電子の帝国

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第9章 小笠原沖追撃戦

9.3章 日本本土攻撃作戦の終息

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 軍令部には戦闘経過が次々と集まってきた。それぞれの部隊からの情報が一緒に合わさると全体像がわかってくる。小倉少佐が今までに集まった情報をとりあえず整理してきた。

「二航戦の攻撃がほぼ終結しつつあります。最後まで残っていた米軍の巡洋艦もほとんどが撃沈されました。おそらくハワイまで帰投できる艦艇は、全てを合わせても小型艦だけでしょう」

「現状で判明している範囲で、『レキシントン』級と『ヨークタウン』級を合わせて5隻の空母を撃沈しています。それに加えて『ノースカロライナ』級の戦艦2隻も沈めました。巡洋艦ははっきりしませんが、10隻程度を撃沈もしくは大破したはずです。駆逐艦も数隻は沈めています」

 富岡大佐が小倉少佐に質問した。
「米軍に与えた戦果の方はわかった。我が方の被害については、情報が集まってきているか?」

「大佐も概略はご存じだと思いますが、戦闘中に沈没したのは『山城』と『龍驤』『祥鳳』です。呉に停泊していた『鳳翔』と『摂津』も空襲により沈んでいます。『伊勢』『日向』『扶桑』それに加えて、五航戦の『翔鶴』と爆撃を受けた『愛宕』が大破です。『榛名』は被雷で中破の判定です。『武蔵』は攻撃を受けましたが、無傷で切り抜けています」

 前田少将が口を開いた。
「被害は少ないに越したことはないが、我が軍が与えた戦果の大きさを考えれば、個人的にはこの程度の損害はやむを得ないと思えるな」

「まあ、私も我が軍の勝利だということは否定しません。それでも軍令部としては、被害をもっと減らす対策について検討しろと言われるでしょう。海軍省や軍令部の上の方からも改善策について何らかの要求が出てくると思います」

「富岡大佐は、作戦の改善点について何か思うところはあるのかね?」

「まずは、計算機の有効活用ですよ。私の知る限り計算機の予測はかなり正確でした。私が司令官ならば、計算機が出した答えをすぐに採用します。但し、計算機から正確な答えを早く得るためには、変化している戦闘状況を直ちに入力する必要があります。情報の即時性という点は、軍令部の計算機施設でも不十分でした。伝達時間の改善が必要ですね」

 前田少将もうなずいている。計算機をもっと拡大使用するという方向に賛成なのだ。
「軍令部として今回の戦闘記録をこれからまとめることになる。その中で今後の戦いに生かしてゆく方策を示さなければならない。その指針に電子計算を強化する構想も含めることにしよう」

 小倉少佐が会話に割り込んできた。
「技術研究所の依頼で米軍の無線電波の情報を収集するために一式陸攻が飛行したという話を耳にしました。偵察機にいくつかの周波数の電波を受信する機器を搭載して、米艦隊に接近させたようです。相手の使っている電波の周波数や変調法を知ることにより、妨害できると考えているようです」

 ……

 日本近海におけるアメリカ艦隊との戦いが終わって、3日後には2機の一式陸攻が鹿屋から横須賀基地に飛来してきた。艦隊周辺で偵察任務を遂行していた須藤中尉の機体と、同じ任務を実行していた偵察型の一式陸攻だ。

 飛行場の横では、技術研究所でも無線技術の第一人者と言っても良い高原中佐と部下の一行が待っていた。一式陸攻が搭載している新型の電探やほとんどの無線機器は中佐が所属する海軍技術研究所で開発されたものだった。

 陸攻から須藤中尉が降りてくると、高原中佐が挨拶に行く。
「戦いが一段落して間もないのに、九州からわざわざご苦労さん。さっそくだが、米軍から収集した電波情報について解析を開始したい」

 須藤中尉が手元の2冊のノートを渡した。
「これは米軍の電波を受信できたときに、機上で測定器の出力を書き写したものです。時刻と共にできる限り、目撃できた米艦艇の種類やその時の状況も追記しています。もう1冊のノートは機内の磁気記録装置を作動させた時の状況を記載したものです。磁気記憶装置には電波測定器からの出力数値は記録できても、どのような状況で電波を受信したのかまでは記録できませんからね」

「しっかりと記録してもらって、大変助かります。機内の磁気テープとオシログラフの記録も回収させてもらいますよ」

 高原中佐が合図すると、後ろで待っていた技師たちが一式陸攻に乗り組んでゆく。偵察仕様の一式陸攻には、電波受信機が出力した信号の周波数や変調状態、強度を記録する磁気テープ装置と、表示管の電波波形を記録するオシログラフが搭載されていた。双発の一式陸攻だから可能な装備だ。単発の艦載機では、こんないくつもの機器を搭載するわけにはいかない。

「お役に立ちますかね?」

「米海軍が使用している電探や無線機の電波を初めて生で記録したものです。まだ秘密ですが、我々はこれらの記録を分析して、米海軍の無線を妨害することを考えています。次の戦いでは間違いなく役に立ちますよ。まあ、米軍が無線機や電探を短時間でどんどん進歩させない限り当面は有効でしょう」

 須藤中尉は、まさか自分たちの持ち帰ってきた情報がそんな使われ方をするとは、全く想像していなかった。
「今更ながら、重要な情報を収集していたことに気づきました。ところで、妨害装置を今から開発するのですか?」

「いや、いくつかの機能を有する電波送信装置は既に我々の研究所で開発済みです。但し、アメリカ海軍が使っている電波の周波数や変調されたパルス波形などがわからなければ使い物になりません。それについては、今回の収集情報を参照して改修と調整をこれから実施します。この記録が大いに役立つわけです」

「電子機器の開発については、私は素人なのでよろしくとしか言いようがありませんね。まあ、敵の情報収集ならば、次の戦いでも必ず役に立つ情報を集めてきますよ」

 高原中佐は、一式陸攻に続いて、五航戦の偵察型天山からも情報を収集することを予定していた。既に、萩原大尉に連絡して次の日には、横須賀に飛行してくるとの連絡を得ていた。

 ……

 軍令部での今回の戦いについての報告会が開催された。軍令部次長に報告するために部長や課長が出席していた。

 軍令部次長の伊藤中将は富岡大佐が5日間で書き上げた報告書を読み終わると、振り返って質問した。

「富岡君、君の言うように電算機が出した答えについては、ほとんどの場合、間違いがないということには同意しよう。しかも与えられた条件だけでは候補が一つに絞れない場合には、複数の案を提示している。私も基本的に計算機の活用については賛成だ。それでも何か欠点もあるだろう。それに対する対策を考えているのか?」

 富岡大佐の顔が緩んだ。
「計算機が算出してくる作戦の有効性を理解していただき、ありがとうございます。あえて難点を言えば、今回の戦いでは、計算機が出してくる回答に対して、実際の戦闘がかなり速く推移してしまいました。短時間でどんどん変化する状況に対しては、情報研究所の建物の中では、必ずしも迅速に対処できませんでした。しかも入力情報が不足していれば、答えも具体的になりません」

「軍令部に伝達される情報は、基地や艦隊から人手を介して伝達される。しかも情報を入手してからも、研究所の計算機には担当者が入力するのだから、ある程度の遅れや不足は当然だな」

 富岡大佐は自分の構想を話し始めた。
「私は『オモイガネ』のような大型計算機を船に乗せるべきだと考えています。艦隊司令部も同じ艦に乗船して、計算機が予測する答えを司令官や参謀がその場で知ることができれば、即座に作戦に役立てられると思います。戦闘の状況を遅滞なく全て計算機に入力するという課題は、計算機を搭載した艦艇を無線で結べばかなり解決できるでしょう。人間が入力した情報も計算機が出力した結果も即時通信で、大型計算機搭載艦に収集することが可能になります」

 情報通信の話題になったので、第三部の前田少将が引き継いで説明した。
「艦隊の主要艦艇に小型計算機を搭載します。それらの間を超短波の無線回線で接続すれば、人間が介在しなくても計算機同士の通信が可能になります。しかも計算機は、情報を2進数に符号化してから、更に数学的な演算により暗号化するので、無線を傍受しても解読はまず不可能です。我々は今まで『瑞穂』に計算機と無線を搭載して実験してきました。その成果を生かせば、短時間で計算機搭載艦を実現できると考えます」

 伊藤中将は、富岡大佐の回答に満足した。資料を更に読み進めて、艦載機の被害に対する対策の部分で再び質問した。

「私のところにも艦載機の被害状況が届いている。米艦隊を攻撃した航空隊の戦果は大きかったが、損害も無視できない。特に爆撃機や雷撃機は多数が撃墜された。今後も同じ程度の損耗が続くならば、あっという間に航空隊はすり減ってしまうだろう。何らかの対策が必要だというのは議論の余地はない」

「まずは戦闘機を増やすことです。護衛の戦闘機を増やせば、敵から攻撃された場合にも爆撃機の損害は減るはずです。実戦でも護衛の数により損害に差が出ています。更に攻撃機の強靭化と高性能化が必要です。爆撃機の防御力を高めるか飛行性能を向上させれば、損害は減るはずです」

「なるほど、戦闘機を増やして、既存の機体は防御力を強化する。更に、高性能の新型機ができたならば、どんどん置き換えろと言うことだな。わかりやすい対策だ。戦闘機を増やすための具体策として、空母航空隊の編制替えを要求しているのだな。これについては私も賛成だ。艦隊の防空にも、攻撃隊の護衛にも戦闘機を増やすことが必要だと思う」

「航空隊の編制の変更については、訓練が必要なことを考えればすぐにも実行する必要があります。空母搭載機の半数程度まで、戦闘機を増やす必要があると考えています。空技廠への現用機の防御力強化要求については、私からも話しをしてよろしいですね」

「ああ、爆撃機と攻撃機の防御力向上については、航空本部と空技廠に話しを通しておく。それで、次期の高性能機についてだが、特殊攻撃機の早期配備が必要だと言っているのだな? それと航空機以外にも有益な新兵器があると言うことか」

「ええ、詳しくは読んでいただければわかりますが、特殊攻撃機は空技廠と技研が開発している全翼機のことです。電波反射が小さいので電探探知が困難だと噂で聞いています。まずは実力の確認が必要ですが、噂通りならば、今まで不可能だった作戦も可能になると考えます」

「それで新型の兵器にはいったい何が含まれているんだ?」

「一つは噴進型の誘導弾です。空技廠で無人飛行体の試験が進んでいるようです。試験結果については、あまり詳しい状況が聞こえてこないので、うまく進んでいないのかもしれません。空技廠に開発状況を確認する必要があるでしょう。更に既存の高角砲の性能を向上させるために高射砲弾用の新型信管が開発されているはずです。新型の機銃も開発中です、いずれも、実戦配備できれば大幅に防御力を向上させられます」

「君の意見はわかった、私も君が主張する機器や兵器の整備の必要性については同意するぞ。これだけ広範囲な装備となると海軍省や艦政本部、航空本部とも相談が必要だ。私から色々な組織に協力を呼びかける。その結果、君からもあちこちで説明することが必要になるだろう。その時はしっかりと有効性と必要性を説明してくれ」

 ……

 いくつかの報告の後に、情報部門である第三部からの報告になった。部長の前田少将が説明を始めた。

「北米の東機関の諜報情報からの報告です。米海軍の巡洋艦の空母への改修が進んでいます。昨年の中旬ごろから大統領の指示により改造が始まったようです。数は10隻を下りません。また同時期に旧式戦艦の空母への改造にも着手しています。複数の36cm砲搭載艦を改修しているとの情報があります」

「昨年の中旬に着手したとすれば、半年以内に前線に登場しても不思議じゃないぞ。それにしても、情報を取得するまでに時間がかかったな」

「今までは、太平洋にやってくる艦艇の監視を主に実施していました。改修のために工廠へと引き上げてゆく戦艦の監視がおろそかになっていたのだと思います」

 前田少将は、北米で活動する諜報員の数の限界から、気づくのに時間がかかったのだと想像できたがあえてそれは言わなかった。情報部門として対策すべきことだ。

「そういえば、我が軍も最終的な決定事項ではないが、被害を受けた『伊勢』型などの戦艦は、以前の形には修復しないとほぼ決まった。今回の戦いでは、航空機が米国の空母と戦艦を撃沈した。輪形陣で強固に護衛していても航空機の攻撃が優ったのだ。海戦に勝つためには、もっと空母を増やせという主張が海軍内でも、急速に大きくなっている。海軍全体が航空主兵論に傾いていると言ってもいいだろう」

「我が軍は航空装備を重点にするので、空母をもっと増やすことが方針となるのですね?」

「その通りだ。空母だけでなく航空機の生産も拡大させる。更に、訓練部隊を増強して搭乗員の育成も大幅に増加させることが決まりつつある」

 富岡大佐は、むしろ海軍の判断が健全な方向に向かっていると感じた。彼自身も、航空機がこれからの戦いの主力になるという意見に全く異論はない。戦争が始まったこの時期にあれこれ議論をするよりも、とにかく航空戦力の増強を急ぐべきだろう。太平洋の戦いはまだ続くのだ。
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