶴」は回頭により回避した。

 米軍の攻撃隊が去ると、「翔鶴」の五航戦司令部では、艦隊が受けた被害の確認を始めた。大橋大佐が、通信兵からのメモを見ながら、状況を整理していた。
「本艦に爆弾2発が命中して2缶が破壊されました。当面、速度は10ノットに抑えてください。なお飛行甲板が損傷して離着艦は不可能です。本艦以外には命中弾を受けた艦はありません」

 原少将は、2発を被弾したが、1隻も失うことなくこの攻撃をしのいだことに、むしろほっとしていた。
「米軍の攻撃はこれで終わったのだな。飛行甲板の応急修理が可能なのか確認してくれ。無理な場合は、『瑞鶴』が帰投してきた全ての機体を収容することになるぞ」

「それもやむを得ません。少しでも損傷を受けた機体は、海上に捨てることになるでしょう」
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