電子の帝国

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第12章 珊瑚海海戦

12.14章 米艦隊海上戦闘1

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 一航艦司令部では、米艦隊に向けた第三次攻撃隊の準備をめぐってちょっとした議論があった。第一次攻撃隊が帰投すると、当然のように次の攻撃隊の準備が開始された。しかし、戻ってきた機体を点検すると、飛行可能でも対空砲火や敵戦闘機により被害を受けた機体が多かったのだ。もちろん修理や部品を交換すれば、出撃させることが可能だが、何もしないで直ちに出撃させるわけにはいかない。

 今までは、第一次攻撃隊の帰還機の中から第三次の攻撃隊を編制するつもりで準備していた。しかし、十分な数の攻撃隊を編制するためには、第二次攻撃の帰投機も含めて、機数を増やして出撃させるべきだとの意見が出てきたのだ。それでは、発進までに時間がかかることになる。

 最終的に南雲長官が決断した。
「相手の艦隊に立ち直る時間を与えたくない。ここは、あまり時間を空けずに次の攻撃隊を発進させたい。損害を受けていない機体を抽出して、準備ができ次第、第三次攻撃隊を発進させる。既に米軍の防空戦闘機は排除できたはずだ。戦闘機に迎撃されないならば大編隊とする必要はない。発進の準備を急いでくれ」

 周囲の参謀は、拙速を重視するのも一理あると納得した。長官の方針に対して、航空参謀の源田中佐が答えた。
「補給だけですぐに発進可能な機体は既に判明しています。第二次攻撃の帰投を待つ必要がなければ、出撃準備中の機体も30分以内に完了するはずです」

「わかった。それでは、30分後に第三次攻撃隊の発艦を開始する。そのつもりで準備を進めてくれ」

 しかし、南雲長官の次の発言が参謀たちを驚かせた。
「攻撃隊が往復に要する時間を考えると、その次の第四次は難しいだろう。暗くなってから帰投しなければならないような攻撃隊を発進させるのは禁止的だ。繰り返し出撃することで搭乗員も疲労しているはずだ」

 真っ先に、草加参謀長が反対意見を述べた。
「長官、ここはもっと攻撃を継続すべきです。第四次攻撃隊を出撃させれば、帰投は確かに夕方でしょうが、戦果も大きいはずです。今は多少の危険があっても積極的に米艦隊を叩く必要があります。しかも、『青葉』の連合艦隊司令部の指示は、航空攻撃を繰り返せという内容を含んでいます」

 しかし、南雲長官の意見は変わらなかった。
「連合艦隊の司令部は抽象的に反復攻撃と言っているだけだ。第三次攻撃でも実行すれば、反復に該当するだろう。それに、対空砲火により、多くの機体が被害を受けていることも判断の理由の一つだ。このまま繰り返し出撃すれば航空部隊はすぐに消耗するぞ。第三次の次は水上艦の攻撃により、米軍の残存艦艇を叩くこととしたい。第一戦隊の高須さんに我が艦隊の方針を連絡してくれ」

 長官の期待通り、30分で次の攻撃隊の準備が完了した。源田航空参謀が南雲長官に報告にやってきた。
「第三次攻撃隊の準備が無事に完了しました。直ちに発艦を開始します」

 横に立っていた草鹿参謀長も言いたいことがあった。
「攻撃隊の数からすると、残った全ての戦艦を沈めることは無理でしょうが、おそらく米戦艦の足は止めてくれると思います」

 もちろん、これ以上は攻撃隊を出さないという南雲長官の判断に対する皮肉だ。発艦準備が進んでいた機体から構成された第三次攻撃隊は、すぐに出発した。

 第三次攻撃隊:烈風9機、零戦9機、彗星13機、天山9機、九七艦攻12機、偵察型天山2機

 ……

 米艦隊は多くの艦艇が航空攻撃を受けたために、艦隊構成を整えるために、攻撃を受けた海域にしばらく留まっていた。しかも南に向けて航行を開始しても大幅に速度が低下していた。

 第三次攻撃隊が縦列になった戦艦を発見した時には、既に「コロラド」級戦艦は2隻が沈んで、大きな被害を受けた1隻が残っていただけだった。大量の浸水と機関への被害により、航行不能になっていた「コロラド」は友軍の魚雷により処分された。「メリーランド」は処分するまでもなく、時間の経過とともに左舷に傾きながら沈んでいった。

 そのため、攻撃隊は、まだ航行している3隻の「サウスダコタ」級と1隻の「コロラド」級を攻撃目標と定めた。

 彗星隊が縦列になった戦艦群の上空に後方から接近すると、激しい対空砲の射撃が始まった。電波妨害により、高角砲は光学照準が中心となったが、射撃の正確度よりも射撃数で補う作戦に切り替えていた。戦艦自身の対空砲に加えて、周囲の防空巡洋艦や軽巡洋艦、駆逐艦の5インチ(12.7cm)対空砲は健在だった。しかも護衛する対象が戦艦4隻のみとなって密度はむしろ増加していた。

 高密度な対空砲火により、急降下を開始するまでに5機の彗星が撃墜された。「サウスダコタ」には4機の艦爆が攻撃して、投弾後に1機が撃墜されたが、2発が命中した。船体前半部に命中した1弾は、最上甲板の1.4インチ(36mm)装甲を破って、5インチ(127mm)の水平装甲の表面で爆発した。上部の構造や対空砲に被害を及ぼしたが、機関への影響はない。もう1弾は第3砲塔に命中した。7.25インチ(184mm)の砲塔天蓋が50番の貫通を防いだ。

「マサチューセッツ」に対しては4機が降下して、3発を投下して1発が命中した。1.4インチの上甲板を貫通して下方の5.3インチ(135mm)の水平装甲の上で爆発した。第三次攻撃隊の13機の彗星隊にとっては、この2隻の戦艦への攻撃が全てだった。

 6機の天山艦攻が「サウスダコタ」に対して雷撃態勢に入った。降下途中に周囲の巡洋艦から激しい砲火を浴びて、2機が撃墜された。更に、「サウスダコタ」に接近する途中で1機が撃墜された。大きな被害にもかかわらず、半減した艦攻隊は3本の魚雷を投下した。戦艦の航跡に入り込んだ1本の魚雷は、ジグザグ航行しながら接近して船体の後部に命中した。艦尾の爆発の水柱がおさまるのと同時に浸水が発生して後部の喫水が増してゆく。しかも、内部に飛び込んだ破片のために1基の機関が停止した。「サウスダコタ」は3軸推進となって、今までの被雷による浸水を合わせて、20ノット以下に速度が下がり始めた。

 2機の天山艦攻と2機の九七式艦攻が「マサチューセッツ」に接近した。途中で1機が撃墜されたが、3本の魚雷を投下した。そのうちの1本が船体の尾部に命中した。艦尾近くへの命中弾に対して水雷防御が爆圧のほとんどを防いだが、一部で船体内の隔壁に亀裂が発生した。船体後部に広がった浸水により2軸の推進器が停止した。

 戦艦の前方を通過した1本は、「マサチューセッツ」の斜め前方を航行していた重巡の航跡に入った。航跡を抜けて方向を変えると、「サンディエゴ」の後部に命中して、巡洋艦を大破させた。

 同時に7機の雷撃機が「インディアナ」に迫っていたが、対空砲火で2機が撃墜された。5本の魚雷が投下されて2本が命中した。船体中央部への連続した2本の命中でも3層の水雷防御区画とその内側の傾斜装甲板が防御した。しかし、内側の縦隔壁は大きく内側に押し込まれて、大規模な亀裂が発生した。亀裂から機関室への浸水が始まった。同時に、以前の攻撃時に被雷していた区画の破孔が再度開口して缶室への浸水も始まった。浸水により稼働する機関が半減して速度がどんどん落ちてゆく。電源も半数が浸水により停止して、船体後部の電動機が動かなくなった。

 同時に、後方にやや離れて航行していた「ウェスト・バージニア」に向けて、残っていた3機の九七式艦攻が雷撃態勢に入った。既に被害を受けていた戦艦を護衛していたのは、英国が防空巡洋艦として建造した「ダイドー」だった。5.25インチ(13.3cm)の高角砲が猛然と射撃を開始した。しかも英軍のレーダーは、米軍ほどには電波妨害の影響が大きくなかった。たちまち、2機が撃墜された。

 かろうじて投下された1本は、戦艦の左舷の「ダイドー」に向かっていった。「ダイドー」の艦尾後方を横切った魚雷は戻ってくると、船体後部に命中した。ほとんど有効な水雷防御を有していない軽巡洋艦は、1本の魚雷で半数の機関が停止した。

 ……

 日本の攻撃隊が引き上げてゆくと、被害の拡大を防ぐためにダメージコントロールが始まった。スプルーアンス少将は、苦々しく艦隊の被害報告を聞いていた。やはり命中率の高い魚雷が損害を大きくしている。少将は、見張り員が目撃した魚雷が命中するまでの様子を詳しく聞いていた。
「魚雷が単純に戻ってくるのではなく、場合によっては、二度、三度と変針して命中していることに間違いがないのだな。しかも駆逐艦や巡洋艦は欺瞞用の音響発振器を引っ張っていたが、全く効果がなかった。もちろん磁気探知では不可能な離れた距離から誘導されている」

 ブローニング大尉が軽く片手をあげた。
「音波による誘導の可能性はほぼないでしょう。ひょっとして水中の乱流を捉えているんじゃないでしょうか。航行している船の後方には、海上の波だけでなく船体と推進器が海水をかき乱した状態が線状になって後方に続いています。その海中の乱流を横切った場合に回頭して戻ってきているように思われます」

 周りからは、本当なのかという疑問の声が聞こえたが、少将には論理的な見解だと思えた。
「消去法のようだが、いくつもの原因が違うということになれば、残った要因は本当だという考え方もあるぞ。しかも、理屈上は行ったり来たりするという魚雷の行動の説明が可能だ。まずは、この前提で対策を考えてくれ」

 ムーア大佐が、注意を促した。
「魚雷が船腹に直接命中している事例もあります。対策が有効だったとしても戻ってくる魚雷を回避できるだけで、直撃している魚雷は避けられない可能性がありますよ」

「もちろん、魚雷の命中率を下げるだけでもかまわん。なるべく多くの魚雷を避けられればその方が良いが、完璧を期待するものではない。とにかく手持ちの装備で、即刻可能な対策を考えてくれ」
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